2008年08月31日

平井堅「いつか離れる日が来ても」

いつか離れる日が来ても

<たくさんの人に「切なさ」と「愛の深さ」を届けるために>

 映画「あの空をおぼえてる」の主題歌として、アルバムからシングルカットされた1曲。「瞳をとじて」に通ずる、お得意のミディアムバラードです。

『このぬくもりに満たされる程/失う怖さにどうしようもなく襲われるんだ』
 そばに「君」がいて、幸せな日々を過ごしている。でも、幸せでいるからこそ、それを失う怖さに襲われてしまう。
 中心になるテーマの選択が、実にらしいというか…何が聴き手の心を揺さぶるかということを考えて選択し、描かれているよなあとつくづく。はっきり言って卑怯なくらいにズルいです、これ。決して悪い意味ではなく…

 『「考え過ぎだよ 笑ってよ」僕の頬をつねるけど』『ねぇ 今抱きしめていいかな?』
 しっかりと繋がりあっている絆を描写し、幸福な関係が築けていることがわかる描写がたっぷり。そんなにラブラブな二人だけど、離れるときを心配することで、幸せよりも切なさを前に出していく。ちょっと女々しいかなあとも感じられますが、そうすることで、『なぜだろう こんなに君を想うだけで 涙が出るんだ』というようなフレーズが生き、より愛の強さ深さを表現できるようになっています。
 両想いの恋愛の素晴らしいいま恋人がいて幸せでいる人にとっては、もちろん感情移入できます。そして恋人がいない人にとっても、ただラブラブっぷりを見せ付けられたらきっと共感できない人もいるでしょうけれど、この曲に描かれる「切ない感情」は、そうした反発を和らげてくれます。

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ラベル:平井堅
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2008年08月23日

B'z「BURN-フメツノフェイス-」

BURN -フメツノフェイス-
B’z
VERMILLION RECORDS(J)(M) (2008-04-16)
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<アグレッシブさの中に秘められた情念>

 45thになるシングルは、タイアップ先の化粧品CMのキャッチフレーズをそのまま据えたナンバー。
 明らかに「不滅のフェイス」というコンセプトが先にある中で、女性視点と思われる内容で『せめてあなたの中では いつまでも輝いていたい』という心理を描き出しています。楽曲単体で見てもまったくソツのない出来になっていて、このあたりはさすがベテランだなあと。

 ノリはゴリゴリのお得意なロック&シャウト、しかも派手め。そんな中で紡がれるフレーズは、『最期はどうなっていたいか ちょっと想ってみる』とか『私の永遠度。そんなのがあるなら』とか、女性的な書き方をしているなあと感じます。前者は口調が、後者は女性誌のコピーっぽい雰囲気が。

 さて、「BURN」というタイトル、そして太陽や『血よりも紅く焼きついて』というフレーズ、曲調そのものが示すとおりこの曲は「赤」特に真紅のイメージが強いです。自分の姿を強く残したい、というアピールを含んだ歌詞全体の流れからも、ガンガン強気でアグレッシブな印象を受けるでしょう。
 しかし、この曲の視点は、恐れを知らない強気さとはちょっと違います。『消えることない色 そんなのどこにある?』というように、自分の美しさ、その他もろもろはいつか過ぎ去ってしまうという諸行無常な感覚があり、だけど『せめてあなたの中では』と願っているのですね。
 「せめて」という語もポイント。『何もかも捨てるのが 幸せでしょうか?』『来世があるなら来世まで』なども合わせて考えると、描かれているのは、報われない恋なんじゃないかなあと。想いが叶わなくても、「せめて」一瞬でも自分を記憶に留めてほしい…そんないじらしい感情があって、だけどそれは狂おしいほどに強く燃え上がっている。これはなんというか「情念」の世界ですね。

ラベル:B'z
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2008年08月02日

FUNKY MONKEY BABYS「旅立ち」

旅立ち
旅立ち
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FUNKY MONKEY BABYS
DREAMUSIC( C)(M) (2008-03-26)
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<新環境に進んでいく勇気の源とは>

 メロディアスなサビを引っさげてハートウォーミングなメッセージを歌うファンモンことFUNKY MONKEY BABYS、今回の新曲は、人生の岐路に立たされた人への応援歌です。

 新しい環境への旅立ち。その時を迎えた人に呼びかけるのは、
 『残してきた足跡が 闇の中の光となり/Oh Oh 果てしなき道を照らす』
 『だけど隠した涙の数だけ 負けない強い勇気が生まれる』
 というような、「今までの道のり」の強さです。

 何かと大変だったり、不安だったり、『初めてばかりの世界の中で』頑張ろうという気持ちになるのは、なかなか大変なことです。今やこの先の進み方についてだけアドバイスされても、指針にはなれど自信を持つところまではなかなかいけないのではないでしょうか。
 なので、これまでの自分やその経験を肯定してあげる、というのは不安を和らげたり、前に踏み出す勇気を与える為には、かなり有効と言えるでしょう。誰しも、「今」まではどういう形でもどうにか生きてきているのですから、万人に届く幅広さもあります。


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ラベル:Funky Monkey Babys
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2008年06月24日

平井堅「キャンバス/君はス・テ・キ」

キャンバス
キャンバス
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平井堅
DefSTAR RECORDS (2008-02-20)
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<切なさに終始しない爽やかさ/シリアスでは届かないユーモアでの癒し>

 平井堅、両A面シングルは、それぞれ切ないバラードとアゲアゲのアップテンポ。テンションや方向性がうまく対比されています。


 「キャンバス」は、卒業を思わせる別れの心情を描いたバラード。このシチュエーションだといくらでも切なさを煽れそうなところですが、そこに終始しているわけではないようです。
 曲自体、そこまで哀愁を募らせるように響くのではなく、暖かみと穏やかさを感じさせる和音や音色を使っていますし。

 『僕の顔は 上手に 上手に 笑えていたかな』なんてフレーズは「いかにも」伝えられない想いを盛り上げる要素だったりします。こうした内容で全編が構成されていたらきっと泣きバラードになっていたかと思いますが、そうじゃない。『決して変わらない 決して汚せない ぼくらだけのキャンバス』と、青春のひとときをしっかりと記憶に留めておこうとしています。
 「君」へ伝えられなかった想いは胸に残れど、そこに過剰に執着したり後悔したりしている様子はありません。寂しさや哀しさも『涙で塗ったキャンバス』として保存し、「いい思い出」としてずっと抱えていく。そんなふうに結論が出ている、気持ちの落とし込みができているわけです。だから、楽曲のセンチメンタルすぎない暖かみと合わさって、どこか爽やかな印象を与えてくれるのですね。続きを読む
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2008年06月21日

ポルノグラフィティ「あなたがここにいたら」

あなたがここにいたら
ポルノグラフィティ
SME Records (2008-02-13)
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<二面の情景描写が「不在」を鮮やかに示す>

 ポルノグラフィティというと、軽快な楽曲とイマジネーション豊かな歌詞世界、というイメージが中心にある人も多いかと思います。
 が、今回はミディアムテンポにメロウな歌詞。二人体制になってからは、「ROLL」「Winding Road」などこうしたタイプの楽曲もありキャリアと落ち着きを感じさせたりしていましたが、それらの曲は岡野昭仁の作詞だったりします。今回は、新藤晴一の作詞。空想性に富んだ世界を得意とする彼の作風にしては、とても現実的な表現が並んでいます。

 空想性がないと言っても、クリエイティビティは高い位置を保持しています。それがよくわかるのが、Aメロのつらつらと言葉を並べていく展開。1コーラスでは『冬の公園 夜のバス停 校庭 帰り道』と様々な風景をひとつずつ示していくのですが、どれもこれも過ぎ去った「郷愁」を感じさせる単語ですし、かつ冬から夏まで、身近な場所から遠くまで、とても幅広く取り入れています。

 さらに、歌い出しのこの流れは、その後ふたつの場所へつながっていきます。
 ひとつは直後のBメロ。さまざまに郷愁を誘う風景たちも、「あなた」がそばにいた間は、ただの『背景だったのに』とこぼしているわけです。どんな胸を揺さぶる景色も、「あなた」の前では脇役だった。それだけ「あなた」の存在が大きかったということが伝わってきます。
 また、2コーラスのAメロでは、単語を並べていく「手法」は同じでも、示される内容が異なっています。『旅立ちの朝 新たな暮らし 出会い 戸惑い』…「郷愁」を導く過去ではなく、この先、現在から未来に属する単語が連なっているわけです。

 「あなた」を失ってしまった。そのことは、ただの背景だったはずの過去の記憶の風景を鮮やかに郷愁たっぷりによみがえらせ、また、これからの生活の風景の中にも『今もあなたがここにいたら』そう考えさせてくる。過去と未来の両面の情景が、そこにいない人物の「不在」を鮮やかに映し出してきています。
 この巧みな構成になっている描写と心象が、『いっそ粉々に砕け散ってほしい』とまで言ってしまう苦しさに結びついているなあ、と感じます。
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2008年04月26日

V6「way of life」

way of life
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V6
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<哀愁と厳しい現実認識の先にある「強さ」>

 ドラマ「SP」主題歌の、ミディアムバラード。V6は、親しみやすいポップで明るい曲調が中心というイメージもありますが、けっこうこうしたメロウな楽曲も担当している気がします。同じメロウ路線でも、KinKi Kidsはオリエンタルな感じですが、V6はもっとプレーンな印象です。

 今作も、どこかR&Bっぽさも漂う、マイナーに収束していくどこか哀愁漂う楽曲。
『灰色な日々が残す残像に/ため息も 悲しみも 何もかも溶かしてく』と、どこかやるせなさを感じさせるフレーズがあります。

 特に強調しておきたいのは、『よみがえる 幼き記憶を/辿っても 何処にも行けやしない』あるいは『呼び続けても 呼び止めても/戻れない昨日になる』といったような、あまり明るい内容とは言えない言葉が盛り込まれている点です。思い出をすっぱりと否定し、時間は戻らないと言い切ってしまうわけです。
 しかし、それは厳しいながらも事実です。甘い考えを振り払い、現実をしっかりと見据える。そして、厳しい現実を直視しながらも、その上で『守りたい明日がある/歩いてく 今日もこうして』という言葉を紡ぎだしているのですね。

 ポジティブ思考にもドリーミーにもならず、厳しさ辛さをまっすぐ見つめ、それでも明日へ進んでいく決意を明確に打ち出す。この一連の流れが、前へと進んでいこうというメッセージ性を強めているのです。
ラベル:V6
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2008年02月23日

Hey!Say!JUMP「Ultra Music Power」

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Hey!Say!JUMP MSS 久保田洋司 CHOKKAKU
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<新世代が担う、事務所の「王道」スタイル>

 全員が平成生まれで構成されていたHey!Say!7で活動していたメンバーに、さらに人員が加わり、Hey!Say!JUMPとしてスタートしました。総勢、10人組。もちろん全員、平成生まれ/1990年以降生まれです。
 さらに、年代で5人ずつ2チームに分かれているとのこと。1990〜1991年生まれが年長組のHey!Say!BEST、1993〜1995(!)年生まれがHey!Say!7。V6がトニセンとカミセンに分かれていたようなものでしょうか。
 ちなみに、以前の「Hey!Say!」をリリースしたHey!Say!7のメンバー
が現Hey!Say!7というわけではなく、また現行のほうは5人だけど「2007」に結成したから7なんだそうです。根本の「平成」はとっても明快なのに、なんだかこんがらかります。

 メンバー名である「JUMP」の由来は、曲中でも言ってますが、『J Johnnys' U Ultra M Music P Power』なのだそうです。「Sports Music Assemble People」が由来のSMAPを想起させますね。
 で、それがそのままこのデビュー曲のタイトルになっています。デビュー曲にグループ名があつらえてあるのも、ジャニーズ事務所では珍しいことではありません。古くは忍者「お祭り忍者」があったり、現在活動中のユニットでも嵐「A・RA・SHI」やNEWS「NEWSニッポン」がありますね。
 こういうのって、ユニットの方向性をはっきりと打ち出そうとする意図が感じられる、とてもコンセプチュアルなものです。…とはいえ、その他のジャニーズ系ユニットも、基本的にはデビュー曲がその後の活動を指し示す明確なコンセプトを感じるものばかりなのだったりしますが。

 というわけで、ユニットとデビュー曲の概要をまとめるだけで、彼らが諸先輩方の要素をあれこれと混ぜ合わせ引き継いでいるということが見えてきます。これまでのジャニーズ事務所の打ち出したさまざまなものを、ひとつ若い世代に集約し、新時代を担わせていく…「平成」を強調しているのも合わせ、そんなスタンスが感じられます。
 世代は若く新しいけど、まったく斬新なスタイルを負わせるのではないのです。それはどちらかというと、KAT-TUNや関ジャニ∞が引き受けています。Hey!Say!JUMPのスタイルは、どうやら「温故知新」のようですね。

 長い前置きになりましたが、ここからようやく楽曲についてです。続きを読む
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2008年02月08日

フジファブリック「若者のすべて」

若者のすべて
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フジファブリック 志村正彦
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<淡々と綴られる想いの裏に潜む奥行き>

 往年の名作ドラマを思わせるタイトルですが、中身はとても叙情的で郷愁を漂わせるミディアムバラード。
 季節は「夏の終わり」で、かつ「花火」が登場するという、郷愁モノとしては非常に王道まっしぐらなシチュエーション。ベタな素材を使っているのですが、ポイントは、それをとてもあっさり味で調理していることです。

 夏というのは、何かと印象深い季節です。それが今、ゆっくり終わろうとしている。しかし、主人公の思考には「まだ終わらせたくない」とか「戻りたい」というような、夏を惜しむような心情は浮かんできません。せいぜい、『それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている』と、客観的な視線で、(自分以外が)なんとなく名残惜しんでいるようだ、くらいの思いしか語られないのですね。
 それは、「最後の花火」を見ていても同じ。「忘れたくない!」というような激しさ強さはなく、『何年経っても思い出してしまうな』という、ぼおっと感じたというような言い方をしているわけです。

 そんな淡々とした感覚は、「夏の終わり」という舞台に重ねられているひとつの恋にも、同様のことが言えます。
 同じリズムで区切られたメロディラインに乗るのは、『ないかな ないよな きっとね いないよな』と、もごもごと言葉を口の中で滑らせていくような、歯切れの悪い想いなのです。はっきりすっぱりともせず、ひたすらに悩み抜いているというわけでもなく、まるで他人ごとかのように『会ったら言えるかな』なんて考えてみたりする。気持ちがどっと盛り上がることがないのですね。

 ただ、そんな激しさのない淡々と綴られる感情や、まるで自分から切り離されたかのような感覚こそが、この楽曲をやたらと叙情的にしているし、ふっと温度が急に下がるような感覚に襲われる「夏の終わり」に、ちょうどぴったりと寄り添っているように思うのです。
 楽曲の作りは、かなり盛り上がるようにできています。サビ前の昇っていくピアノや、『まぶた閉じて浮かべているよ』なんて、とてもドラマティック。このサウンドの盛り上がりは、淡々とした歌詞の裏側に、押し隠している想いの存在を指し示しているかのようでもあります。

 そう、一見ひたすら起伏なく綴られているように思える言葉も、実際はそうではないんじゃないか、わざと見せないようにしているんじゃないか…この曲の歌詞は、そう推測できるのです。続きを読む
posted by はじ at 02:46| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月28日

FUNKY MONKEY BABYS「もう君がいない」

もう君がいない
もう君がいない
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FUNKY MONKEY BABYS 田中隼人 soundbreakers 菅谷豊 大塚利恵
Dreamusic (2007/10/31)
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<「泣ける」曲に仕上げるための表現あれこれ>

 デビュー曲「そのまんま東へ」で東国原知事を起用して以来、毎回著名人の顔をジャケットに据える彼ら。今回は戸田恵梨香で、PVにも出演しているようです。
 そんなプロモーションからも売り手側のプッシュ具合がよくわかるわけですけれども、実際に爆発的ヒットにはなっていないものの、「Lovin’Life」の辺りからだいぶチャート上位に食い込んでくるようになっています。

 で、今回は、『いつもの隣 僕のそばに もう君がいない』別離を歌った内容。HIPHOP界隈でメロウに失恋を歌う楽曲は、2006年にはSEAMO「マタアイマショウ」、そして2007年にはSoulJa「ここにいるよ feat.青山テルマ」とロングヒットが続いていまして、キラーテーマに成長しつつあるのかなあという気がしています。今後、この分野はさらに開拓されていきそうな予感。
 特徴としては、非常に主人公の心情に未練が大きく残っていて、「切ない」雰囲気に浸らせようという方向で表現がまとまっていること。「泣ける曲」という評価を目指して作られているなあ、と感じます。

