2008年07月19日

SMAP「そのまま」

そのまま
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SMAP
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<売れ線からは外れた、少し大人びた雰囲気>

 「Around The World」や津軽三味線の吉田兄弟とコラボした「Change」などで話題を呼んだ、カナダ人兄弟を含むバンドMONKEY MAJIKによる楽曲提供。穏やかさに溢れた愛の形を描いた内容になっています。

 ここ最近のSMAPの楽曲は、けっこう毎回何かしら新しい試みを盛り込んだ意欲作ばかりだったりします。「世界に一つだけの花」のビックヒット以降、彼らにはある種「普通のJ-POPソング」には戻れない、といった見えない縛りみたいなものができているように感じます。
 でも、なんというか、今ひとつ爆発力のあるものがないという気もします。それは、コンセプチュアルな楽曲制作が「売れる曲」制作とイコールではない、ということが大きいかなと。で、放っておいても一定数の売り上げは見込めますし…だから、話題になるような要素を毎回乗せてきながらも、曲自体には大きなパンチは感じられない、みたいなことになっているのではないかなと。

 や、今回の曲も決して悪くはないのです。むしろ、大人の余裕が感じられる、穏やかな優しさに満たされた音楽に仕上がっています。『別れの無い出会いだって約束するよ』なんてドラマティックな台詞が、ドラマティックな音の盛り上がりも伴わずにさらりと歌われているのなんて、実にスマートですし。
 曲の主題である「そのまま」の状態を肯定するのも、若い者には歌えないものだろうなと。特に、今の若者が共感しているのは、相手と「より新しい」あるいは「より良い」未来を作っていこう、成長していこう、というポジティブなメッセージです。そうではなく、現状を改善していくのではなく「そのまま」を受け入れていけばいいんだ、とこの曲は歌っているのですね。こういう点も、ちょっと大人びた雰囲気を形成している大きな要素と言えるでしょう。

 ただ、そんな大人びた雰囲気というものは、印象的にはどうしても「薄め」になってしまうわけで。いい曲でも、大ヒットには繋がりにくいものなのです。
 まあ、SMAPももういい年齢になってきましたし、若々しくJ-POPど真ん中の王道ソングは、たくさんの事務所の後輩グループに任せておけるし…このくらいの、緩やかに歳を取ってきている雰囲気のシングルがちょうどいいのかもしれません。


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2008年07月10日

清水翔太「HOME」

HOME
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清水翔太 BOY-KEN
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<時代の流れが呼んだ?最新のサウンド形態>

 鳴り物入りで登場した、大阪出身の男性シンガーソングライターのデビュー曲。ゴスペルを学んでいたそうですが、こちらはR&BとHIPHOPが混ざったかのような、ソウルフルな歌い回しとすらすらと紡がれる語りかけの両方を味わえる内容になっています。

 これまででは、ケツメイシあたりの哀愁を感じさせるトラックでメロディアスなサビを持ったスタイルがもっとも近いでしょうか。そうしたポップスとHIPHOPのいいとこ取りみたいなサウンドが定着してきた頃に、R&Bのテイストを盛り込んだ本格派ボーカリストが参入してくる…というような構図でしょうか。
 耳に馴染みやすいコード進行でループするバッキング。その上に乗るのは、音階を持ち、内容が聞き取れ理解できる程度の速さのラップ。そして、抜けのいい高音とナチュラルなフェイクが巧みに展開するサビ。…こうした要素を盛り込んだ楽曲が当たる、という計算まで含めて、かなり隙のない出来に仕上がっています。

 この「HOME」のサウンドは、間違いなく、ここ最近のJ-POPの隆盛の趨勢を踏まえた上で作られたものでしょう。まるでこの曲が登場しヒットするのは必然だったと思えるくらい、流れに乗った新しさだなあと感じます。

 歌詞も、そういう意味では流れに乗っているのでしょうか。『格好つけて飛び出した/別れ惜しむ人達裏切った結果になった』『自分の弱さがそのとき理解った/でも夢叶った 少しそんな気になった』と、半生を振り返って得たものをリスペクトする…ET-KING「ギフト」でも書きましたが、こうしたリスペクトソングは近年多いです。しかも、支持を集めやすく出世作になっているケースが多いですし。そんなわけで、選んでいるテーマも、デビュー作としてふさわしいなと。
 言葉はかなりシンプルながら、とても力を入れている感があります。これまでの人生の集大成とばかりにすごくいろいろ盛り込んであって、その気迫はひしひしと伝わってきます。これはこれでいいんですが、今後こうしたシンプルなメッセージソングを作る際の手駒がなくなってしまわないか心配。シンガーソングライターとのことなので、もっと表現の幅があるものだと期待したいところです。
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2008年07月02日

ジェロ「海雪」

海雪
海雪
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ジェロ 宇崎竜童
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<プロフィールだけではない「印象付け」>

 HIPHOPど真ん中、といったいでたちの黒人が、なんと演歌歌手デビュー!?と、世間の話題をかっさらった新人のデビュー曲です。

 作詞に秋元康。そしてビートはHIPHOP。しかし、曲全体としては確かに「泣き」の要素が詰まった演歌です。メロディラインやギター、そしてリズムが入るあたりはどちらかというと歌謡曲に近いような気もしますが、でも、歌いまわしにきちんと演歌らしい「こぶし」が入っているので、個人的にははっきり演歌認定です。

 その他にも、細かく考えられて作られているなあという点がちらほら。
 イントロからの歌い出し『凍える空から』の「こご えるぅ〜」というあえて音を切った流れとか、伸ばしの多いBメロから急に『あなた 追って 出雲崎』と言葉が短く速くなったりと、メロディラインは聴き手の耳を適度に刺激し印象付けるように
 緩急がついています。
 また歌詞は、一人称「私」の女性視点で、『ねえ いっそ この私/殺してください』とやはりショッキングなフレーズが差し挟まれているもの。ここにも、より「話題性」を強めようとする作り手側(作詞・秋元康、作曲・宇崎竜童)の意図を感じます。

 秋元康が関わっているから、てっきりそうした話題性優先のプロジェクトなのかと思っていましたが、もともと本人が演歌歌手志望で自らデビューするためにあちこちで活動を行っていたそうで。
 演歌という日本独自文化の閉ざされた業界にひとり乗り込んでいるのに、巷ではかなり好感度が高いようなのは、そうした経歴や、本人は流暢に日本語をしゃべり、誠実な性格をしているのもきっと影響しているのでしょう。続きを読む
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2008年06月18日

湘南乃風「黄金魂」

黄金魂
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湘南乃風
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<アグレッシブな曲調の根底に流れる優しさ>

 熱気を孕んだサウンドと声、力強いメッセージに終始する歌詞、そして相変わらず硬軟取り混ぜたドラマティックな展開…と、非常に湘南乃風らしい作品と感じられる一曲。これらの元々の音楽スタイルであるレゲエっぽさは薄いですが、それでも根底にそのテイストは流れている感じもありますし。

 『走れ 走れ ぶっ倒れるまで』
 『鏡に映る姿に 中指を立て』
 などなど、攻撃的なフレーズも多々ありますが、彼らのメッセージって非常に「優しい」ものなんですよね、毎回。単に闘うことをけしかけたり、厳しい言葉を投げかけて煽ったりするというわけではなく、『ホラ やってなんぼだろ』とか『ゆっくりだっていいんだ ありのままで』とか、口調の端々から思いやりを感じさせる言葉があるのですね。
 また、「いつか生まれてくる子供」を想ってみたり、『だから生きて 生きて 生きて 必死で!』と繰り返し重ねて呼びかけたりなどは、実にドラマティック。ちょっと過剰なくらいの演出効果を発揮しています。

 恋愛を主題に据えた「純恋歌」なんかでもそうでしたが、ぶっきらぼうで無骨な口調ながら、とにかく優しさに溢れた内容。
 少年時代にヤンチャした人って、更正してからはとても男気に溢れたいい人になったりしますが、そんな感じ。で、そのギャップがやはり好まれているのではないでしょうか。

 今の時代、「優しさ」や「感動」は必須条件ながら、それらをそのまま何のひねりもなく提出されるのは面白くない…というようなニーズがあるんだろうなあと。そのニーズに応えると、一方では空想的なストーリーを紡ぐBUMP OF CHICKENやRADWIMPSになり、またある一方ではエロスを押し出す倖田來未になり、もう一方では湘南乃風になる。ちょっと単純化しすぎの極論ですが、そんな仮説も考えてしまいます。
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2008年04月30日

SMAP「弾丸ファイター」

弾丸ファイター
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<歌詞のキーポイントは「共感」と「整合性」>

 前作から1年以上のスパンを置いての新曲は、デジタルな音を駆使したちょっと風変わりなアップテンポ。
 「今までにない」タイプの楽曲ですが、それは何も今回に限ったことではなく、あの「世界にひとつだけの花」大ヒット以降から、実験作というか王道を行き過ぎないタイプの曲を歌っているように感じていまして。国民的ヒットシングルで「あがり」にならないよう、意欲的にチャレンジをしてきている点は評価したいところです。
 わりと周りから不評を聞くので、そうすると褒めるところを探すクセがあるんですけど、確かに今作は「意欲」はわかるんですが、大ヒットする類の楽曲ではないかなあというのが正直なところ。

 歌詞に関しては、これは昔のSMAPぽいですね。
 『ナイス当たりで 罠にはまるか/たなぼたサンキュー エースに変わるか』なんて、「はだかの王様〜シブトク つよく〜」とか「ダイナマイト」辺りのあの頃のコミカルさ、やんちゃさを思い出します。

