2008年08月10日

L'Arc〜en〜Ciel「DRINK IT DOWN」

DRINK IT DOWN
DRINK IT DOWN
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L’Arc~en~Ciel P’UNK~EN~CIEL
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<ダークな色彩の中に浮かび上がるポジティブ性>

 ゲームのタイアップとしても使用された、ダークめなサウンドが印象的な一曲です。
 ラルクの楽曲はファンタジーと相性が良いです。まず、音や歌詞の描写に映像的なイメージを歓喜させる要素が多い。そして、以前にも触れましたが、歌詞の方向性も大きくかかわっています。ほとんどの曲に、現実的なラインのままではなく、空想的、抽象的なイメージへと飛躍する志向があるのですね。
 今回で言えば、『鏡は今砕かれ見たことも無い君が目覚めて』と、今までと地続きではない「見たこともない君」を提示してみたり、『わずかに開いた闇の向こうへ駆け上がる』と、抽象的な「闇」をイメージさせてみたりしています。

 さて、楽曲はドラムyukihiroの作曲。この人はremixとかもしてますし、サウンドは毎回打ち込み系っぽさがあります。メロディラインとか見てもそんな感じ。
 メロはキーが低め、平坦で繰り返しが多い感じ。サビもそんな流れの中で突如『真実が』の部分で一気にキーが跳ね上がります。これが聴き手の耳を引きつける大きなフックになっているなあと。これがないと、たぶんほとんど印象に残らない楽曲になってしまったんじゃないでしょうか。

 ところでこの歌詞は、『闇とは深く味わうもの』とあるように、光ではなく闇の中を目指しています。といっても、退廃的で破滅的な内容というわけではなく、その向こう側に進むために気持ちを奮い立たせている、という感じ。闇に「堕ちる」のではなく、闇を「drink down=飲み干す」、我が物にしようとしているわけですね。このあたり、ダークなサウンドになってはいるものの、非常にポジティブさを感じます。

ラベル:L'Arc〜en〜Ciel

2008年07月23日

山下達郎「ずっと一緒さ」

ずっと一緒さ
ずっと一緒さ
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山下達郎
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<短い中に過不足なく詰まった言葉>

 4分音符での刻みが繰り返される、オーソドックスなピアノバラード。派手な印象こそ与えないものの、力強さを感じる楽曲です。

 言葉は、難しい言い回しや珍しい技法などは使われていません。
 特にサビは、『昼も夜も 夢の中まで/ずっと ずっと 一緒さ』と非常に平易で、かつまっすぐな愛のメッセージです。サビ入りの『あなたと』などは、サウンドが一瞬ブレイクするのも合わさって、非常に印象的。

 そして、全体を通して、一音ずつ噛みしめるように歌っています。よく、英語は一音に言葉を詰め込むことができるので、日本語よりも耳馴染みがよい…という話を聞きます。が、この歌はまったく逆を行っている、と言えるんじゃないかなと。
 メロディラインに音を詰め込んで印象的に響かせるのではなく、一音ずつに力を込めて発することで、その言葉を聴き手へと染みこませるように届けている感じ。まあ、この人の歌声だからこそ、ということもあるかと思いますが。

 そんな歌い方だと、必然的にフレーズごとの文字数は少なくなります。だけど、ここもベテランのテクニックを感じるところ。語数が少なくても、語りたい表現を巧みにまとめ、不要な部分をそぎ落とし、かつ平易にわかりやすく語っているなあと。

 たとえば、Aメロ。ずっと「〜して」という語りかけで繋いでいく中の『こびりつく/涙を融かして/冬はもうすぐ終わるよ』。これだけで、傷ついた過去にとらわれないでほしいという思いを、冬から春への移り変わりの情感を合わせて語ってしまっているわけです。
 『つないだ手の温かさが/全てを知っている』
 こちらも、あれこれ説明せず「全て」と言い切ってしまっていることで、短い中に力強さを出し、サビのまっすぐな愛の語りかけに繋がっているわけで。こうしたさりげない巧さは、やはりベテランならではといったところでしょうか。続きを読む

2008年05月17日

RADWIMPS「オーダーメイド」

オーダーメイド
オーダーメイド
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RADWIMPS
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<ファンタジックな空想は、誰のためのものか>

 生まれる前のこと。自分自身のパーツを、『誰かさん』にもらっていく。たいていのパーツは2個ずつ対に付けていってもらうけれど、心臓だけはひとつでいいとお願いする。いつか大切な人ができたときに、『二つの鼓動がちゃんと胸の/両側で鳴るのがわかるように』…

 そんなふうに、ファンタジックな設定や表現を駆使して歌詞を作り上げるのがこのバンド、RADWIMPSの大きな特徴です。その世界観はとにかく変幻自在で、今回も、この世に生まれる前に、自分自身で形を選んだんだという、豊かなイメージで紡がれたストーリーになっています。
 もちろんこれは、奇抜な空想によるものです。だけど、それをあえて「きっとこうだったんだ」と主張する。『一人とだけキスができるように』口をひとつにしたんだ、と語って、聴き手に「本当にそうだったら素敵だなあ」と空想させるわけです。

 ただ単純に「心臓は愛し合う二人でひとつになるようになっているんだよ…」と正面から語ると、ちょっと気障っぽいし、照れるし、現実で言ったら怖がられそうでもあります。でも、生まれる前の話という非現実的なシチュエーションに仕立てて語られているので、ファンタジックさがクサさを中和しているのですね。

 で、そんなファンタジックなストーリーがほとんどを占めていて、その突飛さにばかり目が行きがちですが、重要なのはむしろ、その合間に挟まっている部分なんだろうなと。続きを読む

2008年05月05日

遊吟「Fate」

Fate
Fate
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遊吟
TSUBASA RECORDS (2008-01-09)
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<フレッシュ&ポジティブなイメージの応酬>

 島根県松江市出身の新人デュオ。今回がデビューシングルで、爽やかでポップなアップテンポになっています。

 「あいのり」主題歌に大抜擢とのことですが、同じくここの主題歌からブレイクした川嶋あいと同じインディーズレーベルのつばさレコーズ、そしてさらにMiとも同じダブルウィングという事務所に所属ということで、ここの繋がりがきっとあったのでしょうね。
 で、その2アーティストがそうだったように、ピュアで抜けのいいポップな歌と、「あいのり」との相性はちょうどいいところでしょう。

 歌詞は、出発の時を思わせるポジティブな内容。ポジティブさはビンビン感じますが、メッセージ成分はあまり濃くありません。自問自答の末にひとつの答え/生き方を見出す…みたいな重厚さを出すのではなくて、空や風など自然のイメージや、『どんな荒波だって乗り越えてゆける』みたいなフレーズなど、明るく爽やかで前向きな言葉をどんどん並べていく…というような作り方。そのためフレッシュで軽快な印象を受けます。
 それは、『無限の未来地図何を描こう』というフレーズにも表れています。未来をなんの迷いもなく「無限」と言ってのける、すっぱりと明快なポジティブさ。未来は限りがあると考えたり、あるいは「先のことはまったくわからない」なんて、チマチマと考え込んだりはしないのです。

 『波風のおもむくままへそれが僕らの道しるべ』
 『砂にまみれた靴紐/アスファルトに写る』
 それって「道しるべ」って言うの?「砂」の後に「アスファルト?」…など、イメージ先行で言葉を紡いでいるのか、ちょっと突っ込む隙もあったりします。が、朝を『空の端が色を付けた』と描写したり、サビ頭に『涙も笑顔も不安も愛も』と単語を並べて印象付けたりと、センスはそう悪くないはず。
 今回はポップソングのテンプレートどおりの内容ですが、次作以降でどんな味を出していくのかが気になるところです。

2008年04月28日

レミオロメン「Wonderful&Beautiful」

Wonderful&Beautiful
Wonderful&Beautiful
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レミオロメン
ビクターエンタテインメント (2007-12-12)
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<一長一短の世界を肯定するために>

 どっしりした印象のあるミディアムテンポの中で、キラキラした音と安定感のある声。情景は、冬の高速道路に舞い落ちる雪…
 これまではどちらかというと自然物の情景を主に描いてきた感のあるレミオロメン。『冬の首都高』の渋滞、なんて都会の描写が入ってきているのは、個人的には新鮮でした。

 渋滞に心を乱されながら、『都会は溢れて 田舎は足りない/それとも逆か 似たようなものか』などと思索してみる。どちらにも一長一短はあるし、それは都会と田舎の性質に加え、人それぞれの感じ方もそうでしょう。都会にいても不満は出るし、田舎へ行ったから幸せになる、というわけでもないものです。
 …と、詳しくは書かれていませんが、そういう思いがここには込められているんじゃないかなあと推測します。

 なぜそう感じるかというと、続くサビで示されていくこの楽曲全体のテーマが、『Wonderful 間違えもある/& Beautiful 不完全でも』いいじゃないか、という内容だからです。
 完全なものなんてない。『Wonderful 不確かであれ/& Beautiful 不自由であれ』と後でも歌っているように、それでもいいんだ、と受け入れようとする意志がこの楽曲には乗せられているわけです。

 さらに言うと、そんな不完全だったり間違ったり、自分自身を超えられない自分は、変わりたいという気持ちを胸に、「光」を求めています。そして、それは最後に『光を探したのさ/あなたを探したのさ』と重ねられることで、「光」=「君」であることが暗に(わかりやすいですが)示されます。
 一長一短、不完全な世界や自分を肯定しようとする。そのためには、他の誰かの存在が必要なんだ…そんな訴えかけが、冬の都会の情景の中で語られているのですね。

2008年02月18日

L'Arc〜en〜Ciel「Hurry Xmas」

Hurry Xmas
Hurry Xmas
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L'Arc〜en〜Ciel P’UNK~EN~CIEL hyde TETSU P’UNK Hajime Okano Daisuke Kume
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<楽しげな非日常空間をまっすぐに祝福>

 ホーンセクションが華やかな雰囲気を醸し出し、聖夜のイメージが散りばめられていく、どこからどう聴いてもれっきとしたクリスマスソングです。
 クリスマスをテーマに据えるのは、シングルとしては初。ですが、アルバムを見ると過去にも「C'est La Vie」「I Wish」など、それっぽいものも作っていたりします。ジャジーなスイングが楽しげに鳴り響いていますが、ジャズへのアプローチもまた、方向性は異なるものの「Singin' in the Rain」で行っていますね。こちらも今回と同じくhyde曲でした。
 セブンスコードを多用しつつフラット系の進行を取り入れているのですが、これが何ともいえないオシャレ感を演出。ビジュアル系の中でも、La'cryma Christiを思い出す感じ。あんまりJ-POPにはないタイプの流れになっていることもあり、非日常っぽさ、祝祭っぽさも出ていますね。といっても、hydeの手クセなメロディラインのフレーズも多数出てくるので、それほど違和感はありません。

 違和感があるとしたら、むしろ歌詞のほうでしょう。クリスマスムード全開なのはともかく、『イカしたドレス着た 君さえ居たなら何も要らないさ』なんて甘く囁いてみたり、『さあパーティーの始まりさ come on MUSIC♪』なんて♪マークが出てきたり、やたらとハッピーでご陽気。特にひねくれたところもなく、特別な一日を満喫している様子を描いています。
 特に歌詞は本当に純粋なクリスマスソングに仕上がっているので、退廃的だったり耽美なニオイのするラルクが好きな方はちょっと受け付けないかもしれません。最近は確かに明るい方向になっているんですけど、ここまで吹っ切れてくるとは予想していませんでした。
 頑張って挙げてみるなら、冒頭『着飾った街はもう幻想さ 年中でも悪くはないね』。クリスマスの装いに「着飾った街」が年中でもいい!なんてお祭り気分なわけですが、それが「幻想」に過ぎないこともわかっての発言だという。現実よりもフェイクや幻想を愛するhydeらしいと言えばらしいです。

2007年11月29日

L'Arc〜en〜Ciel「MY HEART DRAWS A DREAM」

MY HEART DRAWS A DREAM
MY HEART DRAWS A DREAM
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L’Arc~en~Ciel P’UNK~EN~CIEL YUKI P’UNK hyde
キューンレコード (2007/08/29)
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<広がりのある曲調の中で描かれる「空への解放」は、決して「逃避」ではない>