 サウンド面では、ラップというよりは語りのような、ゆったりとしつつ旋律にもなり気味の、つらつらとしたメロ部分。口ずさみやすいキャッチーなサビは、特に入りの『いっそのこと』の乗り方がちょうど良くはまっていて、印象に残りやすくなっています。
 ストリングスも、ドラマティックな盛り上げに貢献していますね。というか、すっかりバラードの文法です。どういうことかというと、ループするサウンドの一部で使われているというようなHIPHOP的トラックではなく、メロディラインと曲構成の展開を補足するように動き、かつクライマックスへと曲想を膨らませていくために、大々的にフィーチャーされているという使われ方なのです。こうしたバラード文法のストリングスはすっかり定番化していて、これはHIPHOPと普通のポップスの境目がなくなっていく流れの一要因でもあるのかなあと。

 歌詞も、もちろん「切なさ」を感じさせるもの。夕暮れの駅、「君」はもう「僕」の元を離れていかなければならない。でもお互いに離れたくないまま、『最終電車のベルが鳴り響いて』しまうまで動けないでいる。でも、「君」は繋いでいた「僕」の手を振り切って去っていく。そして『行き場を失った左手は さびしく震えてた』…
 夕暮れから最終電車までということは、相当長い時間「僕」は『その右手を離せなかった』ことになります。まあ、歌詞世界はそれなりにローカル線ぽい雰囲気なので、最終といってもそんなに深夜ではないのかもしれません。でも、おそらく数時間はそのままだったはず。ここには、「僕」の未練がたっぷりと感じられますね。…まあ、夕暮れの風景イメージと「最終電車」という状況、演出のために両方欲しかったってだけのような気もしますが。

 でも、この曲は他にも「僕」の未練の大きさを感じさせるフレーズだらけです。『涙溢れ』てしまうのはもちろん、『いまも君のすべてを体中がおぼえてる』というくらいに、少しも忘れることができないままです。想いが変わらずにいるとすることで、その純粋な感情を美しく描いているのですね。別れの場面を詳細に追っている点や、
 また、『想いがにじんで 涙が出ちゃう』『ごめんね まだそんなに強くなれない』と、言葉の端々があんまり男らしくない、弱めな言い回しなのも気になります。この辺りになってくると、傷つきやすい少年のピュアさとして浸ることができるか、それとも女々しいなあと感じてしまうか、だいぶ評価が分かれそうなところです。続きを読む
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2008年01月27日

BUMP OF CHICKEN「花の名」

花の名
花の名
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BUMP OF CHICKEN 藤原基央
トイズファクトリー (2007/10/24)
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<「言わないで伝える」表現への飛躍>

 映画にも合った、シンプルなアコースティック調の楽曲です。勢いに乗った荒削りなロックテイストはないですが、しみじみと聴かせる雰囲気が出ていますね。「supernova」辺りでも感じましたが、こうしたタイプの楽曲も、すっかり板についてきたように感じます。

 バンプの詞世界の根幹にあるのは、自問自答の中で力強く答えを導き出す大きなメッセージ性です。特に、インディーズ活動をしていた初期から人気を拡大していった時期には、寓話的なストーリーだったり抽象的なイメージを用いたりした作風が、その大きな特徴でした。
 細かく設定した世界と、明確なプロセスを持った歌詞。自分はそれを「オンリー ロンリー グローリー」のレビュー時に「箱庭療法」のようだと書いた覚えがあります。

 『簡単な事なのに どうして言えないんだろう/言えない事なのに どうして伝わるんだろう』
 この「花の名」は、ゆったりした曲調と、上記のフレーズで始まります。
 伝えたい「簡単なこと」は、言葉ではなかなか言うことができない。でも、言わなくても、伝わったりする。これは、曲の中核に当たるサビのフレーズ『あなただけに 聴こえる唄がある』に繋がってくると同時に、作詞者の藤原基央自身の表現の変化にも繋がってくるように感じました。

 あなただけに、僕だけに、歌える、聴こえる唄がある。
 『会いたい人がいるのなら それを待っている人がいる』…
 この曲の歌詞は、それ以上のことは言いません。だから元気出せ!とか、前を向いて進め!なんてことは言いません。せいぜい『涙や笑顔を 忘れた時だけ/思い出して下さい』と言うくらいで、思い出したらどうなるか、どうするべきかを語ったりはしていないのです。…それは、あえて言わなくても、聴き手にじんわりと伝わるものがあるはずだ、と考えているからでしょう。
 すべてを説明したり、明確なメッセージにまでせずに、メッセージに余韻を残す。どう受け取るかは聴き手に委ねる形になっている、とも言えます。「あなた」はたくさんの花たちと変わらないものかもしれない、と言いつつ、それがどういう意味なのかは聴き手がそれぞれに感じるしかありません。『会いたい人がいるのなら それを待っている人がいる/いつでも』の後に「だから…」と続いてはいかないのです。

 曲調と展開も、こうした性質の歌詞を支えています。アコースティックな雰囲気だけど、2コーラス以降にバンドが加わってくると、そこに力強さも感じさせるバッキング。静かな印象ながら、ラインだけを追うと実はファンファーレのようなサビ頭のメロディや、ラスト近くのドラムロールあたりからも、芯のブレない、確固とした意志が宿っているかのよう。
 まるで、「言う」だけでは形にしきっていないメッセージが聴き手に「伝わる」ように、音で支えているかのようだと思いませんか?

 ひとつの物語を紡ぎ上げ、ひとつの明確なメッセージに昇華するスタイルは、大きなカタルシスが得られる作り方です。この曲のような、聴き手がしみじみと噛みしめるタイプはピンと来ない、という人もきっといることでしょう。
 でも、この変化は間違いなく「成長」だと思うのです、良かれ悪しかれ。言葉を費やさなくても「伝わる」んだ、という自信ができたからこそ、最後まで語らない作風にも挑戦することができたのでしょうから。
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BUMP OF CHICKEN「メーデー」

メーデー
メーデー
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BUMP OF CHICKEN 藤原基央
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<「自己と他者の両方を見つめる」視点への飛躍>

 『君に嫌われた君の 沈黙が聴こえた』
 「君」に「君」が嫌われる。このフレーズを、まったく理解不能だという人はいない(少なくとも彼らの曲を好んで聴く人には)でしょう。目の前にいるのに、『水溜まり』の中=『深い心の底』という遠くで「沈黙」している「君」が、つまり「本当の君」なのです。(これって、おそらく解説するまでもない自明のことかと思いますが、しかしこれが自明なのって、実はすごいことですよね。<心の奥底に「本当の自分」がいる>ということが、共通認識としてあるってことなのですから)
 声にならない『救難信号』を頼りに、「本当の君」を探し救い出す。そんな内容の一曲になっています。

 注目したいのは、単純に「僕」が「本当の君」を救いに行く、という流れではないということ。もちろん主軸は「本当の君」を奮い立たせるための真摯な呼びかけなのですが、「僕」もまた沈黙の内に助けを求め、「君」に心の水溜まりへと飛び込んできてほしい気持ちも描写されているのですね。そして『再び呼吸をする時は 君と一緒に』と、お互いがお互いの「本当の自分」を救い合うことをゴールにしています。
 バンプの楽曲って、初期からストーリー性とメッセージ性を有しているものが多くありました。ただそれらは基本的に「自問自答」でした。『ダイヤモンド』や『ハルジオン』なんてわかりやすいですね。「ラフメイカー」や「グングニル」なども、想像の物語や舞台を構築する箱庭を展開させる形で、やはり内側で完結する世界だと言えるものだったかなと。それゆえに、内面を循環する強力なエネルギーも漂っていて、それが魅力に繋がっていたわけです。
 それが、段々と「他者」との関わりを歌っていくようになります。人の関係性をテーマにした「カルマ」、そして他者を見守る視点で語られる「涙のふるさと」と、外側に開かれていく流れが進んでいるなあと感じるのです。
 で、今回も主流は他者=「君」への語りかけ。だけにとどまらず、「僕」も「君」に救ってもら追おうとする。自分自身を見つめる形でメッセージを発していた頃から、それを別の誰かに投げかける術を身につけ、今度はどちらか一方でなく、自己と他者の両方を対象に据える。さらに視野の広がり、一歩進んだスタンスになっているなあと。

 印象的なフレーズが多い中、特に『怖いのさ 僕も君も/自分を見るのも見せるのも 或いは誰かを覗くのも』というフレーズがポイントです。怖さを赤裸々に吐露しているという点そのものも良いのですが、「僕も君も」と「君」を巻き込んで言い切ってしまっているのが何より重要。
 「僕は怖い」というだけでも、聴き手はその「僕」に自己投影して共感することができます。しかし、その共感の範囲は、歌っているバンプ自身とその聴き手までに限られます。そこを「僕も君も」ということで、その「怖い」と感じている範囲を他者、言うなればすべての人がそうなんだとまで広げていけるわけですね。「僕も君も」と目の前の人物に語りかける体裁を取りながら、実際には「すべての人がそうなんだ」というメッセージなのです。

 ところで、タイトルの「メーデー」とは、もちろん5月1日の労働者のイベントではなく『響く救難信号』のことを指しています。もともと無線通信での用語で、その点「沈黙を聴く」という表現にも、ちょうどよく合わさっている表現ですね。
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2008年01月09日

B'z「SUPER LOVE SONG」

SUPER LOVE SONG
SUPER LOVE SONG
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B’z 稲葉浩志
VERMILLION RECORDS(J)(M) (2007/10/03)
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<イメージを小さく限定したくないから、思い切って大風呂敷を広げる>

 アッパーでまっすぐな、B'zらしい王道ロックチューン。いつにも増して飾り気が少なく、太いベースの音が本格的な装いです。で、歌っている内容もだいぶでっかくなっている感じ。

 『論争が終わり 善悪の概念も消える/思わず君が震えてしまうような/SUPER LOVE SONG』を歌ってみたい、と切望する。いわゆる男女の恋愛のラブソングというより、もっと広く隣人愛や人類愛、博愛に近いイメージという印象です。しかも、「紛争」や「冷戦」を正面からはっきりと否定してみせたりするのもおおっときますし、愛は『静かにそこにあって 動かない/人はただそれを見つければいい』なんてあたりのフレーズは胸がすくような名文だなあと思います。言葉にも、かなり気合が入っているなあと。
 たとえば、「愛のバクダン」なんかだと「バクダン」に喩えて愛を降らせたい、と言っていました。そういう置き換えをすることなく、「SUPER」と言ってしまうくらいの大風呂敷を広げながら、よりまっすぐな形で「愛」を主張しているわけです。大きな「愛」を、実に強い表現で言葉に表している、そんな印象を受けます。

 近年のB'zは、男女の恋愛を描くに留まらず、弱さを内包しながらも強さタフさを志向し、呼びかけていくような楽曲をいくつか出していまして。その志向は、「愛のバクダン」だったり、「衝動」だったり、「ゆるぎないものひとつ」だったりというような表現をもって象徴されています。
 共通しているのは、どれも明確なイメージができない、抽象的な表現であるということです。今回の「SUPER LOVE SONG」もそうですが、それってどんなものだろう?と考えたとき、あえて言い尽くせないような広がりのある言葉を選んで据えている、というような気がするのです。
 これは、歌に込めたい思いを限定したくない、どこまでも広がりを持たせたいからこそだと考えられます。大きな爆発力を感じさせる「愛のバクダン」に、激しくほとばしる「衝動」に、どんなものか不確かながら「ゆるぎないものひとつ」だったり…そして、とにかくでかくて広くて深い、途方もない「SUPER LOVE SONG」。これらは、表現は違えども『ぶっとい根っこで ギュッとつながってる』、ほぼ同じ想いを源泉にしてできている言葉なんじゃないかなあと思うのです。続きを読む
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2007年12月22日

平井堅「fake star」

fake star
fake star
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平井堅 URU
DefSTAR RECORDS (2007/09/12)
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<スターの孤独は、あなたのすぐそばにも忍び寄る>

 今ではすっかり甘いバラードや切ない恋愛ソングが定着している平井堅。ただ「瞳をとじて」の大ヒット以降は、ワンパターンにはならないよう、そういったイメージを踏襲する曲とそれ以外のタイプの曲を交互にリリースしているようです。作風もそうですけど、消費されて終わり、とはならないようきちんと考えてペース配分しているように感じますね。
 今回は、「バイマイメロディー」「君の好きなとこ」といった<王道>路線ではなく、「POP STAR」「哀歌(エレジー)」など、少し毛色の違う意欲的な路線。じっとりとダークな曲調の中で、「スター」の闇と悲哀を見せつける、というような作品になっています。

 『見下ろすパノラマ 空虚なサクセス/広過ぎる部屋に 居場所が無い』『プライベイトも切り売り』なんてあたりのフレーズは、成功した栄光の裏にできる陰を思わせるもの。華やかな一面を世界に見せ続けなければならない一方、その不自由さを嘆く…という苦しさをアピールしています。
 ただ、『携帯メモリー 一周まわったのに/会いたい人は誰?』とか『戦いながら 笑顔はキープ』というような孤独感/空虚さは、もちろん「スターの裏側」の範疇ではありますが、これはまたこっち側=一般人の間にも通じる感覚ではないでしょうか。
 すっかりトップアーティストとなった平井堅本人の心情では?とも思える内容になっているものの、単純な「あっち側」の話ではないのかなあとも思えるのです。「こっち側」の聴き手たちもまた、知らず知らずのうちに同調させてくる…そんな作りになっているようにも感じるのは、自分だけでしょうか。『that's you』とニセモノだと指し示されているのは、現代を生きる我々すべてではないのでしょうか。

 全般に漂う不安げな雰囲気は、コードを微妙に外してぶら下がりがちになるメロディライン(これは「哀歌(エレジー)」にも使われていました)とか、Bメロの半音ぶんの微妙な転調とか、やたらとトリルを入れる歌い方とか、音作りの面でもいろいろと伺えます。
 そんな中、ジャジーな間奏から一転、転調して少し落ち着いた雰囲気を見せるCメロ。ここに歌われている『偽りでいい 見せかけでいい/そのぬくもりが 今は欲しい』…こここそが、包み隠さない本音に当たる部分なのではないかなあと。たとえfakeだらけであろうと、その現在を嘆こうと、偽りでも「ぬくもり」がないと生きていけない…そんな悲痛な心情の吐露となっています。

 そういえば、つい今年はじめにもMr.Childrenが「フェイク」という曲を発表しています。この両曲はどちらも「たとえ嘘だろうと受け入れていく」というスタンスを見せているのが興味深いところ。平井堅はすがるように、ミスチルはあえて積極的にという差はありますが。
 …情報が溢れ、真実も嘘も見分けがつかないくらいになっている現代。何かとフェイクが騒がれる昨今ですが、ニセモノを拒み本物だけを選び抜いていく生き方よりも、酸いも甘いも受け入れていくほうがずっと適している!そんなカウンターメッセージにも感じてしまうところ。このシンクロは偶然ではなく、どちらも時代の流れから考えると出るべくして出たものなのかなあと。続きを読む
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2007年12月15日

秦基博「青い蝶」

青い蝶
青い蝶
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秦基博 島田昌典 UA
BMG JAPAN (2007/09/12)
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<手に入れたいものは、美しくも儚いイメージ>

 新進アーティスト、秦基博の3枚目のシングル。ミディアムテンポの中を豊かな声量と硬軟をつけた歌い回しでしっとりかつドラマティックに仕上げています。キャッチコピーが「鋼と硝子でできた声」と言うらしいですが、なるほどなーと。

 『羽の色 鮮やかな虹色に光るってこと』と言われる「青い蝶」。『まるで悪い夢のよう/ねえ 今どこにいるんだろう』と自分の居場所を見失っていた「僕」は、その蝶を捜し求めにいく…というのが大筋の展開です。
 「青い蝶」というのは、具体的なものではなく、いわゆる「青い鳥」を意識したイメージ上のモチーフなのでしょう。その鮮やかなイメージに、今度こそ手に入れようとしている『欲しかったもの』を託しているわけですね。

 そのまま「青い鳥」ではなく、なぜあえて「蝶」にしたのか?という点については、まあありふれたモチーフをそのまま使いたくなかったのかなーとう想像ができそうです。
 また、鳥よりも小さくてどこか儚さもある、そんな印象を乗せたかったのかもしれません。というのは、歌詞中でも『欲しかったもの 見失うくらいなら/潰れてもいいくらいに 握りしめるんだ』というフレーズがあるんですね。何が何でも手に入れようとする強い意志を感じさせるこの言葉は、手で握ったら潰れてしまうような蝶のイメージと繋がって生まれた表現なんじゃないかなあと感じました。