 年相応じゃないのでは?という声もありますけど、個人的にはこれはOK。
 「世界にひとつだけの花」の次に出た「友だちへ〜Say What You Will〜」のときに、こんなマジメな方向ばかりになっちゃうのかなー、と寂しく思ったりしていましたしね。
 ここ数作はわりと精神年齢が高めのシングルが続いていたので、そのイメージが強くなっているのかもしれないですし、あるいは事務所の後輩達が活発な活動を展開しているので、間を長く空けていたうちにコミカルさ若さのイメージは持っていかれてしまった、ということなのかもしれません。

 ただ今回も、決してやんちゃなだけではなく、『未来にむかう なか/バトンを つないでいる』というようなフレーズもあったりします。
 狙いとしては、コミカルさを演出しつつ、その奥に真面目なメッセージを感じさせる…というようなところかなと推測。

 では何が問題なのかというと、それは詞の形式が「共感型」になっていないところではないかなと。『凹むアウトが セーフだったり』みたいな「あるある」は多少含まれているものの、感情移入しやすいエピソードのようなものが薄いのです。
 今の時代、とにかく「共感」できるかできないか、という点は重要視されています。そういう部分がないと、軽く感じられてしまいがちだったりする傾向があるよなあ、と。

 また、全体を通してストーリー性があったりテーマをまとめていたりするタイプの楽曲も増えているため、歌詞全体の「整合性」もまた重要になってきている気がします。その見方で行くと、この曲はサビで急に『地球に生まれ』と壮大になったり、内容がバラバラに感じやすい作りなのかなあとも。
 90年代は、このくらいのキャッチーな言葉を散りばめる書き方でもアリだし、それこそが好まれていました。先に「昔のSMAPぽい」と書きましたが、それは懐かしい一方、時代にはそぐわなくもなってきていたのかなと。続きを読む
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2008年02月15日

すぎもとまさと「吾亦紅」

吾亦紅
吾亦紅
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すぎもとまさと すぎもとまさと&KANA すぎもとバンド 千代正行 ちあき哲也 建石一 星川裕二
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<同世代に響く要素は、「母への追慕」以外にも秘められている>

 2007年紅白出場、その前からじわじわと人気を得ていた楽曲。歌い手であるすぎもとまさと/杉本真人/杉本眞人は、音楽業界に身を置いてから35年、58歳で紅白初出場。最年長タイ記録だそう。同率最年長は大泉逸郎「孫」なのですが、こちらは亡くなった母親に捧げた楽曲ということで、好対照を成しています。

 吾亦紅とは、花の名前。秋に咲く、バラ科にしては花弁がなく地味に感じる、特徴的ながらもどこにでもある花です。『盆の休みに 帰れなかった』ために、吾亦紅が咲く頃になってひとり会いにきた…というシチュエーション。そして会いに来た相手は、亡くなった母親です。
 少し肌寒くなってきた田舎の風景が浮かんできます。そんな場所に嫁いできて、ひたすら「強い母」として生き抜いた「あなた」のことを、今になってひしひしと感じられるようになった。親孝行したいときに親はなしの格言のように、「あなた」の大きな愛をようやくわかってきた。『あなたの あなたの 見せない疵が/身に沁みて行く やっと手が届く』なんていうフレーズが、物悲しさとやるせなさと、何より「あなた」の強い生きざまが感じ取れます。

 盆に来ることができなかったこと、そして「あなた」の偉大さに今頃気がついたこと。後悔するかのように、『あなたに あなたに 謝りたくて』『ばか野郎と なじってくれよ』などの言葉が並んでいます。これは、弱気さだったり「あなた」の死に心が折れてしまったりというようなことを思わせますが、ちょっと違うのではないでしょうか。
 最後に噛みしめるように語る『髪に白髪が 混じり始めても/俺、死ぬまで あなたの子供…』という呟き。この「あなたの子供」なんだということを再確認するために、謝る/叱られるというような行動を求めているんじゃないかなあ、なんて思います。
 そしてそこには、子供として親に甘えたいというような感情ではなく、親の生き方を学び見習って強くあろうとする意志が込められています。「吾亦紅」の語源には「われもこうありたい」という言葉から付けられたという説があるようですが、まさに「あなた」のようになりたいんだ!という思いが、歌と言葉から伝わってきます。続きを読む
posted by はじ at 04:21| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

SEAMO「軌跡」

軌跡
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SEAMO Shintaro “Growth” Izutsu DJ大自然 高田尚輝
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<ウェットな感情で「泣き」を演出する>

 スローなテンポで哀愁のある旋律が奏でられる、別れた相手のことを想い返す「泣き」の一曲。
 2006年にロングセールスを記録した「マタアイマショウ」の続編!なんて巷では言われていたりして、確かに別れの瞬間の気持ちを切り取った「マタアイマショウ」からその後のこと、という風に繋がりそうではありますが、詞を読んでいくとそんなこともないような。

 「マタアイマショウ」は、別れを寂しく感じていながらも、もう会うことはないだろうとどこかドライな視点もありました。しかし、今回の歌詞は、『進むべき道はまだわからない 神様頼り あの頃のまま』と、とてもウェットな感情に満ちています。別れてからも『それでも僕の中は 君たった一人 今も僕の一番大切な人』と言っていたり、夢の中で会おうとしていたり、全然吹っ切れてない感じ。もちろん、そここそが「切なさ」を醸しだすポイントではあるんですけれど。
 時間が過ぎるほどに思いが募るということもあるでしょう。けれど、ちょっと個人的には同一人物の視点とは考えづらいです。はい。

 こうしたウェットな感情の描き方は、ほぼ同時期にリリースされたSoulJa「ここにいるよ feat.青山テルマ」でも強調されていたものでした。「切ない」楽曲はこのところより求められてきていますが、その多くはこうしたウェットな感情を表に出す形をとっているように感じます。
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2007年12月13日

SOPHIA「青空の破片」

青空の破片
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SOPHIA 松岡充
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<思い入れのあるカバーで、もっとも深い「愛」の形を描き出す>

 フランスを代表する歌手エディット・ピアフの代表曲「愛の賛歌」のカバー。エディット・ピアフの生涯を描いた映画「エディット・ピアフ〜愛の讃歌」がこの秋に公開ということで、リリースはそれに合わせているのかもしれません。

 この曲は、日本でも越路吹雪や美輪明宏などが歌っていたりと、古くから慕われてきた歴史があります。メロディラインだけなら、聞き覚えがあるという人も多いのではないでしょうか。
 そんなふうに、すでに評価の固まっている楽曲に対し、SOPHIA松岡充が自ら新しく歌詞を乗せ歌っています。かなり大胆なカバーですが、SOPHIAはもともとライブのオープニングにこの曲を使用したり、2005年にシングル「one summer day」のc/wとしてカバーするなど、相当な思い入れがある様子。歌詞にしても、精力を注いで綴り上げた!というか、真正面から名曲に立ち向かおうとしたんだな、という印象を受けます。

 『私はかけている 心にひびがある/生まれおちた道で 破片を探す』
 心が欠けている、これはその後を読んでいくと、「私」だけではなくすべての人がそうだ、と言っているようにとることができます。
 その欠けている部分を埋めるための破片とは、愛する「あなた」。つまり他の「誰か」の存在なんだ…という、ここが曲でもっとも中心となるテーマです。

 誰もがみんな、自分自身の足りないところを愛する相手で埋めてこそ完全な人になることができる。と、これだけでも深い「愛」を描いていると言えそうです。ただ、この詞では、その主題の提示の仕方がさらにもう一段階の深さを持っているように感じました。

 詞を追っていくと、こんなことに気がつきます。「私はかけている」と始まり、誰もが破片を探し求めていると描いていきながら、最終的には『私はあなたの 最後の破片』と、自分ではなく「あなた」の視点で伝えてくるのですね。自分のひびを「あなた」に埋めてほしい!と求めるのではなく、「あなた」のために自分自身を「与える」呼びかけ方になっているわけです。
 『かけた心を何で埋めるの? 奪い合う街』というフレーズからも何となく漂ってくるように、求める/奪うのではなく、与えることを優先するべきなんだ、と訴えたいのでしょう。

 全体を通して、「愛」とは何か?を描こうとしたんだろうなあ、という感触が伝わってくる歌です。好きな「青空」というモチーフを入れていることからも、松岡充自身の渾身を叩き込もうとしたんじゃないでしょうか。
 そして、「愛」とはこういうことだ!と選んだ答えとは、まず「誰もが誰かの一部で、足りない部分を愛する相手で埋めるんだ」ということ。そして、それは求めるのではなく与えるべきものなんだ…そんな愛の形を理想としているんだろうなあと。

 また、この曲のシンプルかつ味わい深いメロディラインは、キーボードが生きやすいし歌詞や声にも適しているように感じます。なので、SOPHIAというバンドととても相性がいいなあとも思わされました。
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2007年10月27日

SEAMO「Fly Away」

Fly Away
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<メッセージは「歌い上げる」のではなく「語りかける」ように伝える>

 昨年「マタアイマショウ」がロングヒットし、今年も「Cry Baby」をリリースしたりとメロウなセンスが目立つSEAMOですが、今回はノリのいいアップテンポ楽曲。「ルパン・ザ・ファイヤー」は元曲がかなり大きくフィーチャーされていたので、オリジナルのアップテンポなシングルをちゃんと聴くのは初めて。

 感じたのは、全体的にはノリノリなディスコチューンなんですけど、フック(いわゆるサビ)の部分はちょっと哀愁が漂っているなあという点。4つ打ちのダンサブルな雰囲気は変わっていないんですけど、ストリングスのせいでしょうか。
 さらに途中に『Should be! You will be do』とコーラスが挟まるので、メロディアスなひとつの流れがなく、聴き手を引き込むツカミとしては若干弱いかなあという印象です。