 抜けのいいギターの音が爽快に響き渡り、デビュー当初から連綿と続く
 ラルクらしい透明さと広がりが味わえる、5ヶ月連続リリースの第一作。

 前作「SEVENTH HEAVEN」がやや意表をついた曲調だったぶんもあってか、非常に昔ながらのラルク美学を感じる新曲です。久々のken曲なのもポイントかも。「READY STEADY GO」以降では「叙情詩」だけと、近年シングルにはほとんど登場していませんでした。
 どちらかというとキャッチーなtetsu曲やhyde曲よりも、コードに対してかなり自由に動き回るメロディラインは、透明感や奥行きのある世界観を醸し出してきます。「ラルクらしい世界観」は彼あってこそ!だと個人的には思っていたり。

 音域のレンジが非常に広く、楽譜を見ると実に2オクターブ以上に渡ってラインが上下しているのがわかります。しかもメロが短いため、Aメロ→Bメロ→サビまでの流れが非常に速く展開し、そして音域が各パートでどんどん上昇していく形となっているので、一気に空へと飛び立っていくかのような感覚を与えてきます。
 そしてサビでは、ハイトーンのほとんどはファルセットで歌われているため、『何処までも高く 自由に舞うのさ』というようなフレーズが、より印象的に響いてきます。

 こうした曲調や「空」への志向、そして『遥かなる時を飛び越えてくのさ』というような、束縛から解き放たれたがる感覚は、従来の「ラルクらしさ」のど真ん中をいく要素です。
 ただ、そればかりではありません。以前は、空や自由への志向は、逃避というか、現実から抜け出そうとするような意味合いを帯びていました。しかし活動を重ねるにつれて、今回で言えば『逆風であろうと』『どんな褪めた世界でも』といった抵抗のある中を進んでいこうとする意志も生まれてきていまして。
 また、空を飛翔するのも、その先に『笑顔のままの君』を求めているわけでして。今この瞬間や現実とまったく別の世界へ行こうとするのではないのですね。

 また、タイトルにもなっている「夢を描く」こと、ここにも大きな変化があります。はじめは自分自身について歌っていたのが、最終的には『誰も皆』、『Our hearts draw a dream』と「みんな」にまで広がっていくのですね。しかも『夢を描くよ』はボーカルが後ろに下がっていて、「みんなで歌っている」雰囲気を感じさせるものになっています。
 自分だけでなく周囲を巻き込んでいく…こうしたスタンスもまた、当初にはない、新たに得た部分ではないでしょうか。

2007年11月21日

吉井和哉「シュレッダー」

シュレッダー
シュレッダー
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吉井和哉
EMIミュージック・ジャパン (2007/08/22)
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<過去を失うこと、消していくことに嘆かない強さ>

 ソロになってから、特に今の吉井和哉名義になってからはどちらかというと内省的でストイックな内容の楽曲を多くシングルリリースしている印象です。が、久しぶりに彼の特徴である「妖艶さ」がぷんぷんと漂ってくるような歌だなーと感じました。
 『あぁそばにいて そばにいて』のような、べったりと湿った語りかけ。『絡み合った 探り合った』と、ちょっとエロティックな香りを感じる表現。言葉の字面以上にえもいわれぬ妖艶さが立ちのぼってくるのは、やはり本人の特質がそうさせるのでしょう。

 とは言いつつも、この歌に込められているテーマの本質は、そうしたエロスの面ではないようにも思えます。「WINNER」がそうだったように、「静かなる強さ」のようなものを感じさせてくる、そう感じるのです。
 たとえば、『神様にあったらこんな風に言うんだ/「どんな目にあっても生きていたいです」』というこのフレーズは、非常に確固とした硬い信念を感じさせます。それでいて、積極的すぎることもない。力強くはあっても、力んではいない、そんないいバランスの上に立っているなあと。
 感動的すぎず、かつ感傷的すぎないフレーズの淡々としたテンションもそうですし、何よりもこの局の中心である『背中のシュレッダー』にも、そんな方向性を感じ取ることができます。

 シュレッダー、というモチーフは、あまり見かけないものです。かつ、たいていの人は、そこに掛けられているのはあんまりいい意味合いじゃないんじゃないか、と思うことでしょう。実際、『楽しかったあの日は/背中のシュレッダーにかけ』と、いい思い出を切り刻んでなくしてしまっていく、そんな文脈で使われています。
 ただ、そこには、嘆きはないように思えます。ま、ちょっとはあるんでしょうけれど、『背中のシュレッダーにかけ/だからかすぐに消えた』と飾り立てもせずに述べる雰囲気には、激しい感情は込められていないように感じます。今までのことを「シュレッダー」にかける=忘れていく/失っていくことに抵抗せず、ただあるがままに受け入れていく…そんなスタンスが表れているんじゃないかなと。

 過去を粉砕していくシュレッダーは「背中」にある、ということもポイントです。この「背中」は、ひとつには「目の前を過ぎ去ったそばからすぐに」思い出は消えていってしまう、ということを表現したかったからかなあと推測します。
 そして、自分の体にくっついていると示すことで、受動的に「消えていってしまう」ではなく、能動的に「消していく」ものなんだ、ということも同時に示しているのでは…と思えるんですね。
 そこに悲哀はありません。余計な感情はありません。自ら過去を消去し、そのうえで、未来を受け止めていく。ひたすらこの繰り返しを受け止め受け入れている、そんな凄みをひたひたと感じます。

2007年10月25日

RIP SLYME「熱帯夜」

熱帯夜
熱帯夜
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RIP SLYME Luis Gonzaga RYO-Z David Nasser Zedantes ILMARI PES SU
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<ローギアからじっとりと漂ってくるエロス>

 ピコピコ音がクセになりそうな、夏の熱い夜を描いた一曲。チープな打ち込みの淡々とした響きが、じっとりと汗ばむような蒸し暑さと、官能的なささやきめいたエロさを盛り上げています。

 RIP SLYMEの音楽は、どこかギアがローで、迫ってくるような暑苦しさを感じさせない曲が多いです。それが気だるさとなって表れると「楽園ベイベー」や「黄昏サラウンド」になり、飾らない等身大なスタイルの表明として表れると「One」になるのかなと。
 で、今回の場合、このローさが怠惰でただれたプライベートを感じさせる、押し殺したアダルトなムードを醸し出しているんだろうと考えるのです。そう考えると、「熱帯夜」というじっとりとした熱さを感じさせるシチュエーションに官能性を乗せるのは、彼らのスタイルにピッタリだなあと。

 リリックでは、とにかく印象的なのは『あなたなら Ah 私なら Woo』の部分でしょう。これがどこか扇情的に聴こえてインパクト大なのは、とにかく覚えやすいフレーズだという点と、あとはメロディによる部分も大きいのかなと。
 特にヒップホップの分野だと、こんなメロディラインでキメの1音(ここでは「Ah」「Woo」のところ)が最後にある場合は、強調したいために音が上がることこそあれ、下がることはあんまりない印象があります。そこをあえてだらりと下がった音で発声するので、まるで吐息のような響きになり、色っぽく響くのかなあと。

 そして、細かいですが『ホテらすネツタイヤ』と、「熱帯夜」の「ツ」をはっきり発音しているところも見逃せません。「ツ」は声帯が震えない無声音ですが、やっぱり「吐息が漏れた」ような響きを生みますから、この文脈だとエロさに一役買う形になります。
 実際に発音してみると、この「ツ」のアクセントがあるのとないのとでは、受ける印象が大きく違ってくるのがわかるでしょう。
 これと似たようなところでは、『もう元に戻れないぜ 二人のまれ/街中熱く染まるファンファーレ響くぜ』というMCパート部分が、「ふ,たりのまれ」「ま,ちじゅう」「ひ,びくぜ」なんて区切って歌われているなんてのも。もちろん韻やリズムの制約はありますが、単語の中での区切りをわざわざ強調して言っているフシがあります。これも、はっきり区切ることで、昂ぶっているムードを演出しているんだろうなあと。

 トラックで言うと、チープさローさのもたらす効果は先に述べたとおり。
 そして、「Ah」「Woo」の歌い方と同じく、コードもそれをなぞるトラックも下降音型を軸として構成されていて、それが静かに立ちのぼるアダルトな雰囲気に貢献しています。

2007年08月31日

L'Arc〜en〜Ciel「SEVENTH HEAVEN」

SEVENTH HEAVEN
SEVENTH HEAVEN
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L’Arc~en~Ciel hyde P’UNK~EN~CIEL
KRE (2007/05/30)
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<浮遊せず、ずっしりと腰を落としたサウンドの理由は…>

 シングルとしては実に「Link」以来22ヶ月ぶりとなった、L'Arc〜en〜Cielの活動再開シングル。そんなに空いていたか?と思ってしまうのは、各メンバーのソロワークもそれなりに活発だったからでしょうか。

 さてこの楽曲、ディスコっぽいアッパーさが全編に満ち満ちている、かなり異色のナンバーです。個人的には、ラルクの持ち味は透明感と色彩に溢れる音楽という印象で、同じように感じている人も多いのではと思うのですが、そういうひとにとってはかなり驚きだったはず。

 とはいっても、ラルクらしさがまったくない、というわけでもなく。決して一本気にならずうねりを生み、安定よりも宙にぶら下がるような不安定さのあるメロディラインは、実にhyde曲らしいです。超・自由なベースラインも相変わらずですし…

 トリップ感満載の歌詞もまた健在。『揺らめく楽園』を目指して、『身体の中の殻を破り』『廻りまわり 色は変わり』と、変身/変化を志向する方向性は、今回もはっきりと見てとることができます。そもそも、タイトルからしてそれっぽいですし。
 ちなみに、「SEVENTH HEAVEN」とは、キリスト教における用語。7つあるうちの7番目、最上級の天国のことなのだそう。

 で、この曲最大のポイントは、1コーラスの最後に出てくる『君に最終的なQuestion./何処に存在するかheaven?』という問いかけです。その後、『The answer in a minute thirty one.』=答えは1分31秒後、という不思議なメッセージが続いています。
 さて、そこで実際に、楽曲の1分31秒後を待ってみると…ちょうど2コーラスがひと巡りして、同じ部分で今度は『The answer's waiting under your feet.』と歌われるのですね。「足の下」、つまり「大地」を指していると考えると…この地球そのものが天国なのだ、というメッセージになるわけです。これはかなり各所で話題になった解釈ですが、楽曲のなかで「答えはまた後で!」とするなんて、なかなか面白い趣向です。『ヒントは無い』と言っておきながら直後にヒントを出しているのも、遊び心がきいていますね。

 ラルクは浮遊感を感じさせるタイプの楽曲が多い中、打ち込みのビートが地に足のついた雰囲気を醸し出しているのは、もしかするとこの「地球こそ天国」というテーマとリンクしているのではないかなあ、とも思います。
 そう考えると、歌詞のラストで『この大地へと築き行こう』と締めているのも、さらには、いつもだったら中空に抜けるようなファルセットがどこかで出てくるのに、それがないのも…?