 あと気になったのは『君も連れて行ってあげるよ』という部分。ともに探しに行こうというのではなく、あくまでも中心は自分自身。「君」という存在は使いやすくてつい安易な表現に使ってしまいがちなものですが、自分の追い求めたものをもう一度探しに行く、というキモの部分をズラすことなくうまく「君」を取り入れているなあと。


 彼はオーガスタという事務所の新人なのですが、先輩方の匂いもしつつ、どの性質も過剰に背負いこまず取り入れて消化しているなあと感じました。
 低音はちょっと陰りのある感じでスガシカオっぽくもあるんですが、でも高音は抜けがいい。言葉遣いや詞の全体構成はスキマスイッチぽくもあるんですが、彼らほど砕けた言い回しだったり緻密すぎたりしない。それに「青い蝶」なんて表現でイメージを広げるのは、どちらかというと山崎まさよしやスガの分野に近いかもしれないなあとも思ったり。

 最近はミックス系とでもいうのか、ひとつの方向性を突き詰めるんじゃなくて、ある程度いろんな要素を含んだもののほうが当たる、というような傾向があるのではとちょっと思っていまして。恋愛だけ、メッセージだけじゃなく、恋愛のシチュにメッセージを込めるとか。主人公のキャラが、言葉遣いや態度は「俺」系だけど実は繊細で情に弱い、とか。中庸がいい、というよりはあれこれ詰め込んだゴージャスさが好かれているのかなーというふうに感じています。
 それだけだと大きな特徴がないとかで目立たないようになってしまいそうですが、声は独自の良さがあるので、今後にも注目していきたいところです。
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2007年12月10日

フジファブリック「パッション・フルーツ」

パッション・フルーツ
フジファブリック 城戸紘志 河合マイケル 志村正彦
EMIミュージック・ジャパン (2007/09/05)
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<官能の枠からはみ出す異質さが生む中毒性>

 このひとつ前のシングル「Surfer King」はアッパーなロック&ホーンに乗せた破天荒な歌詞に度肝を抜かれる思いでしたが、この「パッション・フルーツ」も相当なイカレ具合(ホメ言葉)です。
 もともと情緒的なサウンド作りが巧く、デビュー後しばらくのシングルはそういう方向性だったのですが、2ndアルバム以降、とにかく前衛的かつ攻撃的かつ先鋭的な方向に触れているなあという印象。

 ベースはディスコサウンド。ディスコの時点でロックバンドにしては特殊ですが、これがけっこう相性がいいのです。過去にも「ダンス2000」という怪曲を披露していますし。そちらはちょっとファンクっぽさもありましたが、今回はエレクトロニカルな音色が耳に残ります。非常にレトロな雰囲気。
 彼らの生み出す音は、メロディラインにしろギターやキーボードのフレーズにしろ、どこか独特の味を持っています。ソリッドな洋楽の匂いではなく、どこか懐かしい歌謡曲に繋がるような味。それが情緒的な楽曲では匂いたつ哀愁や郷愁になり、こうした楽曲では何とも言えない奇妙さ、クセになりそうな幻惑的なサウンドになっているっぽいです。

 『夢の中で あやかしパッション』なんていうフレーズがサビのど頭に来つつ、詞に描かれているのは男女間の駆け引き。『化けの皮をはがしてやる』と、お互いに相手を伺い絡めとろうとする、めくるめく官能的なシチュエーションだったりします。
 しかしどこかレトロなサウンドの中や、独特の言葉選びは、単純な官能性には留まりません。ディスコサウンドに乗るメロディラインはシンプルで、かつ言葉の乗せ方がリズミカル。微妙に韻も踏みつつ、『ファンファーレ』『バンパイア』などのカタカナ英語が実にぴったりはまっているので、頭に残ります。『だからダメだったら 駄目だったら だめ』も、うっかりすると口ずさんでしまうくらいの勢いだったり。
 不思議なサウンドもあり、言葉遊び的な要素もありで、総じてエロティックというよりはサイケデリックでコミカルでアブノーマル、という感じ。総じて、彼らの楽曲センスの変態性(ホメ言葉です)が堪能できる内容です。『メガネはどうか そのままで』なんてフェティシズムっぽいフレーズがありますが、確かに「あやかしパッション」としか捉えようのない楽曲の中では、むしろこれが健全なふうに感じられるくらいです。

 とにかく異質なサウンドと歌詞世界。大きな特徴はないのに不思議とインパクトのある声も手伝って、聴いているとしらないうちに頭から離れなくなり、好き嫌いに関わらず中毒を起こす危険があります。気をつけましょう。
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2007年10月12日

ポルノグラフィティ「リンク」

リンク
リンク
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ak.homma Porno Graffitti ポルノグラフィティ 岡野昭仁 新藤晴一
SME Records (2007/07/18)
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<曲とも連動しての、すっきり筋の通ったメッセージ展開>

 ポルノのデビュー以後、シングルA面曲の大半はギター新藤晴一が作詞を手がけたものでした。ボーカル岡野昭仁も、これまでの活動の中でかなり多くの曲を作詞作曲しているものの、A面でリリースされたのは「音のない森」「ROLL」(「ネオメロドラマティック」と両A面扱い)そして「Winding Road」の3作のみです。

 新藤晴一作詞の楽曲の多くはプロデューサーのa.k.hommaが作曲しています。a.k.homma楽曲は、メリハリがはっきりしていて、展開が速く、どこかオリエンタルな哀愁を含みつつ、キャッチーなメロディラインをしています。そうした要素が、歌う岡野昭仁の声質と合っているんですよね。おそらくはやはりプロデューサーとしての客観的な視点から、意図的にボーカルとの相性・キャッチーさを取り入れて作っているんだろうなあと思うのです。

 一方、岡野昭仁は詞と曲の両方を自ら手がけることが多く、そのせいもあるのか作風もシンガーソングライター的なものが多いように感じます。すなわち、自問自答の中で答えを見つけていく…というスタイルですね。
 ボーカル自身が作る曲というのは、やはり本人の歌いたい、主観的なメロディラインになるもの。特に今作では、語られるメッセージに合わせるかのように、楽曲の展開が工夫されているように感じます。

 ロックにうねるイントロから、そのままのテンションでなだれ込むように早くまくし立てられるAメロ部分では、「疑問」や「世界への皮肉」といった、マイナスの内容が語られます。愛し合う二人が、互いに互いを求め合いながらも『それでも嘘だの まがいものだのって/手探りを繰り返すことに意味があるのか?』とつぶやいてみたり『流した涙も偽物とされてしまう』と嘆いてみたり。
 もちろんそれらは、伝えたいメッセージへの伏線になっています。『体も心も知っているんだ』という短いフレーズから、世界は変わり、ぐっと緩やかで広がりのあるサビに突入すると、そこにあるのは疑問への強い答え。『真実はこんなにも「ぬくもり」を持っていて』と、思い悩む必要はない、この重ね合った手に感じるぬくもりを信じればいいんだ…というメッセージに落とし込んでいくわけです。

 「辛いこともある」→「でも大丈夫だ」この流れは、メッセージソングにおいては基本とも言えるもの。それを忠実になぞっているなあ、とこの曲の詞を読むと感じます。しかも、1コーラス・2コーラスのメロ→サビで、それぞれふたつの流れをきちんと作っているっぽいですし。

 さらにラストのリフレインでは、「でも大丈夫だ」からもう一段階先「だから前に進んでいこう」というところまでメッセージを進めていくようになっていまして。作詞のお手本になるような、すっきりした流れが作られているなあと。

 メロディラインやアレンジといった音の部分もまた、詞の展開に寄り添うように作られているわけで。総じて、たいへんまとまりを感じる一作になっています。
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2007年08月29日

V6「ジャスミン」

ジャスミン/Rainbow (通常盤)
V6 近藤薫 小幡英之 小川マキ 久米康隆 20th Century HIKARI Coming Century KOMU 家原正樹
エイベックス・マーケティング (2007/05/23)
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<傷つきやすい繊細な人までを掬い上げる>

 前作「HONEY BEAT」ではストレートなアイドルポップスをやっていましたが、今作は柔らかな雰囲気を持ったミディアムナンバー。その前の「グッデイ!!」からの流れに、ポップ回帰か?と思いましたが、そんな単純に方向性を絞るというつもりはない模様です。

 そういえば何だかんだ言って彼らは芸域が広かったりするんですよね。そりゃ31枚もシングル出していればバラエティは出てくるものですが、デビュー当初はユーロビート一辺倒だったし、それが玉置浩二作曲の「愛なんだ」で等身大ポップ路線を定着させていき…でも「自由であるために」ではちょっとニヒルに決めてみたり、「Orange」ではかなり冒険的な楽曲に挑戦していたり…
 今回も、一言で表すなら「等身大メッセージソング」ですが、たとえば「WAになって踊ろう」や「UTAO-UTAO」あたりのタイプとは違いますし。全世界に向かって呼びかけるようなマクロな「博愛」ではなく、あくまでも自分自身と向き合うミクロな「自問自答」に終始しています。

 「花」をモチーフにした歌詞の表現や、『咲かない種などは無いから』『さよなら 今の僕』などの言葉だけを取り上げれば、いかにも無難なフレーズです。
 ただ、けっこう面白い表現もありまして。『誰かの声に 聞き耳を立て/明日をちょっと疑った』とか、『快晴が続くほどに 少し不安で眠れないけど』とか。この辺りは、あえて人のことを気にしたり、晴れていても落ち着かなかったり…悪い状況にいて落ち込んだり傷ついたりするというわけではないんですね。なんでもないこと、いいことにも不安になってしまうという心情を拾い上げているわけです。
 これは、なかなか注目に値するのではないかなと。もちろん『同情に抱かれながら 泣いて枯れて進めない夜』というバッドなシチュエーションも出てきます。けど、それだけじゃない、もっと些細な瞬間にも人は傷つくんだ、ということも歌に込めているのです。そして、そんな繊細な心までを掬い上げようとしているのです。

 「頑張れ」というような、奮い立たせたり、何かをさせようとけしかける言葉はありません。「進め」とは言わず、『新しい朝へ』とだけ言ったりもしていますね。
 『感情はどんなルールも 追い越して君だけを守るよ/そんな魔法が誰にだってあるんだ』という呼びかけは、自己肯定をそっと促すフレーズです。ここでの「感情」は「誰にだってある魔法」につながるので、他の誰かではない自身の感情のことでしょう。「君」の感情は「君」を守る…考えてみれば当たり前のことですが、まず自分自身を守るということから教えてあげているのですね。内向的な現代人、うつの人にもしっくり馴染むくらいの、優しいメッセージになっているんじゃないかなと。

 そう考えると、数ある花の中でリラックス効果がある「ジャスミン」をこの曲に選んだのにも、ちゃんと理由があるのだろうと思えてきますよね。
ラベル:V6
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2007年08月15日

B'z「永遠の翼」

永遠の翼
永遠の翼
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B’z KOSHI INABA
バーミリオンレコード (2007/05/09)
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<散りゆく命の物語か、それとも生き抜く物語なのか>

 神風特攻隊を描いた映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」主題歌として書き下ろされた、通算43枚目のシングル。熱を帯びたシャウトが堪能できる、B'zらしさ満載のバラードです。

 今回はとにかく、詞が、タイアップ先のテーマに大きく関わっているなあと強く感じました。『愛しいものたちの幸せ』のために、『はかないこの命を 朝日のように燃やしながら/はばたいてゆこう』という、自己犠牲精神の感じられるフレーズ。そこを中心に、『絶望の先に必ずある ひと筋の希望の光』ということは「絶望」は前提で避けられないんだなあとか、『桜の丘』とか、そんなところまでいろいろ推測してしまいます。

 とはいえ、そういった自己犠牲の文脈でなくとも読めるようにはなっていまして。命を燃やすからといって死んでいくとは限らず、むしろ『ただ君のためだけに』生きていこうとしている、とも読めるのですね。このあたりの微妙なサジ加減は、やっぱりうまいなあと。
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2007年07月17日

BEAT CRUSADERS「GHOST」

GHOST (通常盤)
GHOST (通常盤)
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BEAT CRUSADERS ヒダカトオル
DefSTAR RECORDS (2007/04/18)
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<恋に落ちた相手「幽霊」の正体は>

 ビークルらしい、疾走感を溢れさせながらもクールな響きも併せ持った一曲。ゴテゴテしないカッチリとしたバンドの音、そして味付けを担う電子音が、そうした印象に繋がっているのかもしれません。

 特に今回は、前シングル「TONIGHT,TONIGHT,TONIGHT」よりもどこか涼やかで、切ない雰囲気が漂っているような感覚を受けた人も多いのではないでしょうか。
 そこで歌詞に目を向けてみると…

 『I'm in love with a ghost/Such a beautiful thing in the world』
 (俺は今 幽霊と恋に落ちているんだ/こんな素晴らしい出来事は世界中どこにもない)
 幽霊と恋に落ちる。それに大きな幸せを見出していることがわかる一節がサビになっています。素晴らしい出来事だ!という言葉を額面どおりに受け取ろうとしても、曲調はそんなにハッピー満載というわけでもないですし、やっぱり「ghost」なのが気になるところです。

 『I saw a dream/that the world's disappeared』
 (夢を見たんだ/世界が何処かへ 消えてしまう夢を)
 歌い出しはこう。彼らの曲は、ざっと調べた限りではけっこう「消える」というような儚さを感じさせる言葉が頻出しているような気がしました。で、今回は世界が消える夢を見たあと、「だからルールを全て壊してしまうつもりだった」と続きます。
 ここには、「夢」によって苦しみや悲しみといった何かしらの負の感情が生じ、それを発散させたい、といった心理が働いているように思います。

 ここからは、分析というよりも、解釈の域になってしまいますが…
 これ、「死別」の歌なんじゃないかなあ、と自分は考えてみたのですね。

 つまり、「ghost」こそが恋人。彼女を失ったあまり、世界が消えたかのような衝撃が主人公を襲った。それで、滅茶苦茶に暴れたり、理不尽に振舞ってしまいたい衝動に襲われた、のではないか。現実を直視せず、死んでしまった恋人とまだ心が通じ合っている、そう思い込もうとするあまりに「幽霊と恋に落ちている」「それって素晴らしいことだ!」と叫んでいるのではないか…そう考えてみたのです。
 とすると、『Here I am/Watching all people's laughter』(此処にいて/人々の笑顔を見つめてる)というくだりが、何とも言いようのない寂寥感を帯びて立ち現れてはこないでしょうか。

 …でも今回の解釈だと、筋書き的には「TONIGHT,TONIGHT,TONIGHT」とほとんど一緒になっちゃうんですよね。そういうのが好きなのか、自分があれこれと深読みしすぎなのか…
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2007年07月12日

福山雅治「東京にもあったんだ」

東京にもあったんだ / 無敵のキミ(通常盤)
福山雅治 服部隆之 井上鑑
ユニバーサルミュージック (2007/04/11)
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<見上げるモチーフと感情の細やかな違いとは>

 俳優業をこなしながらも着実な音楽活動を重ねている、福山雅治のこの22枚目のシングルは、映画「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜」の主題歌。原作者のリリー・フランキーたてのお願いでということでのタイアップだそうです。これは、もちろん音楽性の部分が第一なんでしょうけれど、福山の出身地が長崎で、同じ九州だというのも関係しているのでしょうか。

 非常に彼らしい、ウイスパーボイスでの弾き語り系楽曲。ハイトーンを使わずに勝負できるという意味では、特にJ-POP業界では貴重な存在です。

 歌詞は、東京の街の中で「君」に語りかける、遠距離恋愛を思わせる内容です。コンクリートジャングルとしてマイナスイメージで語られることの多い東京の街は、「それでも強く生きていくよ」というメッセージに利用しやすいものです。この歌では、そんな東京の街で美しい夕陽や月を見つけたと歌うことで、そのメッセージをより美しく強く見せています。


 面白いなあと感じたのは、「キレイ」と描かれるものたちとそれに対する反応の細かな違い。

『こんなキレイな夕陽が/うれしいな 君に見せたいな』
『こんなキレイな月が/うれしいな 君も見てるかな』
『こんなキレイな夜空が/おかしいね 涙こぼれてる』
『こんなキレイな夜明けが/うれしいな 君に見せたいな』