 ただ、それはそのフック部分というよりも、そのぶんラップ部分に力を注いでいるからなのかも、とも感じます。スピーディーに展開していくリリックは聴き心地がよく、『地味に足を地に付けてきてこそ 変わる いずれ肉と血に』『まだまだ自分を引き出せてないな』などメッセージ性にも富んでいて、韻も意識し工夫して揃えられています。
 そうした熱い意志をラップで語りまくり、フックはあくまでも『舞い上がれ』『今ならね 飛べるはずだから』と、一歩下がった立ち位置から後押しするような形になっているわけです。いわゆる普通のポップスにおけるメロ/サビとは違う書き方になっていますね。

 近年はヒップホップ楽曲でも、フック=サビ、もっとも中心となる聴かせどころとして構成している楽曲が増えています。そのほうがやっぱり、耳に残る印象的な部分を作ることができて、ヒットしやすいのでしょうね。
 SEAMOもまた非常にメロディアスなフックを作れる人で、それが「マタアイマショウ」で評価されたのでしょう。ただ、すべてそういう形で作るのではなく、強くメッセージ性を込めた今回なんかは、歌い上げるんじゃなく、ラップの強みである「語りかけるように伝えられる」利点を生かしたかったのかなと。だから、あえてフックの重みは削り、ラップパートに重きを置く作りにしたのかなー…なんて考えました。
posted by はじ at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月23日

スピッツ「群青」

群青
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スピッツ 亀田誠治 草野正宗
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<柔らかくぼやけた雰囲の中で語られるアクティブさ>

 異色のコラボとして話題になったKREVA「くればいいのに feat.草野マサムネ from SPITZ」ですが、その後に発売されたこちらのシングルは、スピッツ王道を行く爽やかでポップなサウンドです。

 スキマスイッチ大橋卓弥と植村花菜がコーラスに参加していますが、実はメロからサビからすべてにコーラスが振ってあるという、ちょっと変わった作りになっています。そのぶんハイトーンが控えめで、ちょっと地味にも聴こえますが、激しい上下動の少ないメロディラインと合わせ、歌い上げすぎない耳馴染みのよい歌を楽しむことができるかなと。
 『心取り戻せ』とか『裸足でかけだす』とか、特にスピッツにしてはわりとアグレッシブめな行動が描かれているのに、『青く染まっていくよ』というイメージにすっと収束できるのは、上記のコーラスをはじめとする、攻撃的でなく柔らかめすっきりめな音作りが影響しているのではないでしょうか。

 『どれほど遠いのか知らんけど 今すぐ海を見たいのだ』
 詞は、この「海」を目指そうとする気持ちなど、全体に前向きでアクティブな内容です。
 このフレーズ、砕けた、どこかユーモラスな口調ではあるものの、「何が何でも目的を果たそうとする」意志を表していますよね。そういう強さをわざとごまかして茶化すように描くのが、スピッツ流。その後の『明日とか未来のことを 好きになりたいな少しでも』も、「未来を信じたい」なんて直球には言わず、あえてちょっとぼかしている感じがします。「とか」あたりとか。


 あとは、過去の歴史と照らし合わせたりしつつ語っているファン向けのレビューを、すでにこちらにアップしています。もっとディープな内容が読みたい方はどうぞ。
posted by はじ at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月06日

スキマスイッチ「マリンスノウ」

マリンスノウ
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スキマスイッチ
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<その海を満たすのは、「絶望」ではなく「喪失感」>

 すっかりベテランの風格も漂いつつあるポップス職人ズのこの夏のシングルは、熱さのない、淡々と傷心の胸のうちを描いていくミディアムナンバーでした。

 彼らの楽曲における詞世界は、どれもきちんと計算されたうえで構築されています。今回も例に漏れず、『君のいない海で生きていこうとしたけど 想い出の重さで、泳げない』なんていうキラーフレーズを中心に、「君」を失ってからの悲しみを、海に沈んでいくさまになぞらえて、全体をそのテーマでまとめ上げています。
 一緒にいるのが当たり前だった「君」…というありふれた素材も、『空気みたいだと思っていた 失くしたら息苦しくて』と「海に沈んでいく」イメージに合わせられ、そのぶん斬新さも感じられます。こういう点、巧いなあと感心してしまいます。

 ところで、「君」を失ってしまった主人公を包んでいるのは、途方もない喪失感です。『感覚が鈍っていく 何も聴こえない 目を閉じてるかもわからない』と、どんどん閉じた世界へと進んでいく。それが、暗くて遠い「深海」へ沈んでいくというように表現されているわけです。
 海に沈んでいくような喪失感。こうした描き方は、ちょっと気になるところです。
 『溺れてしまうのかなぁ』という思考がありますが、かなぁということは溺れているわけではない。『藻掻けば絡まり』ともあるけれど、曲からは、あまり激しくもがいて絡まっている感覚は漂ってきません。絡まるからもがかない、くらいの印象。
 激しく抵抗するのではなく、『体がただ沈んでゆく』。
『群青に染まっていく』ようにじわじわと、『涙も叫びも深海がさらっていく』。重く苦しい想いは、静かに淡々と深まっていくのですね。

 曲調も、哀しさや絶望がどーんと主張されるようなものではないです。スキマらしいきめ細やかなアレンジで、激しさはなくむしろ盛り上がり過ぎないようにしているんじゃないかくらいの抑制を感じます。ここにも、「深海に沈んでいく」ような「喪失感」を描こうとする意図を感じるのです。

 諦めきれない気持ちは、しかし外には向かわず、ひたすら内側でくすぶり続ける。もう一度会いにいくとかたまらずに叫びだすとかといったアクションには移さないけど、ひとりいつまでも感傷に浸る…
 激しく苦しみもがく絶望ではなく、ひとりいつまでもひっそりと抱え続ける。これが、現代の若者の感覚に沿っているんだろうなあ、という印象を受けました。続きを読む
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2007年09月17日

スガシカオ「フォノスコープ」

フォノスコープ (通常盤)
スガシカオ
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<何もかもを求めようとするエゴの肯定>

 本名も「菅 止戈男」と書いてスガシカオの、22枚目のシングルです。

 タイトルの「フォノスコープ」とは、フォノグラフ=蓄音機とスコープ=望遠鏡や顕微鏡などの光学機械のふたつの言葉を組み合わせた造語なのだとか。音楽を目で観ることのできる何か、といったものでしょうか。
 ただ、楽曲の内容を読んでいくと、それだけではないようですね。『僕だけに聞こえる声で 君の言葉がほしい』とか『ふと感じ合う瞬間があればいい』とか…<音楽>を<観る>という以上に、もっともっと、いろいろなものを求めようとしているように感じます。

 スガシカオの楽曲の傾向として、エゴをエゴとしてありのままに出してくるという点が挙げられます。必要以上にキレイに描かないし、露悪的にもしない。だから、斜に構えているように感じたりクールに思えたりする印象が強いわけですね。
 今回は、特に曲調は、彼にしてはわりあいポジティブに明るくまとまっているような印象を受けます。が、実際はそんなに単純ではありません。
 上で述べたように、とても多くのものを求めようとする欲張りな面や、『耳打ちでそっと』「君の言葉」を欲しがる独善的な面。他にも、足を踏み出そうとして『けど理想ってどんなんだっけ?』と躊躇してしまったり、『だから永遠なんて言葉 抱きしめていたくない』と「永遠」という響きのいい単語を疑い頼らない辺りなんか、らしいなあと感じます。

 と、エゴイスティックな内容ではありますが、それはつまりとても素直に、率直に、人間の感情を描いているということでもあります。彼の楽曲の魅力は、きっとこういう部分なんだろうなあと。
posted by はじ at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月04日

湘南乃風「睡蓮花」

睡蓮花
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湘南乃風 MINMI Yoshitaka“Gakkey”Ishigaki SONPUB
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<詰め込みまくりの展開を生かす、楽曲のドラマティックなうねり>

 昨年の「純恋歌」のヒットから、だいぶスパンの空いた湘南乃風。お遊び系脳天気サマーチューンに見せかけて、やたらオリエンタルな歌い出し、そして緩急のある展開が続き、その中では相変わらず男臭いストーリーが繰り広げられたりしています。

 全長は7分以上。今までのシングルを見ても、彼らはやたら大作主義です(だからリリースペースが遅いのかも)。ただ長々とだらだら歌っているわけではなくて、かなり理知的に盛り上げ方を張り巡らせているあたり、MC業界においての「コブクロ」のような存在だなあと勝手に考えています。無骨さ、男臭さをぷんぷん漂わせているところなんかはもちろん全然違うので、イメージしにくいかもしれませんが。
 でも共通項はそこではないのです。「カラス」や「純恋歌」でも見せたような、ストーリー性のある歌詞世界。そしてそれだけでなく、その物語をドラマティックに盛り上げていく作り方。聴き手を感動させようとあれこれ考えを巡らせているなあ、と感じさせてくるという点において、コブクロと非常に近いなあと考えるのです。

 冒頭のやたらとオリエンタルな歌い上げに驚かされつつも、基本的にはハイテンションな「夏」に浮かれるサマーチューンが展開していきます。『めっちゃゴリゴリ』とか『「濡れたまんまでイッちゃって!!!」』なんて目立つ部分だけを抜き出すと、いかにも何も考えていない、この時期に毎年数曲出てくる楽曲群と何の違いもないように感じるところです。

 でも、途中にふっと暑苦しい音が抜けて『小せぇ声で「なんで俺だけ…」』なんていうつぶやきを混ぜ込んでくるのですね。まあ、これはこれで『泣き言なんて言えるか「馬鹿やろうが! 寂しくなんかねぇ!!」』みたいな暑苦しい叫びを導き出すのですけど…
 でも、ただ夏!遊びまくり!といった内容かと思わせておいて、一回さくっと落とす。そこで、「君」という存在をクローズアップして、『やっと出会えた』と口にするところまで持っていき、またサビにつなげ、テンションを元に戻す。そうすると、同じ熱気に包まれたサビでも、初めとは違った味わいが出てくるんですね。