2007年08月26日

吉井和哉「WINNER」

WINNER
WINNER
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吉井和哉
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<強すぎない呼びかけ、漂う静かな強さ>

 昨年にはオンライン配信のみで楽曲の発表を行っていたとのことですが、通常リリースのシングルとしては、かなり久しぶりの登場となる吉井和哉の新曲。サッカー映画「GOAL!2」日本語吹替え版の主題歌で、前向きで勇気をくれる内容となっています。

 とはいっても、普通のメッセージソングとはどことなく違う味わいが、至るところから垣間見えます。
 たとえば、『君の勝利は自分で勝ち取れ』あたりの「いかにも」な言葉もありつつ、過剰に希望を煽ったりはしていないところとか。「きっとできる」とか「自分がついている」とか、そうした呼びかけはありません。『走れこのままじゃ何も変わらない』と煽ったり、『いつか笑い飛ばせますように』と祈ったり、それくらいのものなんですね。
 夢を抱かせるのではなく、不安を和らげたり、発奮を促したりする言葉ばかりなのです。

 「できる!」「頑張れ!」という応援は、誰にとってもわかりやすいメッセージです。でも、それを根拠もなく、外側から言われるのはイヤだ、という人もいます。そういう人にとっては、この曲の放つようなメッセージのほうがきっと耳に響きやすいのではないでしょうか。
 それほど大きな盛り上がりには繋がりませんが、静かな強さを感じさせる内容になっているなあ、と感じるのです。

 オリジナリティがもっとも発揮されているなと感じるのは、『笑顔がキレイな/君の裏側こそが美しい』という、ここでしょうか。
 人は誰も笑顔だけでは生きてはいけません。楽しそうな表情を作ってみせる、そんな作為に自己嫌悪の念を感じてしまう人は多いのではないかなと。でも、笑顔の「裏側」を掬いとってあげるこのフレーズは、そんな自己嫌悪にもすっと光を照らしてあげられるのですね。

 そして、象徴的なのは、『走れ止まらずにこらえるんだWINNER』の一文。メッセージを投げかける相手を、「WINNER」=「勝者」と呼んでいます。つまり、「勝利」は遥かな目標ではなく、前提としてすでにあるんですね。勝つために走るのではないんです。
 すでに勝っている、だから苦しくても止まらずに走り続けるんだ…得られるかどうかわからない「勝利」を目指させるよりも、先に勝者と呼んでしまうことで、まず確かなものを聴き手の意識に植えつけ、それを糧にさせているわけですね。あるいは、止まらずに走り続けるものこそが勝者なのだ、というメッセージなのかもしれません。
 いずれにせよ、誰もが確実に「WINNNER」となることができる、その可能性を充分に持ったメッセージになっているなあと。

 ファルセットを多用しつつ、全体的に緩やかなメロディラインもまた、この曲の持つ密やかな強さをほんおり香らせることに一役買っているなあと。暑苦しくなく、イケイケでもありませんが、確かな前進をもたらしてあげられる歌なのではないでしょうか。

2007年08月11日

レミオロメン「蛍」

蛍 / RUN (初回限定盤)
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レミオロメン 藤巻亮太 小林武史 四家卯大 山本拓夫
ビクターエンタテインメント (2007/05/09)
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<浮遊感を出す独特のメロディと「匂い」のある言葉>

 すっかりミディアムバラードが持ち味として定着した感のあるレミオロメン。今回は両A面扱いの「RUN」がアッパーチューンではありますが、映画「眉山」の主題化タイアップとなったこちらの「蛍」は、シングルだけで見れば「粉雪」「太陽の下」「茜空」に続く4連続目となります。

 とはいえ、今回も独特のメロディラインを随所に見て取ることができるので、分析していくと飽きがきません。たとえば、歌い出しの『七月の雨に打たれて』をとっても、3連符を使っている、そしてコードからぶら下がった音を使っている、という点が挙げられます。
 4/4拍子、8部音符進行がベースの楽曲の中での3連符というのは、もちろん全体のリズムからは外れた存在なわけです。それをあえて組み込むと、その部分は強調して聴こえてくるものだったりします。決然とした力強い響きを帯びることもありますが、ここでは、滑らかで揺らぎのあるふわっと浮かぶような雰囲気を醸し出すようになっていますね。対して、サビの『逢いに行けたら』の「逢いに」の部分で出てくるときにはどちらかというと前者、きっぱりとした響きになっています。
 コードからぶらさがった音は、響きに深みを作ったり、浮遊感を出す効果があります。この曲のメロ部分がどことなく幻想的な雰囲気に包まれているのは、ただバッキングが静かだからだけではなく、このメロデイの「3連符」「コードにない音」に拠るところも大きいのではないかと。あと、少しずつ語られていくといったように、ひとつひとつ短いフレーズで作られているのもポイントかなと。

 そして穏やかなメロから一転、力強い、「粉雪」を髣髴とさせるサビのシャウト。この出だしの『今、』のコードもまた特殊です。J-POPのお約束を逸脱しているというレベルなので、人によっては調子が外れているようにさえ聴こえるかもしれません。でも、その分、インパクト大です。

 さて詞ですが、『蝉の噎びが止んでしまった』『夜の隙間から蛍が紡ぐ光の先へ』などなど、夏の情緒を感じさせる表現がいろいろ出てきています。5月リリースなのに、描かれている情景は7月。まあこのレビューは8月になっているわけですが…
 最近は日本情緒を醸し出そうとする詞の書き手はけっこう多いです。で、なんかカッコよさげなフレーズを作っているけど、ただ雅語で言ってるだけじゃ?とか、それってどういう意味?な表現も散見されたりします。なんとなく響きの良さだけで言葉を選んでいる感が漂っているなー、なんてものもあったりします。
 が、藤巻亮太の場合は『夏に惚れたと世界は唄う』なんてフレーズを見るに、「なんちゃって和風」な感じはあんまりしないです。こういうフレーズって、綺麗なイメージに囚われ溺れているだけだと出てこないんじゃないよなーと。視覚的な鮮やかさ、言葉の響きの美しさだけを追い求めているんじゃなく、描く情景の「雰囲気」「匂い」を感じて書いているんじゃないかと思わせてくれるのですね。

 ただ、今回はちょいと物足りないかも。自分の進む道筋を蛍のモチーフを使って表現し、その先に「貴方」を見ているわけですが…歌自体から物語を想起するには、もうちょっと内容を拡げてもよかったんじゃないかなと。
 タイアップの映画は観ていませんが、きっとそれと合わせるとストーリーが補完できてちょうどいいのかなあ…という気がします。個人的には、レミオっぽさは感じられるものの、レミオらしさを100%発揮しているという感じは受けませんでした。まあ、新しい方向性に変化している途中なのかもしれませんが…

2007年06月11日

レミオロメン「茜空」

茜空 (通常盤)
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レミオロメン 藤巻亮太 小林武史
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<垢抜けなさが強さと説得力を生む>

 レミオロメンの作詞作曲はボーカルの藤巻亮太が手がけているわけですが、彼の生み出すメロディとハーモニーはどこか特徴的で、もっと突っ込んだ言い方をするとちょっと異質だったりします。コードの流れをあんまり意識していないように感じるし、そのせいでコードもたまに不思議な流れになっていたり。滑らかでない、無骨なものになっていることが多々あるのです。
 今回で言うと、2コーラスが終わったあとのCメロの転調部分が特に顕著で、はじめは違和感があるはず。慣れる人は慣れるでしょうけれど。

 その独特のメロディメークは、もちろん独自性としても機能するので、レミオロメンの音楽が好き!という人は、無意識にこの音楽性を受け入れているのでしょう。確かに、彼らの詞のほうの特徴でもある素朴さ、暖かみ、土の匂いといったキーワードを考えると、垢抜けきっていない感触のある(すみません)このメロディセンスは共鳴し合うものだという気がするのです。
 変に滑らかで流麗、線の細いメロディだと、まったく別の世界観になってしまう気がします。

 あと今回は、やたらと細かいコードチェンジが多いです。特にサビは、1小節の中で1拍ごとに変わっていく部分が頻出します。
 こうした1拍ごとにコードを変える手法は、たいていはバラードのキメ所なんかで使われるものです。なぜなら、響きが次々と変わっていくため、強いインパクトを与えがちだから、そして階段状にだんだん盛り上がっていく雰囲気を作り上げやすいから、ここぞという時に使うわけです。それを定常的にどんどん盛り込んでいくのは、やっぱり垢抜けない感じがします。
 ただ、詞を読んでいくと、春の穏やかで柔らかな描写が多くある中で、サビでは『夢だけを信じて駆け抜けろ』『今日の日を迷わず生きていたい』など、かなり強い言葉が綴られていたりしまして。そのメッセージを補強するために、頻繁なコードチェンジから生まれる力強い響きが一役買っているのかなと。

 『瞳には未来が輝いている/そう春だから』…生命力に溢れるポジティブな言葉達は、「そう春だから」という一言で、さらりと説明されてしまいます。あれ?それだけ?…それだけなんです。春は生命が萌え出づる季節だとはいえ、いくらなんでも無理やりだ、なんて感じようと「春だから」なのです。
 そうはっきりと言われてしまうと、逆に、根拠として断言される「春」にはそれだけの強さがあるんじゃないか、と思わされる不思議な説得力が生まれてきます。生まれてくるというか、聴き手が勝手に感じてしまうだけなのですが。

 『夜と朝の狭間』の「茜空」という時間帯の、淡い雰囲気の描写の中で、力強い「始まり」を歌い上げる。その曲の骨子の部分に説得力を持たせるため、細かいコード展開を行い、「春だから」で押し通す。そして、アレンジ全体はふんわりした春めく雰囲気を崩さない。
 この実は複雑なバランスが、「春の始まり」というどこにでもある設定を独自の一曲に仕上げているなあと感じるのです。

2007年06月06日

ゆず「春風」

春風
春風
posted with amazlet on 07.06.06
ゆず 葉加瀬太郎 岩沢厚治 北川悠仁
トイズファクトリー (2007/03/07)
売り上げランキング: 15809


<寒さの残る場面を一変させる「君」という春風>

 葉加瀬太郎フィーチャーで話題を呼んでいるこの楽曲。岩沢厚治作にしてはシンプルな詞で、確かに原点回帰的な落ち着きのある一曲です。シンプルでゆったりとしたメロディラインは、彼ららしいハーモニーを改めて聴かせるにはちょうどいい感じ。
 そのハモリに絡んでくるのが、葉加瀬太郎のソロバイオリン。厚いストリングスにするんじゃなく、一筋の強く流麗な響きであるところが、変に盛り上げすぎずでも琴線に触れるような高揚感を誘ってきます。この作りは、コブクロやWaTとははっきりとカラーが違ってくるところ。

 このソロバイオリンの繊細な響きもあって、タイトルにも冠せられたように「春風」が重要なモチーフになっていながら、暖かさというよりもまだ肌寒さを感じる曲想になっています。シチュエーションもまた、『窓の外は冷たい雨が降り続いてる』と描写されています。

 それは、『どうすれば君に伝えられたのでしょうか』と、打ち明けられずにいた気持ちを自覚する主人公の心境に近いもので。今更とも思いつつ、それでも煩悶してしまう主人公の心持ちそのものは、まだ「雨」「寒さ」に寄っていると感じるのです。

 しかし、そんな中で「君」だけは、『春を告げる風が今吹いて』くるかのように、「僕」の心を暖かく鮮やかに染めてしまうのですね。『今頃になって』などとうだうだと考えていたのが、『今ならまっすぐに 伝えられそうだから』と思えるくらいまでに一変させてしまう。
 寒々しいシチュエーションの中に突如として登場する春風になぞらえて、それくらい強い存在として「君」が描かれているわけです。

2007年03月15日

WaT「ボクラノLove Story」

ボクラノLove Story (通常盤)
WaT 華原大輔 前嶋康明 小松清人
ユニバーサル・シグマ (2006/12/06)
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<初々しくも的確に、女の子の理想の男の子像を体現するしたたかさ>

 前作「Ready Go!」に続き、矢継ぎ早のペースで出した2枚目のシングル。最近の芸能界への定着具合を見ていると、もうだいぶポジションを確立してきたなーという感があります。

 曲としてはストリングスも鳴り響き、いかにも「冬のあったかバラード!」なポップソングの体裁ですが、歌詞を見ると彼らの持ち味が出ているなあと。
 というのは、ここまで甘いか!っていうくらいに理想的な恋物語、素敵な「彼」像が描かれているのですね。もはや少女漫画の世界(にも、ここまでベタなキャラはいないか)。

 もちろん甘いささやき、純粋な気持ちを訴える歌はあまたあります。ただこの曲の場合、さらに一歩踏み込んでいるというか、痒いところに手が届いているというか。
 サビ頭『もう離さないよ』。これだけだと、はじめの長い伸ばしが逆に印象的ではあるものの、メッセージとしては普通です。でも、その後に『今までの僕とは違うから』と入るんですね。これがポイント。「離さない」だけどだと、自分の想いを一方的に投げかけるだけなところを、今までとは違う(から、安心して)と、「君」に対してさらっとフォローを入れているんですね。

 これだけなら偶然そうなっただけなのかも…とも考えるところですが、この「今までの僕とは違うから」という、「君」の存在を通して強くなった、的なフレーズが他の部分にもあれこれとあるんですね。
 まず、『僕の鼓動が君に伝わりそうで/繋いでた手を/慌てて離した…』という一節。付き合い始めの初々しく微笑ましい雰囲気が漂っていますが、実はこれで終わっていない。『…離したけど君の目を見て/思わず握り返した』まで続いているわけでして。握り返した!これはドキドキです。一文長すぎるよってツッコミが野暮になるくらい。
 さらに、『両手で包んで頬寄せたら』といい感じの体勢に入ったところで、「ダメ」と言う君に『僕は聞こえないフリ 黙ってキスをする』ですからね。ちょっと強引な面も見せちゃう、と。