 と、時系列に沿って語られていくわけですが、それに対する「僕」の反応が、何となく違っているわけですね。
 「夕陽」のときは、見せたい!と感じ、「月」は「見てるかな」と想いを馳せる。「同じ月を見上げる」というシチュエーションがいろんな歌で囁かれているように、月というモチーフは、離れていることを実感し、それでもつながっていたらいい、とそんな気持ちを表すのによく使われがちだなあと。…それって「月」が夜に属するものだからなのかなーと思ったりするんですよね。寂しさが募ったり、ふと一人で静かにあれこれ考えてしまう時間だから、という。
 「夕陽」と「夜明け」、明るいときのものは「見せたいな」と積極的な言い方になる。「月」と「夜空」、暗い夜の間は「見てるかな」と離れた相手をしみじみ思ったり、「涙」をこぼしたりしてしまう…そう考えると、それぞれのモチーフと感情はうまく対比されているのかなあ、と思うのです。
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2007年06月01日

平井堅「君の好きなとこ」

君の好きなとこ
君の好きなとこ
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平井堅 亀田誠治 中西康晴 HALFBY
DefSTAR RECORDS (2007/02/28)
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<ただ列挙するだけじゃない、より深く印象付けるためのテクニック>

 本格男性R&Bシンガーから、最近はすっかりポップス職人に移行しつつある平井堅です。今回のこの曲は、なんというかまさにJ-POPど真ん中とでも言うべきポップさに溢れた一曲になっているなあと。

 列挙、というのは非常にシンプルかつ効果的な表現手法です。たくさん重ねれば重ねるほど、気持ちの強さがそこに立ち表れてくるのですね。この曲の場合は、タイトル通り「君の好きなとこ」を列挙して、それだけ好きだという感情を強く伝えられているわけです。

 こういう風に「君」の特徴を挙げていくのは、パッと思い浮かぶところではMr.children「over」とかでしょうか。こちらはもう会えなくなった「君」のことを幾つも思い出すことで、失恋後も引きずっている思いの深さを表しているのですね。
 この手の「過去」を列挙する歌は、特に感動を与えやすいもので。卒業式の答辞で、「みんなで行った遠足」「クラス一丸となった運動会」…とか、行事の数々を振り返っていく時って、やっぱり泣きどころじゃないですか。
 なのですが、現在進行形の恋人の好きな部分を挙げるこの歌も、ただ列挙するだけでなく、ひとひねりを加えることで印象を深めていたりします。それは何かというと、『いざ目の前にすると 何も言えなくなってしまう』ってことでして。

 サビ前半を丸々、2コーラスさらにリフレインに至るまで同じフレーズを繰り返さず(ここに、列挙の手法を最大限に活用しようとした意図が見て取れます)多数挙げて、こんなにも「僕」は「君」のことが好きなんだ、と訴えかけてきながら、実際に会ったら『一つも言葉に出来なくて』…ただ好きだという感情をまっすぐにアピールするのではなく、そこに「うまく言えない」という逡巡を付加する。そうやって、じれったさやもどかしさといった心のひだをくすぐる感情を混ぜ込み、そしてまた、「うまく表せないのは、本当に好きだから」というような主張も暗に潜ませることができているのですね。
 実際、好きなのにうまく「好き」と伝えられないというのは、共感する人も多いことでしょうしね。『困った顔 見たくて いじわる言ってみる』なんて辺りも、特に男子連中にとっては、わかるなーとうなずける人ばかりなのではないかなと。続きを読む
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2007年05月01日

V6「HONEY BEAT」

HONEY BEAT / 僕と僕らのあした (通常盤)
V6 近藤薫 鈴木雅也 竹仲絵里 小幡英之 木下智哉 中村康就 KOMU YU
エイベックス・マーケティング (2007/01/31)
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<一歩だけ新しさを取り入れるメッセージ>

 アッパーなサウンドで、等身大メッセージを投げかけてくる、V6らしさど真ん中の一曲。ただ、サビ頭が英語だったり『あぁ誰かの為に(生きたって)君は君だよ』というコーラスパート分けとか、アイドルポップス的な部分が目につきます。…とはいっても、「君は君だよ」というあたりはやっぱり今まで通りのメッセージなので、大きな方針転換!という感じはありませんけれど。

 またオンリーワン路線か!という声も聞こえてきそうですが…画一的な思考よりも個性を重視する今の時代、そう簡単にこのテーマは衰えないでしょうね。今クローズアップされている「格差社会」の一連の話が、「個人主義が進むあまり格差が開くのは問題だ、軌道を修正しよう」という方向で進んでいったら、また変わってくるのかも知れませんけれど。

とはいえ、ただ「君は君」なのではなく「誰かの為に生きたって」それは君自身なんだと、自分自身を肯定する幅を広げてみたりもしていて。ただ既定路線をなぞるだけでなく、新しい要素を入れて行こうという姿勢が見えます。『大抵どんな奇麗事だって穴があるんだ』というのも、自己言及的にとってみると面白いですし。

 最近のジャニーズは、今までいなかったコンセプトで登場したKAT-TUNやソロ・ユニット等、バラエティ豊かに攻めてきています。それはまさしく時代に応じた戦略だなあと感心するばかりです。ただ、そうなると、90年後半くらいからのV6・NEWS・嵐といった、基本「等身大ラブソング」な一連のユニットの動向が気がかりではあって。
 今回の曲が「飾り気なし」だけではなく、適度にキラキラ感もまぶしてあったりアイドル的な展開を加えたりと、味付けがやや華やかな方面に卒っているのは、今後の方向性を示唆しているのでしょうか…?
ラベル:V6
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2007年04月21日

FUNKY MONKEY BABYS「Lovin’Life」

Lovin’Life
Lovin’Life
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FUNKY MONKEY BABYS Soundbreakers DJ TAKI-SHIT
ドリーミュージック (2007/01/24)
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<結実するものとしての「桜」>

 宮崎県知事になったそのまんま東をはじめ、芸能人をCDジャケットに起用することでも話題を呼んでいる、ヒップホップユニットの4thシングル。
 『さくら さくら さくら 咲くよ』という連呼が印象的な一曲です。かなりポップな作りで、近年外しの少ない叙情的ミディアムナンバー路線で、印象的なフレーズもあり…ということで、なかなかのロングヒットとなりました。この辺、昨年の湘南乃風「純恋歌」に似ています。

 近年、「桜」をモチーフにした曲が続けてヒットしていたのは誰もご存知かと思いますが、ただ今年のこの曲は、それらの曲とは実はちょっと毛色が違います。
 森山直太朗「さくら(独唱)」河口恭吾「桜」ケツメイシ「さくら」コブクロ「桜」…などなどで描かれている「桜」は、どれも基本的には「舞う」「散る」「舞い散る」と、満開〜散っていく時期の情景が描かれています。桜は散るのが美しい花ですし、その絵になる情景とそこに「切なさ」を重ね合わせやすいのですね。上に挙げた以外の最近の「桜」ソングも、基本的にはほぼこちらという印象があります。

 でも、この曲は「咲くよ」です。『咲き乱れてる』というフレーズもありますが、これは比喩的な使い方ですし、どちらにせよ「これから咲く〜満開」までの時期の「桜」をモチーフにしているんですね。

 それは歌詞全体が「これまで」の二人について語っているからという側面もあります。出会い、二人の日々。『君を好きになって良かった』と、過去を感慨深く振り返る。そんな積み重ねてきた軌跡があってこそ、心の中に今「さくら」が花開いたんだと高らかに歌い上げる主題に結びつくわけです。

 「桜」というモチーフは、華やかな春の花の代表格、毎年咲いては散る姿が印象的なことから、巡る季節を表すのにも使われやすいです。ただ今回は『君に捧ぐただ1つの愛』と重ねていることもあり、「毎年咲いて散る」と言ってしまうと全然感動的ではないわけで。だからそういった方向に繋がっていくような表現はなく、合格に繋がる「サクラサク」などと同じように、冬を越えて春に咲き誇る、ただそこに特化して用いられているなあと。
 発売は1月と、桜の歌にしてはかなり時期的には早めですが、受験合格・卒業ソングとしての浸透を狙っていたのかもしれませんね。
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2007年04月12日

平井堅「哀歌(エレジー)」

哀歌(エレジー)
哀歌(エレジー)
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平井堅 亀田誠治 石成正人
DefSTAR RECORDS (2007/01/17)
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<「愛」に溺れ殉じようとする、不安定な倒錯した感情>

 何かと話題になった映画「愛の流刑地」の主題歌ということで、名前どおりムードのある一曲です。この人の本分はR&Bですが、そちら系の哀調ではなく、リズムが跳ねたりせずにべっとりしっとりの、純和風な哀調です。

 テーマは、早い話が「愛しすぎてしまったがゆえに、倒錯した感情に溺れていく女性の歌」というところでしょうか。もっとも象徴的なのは『いつか滅び逝くこのカラダならば/蝕まれたい あなたの愛で』という一文。愛に「蝕まれる」というような表現が、この曲には頻出しています。

 たとえば「ずっと一緒に生きていこう」というのが、まあ一般的な「愛」の示しかたです。二人の時間がずっと続いていく、それが一番の幸せだと感じる人は多いでしょう。
 ただ、この曲の主人公「わたし」はそれでは物足りないのです。これから「ずっと一緒」なんて待っていられない。だから、『今引き裂いて あなたの愛で』と願うんですね。今この瞬間にでも、自らの生、自分自身をすべて「あなた」の愛に注ぎ込み、殉じようとしているわけです。未来さえも見えないほど、今の感情に溺れているというか。
 心中する人たちって、こんな気持ちなんでしょうかねー。

 さて、そんなアンバランスで倒錯した感情を描いているだけあって、楽曲のいたるところからこのテーマを引き立てる要素がびしびしと匂ってきます。
 自らを「花びら」にたとえるのは、もちろん危なっかしさ、不安定さを表すため。さらに、「ひらひら」「ゆらゆら」といった擬音語も、印象深いメロディラインと合わせ、より不安定さを感じさせるのに一役買っています。
 メロディラインは、特にサビでは、コードから外れぶら下がった形になっていたり、がっちり安定した響きを作らないよう計算されているなあと。聴いていてゆらめくような雰囲気を感じたなら、それはコードとメロディラインが単純な組み合わせになっていない、奥深い響きを生み出しているからでしょう。続きを読む
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2007年03月29日

THE BACK HORN「声」

声
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THE BACK HORN 松田晋二 山田将司 菅波栄純
ビクターエンタテインメント (2006/12/20)
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<静けさと激しさの両端を抱えながら、ただひたすらに疾走する>

 飾り気のないメロディと、とにかく力押しのサウンド。音楽の幅は正直それほどありませんし、キャリアを重ねる中でどうしても初期衝動の激しさは薄れてきた感もあります。
 でも、『俺達は出会った頃から探してる 本当の声を』とあるように、THE BACK HORNの歌は、いつもひたすらに何かを追い求めてひた走っているような、そんな感覚を植えつけてくるのです。

 『蝉色の雨に消えた残像』『風が吹き抜ける/ただ音もたてず落ちる木の葉』などの、鮮烈なイメージ描写。基本的に疾走するサウンドでありながら、どこか「静けさ」を感じさせるフレーズが多いです。もちろん音が静かになる箇所もあるのですが、それにしたって単に「静と動」というよりももっと深い何かがそこに現れているような感覚になるんですよね。
 そんな「静かな」イメージ描写が、『響け本当の声よ』という叫びをいっそう際立たせます。「本当の声」というのは実に曖昧で、実在するのかもわからない。でも、『この儚さを抱きしめて』『決して振り返ることなく』本当の声を求めて突き進んでいくのです。このきっぱりとした決意があるからこそ、激しいサウンドの中になんともいえない危うさと、そして強さを感じるのでしょうね。
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2007年03月03日

BUMP OF CHICKEN「涙のふるさと」

涙のふるさと
涙のふるさと
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BUMP OF CHICKEN 藤原基央
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<「自分自身」の物語から「他者」を見守る物語へ>

 バンドという形態の歌い手は、その変遷と成長をたどっていくのがもっとも楽しいことだと個人的には思っています。BUMP OF CHICKENは、もともと語りやすいキャラクターを持った音楽をやっているわけですが、そういう意味でもすごく興味深い題材だったりします。

 以前にも何度か触れているかと思いますが(「オンリー ロンリー グローリー」のときの記事がいちばんまとまっているでしょうか)彼らの曲は物語性が強く、中でもインディーズ時代は自らの内面を空想的に描く箱庭的なものが多かったわけです。自問自答の中で答えを見つけるまでを、いろんな舞台設定やキャラクターを駆使して豊かに表現する、という。

 しかし今回の内容は、「俺」の話ではなく「君」の話です。「俺」はあくまでも観察者の立ち位置で、自分の作り上げた物語の箱庭に自ら突き進んでいった頃とは違うんですね。

 『探さなきゃね 君の涙のふるさと』と始まるように、「君」が泣いている理由を探そうとするこの曲では、「俺」は『ついていけたら嬉しいんだけど 一人で行かなきゃね』と見送る側になる。自分自身が動いたり、何かを発見したりするのではなく、あくまで「君」が自身の内面を見つめていくための誘導役に徹しているわけです。

 「車輪の唄」なんかも「君」を見送るというシチュエーションではありましたが、そこには「俺」側の感情の盛り上がりも描かれていました。聴き手は、「君」と「俺」のどちらかといえば「俺」に感情移入するようになっていたわけですね。
 しかしこの「涙のふるさと」は、聴き手が感情移入するのは「君」側、呼びかけられているほうです。泣いている横で優しく語りかけてもらう、『いつか付いた傷があるだろう』と導いてもらう、そんなふうに聴き手を癒してみせようとする歌なんですね。

 自分の中で完結していた頃から、「君」という他者を通じて自己肯定をするようになり、そしてその領域をさらに越えて、「君」側の物語を作る。だんだんと外に開かれた楽曲になっているなあ、としみじみ感じました。

 ま、でも、最後に『俺もずっと待ってるよ』と出てくるわけで。
 この曲の「僕」という一人称は「君」の涙を代弁しているもので、真の一人称はこの最後にだけ登場する「俺」だったりするんですが…完全にガイド役に徹するんじゃなく、「君」の痛みが癒えるのを優しく見守っている「俺」の存在を最後にアピールしてみるあたり、やっぱりまだ自意識が残ってますね。
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2007年02月15日

FLOW「COLORS」

COLORS
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FLOW Kohshi Asakawa Keigo Hayashi KOICHI TSUTAYA Takeshi Asakawa
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<透明な「君」という他者>

 以前よりもぐっと落ち着いた楽曲にシフトしているような印象があります。そしてどうもアニメタイアップづいている模様。いつの間に。海援隊「贈る言葉」をカバーしていた頃は昔になりにけり、という感じです。
 それは決して悪いことじゃなくて、むしろ「days」くらいからのメロウ路線はその前の勢い一辺倒よりもむしろ個人的には好きですね。

 変わったとはいえ、根本にあるのはダンスっぽいトラックとか裏打ちのリズムとかで、サウンドメイキングや歌詞がちょっとメランコリックさを孕んだ感じになっていて。言葉で言うと、『朝陽に独り 柔らかな声に 振り向けば/眩い陽射しの中 ふと君が微笑む』といったフレーズとかですね。

 基本的には自問自答の中で進む道を見つけようとする歌ですが、そこに「今はもういない君」が出てくる。このパターンはけっこう多いんですが、たいていの場合はこの「君」はどんな人物かは描かれない。非常に透明な存在であることがほとんどです。
 「僕」が苦悩から立ち直るストーリーを構築するためには、他者を媒介にしたほうが一人で立ち直ってしまうよりも説得力もあるし、共感を得ることができます。で、たいていの場合、それは異性、想いを寄せていた相手だったりするわけですね。
 この楽曲の場合は特に明示はしていませんので、もしかしたら友人なのかもしれません。でも、そこは判断できない。「君」が非常に透明な存在だからこそ、聴き手が自由にそこに想像を広げる余地が残っているわけです。
 しかも『君がくれた 言葉ひとつ 戸惑いは消え去り』と、「僕」を強くしてくれた「君」がなんと言ったのかさえもぼかされているので、ここでもまたあれこれ考えることができるわけですね。
 まあ本当は、「君」が言ったという素晴らしい一言を具体的に表現してもらえるのが表現行為としてはベストなんですけどねー。
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2007年02月10日

BUMP OF CHICKEN「アルエ」

 インディーズ時代の代表曲をシングルカット、だそうです。そういえばタイトルだけは前から見たことあるような。

 バンプはどれもおんなじ曲な気がしてしまうんですよね。メロディとか曲のアレンジの仕方とか。最近はそうでもなくなってきましたが。
 詞も、一曲ごとに物語を構築するのがうまいんですけど、方向性はやはり共通で、僕も君もいろいろ辛いけど頑張ろう、みたいな、とにかく前向きな結論になるわけです。そういうなんでもプラスに引っ張っていくエネルギーが、好きな人はとことん好きなんでしょう。自分はやや自己完結に過ぎる気がして、やや敬遠してしまうんですが。
 物語性のある歌詞を書くのはポルノグラフィティもそうですが、ポルノが大人の童話というか、寓意を含ませる手法なのに対して、バンプは箱庭的な世界を作る感じがします。やっぱり内側で完結している雰囲気が強いんですね。それはつまり内省的とも言えるわけなので、決して悪いことではないと思いますが。

