2008年08月20日

YUKI「汽車に乗って」

汽車に乗って(初回生産限定盤)(DVD付)
YUKI
エピックレコードジャパン (2008-04-16)
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<大陸的なサウンドに溶ける物語のイメージ>

 このところは、どちらかというと打ち込みをベースにしたコズミックでトリップ感あるサウンドが主体になっていたYUKIのシングル。そこに、たまに真正面のバンドサウンドが絡む、といった流れでしたが、今回はゆったりと緩やかなスローテンポ。壮大っぽくもあり、けれど力も抜けている、どこか大陸的な音楽です。

 ゆるゆるとした大きなリズムに乗るメロディラインはやはりゆるゆると砕けたもので、さらにそこに乗る言葉もまた、音に溶けるような柔らかさを持ち、馴染みやすい合わせ方をしてあります。
 サウンドが先行していて、そこに合うイメージをつらつらと合わせていった…そんな感触がする楽曲なので、あんまりストーリーを読み解こうとしたり大きな意味を探ろうとするのは、ちょっと違う気がします。『砂漠の民』が登場するし、何か悲恋の物語っぽい印象を受ける人は多いかと思いますが、書き手が意識しているのもそこまでで、明確な筋書きまでは決められていないんじゃないかなと。

 …という前提で、あえて物語を読むとするならば。
 『落馬した 砂漠の民』は、怪我をしてしまって故郷に帰ることができない。別れたきりの「君」との日々を思い出しつつ、『もし あの日に 帰れるのならば/おもいきり 抱きしめようか』と夢想する…という感じでしょうか。
 ま、この詞をひとつの物語として考えようとすると、人によってさまざまな解釈が考えられるでしょう。たとえば、主人公は「汽車に乗って」、「君」に会いに帰ろうとしているんじゃないか、とか。個人的には、この詞の「汽車に乗る」とは実際に乗っているんじゃなく、あくまでもイメージなんじゃないかなと感じました。『走り出した 僕らの汽車は/虹を見た 夜を見た』とあるのは、それぞれに時間を過ごしていく、という歳月の比喩なのかなと。

 にしても、サビのイメージが綺麗です。「夕陽が丘」のオレンジ、「アカシア」の黄色、『白い花びらを 髪につけて』とあるこの髪はきっと白い花の映える黒でしょう。そして『小さな紅い唇』…と、各種アイテムが非常にビビッドで鮮やかなコントラストを形作っています。
 この鮮やかさは、「砂漠の民」と色味の少ない「砂漠」を先に登場させておくことで、より効果的に浮かび上がってきます。そしてこの鮮やかさこそが、「戻れない思い出」の美しさを端的に表現しているように感じるのです。

ラベル:YUKI

2008年04月19日

YUKI「ワンダーライン」

ワンダーライン
ワンダーライン
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YUKI
エピックレコードジャパン (2007-12-12)
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<ファンタジックな航海が示す意識>

 このところのYUKIの楽曲らしさを詰め込んだような曲、という印象です。

 4つ打ちのループするリズムとスペーシーなサウンドは、「JOY」あたりからはっきりと漂ってきているもの。「メランコリニスタ」「星屑サンセット」あたりでも感じられましたよね。このあたりのピコピコ&ダンサブルな楽曲の流れに位置づけていいのではないでしょうか。

 歌詞についても、たとえばカタカナの多用は「メランコリニスタ」を彷彿とさせます。特に、『オーライ!』と声を上げたり、『バンプ エンド グラインド』と動作を描くような言葉を使っているあたり。
 音から言葉を選んでいるようなフシがあるのも、YUKIのこの手の楽曲の特徴です。メロでは『ばらまいて』『瞬いて』『また抱いて』などと韻を踏んでみたりもしていますね。

 歌詞は、航海をテーマにして、それに関するキーワードを散りばめて出来上がっている感じです。その航海は「私達」によるもので、キスを投げかける『船長さん』は航海のパートナー、つまり恋人だと解釈するのが妥当でしょう。
 ちなみに、その船は海を走っているわけではどうもなさそうです。海っぽい単語もいくつかあるのですが、『星の明かり 頼りに 浮かんだ船』『ワンダーライン つなぎあって 生まれてく 空』『虹の橋を 渡ればきこえる歌』などを見ると、空を行く船に乗っているイメージなのでしょうね。

 総じて綺麗な言葉に彩られていますし、とてもファンタジックな内容に仕上がっているわけですが、しかし随所には『ゆううつに 恋してるのも つらい』『不安なの』と言っていたり、いいことばかりというわけでもない。
 7拍子になるCメロで『生きている意味なんて 考えてる暇 ないのさ』と言ってのけ、今を遊ぶ!と高らかに宣言していることからしても、今回の歌詞世界は「このときを楽しむ」という意識から生まれた世界観なのかなーと。
 何が起こるかわからない(=ワンダーライン)、自分自身も何を起こしていくかわからない(=ワンダーガール)、でも舵取りをしてくれる相手(=船長さん)と一緒に楽しく進んでいこう…と考えると、落ち着きがいいかなと考えてみました。

2008年01月01日

YUI「LOVE&TRUTH」

LOVE&TRUTH
LOVE&TRUTH
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YUI northa+ SHIGEZO
ソニーレコード (2007/09/26)
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<マイナー主体の展開は、単なる初期への回帰ではなく>

 映画「クローズド・ノート」主題歌。こちらは沢尻エリカの主演ということですが、以前「タイヨウのうた」でもそれぞれ映画版の主役&テーマ(YUI for 雨音薫「Good-bye days」)とドラマ版の主役&テーマ(Kaoru Amane「タイヨウのうた」)を演じた二人ということで、なんだか縁があるのでそうか。そう言えば、どことなく雰囲気が似ているような気もします。あんまり笑わないところとか…

 曲調は、久しぶりにデビュー当時に近いものを感じました。マイナー主体で、盛り上がっていってもどこかに陰を落としながら進んでいくミドルテンポ…と、1st「feel my soul」2nd「Tomorrow's way」あたりと共通する要素が多いのですね。
 でも、そのぶん、詞の中身が初期とはかなり違っていることが引き立って見えてきます。今回は、『こんなに想っている』と始まり『あなたのこと知りたいよ』と求めていく、強い恋愛感情のこもった言葉が並んでいるわけですね。

 彼女がはっきりと恋愛を主題にした楽曲を歌うようになったのは「Good-bye days」から、そして自分の気持ちをはっきりと示し語るような書き方になったのは「CHE.R.RY」から。明らかに、ここ最近で恋愛感情の表現が増え、そして多彩になってきている…という印象があります。
 今回の切ない想いは、『もう出逢ってしまったの』とどこか悲劇的な匂いのする、しかしドラマティックさを感じさせる語られ方をします。それは、『あなたが今 見つめてる ひとがいると わかっても』と、その想いが一方通行になっている現実を知っているから。しかし、自分の内側に生まれた感情=『“あいのうた”』は、もう消すこと、隠すことはできない。この点が、「出逢ってしまった」から…という悲劇的な描き方や、「愛と真実」というタイトルに込められた意味、そして陰のあるマイナー調の楽曲アレンジに結びついてくるわけですね。

2007年11月08日

YUKI「星屑サンセット」

星屑サンセット
星屑サンセット
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YUKI
エピックレコードジャパン (2007/08/08)
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<想像をかきたてる、色とりどりの断片的なイメージ>