 こういうの、男からするとこう、解説しているだけでかなーり恥ずかしくなってしまうんですけど…でも、女の子がこの種の初々しい恋愛エピソードに求めるのって、こういう世界なんだろうなあと。彼らの詞は、なんというか、女性にとっての「萌え」な感情をくすぐっているんじゃないかなーという気がします。
 フツーの男だったら、照れがどうしても先に来て、こういう初々しいシチュエーションだとうまくふるまえない、不器用さが出てしまうもんだと思うんですよ。そういう描き方をする歌は山ほどあって、それは「わかる、わかる」と男性陣の共感も得られる。でも、この曲は巧すぎるなー。弱気なようで大胆になれる、照れているようでポイントは外していない、と実にうまい。だから男はあんまり感情移入できないかも。
 でも、それを彼らは平然と歌ってみせます。女の子の理想を満たそうとするパフォーマンス魂、そして歌っても許されるアイドル性。ふたつが揃っているこの状態は、かなりすごいと思います。

2007年02月10日

RADWIMPS「セツナレンサ」

セツナレンサ
セツナレンサ
posted with amazlet on 07.02.10
RADWIMPS 野田洋次郎
東芝EMI (2006/11/08)
売り上げランキング: 28385


<大事なメッセージを印象付けるため、言葉を絞りに絞って放つ>

 個人的には前シングルの「有心論」でその独自性と非凡さを認知したのですが、いまやすごい勢いで注目を集めつつあるバンドになってきています。

 冒頭から聴いていくと、いきなり英語でまくし立てるラップから始まり、ハードな海外バンドかと思わされます。メロに当たる部分はずっとそのまま英語。しかし、途中でようやく日本語詞が出てくると一転。馴染みやすいメロディラインと聴き取りやすい言葉になります。

 『楽しくないのに僕たちは 心に黙って笑えるから』などなど、チクッと刺さるようなフレーズ。弱くてズルい自分を曝け出すだけでなく、「僕たち」とすることで聴き手もそこに巻き込みます。
 けれどその一方で『優しくないのに僕たちは 誰かを守ってみたいんだ』とも言ってのける。誰もが弱い人間だけど、それでも誰かを守ったり一緒に笑ったりしていたい、そんな願望も同時に吐き出しているわけです。
 その根拠となるものは、『今の僕は ここにいるよ 大事な人もいるんだよ』ということ。自分の存在の肯定、そして大切な人の存在が、弱い存在である自分に諦めではなく希望を植えつける…という構図になっているわけです。

 展開としてはそれほど珍しいものではないにせよ、そのメッセージが強く迫ってくるのはなぜでしょうか。思うに、いくつかポイントが考えられます。
 まず構成。高速の英語パートがかなりの部分を占めているなかで、日本語の部分が非常に鮮やかに対比されているということは外せないかなと。目まぐるしいラップの後に、さくっと定型の覚えやすいメロディラインへと切り替わることで、強く印象付けができているなあと感じます。
 この日本語部分のフレーズそのものも、余計なものを省き核となるメッセージをぎゅっと凝縮していて。日本人なら日本語で勝負しろ、という主張もありますが、たとえばこの曲などは伝わりやすい日本語を絞ることによって、はっきりと楽曲における焦点を作る効果を生んでいるわけです。
 英語パートはなかなか聴き取れないし、詞を読んでもかなりわかりづらい、というか正直あんまり理解できていませんごめんなさい。ただ心象世界へのトリップっぽい内容で遠回りしている感がありますし、またここはメッセージを主においているというよりも音楽的・技術的なアピールが強いのではないかと思ったりもします。重要なメッセージはやはり日本語に込められているかなと。

 ハードな曲調に柔らかいボーカルが乗っていることもポイントですね。この融合はある種バンド名にも通ずるものがありそう。

2006年08月21日

山下智久「抱いてセニョリータ」

抱いてセニョリータ (通常盤)
ジャニーズ・エンタテイメント
山下智久, zopp, 前嶋康明, 鈴木Daichi秀行, 仲村達史, 中村康就

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<母性本能をくすぐる、「強気、だけど…」な年下の男の子像>

 修二と彰「青春アミーゴ」を歌っていた、NEWS山下智久によるソロシングル。NEWS自体はただいま活動休止中ですが、主演したドラマ主題歌として個人で出した曲になっています。

 どうもいつの間にか「青春アミーゴ」の続編、という位置づけになっているようですが、それも頷ける「哀愁歌謡曲路線」の踏襲っぷり。明らかに修二と彰の成功を受けてできた曲だということは、間違いのないところなのでは。
 こういうレトロさのある歌っていうのは、まあこれを単純にカッコいい!と思う人にとってはもちろん、あえてこういう歌を歌ってしまうこと、あるいは歌いこなしてしまうことで、ユーモアとか幅の広さを魅せつける、みたいなところがあるんじゃないかなあと。本人そのものを曲が表しているんじゃなく、演劇のように、こういう曲を「うまく演じこなす」ことで評価を得るというような。

 さて、『抱いて 抱いて 抱いて セニョリータ』のサビが実に頭に残るわけですが、しかし「セニョリータ」が狙ってますねー。これこそこの曲のレトロなイメージの代表格って感じがしますし、そう思わせようと選んでいるんだと思います。冷静に考えてみると「セニョリータ」って言葉を自分がはじめて聞いたのは「ちびまる子ちゃん」の花輪くんのセリフだったんじゃないか、そうすると別にそんなレトロな言葉でもないよなーという気もしちゃいますが。
 それよりも注目は「抱いて」なのですよ。全体にぶっきらぼうで「あなた」に対して強気な言葉遣いをする「おれ」ですが、でもサビ頭、決めどころは「抱いて」なんですよねー。や、これだけだと「抱いて(ほしい)」じゃなくって「抱いて(あげる)」の意味にも取れることは取れるんですが、でもその後が『強く 強く 強く 離さないで』となっていることからしてもここは「抱いて(ほしい)」でしょう。

 『飾って格好つけずに そばにおいでよ』とか『もう楽にしてあげるから』とか言ってるけれど、なんだかんだで「抱く」側ではなくて「抱かれる」側なのです。これは別に矛盾しているわけじゃなくて、おそらく想定しているのは、≪年上の女性に対して一人前ぶろうとしている少年≫という主人公像なんですね、きっと。
 他にもちゃんと根拠はあります。たとえば、相手の女性を「おまえ」とは呼ばず「あなた」と呼んでいること。また、『女なんて/大人ぶって ガキあつかい』というフレーズ。この辺りを考えるに、相手がもし同年代かそれ以下だったら、こういう書き方はしないはずだろうなあと。

 歌い手の立ち位置を考えても、ここで「抱く」側で通すのは無理があるところ。そうではなく、強気で尖っているけど結局は『あなたのその唇が じれったいのよ』と「あなた」の施しを求めてしまう弱さ、少年らしさを見せることで、母性本能に強烈に訴えかける方向性なのでしょう。

 どうもジャニーズ、KAT-TUNあたりにも感じますが、ファン層を年上女性にも拡大していこうというような思惑があるような気がします、最近。あ、この曲はでも「セニョリータ」だから、本義的には独身女性ターゲットなんでしょうけれど。

2006年05月15日

レミオロメン「太陽の下」

太陽の下 (通常盤)
ビクターエンタテインメント
レミオロメン, 藤巻亮太, 小林武史

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<広々とした空と大地の中で、一人はるか彼方まで思いを巡らせたたずむ視点>

 超ロングヒットとなった前作「粉雪」に続くシングル。大ヒットの後でどう来るかなと思っていたら、彼らの持ち味を存分に発揮したミディアムナンバーでした。「アカシア」「南風」が好きな人にはきっと気に入るんじゃないでしょうか。
 派手な曲ではないですが、そのぶんなのかキーがかなり高めな感じです。

 前述の「南風」やまたは「蒼の世界」のときにも書きましたが、他にない彼らの音の魅力は「あたたかさ」と「土の匂い」だと感じていて。今回は、特にその点が目立つ曲だなあと。『ぼんやり日が落ちて 輝く星 太陽の贈り物/曖昧な地平線』という描写や、世界中の人たちの生活を『地球で踊るんだ』と表現したり、日なたでゆったり物思いにふけっているような心地で、のびのびとしたイメージを抱くことができます。

 「土の匂い」にもつながるんですが、しっかり地に足をつけている姿が詞の中から浮かび上がってきます。地平線の向こうに思いを馳せるのもそうですし、『遠くのランドマーク』を見つめるのも、月明かりを『僕らはただ それを見上げていた』というのも、すべて広々とした大地の上に立っている視点から描かれているわけですね。「自然」を賛美するというわけではなく、「大地」に根ざして物を思う、そんな印象。
 この立ち位置から、「蒼の世界」では地上の風景や大地への回帰を、「粉雪」では降りしきる雪を見上げ、そして今作ではタイトル通り「太陽の下」での暮らしを描いているんだなあ、と感じるんです。

2006年03月18日

吉井和哉「BEAUTIFUL」

BEAUTIFUL
東芝EMI
吉井和哉

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<紆余曲折の末に到達した、穏やかで静か、自然体の生き方の素晴らしさ>

 YOSHII LOVINSONから本名に名前を戻し、吉井和哉として初のシングル。そんな名前の変化にも沿って、この3拍子の曲は、穏やかで飾り気なく歌われています。

 3拍子で、スイング…というにはとてもゆったりした弾み方のリズムからして心地よい雰囲気が漂っていますが、その上に『簡単な格好でいいじゃないか/コンビニの菓子パンでいいじゃないか』と、平凡な日常をプラスに受け止めようとする意志が感じられます。「Let it be」、「あるがまま」ですね。
 何も特別なことはいらない、壮大ではない『小さな祈り』や、どうしても叶えたい!という熱烈さもない『静かな願い』を知ってもらえればいい、そんな気持ちが描かれています。それは決して、気持ちが弱い、大した思いじゃない、というわけではありません。特別なもの、壮大なものばかりが素晴らしいんじゃない、ただ『草原で揺れている小さな花』が『雨が降り風が吹き育っていった』と描かれる情景がどこか神々しさをもって見えてくるように、「どこにだって素晴らしさは宿っている」というような主張が込められているように感じます。

 真実を追い求めようとすることよりも、『わからないほうが BEAUTIFUL』。それは諦めや妥協ゆえの負け惜しみではなく、そんなものを知ろうとしなくてもじゅうぶん幸せは得られるんだ、というメッセージが込められているように感じます。


 イエモン時代は、スパークしたかったり、楽園に行きたがっていたりしていたわけですね。そんな吉井和哉が『公園で散歩もいいじゃないか』と歌うのは、なかなか感慨深いものがあります。「愛とは〜」のくだりなども、「LOVE LOVE SHOW」を想起させたりしてちょっとニヤっとしてしまいました。…とはいえ、『なぜか きびしくて 苦しいって』という切り取り方をしてくるあたり、酸いも甘いも噛み分けた経験を感じさせる書き方になっていますよね。
 このように、今までのキャリアをおさらいして変化を感じられるぶん、この歌に「たどり着いたんだ」と聴き手は実感を伴って考えられるわけで、そこはベテラン選手の強みでもあるでしょう。10代のデビュー曲がこれだったら、やっぱりちょっと感情移入しにくいでしょうし。「大人の歌」ですよね、これは。

2006年03月12日

WaT「5センチ。」

5センチ。
ユニバーサルミュージック
WaT, 華原大輔, 前嶋康明

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<ファンの理想を体現した、リアリティあるストーリーの中の恋人像>

 デビュー曲「僕のキモチ」もまずまずの売れ行きを見せ、昨年あたりから続々とチャートを賑わせている男性デュオ陣の中でも個人的に注目のWaTです。

 曲のポップさや俳優業や二人のタレント的な活躍などを見ると非常にアイドル的なんですが、にしては「以前からストリートで曲を自作して歌っていた」というエピソードがあり、「アーティスト志向」というイメージを醸し出しています。
 タレントとフォークデュオの中間、という立ち位置として自分なんかは認識していますが、ファンにとっては彼らは「音楽も本格的にできるマルチタレント!」と考えているのか、「俳優業やテレビのトークもこなせるアーティスト!」と考えているのか、その辺りはけっこう違うと思うんですがどうなんでしょうか。どちらにせよキャラクターがまず優先されるとは思うので、やっぱりアイドル的要素は持っているんだとは思いますが…