 バンプ全体のことばかりになってしまいました。この曲は、物語をうまい具合に進める特色がいかんなく発揮されてますね。全体として「アルエ」という女の子の感情を解放していってあげるという流れがある中で、一コーラスでは悲しさについて、二コーラスでは嬉しさについてと、段階を踏んでハッピーエンドへと持っていくわけです。ついでに『コスモス』も場所を変えて最後には花開きます。この移り変わりのうまさはなかなか。

 ちなみに、「アルエ」とは「R・A」というイニシャルのことで。これが誰かというと。ボーカルの藤原基央は相当な「新世紀エヴァンゲリオン」マニアで、その登場人物「綾波レイ」をモチーフにしたのだそうです。うん。確かにそんな感じだ。
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V6「ありがとうのうた」

 ほんとに和風が流行ってますね。シンプルに「ありがとう」という言葉から作った詞も、完璧に時勢に合わせているのを隠そうともしてません。ほとんど何も新しいところも見るべきところもないです。
 辛うじて語るものがあるとすれば、メロもサビも同じ音型になっている締め方。ここでは、階名読みのドレミで言ってしまえば「ドレミソラド」である日本陽音階を使っているこの曲で唯一「シ」が出てきます。つまりここだけは西洋音階(ドレミファソラシド)。
 ちょっと難しく言うと、旋律のシは「導音」と言いまして、半音上のドに向かうベクトルを所持しているのです。ちなみにファはミに下がる「導音」です。この性質のために、G→CよりもG7→Cのほうが、より音楽がまとまる感じがする(和音が解決する)わけだったりします。
 まあ、ぶっちゃけて言えば、旋律のまとめをスムーズに流すためにそこだけ五音音階の枠からわざとはみ出ている、で説明は済むのですが。
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2007年01月01日

ポルノグラフィティ「Winding Road」

Winding Road
SE
ポルノグラフィティ

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<未練や女々しさを残しながら、少し大人びた面も覗かせる>

 21枚目のシングルにして、A面としては「音のない森」「ROLL」(両A面扱い)に続くボーカル岡野昭仁の作詞曲。
 カップリングやアルバムでは多数の作詞作曲をしているものの、シングルA面はこれまでほとんどギターの新藤晴一によるもの。一般的なポルノのイメージは、オリエンタルなメロディラインを作り出すプロデューサーak.hommaと、語り口調や独自の表現を駆使した詞を生み出す新藤晴一の手による部分が大きいです。なので、今回の岡野昭仁作詞作曲「Winding Road」は、特に奇をてらっているわけでもない等身大の詞、ミディアムバラードでしっとりした雰囲気と、ちょっと違和感があるかもしれません。

 一般的な「ポルノらしい」インパクトは薄いですが、「ROLL」の時にも書いたように、だいぶキャリアの長くなってきた彼らだからこその落ち着き、しっとり感というのもあって、それを感じさせるにはうってつけの楽曲だなと。
 特に二人での活動再開後は、晴一のほうも「黄昏ロマンス」のような穏やかめな曲を作っていますし、バンド自体にそうした変化がゆっくり生じているんじゃないかなあと思うわけです。同じミディアムバラードでも、5thシングルの「サボテン」(約6年前)なんかと比べると、ぐっと落ち着きや渋さが出てきていますしね。

 ハーモニカで奏でられるイントロで始まるこの曲は、『この雨に流されてすべてが嘘だと/もう一度微笑んで』と、別れ際の未練を描いた内容になっています。
 雨の降る中、二人で水辺の道を歩きながら、時が止まってほしいと願う。でも、それがかなわないことももちろん知っている。だから『一つの傘が悲しい』んですね。傘の下、近い距離に二人でいるのに、今が過ぎれば離ればなれになってしまうのを予感しているわけです。

 『まだ君が好きだから』…だけだと未練だけの歌になるところ、『ずっとこれからも忘れはしないだろう/君が恋しても僕が恋しても』とあるのには注目です。これからも忘れない、だけでなく「次の恋」をきっちり考えて、新しい別の幸せの道も探そうとしているところは、オトナだなあと思うのです。
 もちろん「君」への思いを忘れないと誓うこと、また『温もり残ったままなら終われそうで』と、冬(=寂しさ)の寒さを乗り越えるために温もり(=「君」への気持ち)を必要としていることなどは、失恋ソングらしい女々しさではあります。そんな切ない感情と、それだけでなくオトナな部分の合わさった一曲、というところでしょうか。やっぱりキャリアを積んだバンドならでは、という感じですね。
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2006年12月13日

BEAT CRUSADERS「TONIGHT,TONIGHT,TONIGHT」

TONIGHT,TONIGHT,TONIGHT
DefSTAR RECORDS
BEAT CRUSADERS, ヒダカトオル , クボタマサヒコ

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<ワクワクするようなイメージの言葉と、その裏に潜むセンチメンタリズム>

 最近どんどん勢いを増してきているギターポップ界隈で彼らを知らなければモグリとも言うべき、文字どおり「覆面」バンド:ビークルことBEAT CRUSADERSでございます。
 明快で歯切れのよいサウンド、全英語のカッコよさげな詞、そして何より勢いのあるバンド感。コこの手のシンプルなカッコよさが隆盛する流れの中で、彼ら独自の特徴/強みと言えるのは、電子音をうまくサウンドに絡めて奥行きを出しているところでしょうか。
 この系統だと、個人的にはどこかウェットさのあるELLEGARDENの音のほうが好みではあるのですが、今回彼らの英語詞を対訳サポートつきで読んでみたらなかなか面白かったので、ちょっと自分内株が上がりました。

『Tonight,/Love is rationed/Tonight,/Across the nation/Tonight/Love reflects world wide』
(今夜、“愛”が配給されるって/今夜/世界中に/今夜/“愛”が世界中に伝染るんです)

 起き抜けに聴いたくだらないラジオから飛び込んできた、ビックリするようなニュース。それが上記の、今夜世界が愛で満たされる、ということだった。
 一体どうやってそんなに愛が広がるのか、という説明は一切なされません。ただ、ラジオがそう言ったというだけです。だけどこんなに爽快感満点に歌われると、そんなことは些細な問題に思えてきます。≪今夜、世界が愛で満たされる≫そんな言葉自体の力で、なんだかワクワクさせられてしまうんです。
 日常の中に舞い込んできた、ありえないニュース、しかしワクワクさせられる幸せなニュース。実際には起こらないだろうけれど、でももしそんなことが起こったなら素敵だな、そう思わせられるようなトリップ感があるのです。

 で、この曲、それだけではありません。間奏後の部分では、唐突に『She』が登場します。そして、まったくそれまでと脈絡がないような内容の詞が展開されていきます。

『She's a shooting star/Goodnight/Goodnight/She's a shooting star/Goodbye…』
(彼女は流れ星/おやすみ/おやすみなさい/彼女は流れ星になったよ/さようなら…)

 はじめはまったく意味がわからなくて、明確なつながりがあるのではなくあくまでも「切なさ」「感傷」をスパイスとして混ぜるためにこういうイメージを入れただけで、深い意味はないのかなと思ったりもしました。リズムが倍に伸びる緩やかになる部分なので、それに引っ張られてなんとなく出てきたのかなと。
 実際にはそうなのかもしれません、が、もう少し考えてみたんです。糸口は「彼女」が「流れ星」になったのはいつなのだろう、と。原文では必ずしもそうじゃないのに、対訳では過去形になっている、じゃあここに何かあるんじゃないかという。

 はじめのほうにある目覚めのつぶやき『I'm still alive』(あぁ 俺はまだ生きてらぁ)。そしてこのときは、そしてラジオからニュースが流れている段階ではまだ「夜明け前」なんですね。これは例のニュースの一説が『Almost another day』(あぁ もうすぐ朝が来るよ)という一文からも証明されます。「another day」というと次の日っぽいですが、「朝が来るよ」という対訳からしても展開からしても、まさにこれから夜が明けて一日が始まる、ということなのでしょう。
 曲の展開では、「今夜、世界が愛で満たされる」と継げるニュースの後に「彼女は流れ星になった」と続いています。が、考えてみると、「彼女」が流れ星になったのは目覚める前、昨日より前の出来事だと推測できます。そして「俺はまだ生きてらぁ」という一文…

 以上から、世界中に降り注ぐ“愛”とは、(おそらくは前の夜に)消えてしまった「彼女」のかけらのことではないか…という仮説を立ててみます。そうすると、ただ聴いていくととても突飛な「今夜、世界が愛で満たされる」というニュースが、曲世界で必然性を帯びてくるのですね。
 ま、もしくは「愛」のニュースと彼女はまったく関係ないとしても、「今夜には世界中が愛で満たされるというのに、もう彼女はいない」という解釈をすることも可能でしょう。いずれにせよ、ワクワクするニュースの影に、どこか哀しさ、センチメンタルな感情が忍ばされているのではないか、と、こう考えてみた次第です。
posted by はじ at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月18日

ポルノグラフィティ「ハネウマライダー」

ハネウマライダー
SE
ポルノグラフィティ, 新藤晴一, ak.homma, Porno Graffitti, 岡野昭仁

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<一人でひたすら力任せに疾走するのではなく、二人の速さで進むため変わっていく>

 ポルノグラフィティ、今年のサマーチューン。
 ちゃんと聴くまで、「ハネウマ」っていうのは気が強い女の子のことだとばかり思っていたんですが、そうじゃないんですねー。一応歌詞中では『Motorbike』そのものであり、またそれは『ボクが跨った風』と姿を変える、つまりは「時間」とか「運命」、「人生」の比喩として用いられているようです。

 主題となっているのは、Cメロ部分にある「歯車」云々の部分ですね。人は一人ぼっちでは勝手気ままにしか生きられない、誰かとコミュニケーションをとり、共に歩んでいくことで『歯車が噛み合って時間を刻む。』ことになる、と。この「共に過ごす」状態を、「君」を後ろに乗せての二人乗りという形で描いているわけですね。
 1コーラスではオンボロで、ブレーキも軋んでいれば『Handleはないけれど、曲がるつもりもない。』なんて無鉄砲なことを言っていたのが、「君」を乗せた2コーラス目ではバックミラーをつけたり、『海が見たい、と言われたからHandle切って。』と言ったり、「君」に合わせて道を走るマシンも行き先も変えていくようになります。

 共に歩む連れ合いができたら、一人のときのようにはいかない。でも、『ただ必死にしがみついていた』時よりも、マシンは『太陽に映えるMetal Blue』になったり、ずっと立派になっていきます。闇雲に突っ走るようなムチャをしていたけど、二人で走っていくほうがずっと…という意味合いが込められているわけです。
 一見疾走感のある曲ですが、実際は連れ合いができて丸くなる歌でした、という。まあ最終的には二人の息を合わせて飛ばしていく、っていう締め方になってますんで、曲に合わないって訳じゃまったくありませんけれど。ま、でも、ひたすらかっ飛ばせ!みたいな若さではなく、いろいろくぐり抜けた末に何かを悟った、キャリアを積んだ大人のメッセージになっているなあと。なんというか、「お前も早く結婚しろよ」みたいに言われた感じ?もしますが。

 あと、『明日の忘れ物は今日にある。』というのは名言ですね。とりこぼしすることのないよう生きていかないとです。
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2006年09月03日

V6「グッデイ!!」

グッディ!! (通常盤)
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
V6, コモリタミノル, 小川まき, 高見優, Coming Century, KOMU, YU, 20th Century, 小幡英之, チダタカシ

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<日常のひとコマから遥かな未来まで、一気に跳躍>

 ジャニーズの等身大ソング担当、V6。彼らはラブソングよりも、こういうポジティブな日常賛歌のほうが多い気がします。初期はユーロビートだったこと、みなさん覚えているでしょうか?まあ、あの頃からラブソング系ではなかったですけれど。

 ポップ全盛期のSMAPを思わせる、軽快で陽気なアップテンポ。サビは『きっと未来は So So So Cool』と英語も入り混じりで楽しげです。『君が多分その人だってさ』とか「〜さ」という言い方、『交差点の向こうで/サンダルの君が手を振る』という日常的なシチュエーションも、身近な語りかけ、喜びを表現するのに一役買っています。
 そんなノリのよさもあるとはいえ、しかし、意外と『答えが見つからないあの日に/決別するよ』とか『優しさなんてどれも同じと/思いたくなかった』とか、わりとシリアスなフレーズも混在しています。表現も、『零れる輝きの瞬間 このまま』とか『光る翼でFly Away/虹を描いてGood Good Good Days!』とか、日常的にしてはやたらカッコいいものもちらほら。字面だけ読むと、サンダルはいた恋人の道路挟んだ距離をじれったく思うような場面とは、かなりのギャップがありますよね。でもあんまり違和感はなかったりして、音楽って不思議だなあと。

 なんでもない日々の幸せを感じると、『見たことの無い季節へ』翼広げて虹を描いちゃう…平凡な生活っていうのはそれだけ素晴らしいものなんだとふと気がつく、そんな大掛かりな日常賛歌として聴くといいかもしれません。
ラベル:V6
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2006年09月02日

平井堅「バイマイメロディー」

バイマイメロディー
DefSTAR RECORDS
平井堅, 本間昭光, 松浦晃久

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<今までのように「切なさ」ではなく「強さ」「ポジティブさ」をアピールし、新しいポップ時代を切り開く>

 男性シンガーとして今や人気と実力を兼ね備えたトップアーティストとなった平井堅。そしてそのスタイルは、ひとところに留まるのではなく、その領域を広げようと積極的に動いているように感じます。

 ポップでノリがよく、たくさんの楽器を使って明るさを振りまくアレンジは、前作「POP STAR」から引き続いての流れ。ただ、今回の詞のテーマは失恋から立ち直り歩き始める、という切なさ漂う内容だったりしまして。『君の声を 全てを 抱きしめて』と、また『かけがえのない笑顔忘れる 未来ならいらない』と、今は隣にいない「君」を想い続けようとする姿勢があるわけです。

 終わってしまった恋という点に注目すれば、あの大ヒットしたバラード「瞳をとじて」と同じ。曲はこれほど爽やかで軽快な雰囲気ではなく、もっと切なさを醸し出すようにも作れたはずです。そっちのほうがよかった、という意見の人もいるかもしれません。
 でもそうしなかったのは、ひとつには『ときめく日々をつかまえに 虹を超えて行こう』『生まれ変わる僕がはじまる』と、「前向きにこれから歩いていくんだ」という点を強くアピールしたかったからなのではないでしょうか。「君」との思い出は大切に持ち続けていくけど、それに縛られるわけではなく、新しい旅に一人で出発する。大切な人を失った切なさ哀しさよりも、そこから立ち上がって歩いていく部分を主眼に置いたからこそ、前向きさを感じさせる曲調になったのではないかなと。
 「瞳をとじて」では、ひたすら失った「君」のことだけを考え続けていて、ほとんど前に踏み出そうという意志も感じられず、思い出に浸り続けている主人公像が提示された上でのバラードでした。それを考えると、やはり表現したいことの違いが、曲調に表れてきているようにも感じるのです。

 また、彼としてはやはりバラード歌手というイメージが世間にはあるので、それを変えていきたいという意図もあるのかもしれません。もともと「LOVE OR LUST」「Strawberry Sex」といった軽い内容や曲調もこなしてきた彼なので、そちら側の世界もうまく見せるため、かなり極端な「POP STAR」、そして切なさを含んでいてもポップな今回の「バイマイメロディー」というように並べ、ポップで明るいイメージも広く浸透させていこうとしているのではないかなーと思います。
 彼の場合、声が濡れているのでかなりバラード向きですし、そういうイメージも影響してポップソングは違和感があるような印象も受けますが、そんな印象を払拭するためにあえてスコーンと突き抜けた内容にしたり、おかしなPVを作ったりしているような気もしますが、どうなんでしょう。