配信限定曲「ビスケット」を挟み、ドラマ「パパと娘の7日間」主題歌となったYUKIの16枚目のシングル。明るく突き抜けたポップなYUKIらしい曲になっています。

『たったひとつの光 願い込めて』というフレーズからは片想いの歌という気もするし、『泣きだしそうな 笑顔を 忘れないよ』とあるから別れの歌なのかな?とも思えます。
 結局のところ、この歌にはさまざまな断片が詰め込まれてはいるものの、ひとつの明確なストーリーがあるわけではないようです。あくまでも、物語の切れ端の、おいしそうなイメージをどんどん詰め込んでいる、といった感じ。

 この詰め込み具合は、タイトルからも感じられますよね。『夕焼けに 流れ星』というふたつの取り合わせ、だけでなくさらに『咲いたばかりの花火』まできらきら輝いている、この賑やかな空模様。おまけに『あの子は太陽』ですし、同じ空に属するイメージがこれだけ多いわけですね。

 綺麗なモチーフをぎゅうぎゅうに詰め込んだり、『風を追い越して 裸足で つまづいて』とか『泣きだしそうな 笑顔を 忘れないよ』(これも「泣く」と「笑う」)なんて1フレーズだけで響きのいい言葉を並べたりすることで、まるでキラキラした宝石箱のような一曲になっています。で、おそらくはそうした効果を狙って、あれこれと素敵な言葉やイメージを次から次へと並べているんだろうなあと。
 言ってしまえば「ノリ」重視の詞です。「JOY」でリズムを意識して言葉を乗せていたり、「メランコリニスタ」で音やメロディに言及するようなフレーズを混ぜたりしているのと近い作り方ですね。

 YUKIはもともと、ひとつの明確なメッセージを打ち出したり、ストーリーを紡いだりはしない人です。もっと断片的なイメージを並べて、そこから何かを浮かび上がらせたり、あるいは何も暗示せず、並べた感じそのままをひょいと提示する形。
 緻密な構成でメッセージに説得力を持たせたり、ドラマティックなストーリーを描くことに力を注ぐのも表現の道ですが、あえて言葉をバラバラに散らすのもひとつの手法です。これがうまく表現できると、聴き手にいろいろと想像/解釈をさせることに繋がるわけです。

2007年11月06日

リア・ディゾン「L・O・V・E U」

L・O・V・E U
L・O・V・E U
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平田祥一郎 ha-j リア・ディゾン 新美香
ビクターエンタテインメント (2007/08/08)
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<「ベタ」な甘さを狙える背景>

 00年代的なトラックや音作りに乗って、どこか90年代的な懐かしさも漂う恋愛まっしぐらな詞。グラビアアイドル界の黒船と大人気を博しているリア・ディゾンの歌手活動は、3作目のこの曲までほぼ同じ路線です。

 これはもう明確に「アイドル」路線といっていいでしょう。『いつだって あなたの事ばかり/考えちゃうの 何でかな?』とか、『もし涙を流すなら/それはあなたの前だけだよ』とか、ひとりの相手「あなた」に向かってまっすぐにかわいらしく気持ちを投げかける…聴き手のファン心理をくすぐる書き方だ、と言えるわけです。
 「〜だよ」「〜よね」という語尾からも、呼びかけ感が漂ってきますよね。多少古い気もしますが、それは「お約束」でもあるので、あんまり問題ではないのです。

 こういう正統派アイドルな歌っていうのは、近年あまり出ていません。ハロプロ系ユニットはもっと、わざと崩した感じを意図的に入れることでヒキを強くしていますし、女優のシングルにしても、柴咲コウみたいな個性を発揮したり、あるいは恋を主眼に置かずにメッセージ性を持ったものが好まれる傾向にあるからです。ERIKA「FREE」とかですね。恋愛要素を含んでいても、そこに自分の成長を絡ませたり中性的な雰囲気にしたり、あんまりスイートな雰囲気を醸し出すものは主流にはないように感じます。
 これはもはやポップス全体での潮流でもありますし、またその中で女性ボーカルの場合「媚び」にも映やりすいので、あんまり今好まれていないんじゃないかなと。

 リア・ディゾンが正統派の甘いラブソングを歌うのは、ひとつにはターゲットがファンにしか向いていないから、というのがあるでしょう。同性を取り込もうとすることは考えていないんじゃないかなと。すでに大人気だし、歌で売っていくわけでもないわけですから、新しくファン層を広げる必要もなさそうですし。
 もうひとつには、外国出身だからという点もあるでしょう。同じ場所よりも、異郷出身者のほうが、こうした直球な作風って受けやすいのですよ。それは古くは「沖縄」出身者の信奉、そして近くは「韓流」ブームにも見てとれますよね。

2007年09月18日

YUI「My Generation」

My Generation/Understand
My Generation/Understand
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YUI northa+
ソニーミュージックエンタテインメント (2007/06/13)
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<自由のために振り切るのは、他人からの束縛ではなく自らの弱さ>

 ドラマ「生徒諸君!」主題歌のこの楽曲は、高校を舞台にしたドラマのストーリーに沿い、YUI自身が高校を中退したときのことを振り返って作ったのだそうです。『制服 脱ぎ捨てた 16のアタシに/負けたくはないから』というフレーズに表れているように、当時の自分の決意を思い返し、今もその気持ちを胸に進んでいこうとする内容になっています。

 16歳の「あたし」は、『邪魔なんてされたくない』と思い、『うしろ指 さされたって/振り向いたりしなかった』。他人にどう思われようとも、自分を貫き通す、自由に生きていきたいと願い、行動していった、その様が描かれています。
 ただ、思い切った行動を選び取ってはいたものの、その当時は見えなかったこと、わからなかったこともいろいろあったようで。今現在、改めて振り返る視点からは、「こうだったんだ」という新しい考え方がところどころに出てきています。当時は『言葉に出来ないだけなのに』とあるように、自分の苦しみやもがきを今よりも把握できてはいなかった。他人とは違う一歩を踏み出しながらも、『描いた夢を信じきれない弱さにただ支配されてた』とも思い返しているのですね。

 戸惑いつつのスタートだったにせよ、「今」の自分からは、後悔の気配はありません。弱くて信じきれなかった「夢」は『強く信じきれたときから変わる』と、強く言い放っています。
 選んだ道は間違っていなかった、直接そう言ってはいません。ただ、まだ道半ばではあるものの、少なくとも現時点ではそう思っていることが、なんとなくわかる内容になっているのですね。在りし日のまだまだ未熟だった自分への懐かしさと愛しさ、その中で前へと進んだ強さ、そしてその決断が実を結んでいること、そしてこれからもさらに進んでいく意志が、それぞれに別の感動を呼び起こす構造になっているなあと。


 さて、ここからは楽曲単体ではなく比較する形で見ていくことにしましょう。続きを読む

2007年06月07日

YUI「CHE.R.RY」

CHE.R.RY
CHE.R.RY
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YUI northa+
ソニーミュージックエンタテインメント (2007/03/07)
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<些細な出来事へのフォーカス>

 デビュー当初はやたら一人であれこれと悩んでいた彼女ですが、ここ最近はそんな時期も脱し、持ち前のピュアさ等身大感を保持しつつ、新しい方向性に果敢に挑戦していっています。