 この曲もまさに「路上フォーク」的な味わいを持たせつつ、しっかりとファンの心をつかむようなアピールも。
 基本的にはアレンジはシンプルです。派手派手な効果音は入れず、ギターとコーラスとストリングス。路上フォークの味を失わないよう、身近な音を主張できるようにしつつ、日本人のツボなストリングスだけはきっちり取り入れています。そして、なんといってもブルースハープ!技術がどうなのかとかは全然わかりませんが、これが鳴るだけでフォークっぽいしカッコよく見えるのは…なんでなんでしょうね。魔法のアイテムですわ。

 歌詞。ひたすらラブラブです。離れている間も『「5センチだって離れていたくない…」』と不安がる「君」に対して、『僕の想いは君から1ミリも離れてないよ』と「離れていても心はひとつ」を優しく言い聞かせている、というのが大まかな構図ですね。
 上でも「5センチ」とか「1ミリ」とか出ていますが、その他『午前三時君からの電話』とか、『五分おきに君からの/エンドレスなメール届いて』とか、具体的な数字が出てきているのがポイントで、状況がはっきりと伝わってきます。こういうのって素人が書くと、ただ「そばにいる」とか「夜遅く」とか「いつでも」とか、何故か抽象的/ぼやかしがちになるものですが、リアリティを出そうとするならこうして数字をはっきり示したほうが効果的です。この曲の場合もまさに「リアリティ」を聴き手(=彼らの女性ファン)に想像してもらうのが重要課題なわけで、非常に効果的だよなあと。

 しかし…真夜中の電話とか5分おきのメールとか、正直そりゃやり過ぎちゃう?っていう感じですね。まー恋する女の子のキモチはそうなんでしょうきっと。それを『君のわがままや束縛 涙さえも愛しくて』と言えちゃう「僕」はスゴいやつです。理想的な彼氏像です。でも実際の男子諸君はたいがい引くと思うのでくれぐれもご注意を。
 っていうかこの曲も、「心ではちゃんとつながっているからさあ、そんなに連絡してこなくていいよ」みたいな本音をうまいこと言い含めている歌なのかもしれない…とも思えてきました。それはないでしょうけど…

2006年01月09日

レミオロメン「粉雪」

粉雪
ビクターエンタテインメント
レミオロメン, 藤巻亮太, 小林武史

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<粉雪の淡いはずの情景は、ひどくドラマチックな激情で彩られる>

 レミオロメンの冬のバラードは、彼らの才能を決定的に知らしめるような大ヒットになりつつあります。ここまで来ると息の長いセールスにつながりそうで、今年のウインターソング最大のヒット曲になりそうな気配もします。

 この曲、非常に難易度が高いです。まず、Aメロは穏やかなのですが、Bメロに変わると一転、メロディラインが上に下にと動き回り、幅がぐっと広がります。彼らの曲はわりと毎回そういう傾向があり伸び伸びとして感じるんですが、今回は全体を通して、実に高低差2オクターブ近くの振れ幅があります。
 そして、コードから浮き気味のメロディライン。メロの出だしも、そして例の絶大なインパクトのあるサビ頭『粉雪』も、和音上とは違う音になっていて、難しい反面、響きの鮮やかさにつながっています。
(ちなみにこのサビ頭の高音、「こなゆき」の「な」もそうですが、ほとんどが母音「ア」の音です。口を大きく開ける母音をもっとも高い場所や伸ばしに当てると、その重要な音を効果的に響き渡らせやすくなります)
 そんな特徴のためこの曲は、ただカラオケで歌いこなすのは至難だというだけでなく、実にドラマチックな印象を与えてくれます。バラードで、しかも「粉雪」という題材はともすれば色味のない詞世界になってしまいそうなものですが、変幻自在に動くメロディラインによって、単調さに堕さず鮮烈な印象を聴き手に与えてくれています。

 本来は白く淡い情景であるはずの「粉雪」舞う風景は、こうして鮮やかさに彩られています。その上に描かれているのは、『いつもすれ違い』『永遠を前にあまりに脆く』といった、「ひとつになれない」という哀しみ、そして『それでも僕は君のこと守り続けたい』という決意です。
 曲中では、『僕は君の全てなど知ってはいないだろう』『分かり合いたいなんて 上辺を撫でていたのは僕の方』と、徹底的と言っていいほど「完全に分かり合う」ことが不可能である、と断言しています。別々の人間である以上それは絶対的な真理ではありますが、あえて口にするのはそれだけその不可能を乗り越えたいと強く思い、そして乗り越えられずに深く悲しんでいるからなのでしょう。
 そんなどうにもならないもがきが、「粉雪」の儚さとリンクします。『ざらつくアスファルトの上 シミになっていくよ』と描かれるように、為す術なく消えていく粉雪と同じくらいに、「完全に分かり合う」ことができない現実の前の自分をちっぽけなものだと感じているわけです。

 そんな「僕」の拠りどころは、たとえ二人の思いをひとつにすることはできなくても、『一億人から君を見つけた』こと、『君のかじかんだ手も 握り締めるだけで繋がってた』と感じることです。儚く散る粉雪を見て絶望しつつも、そんな『根拠はない』ようなことに希望をつなごうとする、それこそが「僕が君を守る」という決意の強さを、逆説的に証明しています。

 さて、この曲はドラマ「1リットルの涙」主題歌です。ドラマの内容に照らそうとすれば、「分かり合えなさ」が強調されているぶん、「人は他人を救うことができない」ということを「離れ離れになってから思い返す」といったような、ひどく悲しい決別の歌として解釈することもできそうです。
 どこか残酷なくらい真理を言ってのけているとはいえ、ずっとマイナーで収束していたのが最後にはメジャーで終わっていたりと、本来的にはそこまでダウナーな内容ではないとは思うのですが、まあ曲がドラマチックなので、悲劇的な昂ぶりにもすっと繋がってしまいそうだなあと。


 ドラマに使われたということで、ファンの間で人気が高いバラード「3月9日」もじわじわと売れているそうです。こちらもまた、穏やかなメロと一気にテンションの上がる高音パートとの対比が鮮烈な一曲ですね。

2006年01月07日

ゆず「超特急/陽はまた昇る」

超特急
トイズファクトリー
ゆず, 岩沢厚治, 寺岡呼人, 北川悠仁

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<二人それぞれの個性を味わわせてくれつつ、基本路線からは一歩たりとも踏み出さない清々しさ漂う2曲>

 ダブルタイアップの2曲を本日は紹介。「超特急」は岩沢厚治、「陽はまた昇る」は北川悠仁の曲で、どちらも正当な「ゆず」らしさを持ちつつもそれぞれのキャラクターが出ているなあと感じました。

 「あいのり」タイアップの「超特急」ですが、恋愛要素はまったく出てきません。さわやかな曲調やイメージが選ばれた大元の理由なんでしょうが、しかし実は詞だけ読むとかなり「男臭い」曲だったりします。『誰も彼もが皆 叫ぶことをやめた/つまんねえぞ なぁ?』とか、字面だけ見れば、長渕剛が歌っても合いそうな感じですし。そんな苛立ちと、『まともに飲み込んじまった/現実を…』という「オトナになっちゃった」感、また『強がって 憧れて そして忘れた』というような何か悟りめいた回想が同居しつつ、突き抜けるような枠を感じさせない楽曲と歌声の中に溶けているのがすごいところ。
 過去を振り返ったり、世を憂えてみたりしたいるのに、それこそ「超特急」のスピードで駆け抜けてきた、そしてこれからも走り続けることに、『もう帰れない あの日にさよなら…』と、寂しさを覚えつつも、ためらいはありません。「あの日」は戻らないけれど、「あの日」と同じペースで走り続ける、同じ夢を見続ける、そんな生き方を崩そうとはしていません。

 さて、「陽はまた昇る」もまた、『まだ見ぬ明日へ走り出そう』と「走る」ことを呼びかけています。しかし、ひたすら潔く突っ走る「超特急」とは違い、『さぁ今 探しに行こうよ』『差し込む光へ手を伸ばそう』『君と描こう夢の続きを』というように、「君」に共に走ることを呼びかけているのですね。というより、メインは「君」です。
 この曲、冷静に見てみると、『誰の下にも陽はまた昇る』という主軸のメッセージ以外のすべてのフレーズは「語りかける」形で書かれています。相手に呼びかける、誘いかけることを最重要項目に置く。そんなスタンスが、はっきりと現れています。

 アーティスト気質の岩沢厚治と、ラブソング職人の北川悠仁。どこまでも高く伸びやかな岩沢厚治の声と、親しみやすさに溢れた北川悠仁の声。それぞれの個性が好対照な2曲になっているなあ、と思いました。


 それにしても、今回どちらの曲も、二人でギター弾き語りでもじゅうぶん通用しそうな2曲ですよね。っていうか、2人での弾き語りからできたんじゃないかっていうくらいです。
 いまだに原点に忠実な楽曲を生み出し続ける、そのセンスとモチベーションの持続はただ感嘆するばかりです。もっと他の、まったく違ったやりかたでの曲作りに手を伸ばしてもいいんじゃないかと思ったりもしますが、このままわが道を行き続けるのかなあ、それが彼ららしいかなあ、やっぱり。

2005年12月31日

WaT「僕のキモチ」

僕のキモチ (通常盤)
ユニバーサルミュージック
WaT, 小松清人, 前嶋康明

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<等身大さを出しつつもきっちりファンの心をつかもうとする、自己演出能力を有するデュオ>

 俳優としてただいま人気沸騰中の小池徹平とウエンツ瑛士のデュオ、デビューシングル。はじめは正直、修二と彰みたいな企画ユニットだとばっかり思ってたんですが、もともと3年前から音楽活動をしてたんですね。へええ。
 クレジットもWaT名義になってますし、本人たちが作ったんでしょうか。それにしては曲がいい出来だなーと。二人での掛け合いとか、見せ方が随分うまいと感じます。

 曲、なんだかコーラスとかメロディラインとか雰囲気がクリスマスっぽいなーと思ってたんですが、歌詞ちゃんと読んだらはたしてクリスマスソングでした。『気が付けば今年の終わりに/残されたイベントがひとつ』って言ってますし。で、『ささやかな何かを贈ろうと/思いめぐらせた』りして、その結果が『君に贈るよ/僕からの(このキモチ)/ありのまま(伝えたい)』となる、と。プレゼント金かかってないよ!ってツッコむのは野暮です。ほら、男って「好き」とか改めていうのは恥ずかしいっていうのがあるわけで、女の子はそれが不満…っていうのが一種のよくあるパターンじゃないですか。そんな女の子たちのニーズに応えた曲、…なのかもしれないのです。

 それにしてもクリスマスという舞台設定といい、照れなくありのままの気持ちを打ち明けられるのといい、非常にポップソングとしてまとまりまくりです。本人たちで作ったって言うんなら、それは自分たちに求められているアイドル的な部分をしっかり把握してファンに見せようとしているってことで、なかなか凄いセルフプロデュース力です。『僕は君に感謝しているのさ/うまく言えないけど』とか、説明してくれよ!みたいな等身大な側面もうかがえますが。まあ「うまく言えない」ってのがおそらく共感を呼ぶ時代ではあるんですけれどもね、今は。

 こういう、自覚的にアイドル性をアピールできる人たちが出てきたっていうのは、なかなか革新的な出来事だと思うのです。シンガーソングライターデュオの業界だと、ちょっと前まではアコギ一本で赤裸々に青春を歌う人ばっかりだったわけですから。
(まあ、そのネオアコブーム立役者のゆずも、北川悠仁のほうにはそういう自己演出する部分も感じられたりします。そしてコブクロも。その二者が今シーン第一線にいるのは、つまりはそういうことなんでしょうか)
 少し前まではナチュラル派ばっかりだったのに、このWaTはきっちりメイクしてるわけですね。しかも『特別が苦手な僕でも/演出を試みたりして』と言ってみたり、本当はナチュラル派なんだけど、君のためにいろいろやってみるよーという立ち位置をアピール。抜け目ないですな。ポップさ/エンターテインメント性が再び活気付いてきている一方、やっぱり等身大の言葉というのもまだまだニーズのある現状では、とてもうまいポジショニングだと思うわけです。