 で、それだけなら、まだ一般のJ-POPでもよくあることです。2コーラスが過ぎた後のCメロ(大サビ)⇒サビのリフレイン、みたいな流れで作ることはできますから。
 この曲の場合はさらに、もう一回この「落としてから盛り上げる」動きがあるんですね。『夏の日差しが眩しすぎて』に始まる一節は「君」こそ出てこないものの、『睡蓮とともに…』とタイトルにもなっているモチーフを出してみたりして、ちょっと翳りを含みながら真摯なメッセージを発しています。
 加えて、先に言ったように冒頭はスロー&オリエンタルで、ラストはサビ以上に畳み掛けてくるコーダ部分まであったりして…その後のアウトロも長いときたもので。これでもかというくらいに盛りだくさんなのが、お分かりいただけるでしょうか。これだけ詰め込めば、そりゃ7分かかるってもんです。

 ハイテンション全開なテンションと真剣なメッセージのバランスとか、冒頭と「睡蓮」のモチーフがあんまり生きていないかもとか、あれこれ手を広げすぎて拙くなっているような気もするのですが…それでも、ドラマティックな展開を作り上げて聴き手を揺さぶりまくるという点に関しては、ものすごくこだわってやっているなあ、と感じます。
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2007年07月25日

スピッツ「ルキンフォー」

ルキンフォー
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<「カッコイイ」に傾きすぎないように、あえて選ぶ「カッコ悪さ」>

 スピッツ32枚目のシングルは、お得意のミディアムテンポで進むバンドサウンド。前作の「魔法のコトバ」が映画タイアップだったこともあるのかかなりキラキラとポップなアレンジになっていたのに対し、こちらはかなり硬派に鳴らしている印象です。
 内容も、ラブソングというよりも、『どこまでも 続くデコボコの/道をずっと歩いていく』と、彼らにしてはストレートなメッセージを感じる内容になっています。

 タイトルは「looking for」=探す、という意味なのでしょう。英語表記ではなくあえてカタカナになっているのは、なぜでしょうか。まあ草野正宗の独特な表現方法と言ってしまえばそれまでです。英単語をあまり使わない縛りを課している、というのもありそうです。
 でも、あえてカタカナにする、あえて「カッコ悪い」と思われがちな表記にすること、それこそが目的なのかなとも感じます。たとえば別のところでは『ノロマなこの俺も/少しずつだけれど 学んできたよ』と言ってみたり、『モロく強い心』を抱えていたりするんだと書いてありまして。
 自らのスタンスを宣言するメッセージのこもった歌ではあるけれど、自分はそんなに優れた人間ではないし、ひたすらマジメに語りかけるのも少し照れくさい。そんな感覚が、「俺」にダメな部分があることを曝け出しつつ、それでも少しずつ成長したり強く在ろうとするんだ!みたいな表記に繋がっているんじゃないかなと。「ルキンフォー」とダサめな書き方をすることも、例外ではないんじゃないかなと思うのです。

 「不器用な自分」を語ることも「カッコイイ」の側に入ってきている感のある現代ですが、スピッツの場合は、さらにカッコよくならないよう注意を払っているように思ってしまいます。
 『誰にもまねできないような』生き方をすることは個性重視時代ど真ん中の主張ではありますが、その前にあるのは『めずらしい 生き方でもいいよ』というフレーズ。「めずらしい」という単語をあえて選ぶところに、オリジナリティだけじゃなく、「カッコよくなりすぎないように」という配慮(あるいは弱気さ)を感じるのです。
 『届きそうな気がしてる』という、「届く」もしくは「届いてみせる」と言い切らない態度もまた同じです。もっともこれは、「届きそう」と次の状態を示唆する言い方をすることで、聴き手の想像力を押し広げる余地を作る効果もありますが。
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2007年07月24日

SEAMO「Cry Baby」

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<いかにして聴き手を「泣く」行為へと導くか>

 昨年ロングヒットし知名度を上げる足がかりとなった「マタアイマショウ」に繋がるような、「泣き」系統のヒップホップバラード。
 なんだかんだでほぼ全編のメロディに音程があります。そして、韻を踏むのにもほとんど執着はしていない感じ。韻と言うよりは、対句のように文章を揃えていくくらいの箇所もあります。もはやこの類の楽曲に関しては、もともとのヒップホップとはすっかり違う文化として根付きつつあるので、オリジナルの名前が必要な気もしますね…

 こういう歌はやっぱり、いかに泣かせるか、感動させるかがポイントになってきます。そのために必要なのは、何よりも「共感」。聴き手が受け入れられるメッセージかどうか、そしてスッと入っていくような見せ方ができているか。その辺りに気を配るのが「共感」を導く秘訣です。

 『そう、思えば いつも僕は 無理に笑ってた』と一人ごちてみせるのは、聴き手を「僕」に重ね合わせてもらうためなのでしょう。愛想笑いというのは、まあ誰でもしていることです。かつ、「本当の自分」が重宝されるこの時代では、あまりよくないこと/正しくないけどついしてしまうこと、という位置付けのものですよね。
 笑いたくないけど笑っておく。すべての人が抱えているモヤモヤを、「僕」がふと気がつくという見せ方をすることで、すっと掬い上げているわけです。

 そして、全ての人を射程圏内においてから、『Cry Baby 今日は我慢せずに 泣いてみな 思いっきり』と呼びかける。今度は聴き手側と同じ目線の「僕」ではなく、真っ向から相対して呼びかける姿勢を見せています。
 ここも「僕」視点でたとえば「泣いてもいいんだ」としても自然ですが、それだとあくまでも「僕」の主観的な考えになります。自分の感じる苦しさ辛さを、自分で処理するという見え方になるわけですね。そうではなく、あえて「泣いてみな」と別の角度から呼びかけることで、自己完結せず他人に認めてもらえるんだ、と感じさせることができるわけですね。

 泣くという行為は、どうしてもブレーキをかけてしまうものです。そこを、まずは同じ「僕」目線で「無理に笑う」行為を拾い取り、共感を促す。その上で「泣いてみな」と今度は正面から呼びかけることで、泣いてもいい、恥ずかしくない、と感じさせる。ふたつの段階を踏んで、泣くことへの障壁を崩そうとしているわけなのですね。
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2007年05月18日

SUEMITSU&THE SUEMITH「Allegro Cantabile」

Allegro Cantabile
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<音楽世界のイメージを、音と言葉で伸びやかに広げていく>

 昨年ドラマで放映され好評を博し、大人気少女漫画からさらに一般層に広く浸透した「のだめカンタービレ」。7年ほど某楽器をやっていた関係で、クラシックもある程度は聴く自分としても、流行っていくのが嬉しい作品だったりします。でも、そろそろホルンをクローズアップしてほしい…
 とにかく、ドラマの勢いに乗ったまま今年はアニメ版が放映されていまして。そのオープニングテーマになっているのが、この曲なのです。

 SUEMITSU&THE SUEMITHという不思議なアーティスト名ですが、後ろのTHE SUEMITHはサポートメンバーによる可変バンド…つまり曲によって変わっていくバックバンドというような位置づけらしく。ピアノ&ボーカルを務めるSUEMITSU=末光篤+α、という形なわけで、実質ソロユニットという理解でよいようです。
 「グラインドピアノロック」を提唱し、ピアノを駆使してクラシックとロックの垣根を越える活動を目指しているとか。なんというか、この「のだめ」テーマにするはこれ以上ないくらい適した人材だなーという。

 タイトルは「快活に、歌うように」という意味のクラシック用語。まさに、ピアノの音色が華やかに軽快なバンドサウンドに乗って流れていくような一曲です。
 こういうの個人的には好きなタイプ。ユンナ「ほうき星」を彷彿とさせます。

 歌詞は、とにかく至るところに音楽用語が散りばめられています。『終わり無きクレッシェンドは深く/誰かの元へ向かう』とかは誰でもわかりやすいところです。でも『88の場面の中に』『三度を重ねここに響かせて』『インテンポで躓いて』あたりは首をひねる人も多いのではないかなと。
 ちなみにそれぞれ、「88」はピアノの鍵盤の数、「三度」はいわゆる「ハモる」ことができる音の幅、「インテンポ」は音楽が一定に流れること。一人一人たくさんの場面、寄り添いあい響きおうとする意志、ひるまずずっと進んでいたら何かに足をとられた…といった意味合いになるわけですね。
 『悲しみは積み上げられたエチュード』なんて表現、好きですねー。エチュードとは練習曲のこと。美しい人生の音楽を奏でるためには、悲しみを重ねることが重要なのです。

 こうして音楽用語を効果的に使いまくりながらも、そこに表されるのは明確なストーリーではなく、抽象的なフレーズだったりします。結局何が言いたいんだ!?と困ってしまう人もいるかもしれませんが、変に細かく意味を追わず、音に囲まれた素敵なイメージを思い浮かべるのが正しい楽しみ方なのかなと。
posted by はじ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月01日

セントバーナード「綿毛」

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セントバーナード
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<現代的なメッセージを織り込んだ、少し切り口の違うモチーフ使い>

 最近の春先は、どうも「桜」がテーマの楽曲が目立っていて、その他の花があんまり注目されていない傾向があります。そんな中、タンポポをモチーフにした楽曲をご紹介。セントバーナードという新進3ピースバンドの最新シングルです。

 こちらも春を象徴する花ですし、数多くの歌が作られているので、斬新さには欠けます。しかし、この曲はちょっと着想がひねってあります。
 サビの最後、『真っ白な綿毛はまた新しい場所で 強く根を張り花を咲かすでしょう』と、これだけを読むと、ありきたりなメッセージソングそのままですよね。しかし、その前には『たとえ乗る風が あなたのため息だったとしても』という一文があるんですね。
 ため息もまた「風」として、綿毛を飛ばし、新しい命に繋げることができる。つまり、辛いことや苦しいことがあっても、それは新しい何かに繋がるきっかけになるんだ、というメッセージとして受け取ることができるわけです。