 今回もこれまでの彼女のイメージにしては明るすぎる気もしますが、そんなことはものともしないくらいの潔さを感じるんですよねー。3分台という曲の短さも影響しているのかもしれません。
 『かけひきなんて出来ないの』と気弱さを覗かせたり、『たぶん 気付いてないでしょう?』なんて心のうちで語りかけてみたり、いかにも初々しい女の子の恋、といった雰囲気。『絵文字は苦手だった だけど君からだったら ワクワクしちゃう』というくだりは、やっぱりケータイ世代ならではのフレーズだなあと。
 ちなみに出だしの『手のひらで震えた』というのが当初何のことかわからなかったんですが、これメール着信お知らせのバイブですね。このあたりタイアップとも巧いこと連動しています。
 まさに「TOKYO」から、それまでのかたくななピュアさが開花して、いま どんどん世界が広がっているなーと感じます。恋する気持ちをつづるこれらの言葉は、聞いているほうが照れるほどの初々しさ、無防備さに溢れていて。
 変に飾った言葉より、このくらいのほうが本当に等身大っぽいですよねー。

 デビュー当初の言葉が硬かったことも、この曲のハッピーさを際立たせているような気がします。ほんとこの子から『キュンと』なんて形容が出てくるとは思わなかったもんなー。
 ずっとシリアス路線だったのに、ここまで恋する女の子ができちゃうのは実にインパクトがあって。もしや本当にYUI本人が…と思わせられますし。それだけ、わかりやすくイマドキのティーン恋愛模様を描いているなあ、と感じます。

 彼女の強みは、これ「TOKYO」で強く感じたことなんですが、ドラマティックじゃない場面を切り取って持ってくることができるんですよね。今回の携帯メールの一件がまさにそれ。どこにでもありそうな現実味あふれる描写を入れることで、聴き手の感情移入を誘うことができているんだろうなあと。

 『ウソでも信じ続けられるの』とか言っちゃうあたりは、シリアスな思考回路の名残が垣間見えますが…とりあえず柔軟にいろいろ吸収していってくれることに期待ですね。

2007年04月17日

YUI「Rolling star」

Rolling star
Rolling star
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YUI northa+ Hajime Mizoshita
ソニーミュージックエンタテインメント (2007/01/17)
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<汚れながら進んでいくのは、今や主流なのか>

 これまでは主にミディアムテンポ以下の楽曲をリリースしてきたYUIですが、ハイテンポで疾走する攻撃的な音楽に挑戦したのがこの一曲。特にYUI for 雨音薫の名義でリリースしヒットした「Good-bye days」から比べると一気に世界が変わったような気になります。

 「Rolling star」というタイトルは、Rock'n Rollも多少踏まえているんでしょうけれど、どちらかというと言葉どおり『つまづいたって Way to go!!』と言うような、転んでもひたすらがむしゃらに前に進んでいく、それが「star」なんだ、というメッセージが込められているんでしょう。
 『転んじゃったって いいんじゃないの』とか、『泥だらけ』とか。汚れてもカッコ悪くてもいいんだ、というスタンス。こういう「カッコ悪いカッコよさ」というテーマ、今はもはやメインストリームになっている感があります。もちろんカッコ悪いのがいい、という単純なことではなくて、カッコよく飾ることよりも『言いたいことは言わなくちゃ』、ありのままを出しているほうが受け入れられる時代なんだということなのでしょう。

 歌詞は、自分の内側にこもるのではなく、どちらかというと『君のFighting Pose 見せなきゃ』と呼びかけたりする、開かれた内容になっています。内省的な曲を生み出してきたYUI、ただハイテンポというだけでなく、外側へ向かう内容のメッセージを歌い始めたという点でも新しい動きかなと。
 とはいえ、全体的には外向きなのか内向きなのか、言葉がややとっ散らかり気味で、まだ慣れていないのかもしれないなあ…とも思わせられたり。感性が鈍っているわけではなさそうなので、まあ今後を期待して見守りましょう。

2007年02月10日

矢野絢子「てろてろ」

 えー、有線でばりばり流れていて気になった歌です。この曲はこのひと本人の作詞作曲なんですが、まだリリースされてなくて5/26発売とのこと。なんですが、なぜか同曲は提供したとかなんとかで岡山出身の路上系男声デュオ「nifu(ニーフ)」という人たちがすでに出したシングルに収録されてたりしてまして。どっちもまだ有名ではないため情報が錯綜してこんがらかりかけたんですが、オフィシャルページ の試聴を聴くと、どうやらこっちが有線で流れているほうみたいです。ああややこしかった。

 少年みたいな声で、そうとう歌が前面に出ていてガツンときます。穏やかな情景描写の続く長いメロから、サビで突然マイナーに変わり『本当はいつも誰よりも君の事を想っているんだ』とストレートな言葉を投げてきて、ドキッとさせられます。バラードなのに、とてもインパクトが強い。ちょっと後半しつこい気もしますが。
 リリース前なのに三月あたりから確か有線で流れ続けてます。これは一青窈、平原綾香と同じ、大プッシュしているパターンなんでしょうか。

2006年11月17日

YUKI「ふがいないや」

ふがいないやERJYUKI, Band ASTRO, 玉井健二, 湯浅篤, TAKIBIEこのアイテムの詳細を見る


<生きる限り避けられない「負」の叫びを推進力に変え、もがきながらもひたすらに進んでいく>

 前アルバム「JOY」から、「長い夢」「ドラマチック」「歓びの種」「メランコリニスタ」と続き、そしてこの「ふがいないや」がニューアルバム「WAVE」の先行シングルという形で発売されました。この曲は、前作でも「ドラマチック」が採用されたアニメ「ハチミツとクローバーU」のオープニングでもあります。

 カッコイイ歌、ステキな歌、素晴らしい歌というのはいつの世にも市場に溢れています。高らかに愛を謳い、時には傷つきながらもたくましく生きようとする。そんな人間の「正」の部分を取り上げ、聴き手を魅了するわけです。
 この曲は、「負」の部分に目を向けています。『誰かのせいにしたいよ つらいなあ。いや。嫌。』と、思い切り叫ぶのです。曲の中で聴くと「YAIYAIYA」という意味を持たないフェイク気味のメロディにも感じるのですが、歌詞でははっきりと、わざわざ「。」までつけて、「嫌」という負の感情を明確に打ち出しているんですね。

 生まれおちた朝の風景から、回想ともイメージともつかぬ言葉が続きます。過去を思い返している、その間にも、『めくれてる 私のストーリー』は止まりません。曲はひたすらに疾走していきますが、しかしどこか、ドラムの複雑なリズムパターンがそうさせるのか鍵盤の音色がどこか心もとないからなのか、走っているけど今にもつんのめりそうな、脆さのある雰囲気を感じるのは気のせいでしょうか。
 『遠くまで 逃げてるつもりでも』あるいは『すがりながら 追いかけてみても あしげにされても』…と、必死に「何か」から逃げたり追ったり、せわしないこの疾走。「…ても」と次に否定のニュアンスが続くことを連想させる書き方、そして追いつ追われつ必死でもがいている、その相手がまったく明示されないこと。これは主人公がただ一人きりで走っていること、そしてその不安さを意識させ煽るような印象につながってきます。