 修二と彰のほうにインパクトを持っていかれた感もありますが、なかなかしたたかな二人組です。要注意です。

2005年12月23日

レミオロメン「蒼の世界」

蒼の世界 (初回限定盤)
ビクターエンタテインメント
レミオロメン, 藤巻亮太

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<土の匂い、日常性、すべてを肯定的に受け入れる「あたたかみ」>

 やー、「蒼」なんてかっこいいタイトルがついているからちょっと警戒したんですが、実に彼ららしい(と考えている)曲でホッとしました。
 「南風」のときに書いたように、レミオロメンの持ち味は「あったかさ」だと思うのですよね。熱いでもクールでもない、ほどよくあっためてくれる声と音。この曲もまた「秋」をテーマにしていながら、描かれる『冷たい雨』などの寒々しさよりも、『せめて僕らは傘さして』と歌われるときの、「傘」の内側で雨上がりを待つ小さな空間の温もりが印象に残ったりするから、不思議です。

 レミオロメンの歌詞からは、「土の匂い」がします。ただ美しく形式を描写するんじゃなく、『朽ち果てたトタン屋根』みたいなものも切り取ってきたり、『落ち葉の夢』に思いを馳せてみたり、そういう取るに足らないようなものからも意味や価値を見つけ出そうとしていて、それがたとえば『泥にまみれて生まれ変わろう』という独特の価値観を感じさせるフレーズへと結びついてきていて。この歌詞世界では、「トタン屋根」も「落ち葉」も「泥」も、つまらないもの汚いものではなく、美しいものとして描いているように感じます。

 そんな包容力のある世界観の中では、一般にさびしい季節とされている「秋」の風景そのものもまた肯定的に描かれます。舞い散る枯葉は先に述べたとおり、樹のほうも『葉を落とし未来に根付くよ落葉樹』と描かれたり、雨→『虹の気配』という流れもそうだし、次にまた巡りくる新しい季節を予感させるようになっているんですね。『みんな朽ちていきながら生まれ変わる』というフレーズは、この季節の循環における秋の役割をポジティブな見方で表しています。

 美しいものだけを美しいとほめるんじゃなく、身の回りに当たり前にあるものや美しいとはされていないもの、さびしい季節までも美しいと感じ描く…レミオロメンのもつ「あったかさ」は、そんな世界観からも来ているのではないかなと。

2005年09月10日

L'Arc〜en〜Ciel「Link」

Link/Promised land 2005
KRE
L’Arc~en~Ciel×P’UNK~EN~CIEL, L’Arc~en~Ciel, hyde, P’UNK~EN~CIEL
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<ポップな曲の中に息づく、静かな力強さ、そして世界の「浄化」を待ち望む想い>

 アルバム「AWAKE」も出したばかりで、この新曲。相変わらずハイペースなりリースラッシュを続けているラルクです。

 さて、今さら強調するまでもなく、非常にポップでさわやかな一曲です。活動再開後はずっと明るい、というか陽性で開放感のあるシングルを出し続けてきた中でも、ここまでポップに振り切れている曲はなかったなあと。過去を総ざらいしてみても、「C'est La Vie」「I Wish」「milky way」くらいじゃないでしょうか。

 とは言っても、上の三曲はどれも「今」のハッピーな瞬間を切り取ったというタイプの曲なのに対し、今回の「Link」には、過去から連綿と続いてきた時間の流れが詞に反映されています。『覚えているかい?/幼い頃から爪先立ちで届かない扉があったよね』という歌いだしがまさにそれを表していて、過去から現在を結ぶ時間軸がはっきりと提示されています。だから何だ、というと、ただ「今」を歌うよりも、ずっと確かな安定感が詞に出てくるのですね。
 この「過去」は、二人が離れていても『繋がり合う想い』(=タイトルの「Link」)があると信じられる、その根拠にもなっているわけです。曲調の明るさは確かにポップですが、ただ賑やかで楽しげだというだけではなく、確かな安定感、静かな力強さのようなものが漂っている一曲だと感じます。

 ちなみに『届かない扉』というのは、歌詞中で明確につながっているわけではありませんが、おそらく『望まれる明日がその先にある』のでしょう。
 誰の心の中でもきっと待ち望んでいるけれど、誰もずっと開けられず、そして忘れてしまう。そして現実は『傷つけ合うのを止めない堕ちていく世界』のまま変わらないのです。「僕」は「君」がいればそんな世界でも大丈夫だとは言いますが、この世界を変えよう、とは別に思わない。その代わり、『いつか生まれ変わる世界がその目に届くといいな』と、世界が一新されることを夢見ています。
 こういう「浄化」「転生」的な考え方は、いかにもhydeの美学らしいなあと。

2005年07月07日

L'Arc〜en〜Ciel「叙情詩」

叙情詩
KRE
L’Arc~en~Ciel, L’Arc~en~Ciel, Hajime Okano

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<不安定ながらも前を見据えた、暗さのない耽美調>

 ひさびさにきました、耽美系ラルク。やっぱね、こうでないと落ち着かないですよ。
 しかもなんかちょっと初期の匂いがします。透明感ある感じ、物語っぽい感じとか、特に。

 ゆらめくような雰囲気、気だるさは、コードに乗り切っていない旋律の不安定さから醸し出されている部分が大きそうです。コードをきちんとなぞるtetsuの作る曲がノリよくポップなのに対し、ken曲の奥深さというのは、そこに由来しているところがありまして。うん、やっぱりken曲がないとラルクじゃないっすね。かと言ってken曲ばかりだとマニアックに過ぎるので、tetsu曲や独自路線のhyde曲も必要なのですが。
 しかし、三者三様で、それでいてバランスよく世界観を作っていくのだから、ラルクというのはやはり稀有なバンドだよなあと。

 内容としては、「あなた」「Pieces」あたりからの流れを汲む、愛の主張です。上の2曲よりもどこかはかなげなのは、がtetsu曲なのに対し、今回はken曲なためでしょうか、やっぱり。『夢なら夢のままでかまわない』というフレーズも、ここしばらくのポジティブ路線からはだいぶ異なりますね。
 とは言え、夢へと現実逃避していくというわけではなく、しっかりと『明日へ向かう喜び』を持っていたり、耽美的ではありつつも退廃的ではない感じですね。サビ後の英詞部分なども、力強いですし。

 とりあえず、世界観の感じられる曲は久しぶりなので、けっこう好きです。ラルクの良さはいろいろありますが、大本になっているのは空間性ある音世界が作れることだと思っているので…

2005年03月02日

山下達郎「FOREVER MINE」

FOREVER MINE/MIDAS TOUCH
山下達郎, 服部克久
ワーナーミュージック・ジャパン

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 今更ながら、いい声です。『絹の雨に濡れながら』と歌う、その声がまさに絹のように細やかさで、しっとりと濡れていますね。

 ラブソングって、「切ない想い」を表現して共感を誘うものなわけで。そうすると、主人公というのは迷ったり悩んだり、弱さが強調されることが多いです。「君」が好きなのに、告白できなくて眠れなくなったりするわけです。特に近頃は、男性ボーカルでは「こんなダメな僕だけど、君を好きでいいですか」みたいな、自己卑下しがちな方向もけっこう出てきていて。

 そんな中、『僕だけが あなたを愛せる/他のどんな誰より』と、きっぱりと言い切る強いメッセージ。世の中の流行なんて関係ない、とばかりの大御所ぶりを発揮しているようです。
 まあ、こんないい声ならそれだけで「切なさ」を表現できてしまえるので、わざわざ「弱い僕」のスタンスでなくてもじゅうぶん情感豊かになれる、っていう強みがあるんですがね、この人には。それでも「いくじなし」だった頃を思い返したりして、「切なさ」を盛り上げることに余念がないです。

2004年12月28日

ロードオブメジャー「心絵」

心絵
ロードオブメジャー, 北川賢一, HEARTs
ジャンク ミュージアム

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 ずいぶんと久しぶりの登場です。
 久しぶりだからといって、何が変わっているわけでもなく、「THIS IS 青春パンク」といった、まさにど真ん中な一曲になってます。

 だいたいここロードオブメジャーと175Rが、いわゆる自分の中で考えている「青春パンク」の、体現者にして立役者で。
・テンションコード(7thなど)をほとんど使わないシンプルなコード進行
・歪みやねじれのないストレートなギター
・抜けのいいハイトーンボーカル
・高速テンポ
・健全に夢を追いかけたり君が好きだったりする、直球勝負の詞
 このあたりの両者に共通して見られる特徴が、「青春パンク」の核心部を形作っているように思うのです。まあイナゴとROMでも、また、それなりに違うわけですが。

 でもなんだかんだ言って、一大ムーブメントのようだった「青春パンク」ですが、案外この二者のほかに思い浮かぶ名前がないんですよね。ぱっと他に出てこない。ガガガSPはまたちょっと違うし、藍坊主とかってたぶん一般知名度ないでしょうし。
 そう考えてみると、90年代の小室系とかビジュアル系とかのムーブメントよりも、遥かに規模の小さなものだったってことなんでしょうか。このROMだってもう出てこないのかと思ってましたし。
 ただ、アマチュアレベルだと、きっと上記のような特徴を備えたフォロワーがごろごろしてそうなところではありますけどね。


 なんだか曲単体とはかけ離れた考察をしてしまいましたが、しかしこの曲単体だと、語ることがなくて。タイトルは「心得」をもじってるんだ、と実は変換してみるまで気づかなかったんですが、人生を絵に置き換えての『描きかけの今』『完成の 見えない絵を』という表現も、目新しいわけでもなんでもなく、昔ながらの王道って感じですし。
(ちなみにテーマが「花」ならば「花開く今」「どんな色に咲くのか」、そして「道」とかなら「踏み出した今」「どこへ続くのか知らない」みたいになるんでしょうね)
 ノリの良さ、シンプルな旋律と詞、かなりハイトーンで叫ぶボーカル、そういうのは決して嫌いではないのです、が、やっぱり同じ色のを何曲もだされてもなあ、というのが正直な印象。一年二ヶ月ぶりに出てきたのに、変化らしい変化なし。バンドって、成長が見えてこそ、追いかけようって思えるもんじゃないですかねー。

2004年10月29日

RIP SLYME「黄昏サラウンド」

黄昏サラウンド
RIP SLYME
ワーナーミュージック・ジャパン

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 リップは、自分の知っているヒップホップグループの中で唯一、浮遊感ある楽曲を作り出してくるグループだなあと。決してベタッとせず、サラッと、ふわふわとした雰囲気が、わざとらしくなく自然にかもし出されていて。きっとこれはRIP SLYMEというグループから切って離せないものなんだろうなと思うわけです。
 で、この浮遊感が、陽性というか楽しげな方向に傾くと前回の 「GALAXY」みたいなお遊び要素の強い曲が生まれるし、陰性に入ると今回のような、気だるくふさぎがちな曲になるんだろうなあ、と。

 まあこういう種の、ドロドロはしてないけど暗め、ってな曲は好物でして。
 まさに「夕暮れ」じゃあなくて「黄昏」っていう色彩が当てはまるトラックですよね。物憂げなギターはもちろん、旋律はほとんど和音の根音で締められたりはしないためにまとまってしまう感じが薄らいでいるし、穏やかにマイナーへと移り変わっていくコード進行のループとかも、太陽が沈んだ後の、景色が輪郭を失ってゆっくり闇に溶けていくあの感じが出てますね。
 で、景色だけでなく、そこに合わせて描かれる感情もまたダウナー気味。基本的には夜になってみんなで集まって・・・という内容なわけで、それだけならケツメイシ「君にBUMP」と同じ状況のはずなのに、テンションはもう正反対。『別にここにいたいわけじゃないんだ/ただなんとなくいるんだ/理由はないんだ』と、なんとなく流されるままの日常を写しこんでいます。
 特に『なんでこのままじゃいられないんだろう?』『君といたいだけ』というような、変化をこばむ姿勢が見て取れます。居心地のいい夜と『不愉快な朝の色』を何度も繰り返しつつ、気分はずっと「黄昏」のまま、抜け出そうとせずにぼんやりと過ごしていくだけ、という。
 なんとなく憂鬱になる時って、こんな感じですよね。特に落ち込む理由があるってわけじゃないためにむしろ、立ち直るきっかけをつかめずに、ずるずるふさぎ込んだままになってしまったりとかして。
 まあそういう時ってのは、変に気張って元気を出そうとするよりは、この「黄昏サラウンド」みたいな曲を聴いて、軽い憂鬱に浸ってみるほうが適切かもしれません。