 たぶん今、時代そのものにおいても、この平井堅自身の変遷のような流れが出てきています。ポップな明るさ、ひいてはある種の脳天気な楽しさを含んだ80年代的な音やスタイルが、徐々に復権しつつある兆しを感じるんですよね。彼はそんな時代の空気を嗅ぎ取り、真っ先に新しい流れの旗手として動いているのかもしれません。
 2004年段階では、両想い状態なのにあえて別れのことを考えたりして切なさを演出してみせたりする「思いがかさなるその前に・・・」みたいなバラードを歌っていたのが、今回は恋を失ったというシチュエーションにもかかわらずポジティブに乗り越えていこうとするポップソング。やっぱり単純に詞世界の守備範囲の広さでは済ませられない、時代に沿って曲を作りリリースしているような意図があるように思えるのです。
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2006年08月12日

福山雅治「milk tea/美しき花」

milk tea/美しき花
ユニバーサルJ
福山雅治, 井上鑑

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<異性視点から「純粋さ」を射抜き、取り出して称えてみせる>

 アコースティックな弾き語りナンバー「milk tea」は、「恋するハニカミ!」のテーマソング。その特徴は、女性の視点と言葉で歌詞が描かれているところ。松本英子に提供した「squall」をセルフカバーしていたり、たまにやるんですよね、彼は。歌い方とかは非常に男の色気を出すような雰囲気なのに、『嫌いじゃないかな/好きになってくれるかな』とか『今夜夢で逢えたら うれしすぎて/泣いてしまうかも』というようなフレーズが、違和感なくはまっているんですよね。

 女性で「僕」視点で歌う詞については、以前も何度か触れたことがあります。女性が歌詞中でイメージし歌い上げる少年〜青年像というのは、非常にピュアというか、漫画や小説の主人公のような、汚れなきまっすぐな心を持ったイメージとして描かれることが多いです。でも、断言しますが、実際に思春期の男なんてもんは、そんなキレイなもんじゃない場合がほとんどです。あれこれ悶々として、で自己嫌悪に陥ったりして、かなりモヤモヤしたものを抱えて過ごしていたりするもんです。ええ。
 女性が「僕」を歌うときって、そういう汚い部分がすっきり覆い隠されて、すごく純粋な部分だけが取り出されるように感じます。別の性をフィルターにして、男臭さのない上澄みを取り出すような感じ。

 で、男性が「わたし」視点で歌う詞も、それと同じような効果があると思うのです。女性が女性を歌うよりも、より客観的に「イメージとしての女性らしさ」を取り出せるというか。
 失礼な言い方になるかもしれませんが…きっと女性の世界って、この歌ほどキレイなだけじゃないと思うんですよ。ほら、男って女子校に変な憧れを抱きがちなものですけど、実際に聞いた話ではけっこう凄いことになっているらしいですしね?
 ま、女性から見た男性というのももちろん同じことです。男子同士でわいわい騒いでいる姿がいい、っていう女の人いますけど、実際にはバカなエロ話とかばっかりですからね、内容とか。

 で、それをあえてキレイなところだけ抽出できるのが、歌のいいところであって。それは決して捏造でも事実隠蔽でも性差別でもなくて、異性の純粋さ、惹かれる部分に「スポットを当てる」描き方なんです。異性視点での詞は、半ば無意識にそういうことを意図しているのでは、と自分は思ったりします。

 横道に逸れましたが、この曲の場合は、恋人に思いを寄せる女性の、いじましさとか、口には出さない想いの強さとか、そういった部分にフォーカスしている印象です。「milk tea」というタイトルに象徴されるような、男性にとってのひとつの素敵な女性のイメージ、というところでしょうか。…そんなの男サイドからの勝手な願望だ!と言われるとそれまでですが、そんなに固いことは言わないでおいてくださいな。
 また、逆の観点で考えると、このイメージの女性像が想い焦がれる相手の男性というのは、また一種の「男の目指すところ」でもあると思うのです。『笑ってたまに叱ってくれる』ような、『哀しい恋をしてた』女性にそっとやさしくできるような、そんな男性像。歌っている福山雅治は、女性一人称で客観的なひとつの女性像を現出させつつ、自分自身はこちらの男性像に当てはめられるように作っているような。


 さて「美しき花」のほうは、明るいサウンドが華やかなポップ寄りの一曲。…メロディライン、なんだかところどころ「桜坂」に聴き間違えてしまいそうになるのですが。『冬来たりなば』の後に『染める桜坂』とかをつなげようとしてしまいます。
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2006年06月30日

B'z「ゆるぎないものひとつ」

ゆるぎないものひとつ
バーミリオンレコード
B’z, KOHSHI INABA

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<他者とわかりあう手前の「ゆるぎない」自己確立>

 今年、「衝動/結晶」に続く2枚目となるB'zのシングル。相変わらずのハイトーンボーカルと、熱を持ったギタープレイは、これぞB'zといった風格を感じさせます。
 独特の声でのシャウトは力任せなようでいて、実は『笑いながら別れて 胸の奥は妙にブルー』となってしまったり、『まっすぐ優しく生きてゆきましょう』とあまりにも正しい生き方を呼びかける、むしろナイーヴな一介の人間の姿が見えてきます。

 強く叫ばれるメッセージの発信源は、悩んだり迷ったりする等身大の「僕」。10年前からこのスタイルはずっと同じだなあ、と感じます。日本を代表するビッグヒットプレイヤーでありながら、ソロをこなしたり、マンネリだと言われようとも、ただずっと自らのスタイルを貫き続ける。この彼らのスタイルこそ、まさにこの曲でまっすぐに歌われている「ゆるぎないもの」そのものなのではないでしょうか。



 …と、こんな感じでまとめると音楽誌っぽいでしょうか。「だ・である」調にして読んでみてください。↑
 すいません、締めの言葉(彼らのスタイルこそ〜ってとこ)が思い浮かんだので、使いたくなっちゃいました。このブログの方針としては、もうちょっと違う角度からも見ていきたいと思いますので、以下、続きます。


 「ゆるぎないもの」を声高に掲げる姿勢は、おっ、とちょっと嬉しくなりました。分け隔てなく片っ端からレビューをするこのブログで言うのもなんですが、現代って相対主義的な観念が正しくて、絶対的な何かを求めることってなんだか悪く言われがちじゃないですか。ヒット曲の詞にしても、わかりあう、というような内容が重視されたり、誰もがそれぞれ世界にひとつだけなんだ、とか、そういった通念の上だけで作られていたりするものが多いなあと感じていて。
 そこで「ゆるぎないもの」。

 この「ゆるぎないもの」がたとえば「君」とかだったらまた話は違ってくるんですが、そうじゃない。自分自身を強く持て、ということなんですね、この曲は。『いのちの証が欲しいなら/うたおうマイライフ』と、自らの生き方を貫く芯のようなものを持ち、そこから外に広がっていこう、という歌なんだと読みました。
 非常に力強く響いてくるこの歌は、しかし、それほど大きく一歩を踏み出しているというわけではありません。『あなたの前じゃいつでも 心と身体が/ウラハラになっちゃう』だから「ゆるぎないもの」を持って自分を伝えようとしている。『誰もがそれを笑ったとしても』びくともしないでありたい。それ自体は素晴らしいことですが、でも、他人と「わかりあう」ところまでには至っていません。ゆるぎない自分で『思い切りあなたを抱きしめたいよ』と歌いはするものの、抱きしめ返してほしいとは言いませんし。誰かに何かを求めるような感情が、この曲からは見当たらないのです。

 それは別に「独りよがり」だということではなく、ただ「相手」とのコミュニケーションの手前、「自分」と向き合うことだけに焦点を当てた結果だと予測します。こんなに他者へ向かう感情がきれいに削げ落ちているとはちょっと考えにくいです。
 前回の「衝動/結晶」でも感じた、現代社会の病からの「リハビリ」的な立ち位置が、今回もこの点で感じられるのですね。あくまでも正論ではない「等身大」の視点でメッセージを投げかける稲葉浩志の詞が、現代らしい「等身大」を探り当て、体現した結果なのかもしれません。
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2006年03月16日

B'z「衝動/結晶」

衝動
バーミリオンレコード
B’z, KOSHI INABA

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<どこかへ進む前に、まずは触れあい、動こうとしなければ!>

 B'zもなんだか久しぶりです。「OCEAN」では真っ当な(真っ当すぎる?)バラードだったのが、今回の「衝動」は突き抜けるような勢いのある疾走ナンバー、そして「結晶」はどこかオリエンタルな響きのする(人気曲「いつかのメリークリスマス」もこういう響きがありましたよね)ミディアムバラード。どちらもB'zらしさを持ちつつ、かつマンネリに感じない突き抜けた感があって好印象です。

 「衝動」はとにもかくにもキメの「しょおおおおおおおどうっ!」がインパクトありまくりですが、「ウ・ル・ト・ラ・ソウッ!」よりもカッコいいんじゃないかと。
 この前の『あなたのぬくもりがくれる』から間髪入れず続くわけですが、ここの突然のブレイクがやはりインパクトを出しているし、間があるとコード的にも落ち着いて『衝動』って感じが出なかっただろうなあと。

 そしてこの曲は、ただ衝動に任せて突っ走れ!みたいな、アニメオープニングにありがちな単純明快な内容ではありません。
 最終的には『愛情こそが衝動』と、愛のためにすべてを吹っ切っていこう!みたいなところにたどり着くわけですが、その前には『扉の前で 立ちつくす』弱気な「僕」がいて、それを「あなた」が導いてくれるという構図です。
 それだけなら従来どおりのB'zですし、他のアーティストにもそうした曲はいっぱいありますが、この曲での注目点は、どうも現代的な病理を盛り込んでいるっぽいところですね。たとえば、『長い夜に目覚めて/青白い部屋の中』というのは引きこもりを連想させます。これだけじゃ微妙ですが、『ふいに大事な何かを 傷つけたくなる(暗闇のfreedom)』に至ると、ちょっと今までのB'zの主人公像にはないような雰囲気が感じられるんですね。
 「僕」が「あなた」によって変わっていく…という物語だけを描きたいなら、こういうフレーズは入れないと思うんですよねー。

 最終的に「愛」とか「夢に向かって」とか、これからを感じさせる言葉に持っていくんじゃなく、もっと手前、今現在の「衝動」を生み出すところまでで留まっているのも興味深いです。『あなたのぬくもりがくれる衝動』もそうですし、『その手を 重ねて 知らせて』とか、『ささやいて』とか、コミュニケーションをまず取る。それから「衝動」を生み出せ!というところまでなんですね。
 確かな目的地があって「○○へ行こう」じゃなく、「<ここではない、どこかへ>行こう」というのでもなく、『どこかに行けると 信じよう』なんです。…まず足を踏み出すところから!なわけですね。アンダーグラフ「パラダイム」でも書きましたが、ずいぶん歌に込められるメッセージがリハビリっぽい位置まできているなあ、というか。

 と、クローズアップしてみましたが、まあ実際にはそんなに強調するようなほどのメッセージが込められている感じでもないんです。ただ、「現代」みたいなものもさりげなく取り入れられていますよ、ということが伝えられれば。


 さて「結晶」は、こちらは現代もなにもなく、B'z王道という感じです。『電話してもいいですかね/寒いねって言いたいだけ』なんて、未練たっぷりな感情が渦巻いているのですが、でもそれは込み上げるような激しさを持たないまま、『ま新しい結晶』に静かに固まっていくのです。美しい思い出、と言い換えてもいいでしょうか。
 それを『僕らだけしか知らない 美しく光る秘め事』と言ってしまうあたり、とてもナイーブというか暗いというか美化しすぎというか…でも、そこにこそ聴き手は共感しちゃうわけです。
posted by はじ at 23:24| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

BUMP OF CHICKEN「カルマ/supernova」

カルマ / supernova
トイズファクトリー
BUMP OF CHICKEN, 藤原基央

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<「物語」に縛られない広がりと、その上であえて「物語」を構築するしたたかな表現力>

 バンプの両A面シングル。それぞれ順番の違うバージョンがありますが、今回はレビュー記事の構成の都合上、こちらで。
 ぱっと聴き、「カルマ」は従来のバンプらしいどこか無骨な疾走感ある曲、「supernova」は「ロストマン」や 「プラネタリウム」の流れを汲む、叙情的な側面を持ったミディアムナンバーかなという印象でした。
 さて、実際のところはどうでしょうか。見ていきましょう。

 物語性を帯びた歌詞と、それを語っていくうちに何らかのポジティブな解答を導き出していく、いわゆる「バンプらしさ」が出ているのは「カルマ」のほうです。
 今回は、『ガラス玉』=「僕ら」の置き換えが基盤にありますね。そして、その「ガラス玉」のための居場所として『ひとつ分の陽だまり』が設定されています。『存在が続く限り 仕方無いから場所を取る』ガラス玉は、転がり、互いにぶつかり弾きあい、その暖かな光を得ようとします。それぞれのエゴのために傷つけあい奪い合わずにはいられない、そんな哀しさをこの歌詞世界が示しています。
 しかし、そんな醜く哀しい争いから得られるものがある、彼らはそう歌います。『汚れた手と手で触り合って 形が解る』つまり、ぶつかり合うことで初めて争いあう相手を知ることができる。透明なガラス玉は『鏡なんだ』、つまり自分をも省みることができる、そう伝えています。
 ぶつかり合う、奪い合うのではなく、触りあう、『出会う』ことで、『一人分の陽だまりに 僕らは居る』『僕らはひとつになる』という理想的な「居場所を分かち合う」姿になることができる、と歌っているわけです。

 寓話仕立てになっている点、その中で「理想から外れた状態」からスタートし、自ら気付いたり他者から教わったりを重ねて「ある理想的な形」を高らかに宣言するところまで持っていく…という点は、バンプの王道的楽曲の持つ特性と言えるでしょう。
 しかし、たとえば架空の存在を用いていないこと、そして『記憶を疑う前に 記憶に疑われてる』『同じ悲鳴の旗を目印にして』辺りから聴き手に対するさりげないアピールを感じることなど、やはり当初よりも閉鎖性や内向性が薄れてきたなと。そして、自らのパブリックイメージに沿って、技巧的に「物語」を作っているといった感触をこの曲から受けました。
※こう書くと誤解されやすいんですが、それが「悪い」と言ってるんじゃないですよー。ここ最近の音楽のメッセージがみんな「ナチュラル派」志向だったせいか、どうも聴き手側に「作る」ということに対してマイナスのイメージが蔓延している気がします。

 そういう「カルマ」の印象を裏付けるのが、もう一曲「supernova」の存在です。こちらはさらに物語性が薄まり、「〜すると、〜とわかる」という、状況の仮定を繰り返すにとどまっています。全体を見ると「君と過ごした時間は、もう戻ってこなくなってその大切さがわかる」という背景が浮かんできますが、上に示したような「理想」への導線はなく、また「プラネタリウム」や「車輪の唄」のようにストーリーがあるわけでもなく、『本当の大事さは 居なくなってから知るんだ』というようなことを、ただ淡々と確認しています。
 考えてみれば当たり前のことを、改めて取り上げ、ひとつひとつ確認していく。もちろん最終的には「君を失った」切なさに集約されていこうとするのですが、実際のところはかなり取りとめのないつぶやきになっています。でも、そんなつぶやきひとつひとつに、心を動かされた人も多いのではないでしょうか。『本当のありがとうは ありがとうじゃ足りないんだ』『誰の存在だって 世界では取るに足らないけど/誰かの世界は それがあって 作られる』などなど、取りとめなく淡々としたつぶやきは、淡々としたテンポとリズムの中で、確実に聴き手に積もっていきます。
 こういう一見地味だけどボディブローのように響いてくる曲を作るようになったというのは、確実にバンドの成長を映しています。また、「物語」や「比喩」の枠組みを用いずとも詞を書けるようになったことも、広がりと見てよいと考えます。今まではたいていどの曲にもはっきりとしたプロットがあり、そこに沿って言葉が詰め込まれていたものですが、今回はやや無軌道にフレーズを並べていたり、また言葉を入れず「ラララ…」と歌い上げたりと、伸び伸びとしてきたように感じました。
※今までも「wow〜」とか「ラララ…」とか言葉にならない箇所はありましたが、それってどちらかというと「言葉にした部分だけではまだ言い足りない」から生じた要素だったように感じます。今作は、そこまで前のめりではなく、あえて言葉にしない、言わないでおこうという余裕が感じられました。

 と、「あえて物語を作らなくても詞を書ける」ようになったと「supernova」で感じたゆえ、「カルマ」は物語を紡ぐ手法を「選んだ」というような手ごたえを感じたわけです。あくまでも個人的な見方ですが。


 活動が続くと、どうしても変化が気に入らないファンの方も出てくるものですが、バンプに関しては(毎回言ってる気がしますが)非常にいい方向へ変化してきていると感じています。確かに昔のほうが純粋に「濃かった」気はしますが、閉鎖性の薄れた今でも「閉鎖環境」→「外へ」というベクトルを忘れずに紡ぎ続けようとしつつ、広がりも得ていく、そんな心遣いとバイタリティを感じるからです。
 あとはメロディと楽曲の幅がもっと広がれば…というところでしょうか。演奏はずいぶんうまくなりましたし、まだまだ伸びる可能性はあるんだろうなと。