 過去のイメージの断片ひとつひとつに、解釈が必要な深い意味はないのではないかと自分は考えます。それらは、もとはひとつながりの過去、素晴らしき思い出だったはずです。しかし、『消えてしまう 愛しい人も 優しい日々よ もうすぐ』。いつまでも忘れない/忘れたくない記憶は誰にでもあるものですが、しかし、現実には過去は薄れてしまうものです。走り続けたりもがいたりしている間に、ひとつながりだった過去は記憶の中でバラバラになり、忘れていきます。
 生まれた朝、『卒業のカノン』、『雨上がり』、『フォーチュンクッキー』。これらはすでに意識の中で紐付けを失った、過去にあった何か断片でしかありません。その背後に時間の残酷さを浮き立たせるための、哀しい「記憶の残骸」なのでしょう。


 「今」を走らされる中で、『空いた穴を 埋めよう』とひたすらにもがく。でも『ふがいないや。いや。/つらいなあ。嫌。嫌。』と叫んで終わっていくからには、きっと「穴」は満たされることはなさそうです。
 しかし。それでも「嫌」だと張り上げるその声には、絶望の響きは宿っていません。希望が感じられるわけでもないですが、前のめりの音に乗って切々と歌われる「嫌」という感情は、単なる拒絶や拒否ではなく、かといって愚痴でもなく。ただ一人の女の子の、嘘も飾りもない生の気持ちそのものとして、解き放たれているように感じるのです。

 生きていく間には、辛いこともあるし、過去は忘れていってしまうし、もがいてばかりの連続だ。「それでも頑張ろう」…とポジティブなメッセージを組み合わせて歌にすることもできるでしょう。しかし、辛く苦しい状況で「頑張ろう」と上を向くよりも、むしろ「嫌」と投げ捨てるシンプルな負の感情のほうが、真実の声らしい響きをしているのではないでしょうか。
 そして何よりも、この「嫌」は、諦めではありません。もがきつつも、「つらいなあ」とこぼしつつも、すべては「消えてしまう」ことを感じつつも、「穴」がいつまでも満たされなくても「ふさごう」とすることをやめるとは、一言も言ってません。つらい、嫌だとこぼしつつも、それでもこの楽曲の推進力は微塵も落ちず、むしろその「嫌」の叫びをエンジンにして、なお前へ進もうとしているように感じるのです。

2006年03月10日

YUKI「メランコリニスタ」

メランコリニスタ
ERJ
YUKI, Yoku, Kaztake Takeuchi, Katsuhiro Idomoto, Emma, Taro Kawauchi

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<何もかも忘れて踊ろうとする刹那の衝動と、すべてと繋がり受け入れようとする巨大な衝動>

 思わず体が動く4つ打ちのビートと弾むダンサブルな曲調が示すように、また ひたすら踊れる曲を作りたかったという本人の弁もあるように、歌詞には、基本的にほとんど意味はありません。
 もちろん想像するのは自由です。断片的で不思議な言葉たちのウラをとろうとするのはそれはそれで楽しいです。が、たとえば『浮気をしました』なんてフレーズからストーリーを考えるのはやっぱり違うかなあと思ったり。
 この曲で大事なのは、あくまでも、雰囲気です。浮気した、なんて問題発言をさらりと言ってのけてしまうくらいの軽さ、いちいちそのフレーズで立ち止まらずに『魔法の音に乗せて 輪になって/ラーイドオーン!』と突き進んでいってしまうくらいの勢いやノリ、そんなものを感じられればいいのかなと思うのです。

 『メランコリニスタ』とは、女の人の名前として作った造語なのだとか。メランコリー(melancholy=憂鬱な)をベースにした名前を持つ女性は『静かなハイで眠れない』。一方、フランチェック(frantic=ひどく興奮した)がベースとおぼしき『フランチェックベニスタ』は、『フライパンの上で眠らない』。飛び跳ねている、というようなイメージでしょうか。
 静かに興奮する人も、派手に興奮する人も、みんな分け隔てなくまとめて踊ろう。意味なんて求めずに…そうやって、ただ立っているこちらの心をざわつかせ、同じステージに上げようとしている、そんなふうに感じます。

 『ベースのリズムに あわせ』とか『キック アンド スネア』など、何かと鳴っている音に言及しているのも、また「生の呼びかけ」っぽさを出すひとつの要因になっています。CDの中でも「この音楽に合わせよう、いっしょに音楽を感じよう!」と同化を訴えかける力が作用するんですね。
 曲中でもっとも求心力のあるサビの頭が『コーラス渋いビート刻む』と曲自身の指摘に向かっているのも見逃せません。これは、そもそものこの曲の特徴を如実に表しています。つまり、ふつうは「曲を通して、聴き手(外側)に向かって何かを訴えかける」のに対し、この曲は「曲の中で完結していて、そこに聴き手を引き入れようとする」んだ、というような。
 「ride on」「sister&brother」「rollin'!」などがカタカナ表記になっているのも、気取るんじゃなくわかりやすさ・親しみやすさを出して引き込もうとする表れなのかなと。


 とりあえず、意味なんて込められていない歌詞だとしても、いろんなことがわかります。こうして考えていくと、「余計なことは考えずに踊るために作った」この曲は、ただ独りきりで踊るのではなく、誰も彼も引き込んでしまいたいという気持ちでいっぱいなのですね。
 あるいは、melancholy、frantic、『逆さになって 裸足になって』など、極端でも何でもあり、どんな感情や行動さえも混ぜこぜにして受け入れてしまいたい!という気持ちも見えてくる気がします。
 誰とでも、どんな気持ちも、ただ何もかも忘れて踊ろう…刹那的な感情の中に、どこまでも繋がって一体化していたい、というような究極の衝動があるように感じます。


 そして。
 「踊るための曲」なんだと本人も言っているしガンガン指摘しましたが…この曲、そのものズバリ「踊る」という言葉は、実は1回も出てきていません。
 それでも、こんなに伝わってくる。
 いやはや、表現力ってスゴイですよね。

2006年03月04日

YUI「TOKYO」

TOKYO
ソニーミュージックエンタテインメント
YUI, COZZi, Northa+

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<劇的過ぎないからこそ、旅立つ日の「生」の息遣いが聴こえる>

 住み慣れた街を離れるときの心情をつづった、上京の歌。
 現代の悩める思春期の若者の感覚をそっくりそのまま見せてくるような詞がこの人の特徴だ、と自分は個人的には思っていて。辛さ苦しさを前提として受け入れて強く生きていきたい、みたいなそんな思いをつづった詞は、自らだけじゃなく同じ境遇の聴き手の共感を揺さぶる、というような。
 でも今回は、ちょっと違います。

 「feel my soul」、「Tomorrow's way」「LIFE」といった一連のシングル群は、「先が見えない、傷つくことばかりで大変な今」を描いて「でも前に進まなきゃ」(「進もう」とまでは言えないのがポイント)という流れがありました。
 対して今回の「TOKYO」は、街を離れ東京に向かおうとする時間の流れがある一方で、メッセージの流れはありません。ただその時その時に感じていたとりとめのないことを、そのままぽつぽつと並べているだけなのです。
 大げさな出来事はありません。『駅まで向かうバスの中/友達にメールした』り、『走り出した電車の中』では『少しだけ泣けてきた』り、小説やドラマじゃカットされてしまうのであろう、派手ではないけれど等身大の行動や感情がつづられているわけです。
 主人公は、もしかしたらもっと劇的なものをこの日に想像していたのかもしれません。ドラマならば、感動的な音楽が流れて寂しさと悲しさで胸がいっぱい…という場面ですからね。でも実際には『駅のホームで 電話もしてみた/でもなんか 違う気がした』と、どこかイメージとは違っていたりする。もちろん感慨はあるけど、わりと淡々とした描写の仕方をしています。