 にしてもMCはことごとく声が細いのに、なんだかんだいっても聴けばリップだとわかるんですよね。これはちゃんと個性あるからなのかなあ。とにかく、薄めでも押し付けがましくないから心地よいというのはありますかね。

2004年10月07日

RAG FAIR「君でなければ」

君でなければ
RAG FAIR, 財津和夫, 光田健一
トイズファクトリー

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 歌詞がちょっとばかり古風な印象だなあと思ったら、財津和夫作詞作曲なのですね。なるほど、だから『ぼくと君だけの 思い出のシアター』みたいな言い回しが出てくるわけですね。なんだか納得。いや、印象だけであんまり根拠とかないんですが。

 印象だけでしゃべってもアレなんで、根拠のある話をしましょう。
 この曲、『君じゃなきゃ 君でなければ』なんて、二度の「君」のとこのリズムをただ反復させるんじゃなく二度目を三連符にすることで重みを増やし、実に効果的に「君」に呼びかけてるんですけど、その「君」からはすでに別れを告げられている状況なんですよね。だからすごく未練がましい歌、なはずなんですけど、あんまりそうは響いてきません。曲調が爽やかで明るいためでしょうね。
 ここで、財津和夫のチューリップ時代の名曲「サボテンの花」や「心の旅」という名曲もまた、別れを歌っているのにあんまり湿っぽくなかったことが思い起こされてきます。むしろ愛が実った内容の「青春の影」のほうが、こっちも相当爽やかですけどまだ陰りが見えますし。まあこの辺の有名どころしか知らないんであんまりどうこうとは言いにくいですけど、明るい曲調に別れの心情を乗せることで、独特の情緒をかもしだすのが得意なんだろうなあと思うわけです。

 で、そうした曲をRAG FAIRに提供したというのは、なかなか相性がよかったかと。明るめで健全なイメージありますし、コーラスという形態も影響してるんでしょうけど、うじうじしているわけじゃなく切々と忘れられない想いを歌い上げる、という微妙なバランスに、うまくはまっているかなと。EXILEとかが歌っていたらたぶんあんまりよく聴こえないと想像します。まあ相性なんですけどね。
 サビ直前の教会音楽風なとことか、好きです。コーラスワークっていいですよね、メロディに呼応して、裏で柔らかく和音を移り変わらせていって。もちろん聴かせる側もそこがウリなわけで力が入ってるんでしょうけど、ただちょっと間奏のとことか、ピアノと相まって、わーっと高まりすぎでないですかね。まるでアウトロみたいで、そのままフェードアウトして行きそうな感じです。出来自体はいいんですけどねえ。

2004年09月15日

山崎まさよし「ビー玉望遠鏡」

ビー玉望遠鏡
山崎まさよし, 山崎将義, 村田陽一
ユニバーサルJ

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 弾みのあるリズム、楽しげでファンキーなサウンド、そして原風景のような真夏過ぎの景色。どれをとっても、実に山崎まさよしという歌い手にマッチしていて、心地よく浸れます。こう、ざわざわと心が浮き立つような夏の側面を、鮮やかに切り取って見せてくれたというか。

 リズミカルな箇所と伸びやかな高音部分とが、かなり頻繁に展開していき、詞のほうもすべてのフレーズに、夏を印象付ける言葉が織り込まれ、と、かなり畳みかけが激しいです。それでもぽっかりと空いた穴のような青い空、といった抜けのよさも失ってないし、『汗ばんだシャツの中の下心』『細いうなじに 我を忘れそう』と、官能方面もカバーしてある充実ぶり。

 暑さの盛りを過ぎた今の時期の晴れた午後に、なんにも考えず聴くには、最適ではないでしょうか。

2004年09月01日

山下達郎「忘れないで」

忘れないで
山下達郎, 竹内まりや, 服部克久
ワーナーミュージック・ジャパン

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 この方にしてはしっとり、と言うよりじっとりくるような湿っぽい曲ですね。いつももっと抜けのいい歌を作っているイメージありますから。ポップスではなく歌謡曲ですよね、この濡れた感じは。もともとの声がどっちにも対応できる味があるので、やや意外ではありますが、曲内での違和感はあんまりないですけど。

 三連のバラード。このタイプの歌って、歌詞乗せるのも歌うのも難しいと思うんですよ。最近だと大塚愛が「甘えんぼ」でかなりちぐはぐになているのが記憶に新しいです。対し、こちらは詞も歌もはまっている感じがします。ちょっとリズムを崩した雰囲気で歌っているところが一番のポイントかなと思いますが、『信じるのがこわくて 失うのがつらくて』のとこのフレーズなんか、やっぱり言葉のはめ方がうまい。
 って、今気づいたんですが、作詞は山下達郎本人ではなく竹内まりやなんですか。そういや夫婦なんですよね、このお二方。まあ、どっちにしろ、熟練者のたたずまいが感じられます。手馴れてるようなあ。

 でもやっぱりこの声は、素晴らしいのはわかるんですけど、どうしても古めかしい響きに聴こえてしまうんですよね。なんでだろう。今回は曲も懐メロっぽいので、いっそう。

2004年08月21日

YOSHII LOVINSON「トブヨウニ」

トブヨウニ
YOSHII LOVINSON
東芝EMI

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 THE YELLOW MONKEYの正式な解散発表と、ほぼ同時期にリリースされたということで、どうしてもその方面からとらえようとしてしまいます。また内容がそれっぽいですし。『外行こうよ』『もうやめたい?終わらせたい?』とか。
 でも、あんまり悲観的な要素はないです。前回までのふたつのシングル「TARI」「SWEET CANDY RAIN」に比べても、ずっと開放的になっていて。開放的といっても、どこかに進んでいくパワーある感じではなくて、閉めていた窓を開けて、光と風を取り込んだような、動きのない緩やかな開放です。そんな雰囲気が、心地よく曲に満ちています。

 『もっと重たいもの持てるよ』とか、『こんなにせまい感じじゃなくて』とか、放たれる言葉自体は断片的抽象的なはずなんですけど、不思議にすっと腑に落ちるんですよね。イエモン時代からこのうまさはありましたが、ソロになってより聴き手の心の琴線にそっと、でも確実に触れてくるようになった感がします。
 『風に流れる髪にも運命は宿っていて』なんてフレーズ、いいですね。

2004年08月11日

ゆず「栄光の架橋」

栄光の架橋
ゆず, 北川悠仁, 松任谷正隆, 岩沢厚治
トイズファクトリー

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 NHKのオリンピックテーマソングということで。
 40曲以上の候補から選ばれたそうです。できればそのラインナップを全部知りたかったりするんですが、それだけたくさんの曲の中からこの曲が選ばれたっていうのは、やはりそれだけ意味があるわけで。

 歴代のNHK公式ソングを並べてみると、

1992:バルセロナ  寺田恵子「PALADISE WIND」
1994:リレハンメル 高橋真梨子「遙かな人へ」
1996:アトランタ  大黒摩季「熱くなれ」
1998:長野     FBLOOD「SHOOTING STAR」
2000:シドニー   ZARD「Get U're Dream」
2002:ソルトレークシティ MISIA「果てなく続くストーリー」
2004:アテネ    ゆず「栄光の架橋」

 となってます。正直、ZARDもFBLOODも印象薄いし、辛うじて高橋真梨子は『人を愛するため 人は生まれた/苦しみの数だけ 優しくなれるはず』というフレーズだけ頭に残っている程度で、その前になるともう寺田恵子って人の名前さえわかんないんですが。

 で、居並ぶアーティストがもうまさにNHK好みっぽいなあという感じですが、それよりも重要なのは、選ばれる曲の方向性の変化です。詞の大筋はだいたい毎回同じようにまとめられる感じで、そんなに大きな差はないんですが、しかし、ずっとアップテンポの曲(高橋真梨子でさえ!)が選ばれていたのに、前回のMISIAと今回のゆずは、スローなバラードなわけです。
 スポーツの祭典だから、どちらかというと聴いていて昂揚するアップテンポの曲のほうがふさわしいんじゃないか、と思いません?毎回多数の曲が候補に挙がる中で、アップテンポの曲が皆無だったというわけではないはずで。
 では、なぜバラードがテーマ曲に選ばれるようになったのか。ここには、ただ競技観戦に興奮するだけでなく、選手一人ひとりにスポットを当てた「ドラマ性」を視聴者が求めるようになった/放送側が作り出すようになったことが関係しているんじゃないかな、と思います。いやまあ昔からずっとそういうものはあったんですが、より露骨になったというか。ほら、最近のテレビドラマってやけに「感動」を強調するじゃないですか。そういう、「感動の物語」を演出するのには、壮大なスケール感を出せるバラードのほうが適役なんじゃないか、と考えるわけです。
 スポーツに「熱狂」よりもむしろ「感動」を志向する姿勢が、日本社会の流れになっているんじゃないかなあ、ということです。「果てなく続くストーリー」「栄光の架橋」なんて壮大でドラマティックさあるタイトルにも、それが現れてるんじゃないかと。続きを読む

2004年07月25日

RIP SLYME「GALAXY」

GALAXY
RIP SLYME
ワーナーミュージック・ジャパン

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 やー、脱力感です。かなり変な音楽が炸裂してます。ピコピコいっている上昇音形のやつがとにかく強烈ですね。これがあるからブラスのフィルインもなんか間が抜けてみえるんだろなあ。狙ったちぐはぐさ加減があります。コード進行からして変ですし。
 かなり能天気な内容って共通点といい、ORANGE RANGE「ロコローション」をよりだらだらさせた感じかな。でも「宇宙」、というよりは「無重力感」と言ったほうがいいのかな、そういうコンセプトがあったりするぶん、面白いです。
 ヒップホップは韻という縛りがあるぶん、また必然的に歌詞の分量が多いぶん、一曲ごとに差異を出すのは大変なわけで。だからこうしてコンセプチュアルに曲作りをして、特異性を立てていこうという姿勢でないと、飽きられてしまう危険があります。やっぱり音程がないぶん、ラップ部分は似通って聴こえてしまうわけで。大変だなあ。

2004年07月17日

RAG FAIR「HANA」

HANA
RAG FAIR, 近藤金吾, 引地洋輔, 光田健一, 小田和正
トイズファクトリー

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 精神的な比喩として花を使うのは、やっぱりあの曲以降増えて(以下略)
 いや、まあ、別にそういう狙いはないにせよ、かなり拓かれきったモチーフではあるわけで。涙を糧として育っていこう、みたいなのもわりあい見られるパターンですし。まあそれだけ「花」というのは教訓にしやすい上に詞のイメージとしても美的で、使いやすいということなんでしょう。
 花のようになりたい、という歌詞はだいたい二種類の方向性があって、ひとつは「花のように美しく咲き誇りたい」という感情、もうひとつは「花のように無欲で、穏やかでありたい」という感情。まあ、前者が「バラ派」で後者が「タンポポ派」とでもしましょうか。
 この歌は、『あたたかな花でありたい』というフレーズを待つまでもなく、タンポポ派のスタンスです。『ささやかな奇跡』だとしても、小さく目立たない花だとしても、『何度でも何度でも咲く』というような、内に秘めたしたたかな強さを持っていたい。飾らない等身大の自分を成長させていきたい、ということでしょう。『背伸びすることに疲れた』とあるように、無理のしすぎはよくない、あるがままで、これはやはり「世界に一つだけの花」と同じですね。いや、べつに責めているわけではなく、こういうメッセージが今は受け入れられる風潮なんだなあ、と思うだけです。

 いいなあと思うのは、歌が実に余裕あるところですね。リードボーカルが高音域までほとんど出張っていかなくて。爽やかで広がりがあるし、メッセージ内容の丈に合った曲展開だなあと。
 ビートはけっこうきいてますけど、でも耳に強すぎないのは。声でリズム隊を表現しているからってのが関係してるんでしょうかね、やっぱり。溶けやすいというか。でも、ベースがちょっと気になるなあ。もっと声っぽくない渋さが欲しいかなあと。贅沢でしょうかね。

2004年07月12日

Lead「Night Deluxe」

Night Deluxe(初回)
Lead, Shoko Fujibayashi, Daisuke Imai, Cyokkyu Murano, Ryuichiro Yamaki
ポニーキャニオン