 失敗しても次があるさ!と真正面からぶつける励ましじゃなく、ワンクッション置いたこのさりげなさが、ありがちな「綿毛」というテーマへの切り口を少しだけ変えてみる工夫になっています。また、『ふわふわ漂って生きることも/怖がらなくていいよ』というフレーズも合わせて考えると、暑苦しすぎない現代的なメッセージの投げ方なのかもしれません。
 まあ、とはいえ「綿毛」なので、もちろん最終的にはどこかに落ち着くことを想定しているのでしょう。いつまでもフラフラし続けるんじゃなく、『見果てぬ遠くで花を咲かせましょう』と、最終目標はきちんと示されています。
posted by はじ at 17:08| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月02日

スキマスイッチ「アカツキの詩」

アカツキの詩 (初回限定盤)(DVD付)
スキマスイッチ
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<「君」への後悔で眠れない夜が、さらっと表現されている理由>

 アルバム先行シングルの今作は、ベタつかない爽やか仕上げのミディアムテンポな一曲。過剰すぎないけれど、かといって耳に残らないような印象の薄さもない、いい具合のアレンジ。このくらいの完成度はもはや当たり前のようにすっと出してきますね。

 そんな爽やかな曲調に乗るのは、後悔ばかりの眠れない夜だったりしていまして。『守ろうとした 手のひらで 握りつぶしてしまうよ』などなど、ストリングスを利かせて歌い上げまくってもいい内容だったりします。
 でもそうしないのは、こうしたサラサラなアレンジを選んだのは、そこまで重く聴かせたくなかったからなんでしょうね。軽い歌い方も「〜だなあ」という独り言口調も、そんな雰囲気を裏付けています。

 この歌詞の展開を読んでみると、はじめから「君」とうまくいかなくなってしまったという後悔、深い悲しみが、どーんとあるんじゃないんですね。それは、なんとなく眠れない夜の中で、ひとつひとつ思い当たっていくことなんです。
 まず、『もう ずいぶん経ったなぁ』と寝付けない自分に気がつく。それから、「君」の温もりを思い出す。そこからするすると、二人の関係が『揺らぐ バランス』になってしまったことから、『本当に堕ちていったなぁ』と思い返してみるわけです。
 1コーラスはそんな風に、ダメになっていってしまった二人について思い返していく過程。そして2コーラスでは、具体的なエピソードを回想するようになっていく…と、長い夜の中で、順を追って思い出しているわけです。最終的には『思えばそうだ』とよくなかった部分に思い至り、『ぎこちなくてもいいから そっと 抱きしめられたなら』と考えるに至る、と。

 ということで眠れない夜の時間の流れをたどることができる内容になっています。ぐだぐだと寝床で考えてしまうときの、あの感覚。そして、つらつらと過去を思い浮かべていくうちに、後悔も混じってくる。やり直したい、という思いも募る。
 そんな静かにじわじわと迫ってくる感情を出すために、あえて淡々としたアレンジを採用したのではないのかなあと。

 で、時間の(淀んだ)流れのあるこの曲、最後は『夜が 少し、動き出していた』で閉じています。タイトルにもある「アカツキ」には、まだ時間がかかりそうな印象。これは構成をミスったのか…とは思いません。曲はそこで終わっているけど、「僕」の眠れない夜はきっと「アカツキ」の時間までだらだらと続いていってしまうんでしょうから。
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2006年10月27日

SEAMO「ルパン・ザ・ファイヤー」

ルパン・ザ・ファイヤー
BMG JAPAN
SEAMO, Naoki Takada, Shintaro “Growth” Izutsu, Takahito Eguchi, LEMS

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<憧れの存在と自らを混ぜあい奮起させ、そこから紡いだ生きざまを投げかける>

 前作「マタアイマショウ」がかなり息の長いロングヒットとなっていたSEAMO。静かな話題となっていた彼が、続くこの曲で誰もが知っているルパン三世のテーマをフィーチャーし、その話題性を表にまで拡大してきました。今年の台風の目となった一人と言えるでしょう。

 ルパン三世のテーマが満遍なくたどられていて、かつ各キャラクターの声も入ってきたりと、かなりルパン色を出しています。それは歌詞の端々にも表れてはいるものの、完全にルパンをリスペクトし称えているのではなく、ラッパーである自らにも重ねるように描いています。この曲の主人公は『狙った獲物は逃がさない それがなんだろうと 大泥棒』であり、『ファイナルステージだ天王山 お前と勝負の演奏だ』とライバルを名指しするミュージシャンでもあるわけです。
 SEAMO本人もルパンへのリスペクトの念があってこの曲を作るに至ったそうですから、憧れの存在と自らを同一化させることでHIPHOP的アピールの威光を強めているわけですね。こういうのも一種のコスプレというか、ロールプレイというか、まあサンプリングと自己アピールの園であるHIPHOP業界にはこの種の曲はちょうどいいのかもしれないなあと。今後もあるいは増えていくかもしれませんね。北斗の拳とかキン肉マンとか…トンガリキッズ「Bdash」はこの手に近そうで、そうでもない気もしますが。

 『僕が欲しいのは物じゃない/I steel your heart』なんかはうまくルパンらしさと融合しています。なんだか全体的に女性へのラブコールが多いですが、それもまあルパンらしいっちゃそうです。ただ、なんというかマトモ過ぎる生き方になっていたりとかして、ちょいと違和感があったりもします。『愛すべき仲間や家族がいる』とか、仲間はともかく家族はちょっとなあ、とか。『世界で一人の最愛の 君自身に気持ち伝えたいよ』もルパンだったら言わないだろう、とか。
 逆にそういう言葉が入っていることで、単純なルパンリスペクトでもなければコスプレ的同化にとどまるわけでもない、こういう生きざまをリスナーに誇示し奮い立たせる、みたいな意図があるんだろうな、ということがわかります。仲間や家族のために頑張れよ、という。
 このあたり、最後に「いいメッセージ」に落とし込もうとする最近の詞の潮流が影響しているのかなあとも思ったり。ルパンのイメージで聴くと、ぎこちなく感じる部分もあるでしょうね。
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2006年07月11日

スガシカオ「19才」

19才
BMG JAPAN
スガシカオ, 屋敷豪太

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<中途半端な年齢であるからこその、歪み屈折した夢と希望の志向>

 この春、KATTUN「Real Face」の作詞をして話題を呼んだスガシカオですが、自身のリリースしたこの曲もまた、「Real Face」とは真逆の位置から若者を描いたかのような、なかなかの問題作です。


 妖しげな雰囲気ぷんぷんに構築された音の中で、『あなたのキスで/もう身体も脳も溶けてしまいそう』と、官能に溺れる「19才」の少年。さて、この主人公の「僕」はなぜ、19才というなんとも微妙な年齢でなければならなかったのでしょうか。
 それは、その「なんとも微妙な年齢」だからこそ、なのではないでしょうか。

 十代は若さと青春を謳歌するものだ!というイメージが一般的にはあります。そして、いわゆる「青春ど真ん中」というと、それはおそらく「19才」ではなく、はたまたローティーンでもなく、その間…16〜18才あたりを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
 それは、青春ドラマやスポーツ・恋愛漫画の多くが高校を舞台にすることからも、市民権を得ている共通感覚だと思います。
 歌もまた例外ではなく、たとえば『伊代はまだ 16だから』の有名なフレーズで知られる松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」は砂浜を恋人と二人で走るというお約束な青春風景が語られています。また尾崎豊「17歳の地図」には、大人や社会や周囲の全てに苛立ち若さをもてあます少年の姿が描かれています。18才は、言わずもがな「卒業」をテーマにして大量の歌が作られていますね。また、一般家庭を基準に考えれば、地元を離れ東京に働きか勉学かで出てくる「上京」の歌もまた、この年齢ならではの曲ばかりと言えるでしょう。

 ではそれを踏まえて、「19才」とはどんな年頃なのでしょうか。はるばる田舎を離れ上京してきたはいいけれど、都会暮らしはなかなか大変だ…と思い始める時期。もしくは、あちこちの誘惑に負けて、身を持ち崩す日々。少し前までは大人に反抗していられたけど、気がついてみたら自分もまた汚い大人の仲間入りをする時が近づいてくる頃。高校の青春真っ盛りは過去のこと、大学でモラトリアム期間をすり潰す毎日…車の免許も取れるしパチンコもできるし18禁のビデオも大手を振って観ることができる、結婚だってできるけど、タバコはダメ、お酒もダメ、20歳までは何かと親の許可が必要…そんな中途半端な時期。まさに『宙ぶらりんな ユメ 19才』、大人と子供の境目で浮遊している年齢だ、と言えるのではないでしょうか。

 上の話を踏まえると、19という微妙な年齢は、『くだらないって言わないで』みたいな言い方にも実は隠れていたりします。
 『クロアゲハチョウのように/誇らしい羽根で飛びたい』と願うことを、くだらないと思いつつも、くだらないと思われるかもと考えつつも願ってしまう、この力加減。「くだらない、なんて思いもせず信じられる」ほどの純粋さはなく、「たとえくだらないと言われようと、俺はやるぜ!」と言い切れるほど尖ってもいないし、人目を気にせずにいることもできない。でも「くだらないから、くだらないと言われるからやめよう」と諦めることもまたできない…
 そんな間に挟まれて、『くだらないって言わないで』という言葉があるのではないでしょうか。