 やっぱり、以前までの曲に続きまたしても長くなりました。でも今回は2曲だったんだし、コンパクトになったほうかな。
posted by はじ at 02:23| Comment(0) | TrackBack(3) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

平井堅「POP STAR」

POP STAR
DefSTAR RECORDS
平井堅, 亀田誠治, 松浦晃久

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<「恋人を楽しませる役割」を、男女問わず現代のすべての人へ呼びかける>

 00年代初頭のメッセージソング全盛期から、時代がだんだん、真剣さより軽さ、メッセージよりポップさ、マジメな「愛」ではなく楽しい「恋」を求めて変化してきている…という去年立てた仮説は、まさに今年確実に進行しているなあという思いがありまして。この「POP STAR」の登場は、「瞳をとじて」「思いがかさなるその前に・・・」からの大転換ということも併せて、まさにその裏づけとなる大きな証明になりそうです。

 『恋に落ちたら誰もが誰かのpop star』…まさにこのワンフレーズに、この曲、ひいてはこの曲を受け入れヒットさせた今の社会の雰囲気が出てきているように感じます。それくらい、この一言でいろんなことが指摘できてしまうんですね。

 まず、「恋に落ちる」という言い方。これ、「恋をする」とするよりもずっと軽い響きですよね。数年前まではこういうちょっと芝居がかった単語は、あんまり出てきた印象はありませんでした。今年くらいからCrystal Kay「恋におちたら」がロングヒットしたり、再びこうした軽めの言葉が使われるようになってきていると感じます。

 「誰もが誰かの」…というのも、ちょっと考えると面白いです。『I wanna be a pop star』と歌っているように「男性が女性のpop starになる」歌だというふうに受け取られがちなこの曲ですが、しかし2コーラスでは『You're gonna be my pop star』と、「女性が男性のpop star」になってほしい、という願いも混じっているわけです。
 つまり、この曲の目指すところは、男女でまったく同じ、イーブンの関係を築き上げようということなんですね。『神様が僕に下した使命は君だけのヒーロー』とこれもまた芝居がかったことを宣言しつつ、『僕をもっと夢中にさせてよ微笑んで』と、相手にも同じようにヒロインになってほしいと望んでいるわけです。
 これも、今始まったというわけではないですが、男女の垣根がなくなってきた現代が反映されていると言えます。

 そして「pop star」という称号。これこそまさに「楽しませる」ことを至上命題とした存在として使われています。ただ「ヒーロー」だとカッコよすぎるわけですね(なので、ヒーローという語をを持ち出す際には、わざと「神様が…」なんて大げさな言い方をして、笑える方向に持っていっているわけです)。「スター」という語のチープさ、レトロさをうまく利用しているという部分ではくるり「Superstar」にもつながりますね。それにさらに「ポップ」がつく。それくらい、「楽しませる」ことを重要視していると言えます。
 これが1年前だと、EXILE「HERO」になります。もうちょっと「カッコいい」「マジメな」ヒーロー像が描かれていました。


 はじめてコメディに挑んだ月9ドラマ「危険なアネキ」の主題歌というのも、ハマり過ぎです。この曲は、ポップな時代の幕開けを告げる高らかなテーマソングなのかもしれません。
posted by はじ at 03:34| Comment(5) | TrackBack(1) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月24日

V6「Orange」

Orange (通常盤)
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
V6, HIKARI, MIZUE, hwonder, 20th Century, 小幡英之, 久米康隆, Gajin, YANAGIMAN

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<過ぎゆく時間を見渡し、新たな道を進んでいく決心をする夕暮れ時>

 イントロ聴いて「え?」と思っちゃいました。音の使い方とか、コードの使い方とか、ジャニーズっぽくなくて。声とか入ってきたり、サビになってくると「あー」って感じるんですけど、でもやっぱり全体的にシブいというか、わかりやすく楽しめるエンターテインメントが主流のジャニーズにしては異例なくらい、深めの音がしています。
 何でも、デビュー10周年で、主演している映画「ホールドアップダウン」の主題歌だとか。10年間での成長を示すために、あえてこういう渋めの曲を作ってみたということなんでしょうか。

 『僕らはもう大人になり過ぎた』と、大人になってしまった哀しみ、過去への追憶も強く詞に出ているんですが、でも決して「子供のままでいたい」「昔は良かった」というわけじゃなく、これからも進んでいこうという意志がきちんと示されています。『時計の針は優しく時を刻み続ける』とあるように、時間の流れを「無情なもの」とは感じていないわけですね。
 で、過去を省みつつ未来へと踏み出していくという構図を、「一日の終わり」と「またやってくる明日」が交錯する時間、『オレンジ色の太陽』の照らす夕暮れ時に重ねています。テンポの速い曲ですが、エンドロールに適した一曲と言えますね。

 それにしても「時計の針」と「オレンジ色の太陽」…これは「時計仕掛けのオレンジ」を意識しているのでしょうか。ちょっと気になります。
posted by はじ at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月15日

V6「UTAO-UTAO」

UTAO UTAO (通常盤)
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
V6, 御徒町凧, シライシ紗トリ, Coming Century, 六ツ見純代, DREAMFIELD, 清水昭男, MIZUE, COLDFEET, HIKARI

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<肩の力の抜けた、受け入れやすい博愛主義>

 「ウォオ〜オオオ」というコーラス、ハッピーなストリングス、心地よいシャッフルのリズム、それでタイトルが「歌を歌おう」。「WAになって踊ろう」以来、この曲のような博愛精神に満ちたタイプは、ジャニーズの中では彼らが主担当になっているようです。特にこういう、ハンドクラップが似合うような、「みんなで手をつないで」みたいな、大団円を感じさせるものは。

 とはいえ、説教臭さを感じさせない力の抜けたメッセージになっています。タイトルの語呂合わせ的な表現からしての韻踏みとか、『問答無用に注ぐハッピーネス』の「問答無用」とか、『僕ら出会えた奇跡とか』の「とか」とか(わかりにくい!)、ちょっと崩した言い方にして、教科書的、正論を振りかざすような反発をもたれやすい印象を回避しているなあ、と思われる点が随所に見られます。
 音への言葉のはめ方のセンスといい、うまく考えてるなあ…と思ったら、作詞クレジットの御徒町凧って森山直太朗と組んでいる人ですね。いつの間にそんな人脈が。
posted by はじ at 00:42| Comment(4) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月25日

B'z「愛のバクダン」

愛のバクダン
バーミリオンレコード
B’z, 稲葉浩志

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<愛の「無差別攻撃」という、コミカルだけど実は真摯なメッセージ>

 最近のB'zは、「BANZAI」「ARIGATO」とか、妙にコミカルなタイトルをつける傾向がありますね。
 「ARIGATO」はともかく、「BANZAI」や今回の「愛のバクダン」は、その内容もキャッチーな仕上がりになっています。「決めドコロ」を作っている感じ。(そういう意味では「ARIGATO」も含まれるかも)この曲ではサビ前の辺り。ジャッ、ジャッ、ジャッと歯切れのいいギターに合わせたここは、カッコいいと言うべきか悪いと言うべきか。耳に残るのは間違いないです。

 サビも非常に明確。『愛のバクダン もっとたくさん』と韻まで踏んでいて、わかりやすいです。サビ頭のインパクトを出すというのは、B'zが昔から意識してやっていることではあるんですが、ここ最近はポップ&コミカルな出し方になってきている感じです。
 歌詞そのものがどこかコミカルなのはわりといつものことで、歌や曲で力強さをアピールしているのに内容は妙にダメ男、というのはひとつの王道パターンです。『うらぎり ぬけがけ もう 気が気じゃない』と、やけに猜疑心が強い。『世界を覆いつくす Jealousy』なんて言ってますが、嫉妬心が世界を包んでいる、なんて考え方がすでにちょいと妄想的です。
 そんな過多ぎみ、パンクぎみな不安を取り除く、というより吹っ飛ばしてもらいたいがために「愛のバクダン」を求めている、という構図ですね。

 インパクトある「愛のバクダン」という表現。それだけ強力な愛を求めている、ということはまず言えるでしょう。
 ただし、それだけではありません。「爆弾」とは、自分だけに衝撃を与えるものではなくて、必然的に「多数の人を」「無差別に」巻き込むものです。だからこの歌は、単に自分に強烈な愛が欲しい、というわけではなくって、誰彼かまわず愛が降り注げばいい、『不完全な世界』で苦しんでいるこの世すべての人が救われてほしい、というメッセージに実はなっているわけです。
 そうとは思いにくい病的かつヤケ気味なノリですが、でもただ「愛がすべての人に降り注ぎますように」などとストレートに言ったならば、受け手は説教臭く感じるかもしれないわけで。こういうコミカルなスタイルで主張することには、ノリに任せて受け入れられやすい、という長所があります。
 ただ、そういうメッセージ部分での方法論はともかく(いつも通りの稲葉浩志のテクニックなので)、そのメッセージを曲で表現する部分で、少々コミカルなノリになりすぎてきているような。や、端から見ているとこういうのも面白くていいんですけど。
posted by はじ at 00:30| Comment(5) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月18日

ポルノグラフィティ「ネオメロドラマティック/ROLL」

ネオメロドラマティック/ROLL
ソニーミュージックエンタテインメント
ポルノグラフィティ, 新藤晴一, ak.homma, 岡野昭仁

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<うた職人の技巧と、その陰にのぞく自嘲>

 デッドウッド・フォレストってアメリカのバンドが「メロドラマティック」という歌を出しているようですが、きっとそれとは何も関係ないんでしょう。

 現代社会を皮肉るフレーズは、もうお手の物といったところです。そういうのはもう既にありふれまくりなテーマなのですが、新藤晴一は毎回表現や切り口を変えて、ありきたりに陥らないように工夫しているのが見て取れます。
 今回の「ネオメロドラマティック」は特にバラエティに富んでますね。『ボイルした時計の皮むき』なんてユニークなものがあるかと思えば、『幸せすぎるのが不幸なこの頭が/切れない剃刀を探している』と現代的なねじれた精神状態を揶揄したりもしています。
 スピード感あるテンポとメリハリのきいた旋律の上に、次々に病んだ社会のさまが繰り出されてくるので(しかも、表現がいちいち凝ってるので)聴き手はまさに、情報過多な街の中に放り込まれたような感覚に陥ったりするんじゃないでしょうか。

 <そんな目くるめく街の中でも、二人でなんとか生きていこう>
 というのが、おそらくは「ネオメロドラマティック」の意味するところなんじゃないかと。
 『格好つけて言うわけじゃないけれど/ここには僕らしかいないみたい』というこの感覚がポイントです。格好つけてないと断りつつ、ここにはやはり「いろんな人や物が溢れているけど、信じられるのは自分と、そして君だけ」みたいな、「二人」を特別なものとして見る、ある種の自己陶酔があるわけで。
 「ネオ」な世界で、「メロドラマティック」な想いに浸る二人。<そんな目くるめく街の中でも、二人でなんとか生きていこう>と呼びかける中にも、そうした主張を、どこか自嘲しているような感覚を抱かされます。こうやって、特定の「君」という相手を見つけて、すがって、二人きりだと信じ込んで一蓮托生にでもならないと、とてもこんな世界じゃやっていけないよ…そんな渇いた視点から描かれているように感じるのは、勘ぐりすぎでしょうか。

 キメの言葉として繰り返される「ネオメロドラマティック」という造語は、その語感やメロディへのハマり具合は、とてもいいです。ただ、上記のようにつらつら分析してみたりしないと、その意味するところを想像しにくい、「わかりにくい」言葉でもあります。
 サビの最後で、キメとして使われる言葉。聴き手は無意識のうちに、曲の主張の総まとめのようなものを、こういう位置に求めがちです。また、タイトルも、内容を表したものだっていう認識がありますよね。でもこの曲はそこに、パッと聴きではまったく意味が通ってこない「ネオメロドラマティック」という語を多用しているわけです。聴いていて、「結局この歌、何が言いたいんだろう?」と首をひねった方も多いのではないかと。
 これもやはり、曲中で主張していることを自ら皮肉っているような、表現者の内面の表れであるように感じたりもします。答えや出口なんてそんな簡単に示せないよ、みたいな。


 さて「ROLL」のほうですが、こちらはもっとシンプルな、正統派バラード的な内容の詞になってます。岡野昭仁の作詞作曲ですが、ak.homma作曲の「ネオ〜」に比べると、少々ピントがぼやけている印象。ただ、それが悪いかってのは、一概にそうとも言えなくてですね。

 ak.homma曲は、器用にフレーズを加工できる新藤晴一の、職人的/技巧的な方向性に、とても合っています。それが基本的なポルノのシングル路線なんですけど、こういうタイプの曲もまた、違う魅力を出せている部分があるんじゃないかと。
 作詞作曲を一人でする、一人で歌を作り上げると、やはりその人のパーソナルなものが露出ぎみになりやすいです。いつもは職人的な詞を書く新藤晴一も、前回作曲まで自らしたシングル「黄昏ロマンス」では、“「一人で作った」ということが、ポップめなシンガーソングライターの曲っぽい等身大さに関係しているのかもしれません”なんて感じを受けましたし。
 特に、それなりにキャリアをそれなりに積み重ねてきた今のポルノは、少し肩の力を抜いたこういう曲にも、味がでてきていいかもしれないなあと。ややぎこちないけど、すごく素直で、ちょっととりとめがない、っていうくらいの、穏やかな強さがある雰囲気というか。
posted by はじ at 00:12| Comment(5) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月11日

HOME MADE 家族「サンキュー!!」

サンキュー!!
HOME MADE 家族, KURO, MICRO, UICHI
KRE

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 前作「アイコトバ」がスマッシュヒットしましたね。そんなの知らないよという人でも、耳にしたらわかるんじゃないかってくらい、よく流れてましたし耳に残る曲でした。
 で、この「サンキュー!!」もまた、『いつもありがとう 本当ありがとう』のフレーズが印象的です。
 曲はセブンス以上のやや複雑なコードが使われていて、つまりどういうことかというと「奥行き」のあるような雰囲気につながっているわけですね。


 たとえば日本のHIPHO浸透を担ったDragon Ashは、その人気を広げていく過程で「Grateful Days」を歌いました。「身近な人への感謝」という点で、この「サンキュー!!」はかなり似ているように思います。
 ただ、ドラゴンアッシュは「俺、硬派なワルだけど、マジ感謝してます」みたいな、ギャップを売りにしているフシがあったのに対し、HOME MADE 家族はもうそのユニット名からしてアットホームな感じですよね。『たとえ何処にいたって君の存在に感謝してるよ』と歌うその言葉に、照れはあれどもツッパった態度はありません。この種の詞にありがちな「傷つけたこともあったけど…」みたいなのもなし。『悩んでいた僕に向かって/何も言わずにそっと手を 差し伸べてくれる君がいた』と、どっちかというと弱気な青年めいてます。少なくともこれは「硬派なワル」ではないですよね。
 HIPHOPがJPOPシーンに受け入れられていく過程の中で、RIP SLYMEが「楽園ベイベー」や「GALAXY」などダルめで浮遊感あるサウンドを作ったり、ケツメイシが「トモダチ」や「涙」で叙情系の音と言葉を確立させたり、そうした多様化/大衆化の流れに沿い、歌ってるのは「コワモテのお兄さん」というイメージも、かなり和らいできたようです。、ちょっと前までだったら、ここまで素直な曲を作ったり、受け入れられたりはきっとできなかったはずですから。
posted by はじ at 01:34| Comment(4) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月18日

BUMP OF CHICKEN「車輪の唄」

車輪の唄
BUMP OF CHICKEN, 藤原基央
トイズファクトリー

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※注意!過去最高クラスに長い記事です。


 ずいぶん肩の力抜けましたねバンプも。そこが寂しいってファンもいるんでしょうけど。確かにこの曲からは「天体観測」にあったような爆発力はないですが、カントリー風味の軽快な音にチャレンジすることで幅を広げようとする向きは評価できます。
 一般的に、ブレイクするには深さが必要ですが、人気やモチベーションを維持し続けるには広さが必要なものなのだと思います。バンプは、メジャーデビュー以後のシングルを追う限り、その辺のギアチェンジがうまく行っているように感じます。前作「オンリー ロンリー グローリー」で、初期衝動から少し手を伸ばした地点で、またかなり深いとこまで潜ってみたりしてますし。