 でも、そんな平凡な旅立ち、平凡な寂しさだからこそ、『何かを手放して そして手に入れる/そんな繰り返しかな?』など唐突に差し挟まれる思考が、ドキッとするほど聴き手に迫ってくるんです。場面場面に等身大を超えるドラマ性がないからこそ、こうした言葉に「ふと思い浮かんだ」っぽさ、生々しさがあるんですね。

 人間、いつも論理的な思考をしているわけじゃありません。「これこれこうだった、そしたらこうなった、だから/だけど私はこう考えた」みたいな流れのある文章は、説得力はあるけど、実際のところ人間はそんなに感情を整理なんかできるわけはないんです、ましてや特別な場面なら。
 今までのYUIの曲は、論理の流れがありました。でもこの曲は『答えを探すのは/もうやめた』との言葉どおり、流れがないのです。脈絡もなくさまざまなことが思い浮かんで、だけど/だからこそ、「上京」の特別な空気感、主人公の息遣いが伝わってくるように感じます。

2006年01月05日

YUI「LIFE」

LIFE
ソニーミュージックエンタテインメント
YUI, Northa+, hideyuki DAICHI suzuki

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<「強く生きられる」とまではまだ自信がないけれど、「強く生きるために、もう迷わない」という決心はできた>

 YUIの3枚目のシングルは、前2作よりもアップテンポで、軽快さがある印象です。やっぱり『「夢は叶いましたか?」/アタシまだもがいてる』とあるように、「生きにくい時代」の悩める歌ではありますが、この軽快さ、あるいはサビのぱっと視界が開けるような転調(マイナーコードに続くかと思わせて、転調でメジャーコードへ)といった作りが、どこか吹っ切れた、明るさを見出したかのようなプラスの側面を感じさせてきます。
 歌詞も同様。『飛び立つための翼/それは まだ見えない』と言うように、完全に満たされたというわけではないです。ただ、『変わりたい いま全部』と、「飛び立つ」ためにはもうくよくよと迷わない、という決心があります。 

 これまでも、あれこれと悩んだり傷ついたり失望したりしつつも「強く生きたいなら、あとは手を伸ばすだけ」といった辺りまで「強さ」を感じさせる内容ではあったのです。が、 「Tomorrow's way」で感じているように、前の2作はどうもあと一歩踏ん切りがついていないようなもどかしさがあったのですね。悪く言えば、もうちょっとシリアスでいたい、悲劇に浸っていたい、みたいなある種の自己満足的な面が。
 ま、そういうのも悩める現代の若者には必要だったりするわけで、きっと自分も思春期に彼女に会っていたらどっぷりハマったかもしれないとも思いますし。ただ、今回の曲は前の2曲に比べて、歌詞内の主人公が成長したな、と感じましたということで。

2005年11月05日

YUKI「歓びの種」

歓びの種
ERJ
YUKI, 島田昌典, 湯浅篤, 玉井健二

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<いいことも悪いことも一身に受け止めて「進んでいく」「育てていく」決意>

 ハイペースでリリースを続けているYUKIですが、そのクオリティはまったく落ちません。ちょっと大丈夫なんだろうか、と心配になってくるほどです。


 タイトルを「喜び」ではなく「歓び」とあえて表記してあるのは、単純にいいこと、楽しいこと嬉しいことを指しているのではなく、辛いこと、苦しいこともまた「人生の歓び」である、みたいな考え方をしているからなのではないか、と思うのです。
 これはもう簡単に証明できることで、「JOY」「長い夢」「ドラマチック」と、最近のYUKIは一貫して、「何でもすべてを受け入れる」という意志を感じさせる言葉をつづっています(それぞれの曲のレビューで、毎回触れています)それがいい方向のものであれ、悪い方向のものであれ。
 今回も『与えられたのなら 受け止めよう』なんてフレーズが示すとおり、その傾向は受け継がれていると言えそうです。


 そして「種」というモチーフ。「花を咲かせよう」みたいな歌は今も昔も多く存在しますが、『暖かい大地で育てましょう』という、土のイメージがある歌は、そうはありません。そればかりかこの曲、「花」という語はひとことも出ていないのですね。あくまでも『実らせてみよう この歓びの種を』と、とにかく「種」にこだわるのです。

 花は、美しく咲き誇るけれど、やがては枯れてしまうものです。単純に美しいもののイメージとしてあるいは枯れてしまうはかないものの象徴として、表現に使われます(最近は後者が増えている/好まれているような気がします。顕著な例)しかし、花を「実を実らせるためのもの」としてとらえている歌って、ちょっと出てこないですね。
 この曲が「種」にこだわっているのは、美しさや散ってしまうもののはかなさや切なさとはまるで別種のものを志向しているんだ、ということを、端的に表しています。それは『見逃してしまう』ような、小さいもの。けれど、成長するもの。成果として結実するもの。次につながっていくもの…育てていくもの。

 前回の「ドラマチック」から、再び直線軌道を目指すようになったYUKI。今回も『憧れの夢を 魔法の歌を』決して離さないまま『旅は続くんだ』と前に進んでいく方向性がしっかりと表れています。ここまでは「ドラマチック」のまとめと同じですが、今回はさらに加えて「育てていく」という観念も加わっています。それだけ、より懐が深くなった印象を受けました。

2005年08月24日

YUKI「ドラマチック」

ドラマチック
EPICソニー
YUKI, 蔦谷好位置

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<過去に失ったものを未来に見出し、進んでいく凛とした強さ>

 シングル「JOY」そして「長い夢」と、「輪廻」とか「永遠」までもをイメージさせる、コンピュータサウンドの海にたゆたう曲をリリースしていたYUKIですが、再びまたホームグラウンドである元気なロックに戻ってきました。
 とはいえ、曲中を駆け巡るスピード感のあるストリングスや、『こわれた大切なものと/いつか又あえる日がくるかしら』という「繰り返し/ループ」のイメージは、おそらく前作までを経てきたからこそ生まれたものなのではないでしょうか。

 しかし、完全にぐるぐると回る「閉じた世界」を作ることはしていません。もっと突き抜けた、まっすぐに進んでいく直線的な方向性が、再び表れています。たとえばタイトルにもなっている一節、『すれ違う人の数だけ/ドラマチックになるの』という表現。これは、明らかに一方に向けてひたすら増加していく、というベクトルですよね。
 曲構成に関してもそういう部分があって、2コーラス目のサビ後半が定型から崩れているのとかも、整然としていた「JOY」とは異なっていると言えます。

 さてもうひとつこの曲の特徴は、「過去」を否定していない点です。さまざまな「喪失」のイメージがそこらじゅうに散らばっているのですが、それらすべてを、こぼさないように抱え込もうとしているかのような印象を受けます。『思い出はとけないでそばにある』のも、大切な記憶をずっと忘れないようにそっと傍らにおいておくような感じで、やさしく、そしてせつない言葉になっていますね。
 かと言って、ノスタルジーに浸りきっているというわけでもなくて。「こわれた大切なもの」と再び「会う」ためには、たくさんのすれ違いを重ね、ドラマチックに前へ走っていかなければならないのです。