 おそらくは年上(=大人)の「あなた」に対し、余裕なんかまるでない『何ひとつできないぼく』。快楽に翻弄されつつ、乱れる心を屈折させつつ、それでも誇らしく飛ぶ日を夢見ているわけです。
 チョウに自らを重ねるのは、キレイなイメージで羽ばたきたいのか、それとも、蜜を集めたい(=性に溺れたい)のか…ここをどう取るかで全体の印象もまた違ってくるのではと思います。とはいえ、『誰からも愛されたい』というこの思いは、単純に性愛だけからは出てこない感情だと思うのですよね。快楽的なだけではなく、19歳の少年が内側に抱える閉塞感そのものを振り払おうとするかのような、そんな意志があるんじゃないかと。
 なので、個人的な感触としては、そこまでドロドロに徹している歌だとは感じませんでした。一見は異常とも思われるこの詞の世界ですが、実際のところはむしろ19の少年らしい普通の感覚を、ありふれた望みを描いているのかもしれません。

 なんにせよ、スガシカオに関してはやはりこういう屈折や毒や倦怠がどこかに利いてこそ、忍ばせていてこそだなあ、とつくづく。若者の心情って、ただ爽やかでわかりやすいだけじゃないぞーという。
 今度は嵐もプロデュースということで、そのうちジャニーズがスガシカオの毒にだんだん汚染されていったら面白いなあ、とか妄想してみたりも。
posted by はじ at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

SEAMO「マタアイマショウ」

マタアイマショウ
BMG JAPAN
SEAMO, Naoki Takada, Shintaro “Growth” Izutsu, Takahito Eguchi, SEAMO feat.RYUTA&Mountaineer Chef, RYUTA, Mountaineer Chef, Hiroto Suzuki

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<もう逢えない、でも/だからこそ「また逢おう」と呼びかける>

 さりげなくロングヒットしている哀愁系ヒップホップサウンドの楽曲。ラップ部分で切ない気持ちを滔々と語り、フック部分は提携のフレーズと耳に残るメロディラインで印象付けるといった構成も、W→X→Vm→Ymというコードのループも、すでにそれほど珍しいものではありません。が、こうしてじわじわと売れ続けているあたり、やっぱり需要が高いんだなあ、という気がします。

 『この手を離せば もう逢えないよ 君と/笑顔で別れたいから言う/マタアイマショウ マタアイマショウ』。
 離れ離れになる二人。悲しくて寂しいけど、でも最後は笑顔で別れたい。すごく切なくてキレイなシチュエーションで、どうも最近「別れ」をテーマにしたものではこのタイプの楽曲が目立ちます。
 実際のところ、現実ではこういうシチュになることってそうそうないですよね。普通もっとドロドロするもんだと思うし、後から思い返すならまだしも、まさに最後の場面で「あなたに出会えてよかった」と言い切るくらいのことって、なかなか出来ないと思うのです。
 だからこそ、こういうキレイなお別れの描写に、人は憧れるのでしょう。この曲の場合、『僕はとっても幸せでした(私もとっても幸せでした)』と視点の男性側だけでなく相手の女性側からのレスポンスもあり、非常に円満なというか、お互いわかりあっていることが示されている分、でも離れ離れに…という状況がより悲劇的で切ないものになるわけです。

 タイトルのカタカナ表記は、実はただ変わった書き方で興味を引くとかだけではなくて、ちゃんと意味があります。
 別れても「この先またいつかどこかで会えたらいいな」と無邪気に思い描く歌は多いです。そういう歌は、「また会えたらいいな」という希望を持つことで、相手への思いの深さだとか、別れの切ない想いを切り替えるための、前に進む原動力のような意味合いになってくるものです。
 しかしこの曲はそうではなく、本心では『わかってる きっと逢うことないって…』と、シビアに考えています。でも、「君」には「また逢いましょう」と言う。「笑顔で別れたいから」こそ、思ってもいないことを口にする。だからこそのカタカナ表記なのだと思いますし、そこにはなんとも言えない、「また会えたらいいな」とストレートに思う心情とはまた別種の、より胸を締め付けるような切なさが込められているのだと感じます。

 このSEAMO、元々はシーモネーターという名前で活動していた人。ヒップホップでひたすらエロ全開な内容の歌を歌っていたようですが、名前を変えて方向転換されているようです。この曲のような方向性は需要はあるものの、楽曲単位で流行りキャラが定着しにくいところなので、以降の活動に注目したいところです。
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2006年05月24日

湘南乃風「純恋歌」

純恋歌
トイズファクトリー
湘南乃風, Soundbreakerz

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<現実感を出しつつ徹底的にドラマティックに盛り上げる、濃厚こってり系感動ソング>

 この春の大ヒットソングとなったこの曲。
 レゲエとヒップホップを基調とし、そこにストリングスで盛り上がる展開を作り上げ、男臭くストーリー性のある詞を乗せる…という手法は、「カラス」でも見られた彼らの音楽の特色になっているようです。
 主人公は、不器用な男。こういう設定だと、単純なラブソングでも、好きだなんだは柄じゃないし照れくさい、けれどお前相手ならマジで言いたい、みたいな「ギャップ」が生まれます。
 そんな男が『嬉しくて嬉しくて 柄にもなくスキップして』というところなんかは、ウルフルズ「バンザイ〜好きでよかった〜」の一節『コンビニをうろうろしながら/思い出し笑いをかみ殺す』を想起させます。男臭い感じ。まあこちらのほうが『自分勝手に怒鳴りまくって/パチンコ屋逃げ込み』と、多少ガラ悪いですが。まあその分「お前」への気持ちは純粋なんだということ、またそんな「俺」の側にいてくれる「お前」の優しさや包容力を際立たせていたりもするわけです。

 友人の彼女の紹介とか、大貧民とか、『変なあだ名で呼ぶなよ/バカップルだと思われるだろ』とか、なんというか現実にありそうなディテールも特徴です。こうした明確な現実感を持たせず、キレイな描写や抽象的な表現で非現実的な世界を構築する歌のほうがずっと多いですが、リアルさを盛り込もうとあえて取り入れているなあという気がします。
 それだけじゃなく、桜とか夜空の星とか、きちんとキレイなものも取り入れているあたり、ちゃんと心得ているなあと感心します。くどいくらいのストリングスも同様で、現実の質感を重視しつつ、きちんとドラマティックな仕立ても忘れない。この点で、男からの直球求愛&レゲエとなんだか傾向的に似ているなあと感じた三木道三「Lifetime Respect」よりも、ひとつ上を行っているなあと。

 総じての詞の完成度としては、個人的には完成度は前作「カラス」のほうが高かったように思いますが、イントロの美しさと高音から入る冒頭部分のツカミは間違いなくこちらのほうが強いなあ、という印象。この手の感動系の歌は特に、まず興味を引き付けられるかどうかというのが非常に重要ですから。

 ストーリーがあって、不器用だけど「お前」に素直に伝えたい「俺」がいて、現実感とドラマ性がある言葉を両方取り入れ、ストリングスで思い切りベタに盛り上げる…実にてんこ盛りです。これだけ真っ向から感動させようと作っていると、やっぱり強いなあと。まあ、ベタがニガテな人、ここまでやられると胸焼けしちゃう人というのも当然いるとは思いますが。
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2006年05月20日

SunSet Swish「マイペース」

マイペース
ミュージックレイン
SunSet Swish, 石田順三, 坂本昌之, 冨田勇樹, 蔦谷好位置

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<マイペース?体育会系?数え歌方式の効果>

 最近は新しい名前や曲を覚えるのもなかなか大変ですが、こちらは頭の『一つ、数えて進めばいい』がインパクト大で、すぐ頭に入ってきました。ただ掛け声を入れるだけでも印象に残りやすいものですが、それをひとつふたつと数えることで、より聴き手を引き込みやすくなっているわけですね。
 数え歌というのは覚えらやすいものです。「一つ、人の世の生き血をすすり…」とか、「いっぽんでもにんじん/にそくでもサンダル」とか、「ひとつふたつはないけれど、みっつみぎにもはげがある」とか、これはもう非常にキャッチーなわけです。

 数え歌なやつだけでなく、曲中にはもうひとつ『オフェンス!』という掛け声もあります。なかなか珍しいタイプです。『苦しい時にこそ声を出していこう』と続くと、中学のバレーボール部時代によく言われたなあと思い出します。体育会系ノリですが、でもこれってまさにそうなんですよね。弱気にならないように自分を奮い立たせるわけです。

 そういう体育会系なノリもありつつ、ラップっぽく軽く韻を踏みつつ歌ったと思いきや、ゆったりとメロディアスな部分もあり。くるくると曲調が変わりますが、ボリューム感はあるにせよちぐはぐな感じはしないし、どこも頭に入って来やすいつくりですね。ヒップホップの一部が段々歌モノに近づいてきているように、歌モノだけどラップに近い曲、という印象があります。

 よくできた曲だなあと思います。ひとつ気になる点を挙げるなら、『オフェンス!』と攻めの姿勢でぶつかっていくことと「マイペース」は果たして両立するものなのか?ってこと。周りを気にせずにやれ、って意味では共通しているものの、若干違和感があります。まあ、そんなことをあんまり気にして聴くのもなんですね。とりあえず声を出していきましょう。「ひとつ!」「オーフェーンス!」
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2006年05月13日

スキマスイッチ「ボクノート」

ボクノート
BMG JAPAN
スキマスイッチ

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<複数の要素を絡めて展開させていく、緻密な構成づくり>

 スキマスイッチ、「雨待ち風」に続くシングルは、暖かみを感じさせるミディアムバラード。詞・曲ともに、細かい部分まで考え込まれて作られているのがよくわかる作品になっています。

 曲の中には、緩やかなストーリー展開があります。それはネガティブ→ポジティブという非常に基本的な流れではあるものの、複数の要素を組み合わせて展開されていたりして、非常に緻密です。

 まず、「雨」→「晴れ」の流れ。
 曲は『耳を澄ますと微かに聞こえる雨の音』で始まります。静かに始まるイントロやメロの入りも合わせて象徴しています。それが、後に示すメッセージの展開と絡み、悩みから抜け出したことに重ねて『空は泣き止んで雲が切れていく』→『光が差し込む』と示されていきます。