 さて今回は、自転車二人乗りから駅ホームでのさよなら、自転車で電車を追いかける、まで見事なまでのお約束シチュエーションがコンボで炸裂してまして、ちょっとドラマティックすぎるかなあとは思いますが、しかしそれでも、短編小説のような詞の構成がなかなか見事です。
 たとえば、『「世界中に二人だけみたいだね」』という別れの前の「君」のセリフがあるから、別れの後の『世界中に一人だけみたいだなぁ と小さくこぼした』というフレーズが何倍も生きてきています。
 また、「君」の荷物が改札口にひっかかったときに「僕」がひっかかりを解くというのも、当然離れたくない気持ちのあるだろう「僕」が「君」の旅立ちを手助けした形になるわけで、うまいこと切なさを煽ってます。
 さらに面白いのは、2コーラス後の『間違いじゃない あの時 君は・・・』の続きが、間奏とメロのリフレインを挟んで、その後のサビのリフレイン『泣いてただろう』にかかっていること。これは曲を聴いていても普通は気づかない、歌詞だけを読んで、初めて効果を発揮する演出。だからこれは、「詞だけを読んでもらえる」ことが前提の表現です。
 藤原基央は今までも物語性の強い詞を書いてきていて、こうした遠まわりな表現も、詞の物語としての完成度にこだわった結果でしょう。彼らのファンも、歌詞カードをまったく見ない「音が好きなだけ」の人は、ごく稀でしょうしね。


 さて、こうした別れの歌なのですが、「遠くへ行くのが女の子のほうで、語り手の少年は動かない」という構図、最近増えているような気がします。
 昔は、チューリップ「心の旅」だとか狩人「あずさ2号」だとか、電車に乗り込み上京するのは、常に男性でした。90年代に入っても、個人的に好きなシャ乱Q「上・京・物・語」があります。この「車輪の唄」は『券売機で一番端の一番高い切符が行く町』であって「上京」ではなさげなんですが、何も上京でなくても、つい最近のゴスペラーズ「新大阪」でも、新幹線で移動しているのは男性のほうだったりしますね。基本的には「電車で遠くへ行くのは男性」というイメージが、多くの人の頭にあるんじゃないかと思います。
 自分の知ってる限りで唯一、例外は槇原敬之。「LOVE LETTER」「Red Nose Reindeer」など、見送る立場が目立ちます。

 最近で、「男性が残る」パターンだったのがTUBE「夏祭り」で、その中で自分は“「変わらない」町と「止まった心」が、「町」を離れて「変わりゆく君」と対比されていて”と書きました。またユニコーン「自転車泥棒」も、似たようなものです。
 男女どちらにしろ、共通しているのは、「遠くに行く」側は変わっていく(大人になる)ことが示唆されがちだ、ということです。「上京」とはつまり働き口を見つけに出るわけで、「一人前」になるための儀式的な意味合いがありますし。
 で、「女性が旅立ち、男性が残る歌」というのは、視点である男性が動かないため当然と言えば当然ですが、「変われずにいる」「取り残される」者の心理をクローズアップし、そのやるせなさに焦点をあてて描いているようです。
 動けずに、ひとり残される少年。そういうやるせなさ、無力感にスポットを当てたシチュエーションが、最近はけっこう増えてきているように感じます。

 単純に「女性が動き、男性が動かない」パターンが最近増加している、と言えばいいところを、長々と書いてしまいました。でも、そう言うだけだとどうしても「女性が行動的になってきた」という論調に読み手の意識が誘導されがちになってしまうかなと思いまして。
 確かに女性の社会進出といった世の動静にリンクしていることもあることはあるのですが、むしろ注目すべきは「行動する女性」の側ではなく、「行動しない男性」のほうだと思うのですよ。
 男は上京するもんだ、って時代はさすがに過去の話にしても、動かない、あるいは振り回される男性像が、無視できないくらいに拡大してきているように感じています。ラノベとかギャルゲーだとか、内向的な男性(「オタク」とはまたちょっと違う定義だと思う)と親和性の強い新しいメディアで、特にこの傾向が強いようで。

 曲とまったく関係ない地点へと逸れていきっぱなしもなんなので、ここで流れを引き戻すためにバンプを持ち出しましょう。
 バンプにも過去に「バイバイサンキュー」という「上京」の歌があります。そこでは『夢に見た街まで行くよ/こんなにステキなこと 他にはない』と期待を膨らませる一方で『僕の場所は ココなんだ』と「変わらないでいたい」という姿勢があり、やはりどちらかと言うと内向的な向きの強い詞世界を持っていたと言えるでしょう。

 ただ今回の「車輪の唄」は、状況こそ「僕」が残る側ではあるしその心情を切々と浮き彫りにしてはいますが、「バイバイサンキュー」よりもずっと内向性が和らいでいるように感じます。あまり悲壮さ、暗さ、陰気さは感じられないんですね。
 この点は、「オンリー ロンリー グローリー」の記事でも触れた、「閉鎖的な箱庭から、徐々に外に目を向けるようになってきている」バンプの世界の流れで説明できます。またこの曲に限って言えば、軽快な曲調のせいもあるでしょうし、あとポイントなのはこの曲、ちょっと子供っぽいんですね。大人への通過点「上京」よりも、よく少年少女漫画などである「友達の引越し」エピソードに近いものがあるように感じるんですよ。自転車で電車追いかけるのとか。そういう純粋っぽい雰囲気が、内向性を感じさせないことにつながってるんじゃないかなと。
posted by はじ at 02:20| Comment(7) | TrackBack(1) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月24日

平川地一丁目「きっとサンタが」

きっとサンタが
平川地一丁目, 林龍之介, 北山修
DefSTAR RECORDS

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 兄弟フォークデュオ、ついにメインボーカルの弟直次郎くんが声変わりしてしまったようです。というわけで今までの曲、「桜の隠す別れ道」「君の分まで」とかとは、まったく違う仕上がり。こういう純真無垢さを前面に出している曲こそ、あの高く抜ける声で歌ってほしかったかなー、と、ちょっと残念です。

 いつも兄の龍之介くんが作詞作曲をしているわけですが、今回はなんと兄弟による完全セルフプロデュースということで、バックの演奏もすべて自分たちでやって自分たちで録音したということで、非常に手作り感満載です。ちょっと拙い部分が見え隠れするんですが、まあそこも初々しくて、ね。
 はっきり言って彼らは、そうした初々しさを愛でる、あるいは成長を暖かく見守るという気持ちが受けて側にあってこそなんだと思います。『もうすぐサンタがやって来る』と歌う二人に純粋さを感じさせられ、実は「君」の隣にいる僕こそがサンタなのさ、というオチを微笑ましく思わせられる、っていうのが魅力であって。真正面から批評したり、媚びていると感じたりするのは、適切な聴き方じゃないんですよね。拙さを味わわないと。

 とは言え、歌はだいぶ慣れてきたかなと。以前よりもリラックスして、自然体で歌えてきてるかな、と感じました。あとは声変わりでひとつ持ち味を失ってしまったので、これからどう成長してその穴を埋めてくれるのか、ってとこですね。
posted by はじ at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月07日

ポルノグラフィティ「黄昏ロマンス」

黄昏ロマンス
ポルノグラフィティ, 新藤晴一, ak.homma, 岡野昭仁
ソニーミュージックエンタテインメント

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 穏やかな曲調に柔らかいトランペットの響き、ということでKinKi Kids「ね、がんばるよ。」を思い出しました。

 ポルノ的には、けっこう珍しい雰囲気ですね。珍しく作詞だけでなく作曲まで新藤晴一クレジットになっていて、この「一人で作った」ということが、ポップめなシンガーソングライターの曲っぽい等身大さに関係しているのかもしれません。
 楽曲的に、あるいは詞の「語り」傾向などのドラマティックさにポルノの魅力を感じている人にとっては、やや物足りないものがあるとは思います。が、自分としてはポルノグラフィティというユニットもそろそろ大人になってきたなあという「成長」が見て取れて、とても面白いです。

 平凡な生活を書けば大人なのかよ、ってツッコミを考える人をいるかと思います。ただ、たとえばこの曲は『足りないなら問いつめてよ/いらないなら捨ててよ』という、ちょっと若造には真似できない包容力が見られたりしているわけで、これはやっぱり年月を重ねたゆえの言葉だなあと感じさせられます。
 また、この詞には「過去」が出てきません。ありふれていても幸せな日々、みたいな「日常賛歌」系の曲は世にたくさんありますが、たいてい「あなたと出会ったから」優しくなれた/強くなれた/傷を忘れられる、という流れがあるものです。でもこの歌には、そんなストーリー性はありません。今、ただ君と二人でいて、これからも二人でいたい、というだけ。この点も、何かと過去を持ち出したがる浜崎あゆみの「CAROLS」とかよりも、ずっと精神的に大人だなあと思います。
 曲世界が大人になってしまうと、往々にして「内容が退屈になる」という危険があります。若さゆえの危なっかしさ、スリリングさ、みずみずしさが楽曲から抜けてしまう、みたいな。ただポルノグラフィティの場合は、詞の口調が子供っぽく遊び心に富んでいるため(これは「表現のテクニック」によるものなのでしょうから、精神的な変化には影響されないはず)これから先の内容がだんだん退屈になっていくんじゃないかという心配は、あんまりしていません。どんな世界を提示されても、その切り口はいつも鮮やかに見せてくれるでしょうから。

 ただ今回ちょっとなーと思うのは、旋律の歯切れの悪さでしょうか。どうも言葉をうまく乗せきれていないというか、間延びしている感じがします。特に、サビとか。それが楽曲の緩やかな雰囲気に一役買っていると見ることも、できなくはないですが・・・。
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2004年12月01日

THE BACK HORN「コバルトブルー」

コバルトブルー(初回)
THE BACK HORN, 菅波栄純, 松田晋二
ビクターエンタテインメント

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 試聴サイトで聴いて気にいったので紹介。前にとりあげた「夢の花」とは打って変わって激しい曲調。風評がなくとも、たぶんこっちが本来の持ち味なんだろうなあと思えたんじゃないかなと感じるくらいに、たぎった演奏になってます。ギターリフが飛ばしていて、これだけで一気に体温が上がっていく感じ。
 衝動の量がハンパじゃないですね。「心の通い合う仲間」を感じさせる内容がかなり比重を占めているのに、『辿り着く場所も知らぬまま燃え尽きる』と、刹那的に生きたいという想いでサビが締められていたりして。変に未来に希望を持つのではなく、とにかくひたすら「今」に命を燃やしているというか。今この瞬間以外のことに考えを巡らせようとさえ思わない徹底された姿勢は、どこか達観したところのある昨今のメッセージソングとは確実に一線を画しています。

 で、実はこの曲、ネットに流れている情報だと、どうやら戦争のことがモチーフになっているらしいとのことで、『俺達がいたことを 死んだって忘れない』というフレーズにも納得がいきますし、重みも感じられてきます。

 そういう背景のシリアスさはあるんですが、上の試聴サイトでPV見るとちょっと笑えてしまいます。まあ、きっとあれが彼ららしさなんでしょう。


 とりあえず、ネットではけなす人を見たことがない(書いてる人は皆ファンだってことはあるにしても)今までリリースしたアルバムを聴いてみたいなーと思わされました。
posted by はじ at 19:19| Comment(1) | TrackBack(2) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月02日

the pillows「その未来は今」

その未来は今
the pillows, 山中さわお
キングレコード

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 こういうブログを始めたことで、今まで聴いたことのなかった歌い手にちょっと手を出してみるって機会が、自然と増えるんです。それで、試しに聴いてみたら凄く波長が合ってしまった、なんてことがあったりすると、これは本当に嬉しくなるものです。
 というわけで、ピロウズとの素敵な出会い。

 結成15周年、平均年齢39歳って嘘でしょーと思わず驚いてしまう、古くなっても老いてもいない実にみずみずしいバンドサウンド。昔から活動しているのは知ってましたけど、この疾走感、最近インディーズからデビューしたって言われても何の違和感もないですよ。
 この間「深夜高速」でガツンとやられたフラワーカンパニーズの、ぎらぎらと血をたぎらせて突っ走るようなテンションとも、自ら作り上げたポップソングの文法を褪せることなく老練に重ねていくサザンオールスターズとも違い、本当に自然に肩の力を抜いたスタンスで続けてきた、という感触を受けました。おそらくこの感触はそう間違ってはいないかと。

 痛快にまとまって押し寄せてくるロックですけど、それでいて凄くキャッチーなんですよね。さすがはベテランの経験豊富さで、決め所をきっかり心得ているんだろうなあ、というのがひとつ。
 もうひとつは、歌詞の乗せ方が非常に優れているなあと。サビ頭『待ってるだけじゃつまらなくて 僕らは走ってる』なんて例に取るとわかりやすいですけど、「待ってる」「走ってる」加えて「つまらなくて」も、と、メロディラインに三箇所、実にうまいこと促音がはまってるんですね。こうした促音、他にも長音(「ー」)や「○ん」など、音の感覚を詰める音を多用することで、ノリのよさを出しているように思います。ポップ&ロックな音楽というとTRICERATOPSが思い浮かびますが、言葉そのものの使い方は一枚上手っぽい。まあトライセラは音というよりは言葉遣いの独特さとイメージの豊かさが魅力なんだと思ってますが。

 『一秒先の自分に 追いつき追いこしたいな』なんてフレーズもいいですね。まさに「その未来は今」というタイトルの示すように、決して焦っているわけじゃない前進への渇望がよく表れてます。同時に、バンドの意思表明でもあるんですかね?まだまだ一線で走り続けるぞ、みたいな。


 あ、このポップ&ロックな感じ、知ってる中で何に近いかと思ったら、トライセラよりむしろMOTORWORKSだ。あそこも全員ベテランだし。ただやっぱり、集まって間もないメンバーなMOTORWORKSは個人個人が開放的な音を鳴らす方向に聴こえるのに対して、ピロウズは長年やっているから当然のように一枚岩でまとまっている、という違いがあるように感じます。
posted by はじ at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月01日

100s「Honeycom.ware」

Honeycom.ware
100s, 中村一義
東芝EMI

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 ちょうど一ヶ月前の日記で試聴を紹介したときに「たぶんレビューはしません」と書いて。それは、こういう中村一義のような、傍目から見ても確立した独自の世界を持っているっぽい人って、馴染まないとなかなか書くのが難しいものがあるからなんですが、この曲はなんだかえらく気に入ってしまったので。前回の「A」は印象ないのに。不思議。

  ちょっと聴いてみるだけだと、何歌っているんだか正直まったくわかりません。とりあえず聴き取れた内容で検索しまくってみたら、なんとコーラスっぽいところ含めてすべて日本語らしく。カタカナは多用してますが、アルファベットは一つもないというから驚きです。

 そういう英語を歌詞に使わないって点も含めて、全体としてスピッツと似た感触がします。柔らかいハイトーンの伸びる声質とか、ちょっと面食らう表現の多い歌詞とか。中村一義ソロ時代はいざ知らず、現在は100sというバンド形態を取っていて、かっちりまとまったバンドサウンドに溶けるボーカル、という聴こえ方も共通項ですね。
 ただし、似た者に思えても100sがスピッツと決定的に異なるのは、ひとつはとびきり抜けのいいファルセットを駆使していることと、そして何よりそこにメッセージが篭っているということです。しかもそのメッセージは、どこか独特で受け手の意表をつきながらも、伝えたいことは非常にストレートです。
 だって『君が望むのならしな、しな。』ですからね。「しな」って、これちょっと凄いですよ。今まで誰も使わなかったシンプルな言葉の極致。曲聴いててまさか「しな」だとは思わなくて「欲しいな」を詰めてるのかなと思ってましたし。
 他の箇所の歌詞が難解なぶん、何度も繰り返されるこのシンプルなフレーズがより刺さってきます。『僕は死ぬように生きていたくはない。』と繰り返し叫んだ、名曲「キャノンボール」のように。

 全体的な言葉のトーンは、ただ「やりたいようにやればいい」というだけの肯定的なものではなく、『憂いな。』あるいは『それで死ねるのなら』と、不穏な響きも混ざりこんでいまして。サウンドはただひたすら真っ白な光の輝く世界を作り上げることに徹しているようで、ハッピーもアンハッピーも、感情めいたものは音には何も伴っていないです。だから細かな解釈は、聴き手一人一人に委ねられていると言っていいでしょう。印象付けは「しな」でばっちりできてますしね。

 それにしても、すごくシンプルなコード構成とメロディラインのはずなんですけど、どうしてこんなに独創的っぽくて心地よく響くんでしょうか。ちょっとしたマジックですね。
posted by はじ at 21:49| Comment(0) | TrackBack(1) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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