 失ってしまったものを過去から取り戻すことはできない。でもそれは、もしかしたら未来で待っているかもしれない。再会を信じて、思い出を大切に抱えつつ『もう行かなくっちゃ』と進みだす。
 過去に篭るのでも、決別するのでもなく、受け入れたまま未来に向かう強さを感じさせる一曲だと思います。

2005年08月22日

YUI「Tomorrow's way」

Tomorrow’s way
ソニーミュージックエンタテインメント
YUI, hideyuki DAICHI suzuki, Ittetsu Gen

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<共感を導くのは、思い描くようには強くなれない「弱さ」>

 デビュー作「feel my soul」がスマッシュヒットとなったYUIのセカンドシングル。基本的に似たタイプの楽曲を連続で続けているので、きっとこういう方向性が好きなんでしょう。雰囲気は洋楽っぽいですよね。日本の既存の人で言うと、the brilliant greenに近いかなと。尖りぎみの音とか、ちょっと病んだ作風とか。
 なんだか懐かしい雰囲気を出しているなあと感じるんですけど、どうもそう感じる根拠がよくわかんなくて悶々としています。なんだろう?

 どこか甘い響きも含んだ歌声は、けっこう好みです。好みですが、ちょっとこう自分の世界に浸っちゃっているような感があって、それが気になったりも。
 『叶える為 生まれてきたの』という吐露。『手に入れるための/痛みなら so good』という主張。今の現実に翻弄されながらも、幼き日に描いたイノセントな夢を思い返し、それを叶えるために傷ついても進んでいこうとする歌…
 なのですが、どうもひとつ「踏ん切りがついていない」感じがします。あくまでも語られているのは「こういう風にありたい」という希望までで、実際にその希望に沿って一歩を踏み出すところまでは到達していない印象。
 たとえば『誰かの言葉に つまづきたくない/惑わされたくない…』とあります。この想いは本心から導き出されたものだと感じられるんですが、「…」にまだ弱気が残っています。まだ「…」の後に「でも」が続く余地があるんですね。

 ま、だから「この曲はダメだ!」と言いたいわけってんじゃありません。自作しているYUI本人は強い歌を作ったつもりかもだけど、そうはなっていないんじゃ…『そんな事くらいわかっているよ』と言い捨ててみても、そう切り替えきれてはいないんじゃ…という思いはあります。が、これはこれでいい具合に、裏表のない「葛藤」がにじんできていて、いいんじゃないかなと。迷いを抱えている人にとっては、明確に一歩踏み出した強さのある歌よりも、このくらいの吹っ切れていない加減のほうが、ある種の共感は呼べるんじゃないかなと思ったり。

2005年07月30日

ユンナ「ほうき星」

ほうき星
ERJ
ユンナ, 佐藤永麻, 田中直, Satomi, 田村直樹, Jun, 佐橋佳幸

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<不可能な願望を本気で願う、まっすぐに突き抜ける思いのこもった曲>

 韓国出身女性歌手。ダンスチューンを中心とするBoAとは対照的と言ってもいいくらい、まっすぐなアッパーチューンです。
 実際のところ、わりとありふれた作りのはずなんですけど、なんだかすごくフレッシュです。そういえば少し前まではこんな作風の女性歌手はいなかったよなあ、というのがひとつ。最近はBENNIE Kが支持されていますし、アッパーな女性ボーカルの波が再び来ているのかもしれません。
 あと、ピアノの存在感が強いのが大きいですね。メロでは低め大人しめでリズム出しとして使われていますが、サビになったとたんにパッと印象的な連打が響き渡ります。個人的にこの「連打」(ギターの場合はかき鳴らし)が大好物だってのもあるんですが、鮮烈な印象を与えてきます。

 この歌は「ほうき星になれたら、あなたのもとに飛んでいきたい」という、その想いがほぼすべてです。非常にシンプルです。
 人間がほうき星になることは当然できないわけですが、この曲の場合は「飛んでいけたらいいのになあ、でもそんなの無理」とため息をつくのではなく、会いたい、という気持ちは、すっかり空を飛んでいってしまっているかのようです。うじうじと悩んでいたりしないんですね。『だからほうき星ずっと 壊れないよ』というフレーズ、ここでの「ほうき星」は、まさに『空駆け抜け 飛んでいく』主人公の気持ち、そのものです。実際のほうき星は一瞬で消えるものですが、でも胸の中の昂ぶりは、いつまでもなくならない。そんな強い想いが、確信しているかのようにすっぱり言い切られています。

 あと、「ほうき星」という言葉を選んだセンスですね。たとえば「流れ星」だと、願いをかなえるために祈る対象、というイメージが根付いてしまっているので、「自分がそうなりたい」というこの曲のスタンスには、ややそぐわないのではないかなと。
 また、「shooting star」と英語にしたりしないのは、伝わりやすさを重視する最近の邦楽市場の傾向かなと。

2005年06月19日

Rie fu「I Wanna Go To A Place..」

I Wanna Go To A Place..パームビーチRie fu, SNORKEL, 松井敬治, 生駒龍之介このアイテムの詳細を見る


<洋楽な香りの漂う悲しい歌は、果たして日本の歌謡曲偏重路線を変えていくのか>

 何者?と思っちゃいましたが、ロンドン芸術大学に在学中で、どっちかというとアート系を学んでいる方ということで。
 そう言われると納得できる雰囲気です。ただ歌詞に英語部分が多いからってだけではなく、曲そのものの洋楽っぽさとか(何気にXのコードで循環が始まっているのとか)、さらっと上品めに仕上がっているのとか。ヨーロッパの恋愛系映画のエンドロールに似合いそうな感じとか。

 まったりした印象があったので、優しくて幸せな歌なのかなと思っていたら、そうじゃないんですね歌詞をちゃんと読むと。争いのない場所へ行ってあなたと一緒にいたい、そんな幸せなビジョンを夢想していたけれど『I don't see it anymore cause I see thru you now』、もうあなたはいないから、そんな場所を思い描くことができない…ということのようです。悲しい歌なんですね。そうすると、行きたい場所というのは、「あなたがいて幸せだったあの頃」のことでしょうか。

 「no fight」「safe」なんて単語がちらほら出てきていて、この辺に注目すると、単なる別れというよりは、何か争いによって引き裂かれた二人…というストーリーを想像することもできます。戦死した恋人をそっと追憶する、平和は戻ってきたけれど、あの人はもう…みたいなシチュエーション。
 こうイメージすると、はじめ「えっ?」と思ったガンダムEDタイアップもわかるような気がします。アマゾンレビューではこのタイアップに合う合わない論争が白熱していて曲単体での評価が二の次になっちゃってるんですけども、個人的にはいいんじゃないのかなーと思います。や、実際アニメ見てないので無責任な発言なんですけど。

 しかしタイアップ効果があるとはいえ、こうした上品な洋楽系の楽曲が上位にランクインするようになったのは、なかなか印象深い出来事です。いい曲でも、アクがないと上位には入りにくい…もっとはっきり言うと、歌謡曲的な要素がないと売れにくかった日本のCD市場としては、それなりに画期的なんじゃないかと。
 この場合重要なのは「売れたのはタイアップのおかげだ」とか「今後も彼女がヒットを続けるかはわからない」といったことではなく、「とにかく上位にこういう雰囲気の曲が入った」という点ただそれだけです。洋楽的で、それほど盛り上がりもなくさらっと終わる、そんな曲が上位にランクインしたという事実。これだけで、今後受け手側も作り手側も、この種の曲に対する意識の持ち方が変わってくるはずだと考えます。
 その結果、今後もこうした、アクのない上品な曲が上位に入るようになるとしても、まあ、歌謡路線が廃れることはないかと思います。購買層の好みの多極化が、目に見えてわかるようになるのかなと。