 次に、いちばん重要なコアメッセージの展開。
 主人公「僕」は自分の気持ちを言葉にしようとしています。が、なかなかうまくいかない。『考えて書いてつまづいて消したら元通り/12時間経って並べたもんは紙クズだった』と、タイトルにもある「ノート」を感じさせつつ、自己表現の難しさをまずは述べています。それは1コーラスのサビで『今僕の中にある言葉のカケラ』が『喉の奥、鋭く尖って突き刺さる』とあるように、「苦しみ」として歌うわけです。
 ただ、悩んでいた1コーラスが終わり、2コーラス目に入ると、『迷い立ち止まった自分自身も信じていたいな』という視点が出てきます。そして、あれこれ考えて動けないよりも『抱えている想いをひたすらに叫ぶんだ』と、吹っ切れるわけです。空が晴れていくのに沿って、「苦しみ」だった「言葉のカケラ」は、迷わないでどんどん形にしていくことで『一つずつ折り重なって詩になる』と歌われます。

 ここに、さらに「君」の存在が加わります。
 そもそも「僕」が悩んでいるのは「君」に想いを伝えたいからでした。『僕のいるこの場所は少し窮屈だけど』、それでも前を向けるのは『君の声がする』から。吹っ切れて想いを叫ぶ先には、『その声の先に君がいるんだ』『ありのままの僕を君に届けたいんだ』と、やっぱり「君」の存在を見ているんですね。

 全体的には、とても内省的な面が目立つ歌です。しかしそこに要所要所できっかけを与えているのは「君」の存在で、「ボク」の心境が中心に据えられていながらも、きっちりラブソングとしても成立するような作りになっているわけです。
 自己を見つめるメッセージソングって、「恋愛」要素はとりあえず入れておかなきゃ的な、おざなりな引き出され方をするパターンが多いんですけど、その辺りきっちり配慮している感じがします。
 さらに、そこに「雨/晴れ」という情景描写を用いることで、単に頭の中だけで考えているような抽象的世界にとどまらず、映像的な広がりを加え曲展開を彩ることもしているわけですね。ラスト近くに『この声が枯れるまで歌い続けて/君に降る悲しみなんか晴らせればいい』というフレーズがあいますが、これは「僕」の吹っ切れた意志、「君」への想い、そして「晴らす」という単語を使うことで、天候の移り変わりにもかぶせているわけですね。この詞の要素がここで凝縮されていて、非常にテクニカルなフレーズと言えるでしょう。

 ちょっとだけ残念な点を挙げるなら、『微かに聞こえる雨の音』…『確かに聴こえる僕の音』…「ボクノート」のつながり、はじめはおおっ!と思ったんですよ。「聞こえる」「聴こえる」とか芸が細かいですし。が、この「僕の音」=「心臓の鼓動」が、直接どこかにかかってはいかないのですね。鼓動のリズムに合わせてこの想いを歌う!みたいな一語があったら完璧だったかも、と。
 とはいえ、普通の倍くらいは濃い緻密な構成になってます。そこをミスチルばりの口語調での語り方や自然な展開で、一見そこまでスゴくないように見せかけているのもいいですね。クドくて胸焼けする、ということもないバランス配分。やっぱり次世代のポップスユニットですよ、この人たちは。
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2006年01月01日

サンボマスター「全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ」

全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ
ソニーミュージックエンタテインメント
サンボマスター, 山口隆, 阿久悠

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<全てを受け入れ、全てをさらけ出すために選ばれた「タンバリンの響き」>

 サンボマスターは、現実的な歌を作ります。
 たとえば多くの歌が素晴らしい未来を描き、そこにたどり着こうと呼びかけたりするわけですが、彼らははっきりと『夢に描いた景色など 君の前じゃ捨てちまうのさ』と言い切ります。理想を追い求めることよりも、「君」といる今このありのままの現実を進んでいこうとしているんですね。未来に希望を見いだすというより、現実で精一杯のことをしていく。そんな姿勢がはっきりと打ち出されています。

 さて、そんな現実を踏みしめるこの曲ですが、なぜ鳴らすのは「タンバリン」なのでしょうか?
 なんとなく「トライアングル」ではダメそうな感じです。じゃあ「大太鼓」ではどうだろう。「トランペット」のファンファーレのほうがカッコよくていいんじゃないか…とか、いろいろ考えてみることもできます。なぜ、タンバリンが選ばれたのでしょうか。

 タンバリンというのは、裏表のない楽器です。や、もちろん叩く方が表ではあるんですけれど、そういう意味じゃなくて。「叩けば鳴る」そんな明快さがある楽器なわけです。何の技術も感情も入る余地はなく、叩けば鳴らすことができる、と。
 もちろんいろいろな鳴らし方のテクニックは存在するんだけれども、「誰にでも鳴らすことができる」というイメージがある楽器だと思うんですよね。また、打楽器の中でもポピュラーで、どこにでも持っていけるコンパクトさ、明るい音だという印象もあります。「賑やかし」に効果的である、踊りながら打ち鳴らすこともできる、なんていうのもポイントかもしれません。
 というわけで、彼らがこの曲で『鳴らせ鳴らせ心の声を』と歌うとき、「すべての人に」「悩んだりしないで」「明快な音を響かせろ」というメッセージを伝えたいがために「タンバリン」という楽器を選んだんじゃないか、と思うわけです。
 「すべての夜とすべての朝」や『真白の雲と真っ黒な闇』『ずっとキレイなもの ずっとキタナイもの』の両面をありのまま受け入れるための、裏も表も感じさせないシンプルでまっすぐな響き。『本当さ ウソじゃないのさ』と主張するように、その音には何の意図も偽りも入る余地はなく、すべてをさらけ出さざるを得ないわけです。
 『心の声』や『悲しみの過去』などを包み隠さずさらけ出そうというこの歌において、タンバリンは重要なイメージを担っているモチーフなのですね。
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2005年09月24日

SMAP「BANG!BANG!バカンス!」

BANG!BANG!バカンス!
ビクターエンタテインメント
SMAP, 宮藤官九郎, コモリタミノル, タカチャ

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<文章上とメロディライン上での「笑い」のテンポの違い>

 ええと、ネットあちこち回っていると「歌詞が寒い」などと割と評判悪い感じなので、ここはひとつ頑張ってフォローを入れてみよう、と思います。

 まず第一に、自分はこういうおバカな方面に突き抜けた歌詞が嫌いじゃないです。この曲は「世界に一つだけの花」の大ヒットでついたシリアスなイメージを揺り戻す、という意図がありありと透けて見えるわけですが、だったらやっぱりこれくらい派手にやってくれないと。
 前作「友だちへ 〜Say What You Will〜」が出たときは、このまま大人っぽく含蓄のある路線に行ってしまうんじゃないかと思い、ちょっと寂しかったものですが…また「青いイナズマ」とか「Shake」とか、そういう変な曲を出してほしいなと思っていたので、単純に嬉しかったです。

 で、ひと時のメッセージソング・ブームの最たるものだった「世界に一つだけの花」から、またポップな方面に戻ってきた、という姿勢も評価できます。このブログで繰り返し言ってきましたが、何の主義主張もない、ひたすらポップな路線が再び息を吹き返している…というのが自分の見解で。商業的に「売れる」歌を作るという命題のあるアイドル業界で、その代表格であるSMAPがメッセージソングからこういうバカ騒ぎ曲に移行している、というのは、自説の裏付けをしてくれていることでもあるわけです。

 楽曲も、かなり凝ってると思うんですよねー。作曲のコモリタミノル(小森田実)は『SHAKE』『ダイナマイト』『らいおんハート』を手がけた人で、そっちにも言えるんですがとにかくちょっと真似できないメロディラインを書く人です。独特なリズム感を持ったかなり稀有な才能だと感じるんですが、それにしたって今回は実に難しいです。サビはまだともかく、メロとか相当歌いづらいですよ、これ。

 あんまり評判のよろしくない、能天気な宮藤官九郎の詞も、別に悪くないと思うのですよ。前述のようにこれくらいバカやってくれると楽しいですし(同じことはモー娘。をはじめとするつんくファミリーにも言えますね)『スーツで海に飛び込んで』『海パンで国際線乗っちゃって』とか、バカだなーって非常にわかりやすく絵が浮かびます。


 …では、何が問題なのでしょうか。
 それは、この詞の持つ面白さが、今ひとつ「音楽」という形態にそぐわない部分があるからだと思います。特に「笑い」というのは、少し見せ方が違うだけで変わってくる微妙なものですし。

 例えば、去年ウダウダと『バイクの免許欲しいな』と言っていた、というのが1コーラスで示されるのですが、これは2コーラスでそっくりそのまま繰り返され『(まだいってんの?)』とコーラスが入ります。これ、お笑いでよく利用される蒸し返しのテクニックですよね。漫才とかでも、これを効果的に使えるコンビは面白いです。
 なんだかんだ言ってるうちに過ぎてしまう夏…それをコメディタッチで描く、という点では、よくできた構成だと思うのですよ。ただ、それはあくまでも文章の上の話であり、また会話テンポで進む漫才の上での話なわけで。曲の上、メロディラインの上だと、忘れたところでふと蒸し返す、という面白さが、あんまり感じられなくなってしまうというのはあると思います。
 他にも、『男前だよ木村君/当たり前だよ前田さん』でオチはついているのに、そこをわざわざ『前田さんなんて ウチには いない』なんて笑いどころを説明する必要はないんじゃないかなと。しかも朗々と歌いつつ。
 あくまでもこれは「歌」で、メロディに沿って歌う以上、文章上や会話での面白いテンポとは違ってくるわけです。だから、笑いどころがなんとなく間延びして感じてしまう…それが不評の一因なんじゃないかなと。