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 どっから聴いてもディスコチューン。彼ら、2002年レコード大賞新人賞とったりしてるらしいですけど残念ながらまったく知らないんで、この一曲を取り上げる限りだと、winsからよりダンスミュージックに特化した感じですかね。間違っていたらごめんなさい。
 有線とかで耳にしているときはあんまりアイドルユニットぽくないなあと思ったんですが、それはたぶん歌+ラップをするグループが最近かなり頻出していて、あんまり歌い手の年齢まで気にしてないのが大きいかと。でも、よく聴いてみると、歌い方とか幼さ出てるし(出してるのかなあこういうのは)、ラップぽく発音すればいいってもんじゃないし裏声出せば以下同文だし、まあ年相応な感じです。彼らがいくつなのか知らんけどね。
 歌詞の内容は、よくある「パーティー(=ここではダンスフロア)で視線独り占めのあの娘をゲットだ!」ってやつですが、『退屈そうだね その彼氏』ってのはちょっとドキッとしました。賑やかな場所から誘い出して二人きり、っていう王道なシチュエーションの持つ魅力を、「奪う」という要素を加えることでより強くしてます。
 ああ、でも、ラップ部分で同じ内容を繰り返すのはちょっとなしじゃないかな、そりゃ手抜きでしょう。歌のリフレインってのは印象付けのための戦略ですけど、ラップってのは言葉のたたみかけで魅了するもんなんだから、前に聴かせた内容をまた使っちゃったら、聴き手を揺さぶれないんじゃないかな。繰り返して慣れさせちゃったら、意味ないんじゃないのかな。だからヒップホップが本業の皆さんは歌詞を繰り返さないんじゃないのかな。違うのかな。

2004年07月08日

ラバーキャロッツ「ピエロ」

ピエロ (CCCD)
ラバーキャロッツ, TAMA, 渡辺貴浩, 島健
東芝EMI

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 ジャジーな香りのする、おしゃれな音。こぼれる水滴のようなピアノとか、しゃらしゃらと遠くで鳴っているような奥行きのあるライドシンバル、スタンダードなジャズってやっぱり雰囲気があって、落ち着きますね。
 EGOWRAPPINやorangepekoeがスマッシュヒットしたのってどのくらい前でしたっけ。二年前くらい?あの時はジャズとかスカとかブルースとか、非ロック系バンドミュージックとでもくくればいいのか、そういうジャンルが来るか、と思わせられたもんですが、結局ヒットチャートに定着はしませんでした。そういう方面のファンはあの時期かなり増えたとは思いますが、連続して「ヒット」を飛ばすには現在の邦楽の状況ではややパンチが足らないのかもしれません。テレビや有線なんかでは耳馴染みのないああしたジャンルというのは、クラシックがそうであるように、そのジャンルの雰囲気が出ていればいるほど、大衆意識としてはどれも似通って聴こえてしまうんじゃないかなと。

 その点、このラバーキャロッツは、そうした不利をもしかしたらはね飛ばしてくれるかもしれません。というのは、ジャズを基本としたサウンドでありながら、非常にポップス的な(一般に馴染みのある)仕上がりになっているからです。あくまでもジャズは雰囲気だけで、骨組みはしっかりと邦楽の方法論でできあがってまして。一聴した限りでは、単にジャズにしようとしてなりきれてないのかな、と思ったんですが、どうもこの二人組バンドは「おしゃれミュージック」を自ら名乗っていて、ジャズ、ポップス、スイング、などなど様々なジャンルの音楽を取り混ぜて自分たちの「おしゃれ」な音楽を作ろうとしているらしく。「おしゃれミュージック」なる呼称のセンスはどうかと思いますが、とにかくおいしいとこだけ集めるというのは、一ジャンルをこだわってやっている人たちからは嫌悪の目で見られるかもしれないものの、貪欲な姿勢だし、非常に邦楽的、日本的でもあります。なので、もしかしたらチャート常連になって一時代を築けるかもしれません。なんかルックスも評判みたいですし。

 個人的には、非ロック系バンドの波がきたらけっこう面白いことになると思うので、頑張ってもらいたいものです。こことか、オレンジペコーもアルバム出したし、エゴラッピンもアルバム秋に出るらしいし、あとジムノペディあたりとかも椎名林檎的な雰囲気あって好きだったり。

2004年07月06日

LIV「FAKE STAR」

FAKE STAR
LIV, Manabu Oshio, Toru Minami, Minoru Kojima
ユニバーサルJ

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 なんというか、邦楽ではなく洋楽のノリですね。本人が幼少期アメリカで育ったらしいんで、そのへんの関係か、日本人が洋楽っぽいの作るとどうも野暮ったくなるんですがその野暮ったさがあんまり感じられないです。でもどうせ徹底的に外国のロックを再現したいなら、全編英語でやればいいのになあと思ったり。日本語の部分だけ、明らかに浮いてるんですね、一音一文字の弊害のために。声の質のせいもあるかもしれません。英語のラップ部分ははまっているんですけど、音程が出てくるとちょっと鼻にかかった感じになって、音に比べてややパンチが弱いかと。特にぎゅっと詰められない日本語部分で、弱さを感じてしまいます。
 内容はまあ、現在のミュージックシーン批判と言っていいんでしょう。『偽物は消えてしまえ』と叫びつつ『偽物はL.I.V.? はたして…?』と自己言及しているのなんか、ちょっと気が利いてます。ただ、伏字表現だらけだったりと直接的な罵倒に終始しすぎていて、あんまり知性的でないような・・・ヒップホップの社会批判とかもそういうところあるんですが、ダイレクトであることのインパクトは表面だけのインパクトだと思うんですよ。もっと皮肉をきかせたほうが、聴き手にも深く刺さってくると思うんですが。

2004年06月19日

L'Arc〜en〜Ciel「自由への招待」

 ラルクもずいぶんさわやか系路線になりましたねえ。今回は特にですが、活動再開後のシングル三曲「READY STEADY GO」「瞳の住人」「自由への招待」と続いて、ずいぶん毒気がなくなった感があります。
 いずれもtetsu作曲なのが、要因のひとつと言えそうです。tetsu曲はhydeやkenに比べて、コードの使い方やメロディラインがポップなものが多いので。
 ただそれだけでなく、hydeの詞の変化もあります。今回とか、『急いで 君の迷路を駆け回る』などというあたりに独自の美学が変わらず漂ってますが、でも昔の「破滅への憧れ」みたいな暗くねばっこい美しさはすっかり影を潜め、非常に健全な片想いの歌になってます。っていうか考えてみたら、ここまで露骨に片想いな歌ってすごく珍しいような。恋愛モチーフだとずっと耽美とか別れとかそういうのばかり扱ってきていて、そっちのがデカダンな雰囲気って出ますよね。じゃあ片想いっていう題材を選んでいる時点で、やっぱりさわやか路線なのか。

 高い青空のような広々と突き抜けた疾走感とか、裏声とか、音楽的には好みなんですけど、やっぱり退廃的なラルクのが好きだなあ。「READY STEADY GO」よりは「Driver's high」、「瞳の住人」よりは「finale」、「自由への招待」よりは「DIVE TO BLUE」だなあ。

2004年06月17日

ゆず「桜木町」

 やー、ひさびさに聴いていて気持ちのいい曲がきました。正直言ってこの二人どっちがどっちだかわかんないんですけど、高音だしてる方の人の声のよさが存分に発揮されています。伸びがいい。やや苦しそうな感じもあって気になる人は気になるだろうけど、自分にとってはそれくらいがアクセントになっていいし、歌っていて気持ちいいんだろうなあ、っていうのが伝わってくるんで、もうそれだけで。ゆずのいいところは、笑顔で歌っている姿が簡単に想像できるとこですね。
 詞は特に触れるほどでもない失恋の歌ですけど、歌のおかげですっごく爽やかに聴こえます。

 ゆずは姿の見分けはつかないんですけど、詞はちょっと読めば、どっちが書いたものか当てる自信があります。今回は北川悠仁で、こっちの方がポップ路線。自分たちの持ち味を知っていて、聴き手が求めていることも考えて曲が作れる、器用なタイプ。もう片方の岩沢厚治は、内省的で自分の内側から湧き上がるものをできるだけそのまま形にしようとする、こだわりのアーティスト気質。個人的には岩沢厚治の詞のが好きなんですけど、でも北川曲がやや多めなこのバランスがあればこそ、のゆずだとも思います。
 昔よりハモリのきれいさがちょっと落ちたかな?と思って「夏色」かけたら、つい聴き入ってしまいました。いい曲だ。

2004年06月07日

山崎まさよし「僕らは静かに消えていく」

 淡々とした曲調とかサスペンデットコードを使った和音進行とか最後の延々と続くリフレインとか、名曲「One more time,One more chance」を髣髴とさせる曲です。今回は、やや病的なほど失恋から立ち直れなかった「One more〜」よりもずっと感情が抑えられていて、それがむしろ寂しさセンチメンタルさを煽るという感じにできています。『君を忘れてく』ということに対して、悲しいとか仕方ないとか何のコメントもせずに『僕らは静かに消えていく』とそっけないくらいに言ってしまうのとか。またこの人の声はそれに合うんだなあ。

 タイトルについて。見ての通り、文章になっていて、長いです。
 長いタイトルっていうのは、10年くらい前にもはやってましたよね。「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」とか「このまま君だけを奪い去りたい」とか「別れましょう私から消えましょうあなたから」とか。で、最近もこないだの「花は枯れて また咲く」とか「優しい歌が歌えない」とか、わりあい長いものが多いように思います。
 とはいえ現在と10年前とは傾向が違うようで、「Kiss に撃たれて眠りたい」とか「世界中の誰よりきっと」とか「愛を語るより口づけを交わそう」とかストレートな殺し文句(しかも、そのほとんど全部がもっとも印象深いサビ頭のフレーズ)の目立つ昔の曲とは違い、最近のものは「ピーク果てしなく ソウル限りなく」とか「誰かの願いが叶うころ」とか「世界の中心で、愛を叫ぶ」とか、一見しただけではちょっとわかりにくい、意味深、なタイプのものが多いように思います。
 受け取り手側がいろいろと想像を巡らす余地がある、悪く言えば思わせぶりなものがウケる、といった流れは、確かに最近の社会にはあるように思います。

 余談ですが、軽く調べていた中で一番長いタイトルだった邦楽は、これ。
 BEGIN「それでも暮らしは続くから 全てを 今 忘れてしまう為には 全てを 今 知っている事が条件で 僕にはとても無理だから 一つづつ忘れて行く為に 愛する人達と手を取り 分けあって せめて思い出さないように 暮らしを続けて行くのです」

2004年06月02日

レミオロメン「アカシア」

 この人たちもブレイク予備軍ですな。幹が太くちょっと艶のあるボーカルと、実直、まっとうな詞世界&楽曲。声含めて音の輪郭がはっきりしているのはなかなかの魅力かと。
 ただちょっとだけ、メロディラインがどこかぎこちないように感じてしまうのは自分だけでしょうか。もっと崩したリズムにしたほうが好みなんですが、まあこれは方向性の問題なんでなんとも。自由で、かつ奇をてらうことにとらわれてるわけでない和音の展開と相まって、味わいとして見ることもできますしね。
 前作「3月9日」よりも好きかも。

2004年05月08日

RAG FAIR「Old Fashioned Love Song」

 何がオールドファッションなのかというと、『友達のままじゃ もう辛いんだ』というもう定番のシチュエーションのことなんでしょうねきっと。こういう歌は槇原敬之に歌わせたら右に出るものはいないと思ってますが、それではミもフタもないのでちゃんと解説しましょう。

 この手の歌は、視点が男女限らずだいたいにおいて、自分の感情が友情なのか恋愛感情なのかはっきりしなかったり、今までの関係を壊したくなかったりといった不安定な思いが軸になっているものが多いように考えてますが、この曲は、『それも今日で終わりだよ』と、随分はっきり言い切ってます。でも『好きなんて 言えなくて』ともある。どっちだよ、と思わず突っ込みいれたくなります。はっきりした強さと揺れ動く心理と両方を詰め込みたかったんでしょうかねえ。

 あと、『男と女の間にも 友情は成立するけど』とあるのも、わりと珍しい。そこも悩むポイントなことが多いんですが。
 男声でもハイトーンが好まれがちな邦楽において、全体としてわりと低めの音域で(もっと高音出せる歌い手なのにもかかわらず)歌っているあたりからも、異性としての「男」を意識させるように意図して作られた曲、というふうに察することができます。

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