2005年06月13日

YUKI「長い夢」

長い夢
ERJ
YUKI, 蔦谷好位置

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<メルヘン世界を強い意志で駆け抜ける、どんな物事をも受け入れながら>

 前作「JOY」で示された流れを汲む、デジタルなサウンドを駆使した楽曲です。このいかにもな打ち込みっぽさと、YUKIの幼さと強さを混ぜ合わせた生っぽさある声が、浮遊感ある独特の空想世界を形作っているように感じます。
 ゆったりとしたテンポで、とどまりながらもゆっくり拡散していくような雰囲気だった「JOY」とは違い、アップテンポの「長い夢」は息せき切って走り続けている、そんな印象を受けました。

 メルヘンなイメージの映像描写は、ジュディマリ時代からYUKIの得意とするところでした。色とりどりのおとぎ話のような世界で、「あなた」と戯れる、というような。『とびうおの群れを飛び越えてすすめ!!!!』とか、「くじら12号」にも出てきそうなフレーズですしね。
 けれど、今はそれだけではなく。『胸で 暖めてあげようか』『いつか完璧な輪になるように』などの言葉からは、ただファンタジックな世界で遊びまわっているだけではなく、母性的な強さ、見据えているものの大きさなどが伝わってくるように思うのです。

 3月に長男の突然死という不幸があったYUKI。この曲は、オフィシャルのインフォから判断するに、この不幸の前に作られてあったはずだとは思うのですが、どうも内容がダブってきてしまいます。失くしたものへ、悲しみを飲み込んだ決別の歌と見ることができてしまうからです。
 『バイバイ長い夢』と言っておきながら『夢で会えたなら何を話そう』とある、ここを「夢のように楽しかった日々」に別れを告げ、でも失くしたものとの再会に憧れる…と解釈したりすると、もう、ね。
 不幸な出来事を差し引いて考えても、やはりこの曲は「長い夢」「暗い雨」からの単なる脱出の歌、ではないように感じます。「バイバイ」という気軽な言い方からしても、そうしたマイナスなものもまたこのメルヘン世界の大切な要素として、どこかで大切に思っている。そんな意識があるように思うのです。

2005年02月17日

YUKI「JOY」

JOY
YUKI, 蔦谷好位置, 田中ユウスケ, 湯浅篤, Mutiny, Eric Kupper, 高木正勝
ERJ

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 淡々と繰り返す規則正しい打ち込み音が、紛れもなくデジタルの産物でありながら、どこかアナログな浮遊感を漂わせています。こうした、不思議にゆらめく宇宙的サウンドを形作ることそれ自体は別に珍しいってほどのことでもなくて、ポイントなのはそこにYUKIの声が溶けていっていること。ソロに入ってからどんどん柔らかさを増していくYUKIの声は、広くて音も色もない空間に、優しさと暖かみを薄く満たしたような、安心する心地よさに浸らせてくれます。

 さらに、詞もよくできていて。いたずらっぽい遊び心だらけでありつつ、子供っぽい気まぐれさがありつつ、『いつか動かなくなるときまで遊んでね』なんて、ふとはるか遠い「死」までを見つめていたり。あるいは『運命は必然じゃなく偶然で出来てる』と、韻を踏んでユーモアも醸しながら「運命=偶然」と奔放な定義をしていたり。
 声ばかりでなく、発想や世界観まで柔軟さに溢れた一曲に仕上がっている、という印象です。

 イエスノーどちらでもなかったり、約束は守りたかったり破りたかったり、愛することは簡単だけど困難で。これらは「どちらか一方を選ぶことはない」ってシンプルなことを、あえて両極端を並べることで表現しているように思います。一種の悟りめいた内容が確かにあるのですけど、でも、『死ぬまでドキドキしたいわ』と、すべてを「楽しみたい」=「JOY」へと持っていくことで、紡ぐ言葉のみずみずしさは失われないのです。
 やー、ジュディマリ時代から数えても、いくつもない最高峰の出来だと思うのですがどうでしょう。何がすごいって、既発のYUKI「ハローグッバイ」やら「Home Sweet Home」やらまでまとめて聴きたくなるんですよね、これ聴いていると。

2004年12月02日

YUKI「ハローグッバイ」

ハローグッバイ (CCCD)
YUKI, 蔦谷好位置, 湯浅篤, Zuriani, 田中ユウスケ
ERJ

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 つくづく大人になったなー、と。一見すると、JUDY AND MARY時代からそう変わっていない世界観/言葉遣いのようですが、余裕というか、広がりが感じられるんですよね。

 今回は「ハローグッバイ」とあるように、「出会いと別れ」について歌っていて。この、わりと普遍的な視線を持てるようになったことが、ひとつの成長だったりします。
 ジュディマリ時代のYUKIの詞はことごとく「あなたとあたし」二人の世界にひたすら終始していていた歌ばかりで、たまに少し広がりがあるなと思うとTAKUYAとの共作だったりして。
 別に狭い世界で歌っているのが悪いというわけじゃなく、そうやって二人っきりの特別な空間をドリーミーに描くのってのが、ジュディマリの魅力のひとつ重要な要素だったわけですが。
 とにかく、ソロ活動を始めてからのYUKIの詞は、もう少し外を見始めるようになってきています。本筋と外れる/余裕がないので具体例までは出しませんが、このへん、調べてみると面白いですよ。

 さらに出産以降、歌い方も柔らかくなって。その辺は前作の「Home Sweet Home」で触れましたが、たとえば今回『期待ばっか先走り空回り 見えないわ』とある中で、「見えないわ」みたいな言い方ってもう昔からのYUKIならではの言い回しなのに、歌い方のせいかあんまり「嘆いている」感じがしないというか、まあそんなことだってあるだろう、みたいな懐の広さがあるようで。これ初期ジュディマリだったら、どうしてダメなのよー、とふくれる女の子の姿が浮かんできそうなところです。
 『みのらなくても大切なこと』と、すべてを受け入れる姿勢がすっかりできていても、自分の経験を『むだじゃないよって君に言ってほしい』と、やっぱり「君」を求めずにはいられない。人間というのはそういうものだ、とか言うと「ケッ」とか思われそうですが、そういうことを歌で響かせられるって素敵なことですよね。

 『地球は回る』あたりは、ちょっといかにもで狙いすぎかなーという気もしないでもないですが。
 あと、『心に歌う“一本道”を』っていうのは、もしかしてチューリップ「青春の影」を意識しているんでしょうか。わざわざ引用符付けているし、オマージュっぽい香りがしてニヤッとさせられました。スピッツ「正夢」がKAN「愛は勝つ」を引いているような感じなのかな。

2004年11月22日

矢井田瞳「モノクロレター」

モノクロレター
矢井田瞳, 村田昭, 片岡大志
東芝EMI

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 ひさしぶりのような気がする矢井田瞳のシングル。しかもなかなか新機軸っぽい、アコースティックな味わいも楽しめて、ちょっと見直しました。心機一転、一から新しい気持ちで始めてみよう、ということでしょうか。やっぱり最近イメージ転換をはかった鬼束ちひろと比べてみると面白いですね。

 手紙のような呼びかけ方で、かつての恋人にメッセージを送る、という形式。タイトルの「モノクロレター」という字面はけっこういい感じですが、でもこの「モノクロ」が考えてみると謎。普通手紙っていったら白地に黒のモノクロなんじゃないか、と。「絵葉書じゃない」=自分の気持ちを言葉にしてしたためた、という解釈なら辛うじてできるかな。そういう意図があると言うには、ちょっと「響きのよさでつけてみた」感が漂っていますが。
 「過ぎ去った恋=モノクロの記憶」と精神的な意味で捉えようとするにも、主人公「わたし」は相手の新しい幸せを願いはするものの、まだ二人の日々の記憶を風化することができてはいないようですし。『透明な笑顔はそのまま/色褪せない』ってフレーズもばっちりあるんで、やっぱり不適。

 どことなく曲に漂う空虚な感じは、聴いていて心地がいいです。ちょうど今の季節の、高く青の薄い空と冷たい風の雰囲気にも合ってますし。

2004年10月07日

矢野絢子「夕闇」

夕闇
矢野絢子
ユニバーサルミュージック

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 デビュー曲「てろてろ」で強烈なインパクトを与えた矢野絢子の、セカンドシングルです。
 どのくらい強烈だったかというと、鈴木かすみ「ヤドカリカリカリ」が出てくるまで、初期の当ブログの検索第一位を誇ってました。まあマイナーなのに有線で流れまくっていたし、当初「矢野洵子」と間違えた表記も載せていたし、と、検索に引っかかりやすかったとかもあるんでしょうけど。
 でも、歌自体が非常に印象的で、力もこもっています。こちらでPVフル視聴できますし、歌詞まで公開していますんで、ぜひぜひ聴いてみるといいと思います。心動かされる人も多いんじゃないでしょうか。
 こうしてすべて公開している辺りも、聴けばみんな気に入って買ってくれるだろう、という楽曲への相当な自信がうかがえますよね。7月から有線でかかっていたのにリリースが9月なのとかも、「てろてろ」も3月から流れていて5月発売でしたし、まず流しまくって興味を持たせようという戦略があるんでしょうけれど、これだって「きっとたくさんの人の耳に残るだろう」という予測の上に成り立つ作戦なわけで。実際、印象強いですけどね。

 歌詞は、「てろてろ」と同じく、「僕」での一人称。こうしたタイプの歌い手はどちらかというと「女」らしさを前面に出してくる人が多い気がしますんで、わりと独特かと。でも、ボーイッシュな感じですし声も少年ぽさがあるし、合ってますね。艶かしいのでなく、ピュアな響きがしますから。
 たとえば、えっと、私事で恐縮ですけど。自分が小説を書くときって、けっこう女性視点になることってあるんですね。その場合、何がポイントになるかというと、自分の視点のある主役を、客観的に見て動かせるということだと思うんです。作者から独立した思考のキャラを作りやすいというか。
 「わたし」一人称で自らの想いを主観的に歌う女性アーティストは非常に多く、それが同性からの共感を得たりしているわけですけど、矢野絢子はそうではなく、客観的に歌を「演出」しているところがあります。
 「てろてろ」にしろ「夕闇」にしろ、鮮やかなシーンが曲に浮かんできて、聴き手を惹きこんできますよね。たぶん「こういう想いを歌いたい」というよりは、まず情景が思い浮かんで、その空間を表現するために「僕」の気持ちを込めているためなんじゃないかなと。結果的には、その「気持ち」のほうが前面に出て聴こえてきますけど。
 今回で言えば、「夕闇」に沈む部屋の中で、ただ沈黙している二人の張り詰めた距離と空間を歌で表現したくて、それで『抱きしめても 抱きしめても/抱きしめても きっと足りない』というように、作り出したシーンに漂っている「言葉にならない感情」を浮き彫りにし、歌い上げているんじゃないかなと。

 カップリングで、これまた歌詞公開している「嘘つきの最期」を読んでみても、皮肉めいた寓話的な世界になってまして。やっぱり、歌の世界をきっちり構築するタイプの人なんだなあと思います。
 それでも生々しく響くのはやっぱり声と、あとは歌い方ですね。リズムにはめ込むのではなくとても流動的に自由に、まるでしゃべっているように歌っていて、これは往年のフォークソングに通ずるものがありますね。むしろ「ネオアコ」の系統よりも「字余り感」があるぶん、近いかもしれません。

2004年09月17日

YUKI「Home Sweet Home」

Home Sweet Home(CCCD)
YUKI, 田中ユウスケ, Andy Sturmer
ERJ

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 まあ、100人中90人くらいまでは同じこと書くんでしょうけど、歌い方がぐっと優しくなりましたよね。意図的に音楽の方向性を変えようとこう歌っているのか、やっぱり母親になったから自然と滲んできてしまうのか、どっちかまではちょっとわかりかねますが。
 いたずらっ子ぽい声や語尾なんかの癖が、完全に抜けきっているわけじゃないんですが、でもやっぱりそういう部分にも丸み、暖かみがが出てきているようで。
 曲調なんてのは、以前からもこういう穏やかな曲もあったかもしれませんが、歌い方は、もっと突き放した感じに歌っていたと思うんですよ。突き抜けてくるような、まっすぐさ。
 今はそうではなくて、前に飛ばすよりも、横に広がっていくイメージが現れてきているんじゃないかと。『家へ帰ろう』って、サビというかもっとも山になっている箇所ですが、すごく柔らかく歌ってますよね。
 ここは和音も、広がり、深みが出る効果を狙ってつけられてます。(ピアノやキーボードある人は、左手でファラド、右手でより上のソを鳴らしてみましょう。こういう響きです)これだけでも好みなんですが、その箇所に至るまでゆっくりゆっくりと大事に盛り上げて、手前の『救われるの』でぐんと伸び上がり、ふっとここで離陸するような構成がたまらないです。

 やっぱりこういう曲は、バンドからは生まれないですよね。
 もちろん、逆も言えるんですが。

2004年06月21日

RYTHEM「万華鏡キラキラ」

万華鏡キラキラ (CCCD)
RYTHEM, CHOKKAKU
ソニーミュージックエンタテインメント

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 サビの入りがRUI「月のしずく」に似すぎだとかそういう突っ込みをしてはダメです。たぶんコード進行も同じっぽいからでしょう。まあよくあることです。
 「人の美しく揺れ動く内面」を表すのに万華鏡を持ってきたのはいい感じですけど、いまいち生きてきていない気が。テーマが「言葉がなくても気持ちは通じる」ということなんで、そっちに重点が置かれているため、「万華鏡」は主になる筋からやや浮きぎみ。しかもこのテーマに沿った方向が『地を這って 根を結び 広がる森』から『言葉(ことのは)ヒラヒラ/舞い散っていこうとも』と、きちんと筋を追って展開されているんで、「万華鏡」は省いて、もっと膨らませようもあったんじゃないかなあと、もったいないです。
 やや詰め込みすぎには感じますけど、でも未成年の女の子二人組、自分たちで作ったにしてはいい出来なんで、ちょっと感心しました。

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