 てなわけで個人的なまとめとしては、悪くないはずなんだけど、歌にしてはちょいと説明的過ぎるのかなー、というところですかね。どこがポイントかしっかり説明してくれすぎて、それが逆に興醒めしちゃうって部分があるんじゃないでしょうか。『バカンスって言葉の半分は』なんて言わなくて、「バカンス!バカンス!バカ!バカ!」くらい力押しのほうが良かったんじゃないか、みたいな。「SHAKE」なんか『チョーベリベリ最高 ヒッピ ハッピ シェイク』なんてハチャメチャなフレーズだって、受け入れられたんですし。
 大げさに言ってみるならば、宮藤官九郎が脚本家として優れているために起こった悲劇というところですかね。バカな世界を表現するためにバカになりきれなかった…ま、単純にこのノリが肌に合わない人も大勢いた、ってことももちろんあるでしょうけれど。
posted by はじ at 17:23| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

スネオヘアー「ワルツ」

ワルツ
ERJ
スネオヘアー, 渡辺健二

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<一方的ではなくお互いに想いを絡めあおうとする、淡くぼんやりとした空間>

 アニメ「ハチミツとクローバー」のエンディングテーマに抜擢、そしてそれが超名曲!と来たので、スネオヘアーもついにブレイクかーと思ったらそうでもないようです。以前「ストライク」という曲をサスケ「青いベンチ」と比較しつつレビューしたときにも触れたのですが、やっぱり曲に引っ掛かりがなく、知らない人を惹きつける力が弱いのかなあと。
 しかしこの曲の魅力(そしてスネオヘアーの魅力)はまさにその「引っ掛かりのなさ」言い換えれば「淡さ」「ぼんやりした雰囲気」「耳障りのよさ」だと考えているのですね。

 コード進行をとっても、前奏やサビがUmではじまる循環だったり、M7(メジャーセブン)のコードだったりすることで、薄くも深い印象を与える使い方をしていまして。ピンと来ない方、ジャズによく見られるタイプの響かせ方だと言うとなんとなくイメージできるでしょうか。

 加えて、歌詞もまた淡い雰囲気を醸し出しています。『パステル模様の未来』だとか、『あれは、そうね いつだっけ』というつぶやくような言葉とか。全体を通して、自分の感情を一方的にほとばしらせぶつける、というのではなく、ゆっくりと丁寧に吐き出していくという感じ。そして相手の想いとうまく混ざっていけたらいい…というような。それが、「ワルツ」というタイトルの言葉に集約されているように思います。

 こうして全体のトーンが穏やかに抑えられているので、たとえば『引力に逆らいながら出会った』というフレーズも、強引に行動した、みたいな印象は受けません。むしろ、自然と導かれたというように伝わってくるのです。おかげで、「流されてではなく、二人の意志で出会った」と主張する一方で、「運命的な出会いだった」という一見矛盾しそうなイメージをも、聴き手に与えることができていると言えるのではないでしょうか。

 あと、淡い雰囲気の中で一箇所だけ、ギターだけが鳴り響くハッとさせられる場面があります。それが『原色で塗り替えてしまえ』というフレーズのところ。わざと全体の淡色的な雰囲気から詞・音ともに外れることで、印象付け、力強さを出そうとしています。
posted by はじ at 15:58| Comment(5) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月30日

スキマスイッチ「全力少年」

全力少年
BMGファンハウス
スキマスイッチ, GRAPEVINE

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<まだイノセンスが手の届くところにあるフレッシュさが、新しい時代を築いていく>

 実にいいタイミングで傑作を出してきました。これでスキマスイッチ人気だけでなく、「ポップソング」の全面見直し、捉えなおしが始まってくることと思います。それくらい、爽やかで若々しくてちょっと感傷的なところもあって、そして聴いていて楽しめる「ポップス」のいいところを余すことなく詰め込んだ一曲かと。

 「〜してんだ」という語尾をはじめ、砕けた口調を多用しています。これとか、1コーラスでは『置いてかれんだ』なのが2コーラスで『老いて枯れんだ』となっているのとか、サザン桑田→ミスチル桜井の系譜ですね。ただ先立つ二人が、「音的な響きの良さ」「統一性と『ずらし』」を念頭に置いてこうした口調を用いているのに対し、スキマは「キャラ作り→親近感」も合わせて考えているんじゃないかなあと感じます。

 そうそう、名前が出たついでですが、この曲を聴いてMr.children「イノセントワールド」を想起した人も多いのではないでしょうか。上に挙げた口調からくる部分もあるのかもですが(でも、桜井和寿はこの曲の頃はまだこういう口調ではなかったですけど)、自分もとてもそれは感じていて。共通しているのは、『身に付けたもの取っ払って』とあるような「イノセンスを取り戻したい」という強い決意と、同時にそうした決意自体にイノセンスがあることですね。『汚れちまった僕のセカイ』と嘆いてみせるけれど、汚れたことを悲しむ思考自体が、とてもフレッシュなんですよね。
 そして何よりも、この曲の主人公は「イノセンスを取り戻したい」と決意すれば、取り戻せる位置にあるのです。曲中では「あの頃」の少年性を追憶していたのが、最後のサビのリフレインで『紛れもなく僕らずっと 全力で少年なんだ』と、自分の内側にはまだ少年性があった、と改めて自覚し、イノセンスを取り戻すわけです。これは、『またどこかで会えるといいな』と少年性との再開を期待して閉じる「イノセントワールド」よりもさらにフレッシュな位置に、この曲の主人公は属しているんだということを示しています。
 両曲は、この「まだ戻れる」と感じている点で、現在形でイノセントな世界が描かれつつも「戻れない」雰囲気の漂っている「youthful days」よりも、はるかに若々しい感じがするわけですね。

 昔を振り返っておきながら、未だにそんなイノセンスと地続きで、今からでも考え直し走り直していける。とにかく傍若無人なまでのこの若々しさが、ポップなアレンジ、砕けた口調と相性よく組み合わさり、相乗効果を出していて。見事です。


 ついでに言うと、自らの内側、という意味で用いられている「セカイ」がカタカナ表記なのは、サブカル分野における「セカイ系」を踏まえているのか、とも感じられます。暗に、閉じこもりから抜け出せ、というメッセージがこめられているのではないかと。それは、「セカイ系」とは関連がないにせよ、ここ数年のJPOP界隈(特に青春パンク周辺)に多く見られた「自問自答」の歌/マジメに考え込む歌の流行から、スキマスイッチ自らが切り拓こうとしている「ポップで楽しい」歌への転換を、象徴的に示しているように感じます。
 『セカイを開くのは誰だ?』…『セカイを開くのは僕だ』。思い悩む時代から、「楽しさ」を追及する時代になる、それを作っていく、という宣言のように、自分の目には映ってくるのです。
posted by はじ at 00:50| Comment(3) | TrackBack(1) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月15日

湘南乃風「カラス」

カラス
トイズファクトリー
湘南乃風, 10FEET

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<邦楽の王道をひとまとめにした、「俺ら」の友情と青春>

 ジャケットのイラストは、漫画家の高橋ヒロシによるものということで。その辺りからも導けるように、非常に「少年マガジン」→「ヤングマガジン」によくあるような、「男臭いちょっとワルな俺らだけど友情には厚いぜ」といった、マッチョでヤンキーなノリのレゲエユニットです。
 たとえば、氣志團やクレイジーケンバンドなんかは、一種のポーズとしてああいうスタイルをしているわけで。が、彼らは本気で曲中で描いているような種類の人の視点に立って、その代表としてやっている、っていうのがありありと伝わってきます。それもまあ、ポーズではあるんでしょうけれど…

 この曲も「カラス」というテーマ、『最低だけど最高』『汚れた分だけ輝けるから』というフレーズが示すように、自分たちやその周りの環境を「ロクでもないもの」と考えつつも、その分仲間意識が強く、「そんな俺らでも俺らなりにやりたいようにやるぜ」というメッセージを全開で発している点で、非常にヤンキー漫画的です。「ラガラップ」というらしい、独特のダミ声でのラップも、また世界観を出すために効果を発揮しています。
 で、ホントに漫画化もできそうなストーリーが曲中で展開されてまして。歩む道を分かち、紆余曲折すれ違うこともあれど、志は昔のまま、それぞれに友情を胸に頑張る姿が描かれています。途中にはセリフまで混じり、アレンジともども、実にドラマティックに仕上げられていまして。こうしたドラマ性は、前に紹介した「晴伝説」でも前面に押し出されていたりして、彼らの大きな特徴と言える部分なのでしょう。

 それにしても、曲の感動的に描かれたストーリーをストリングスが思いっきり援護しているわけですが、バイオリンのような弦楽器っていうのは、こうした「群れたカラス」な世界観とは全く交差しない位置にある楽器ですよね、実際のところは。
 でも、ヤンキー漫画的な『ただ大人は自分を守るだけ なら俺らは俺らで行くだけ』という青春の衝動を持て余した叫びも、コードをなぞり鳴り響くストリングスの音色も、ともに日本人の琴線に触れるものという点では同じです。そういうのを一曲にぶち込んでしまおうというのも、また非常に邦楽らしいのかなと。
posted by はじ at 19:56| Comment(2) | TrackBack(2) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月19日

SMAP「友だちへ 〜Say What You Will〜」

友だちへ ~Say What You Will~
SMAP, エリック・クラプトン, 竹内まりや, 小林武史, 麻生哲朗, 武藤星児
ビクターエンタテインメント

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 「世界に一つだけの花」以来のシングルということで、やけに豪華な作りになっています。ギターの神様エリック・クラプトン作曲、竹内まりや作詞、小林武史編曲というわけで、そしてその結果、なるほどなーという曲がでてきました。この三人だったらこうなるよな、確かに。
 力の程よく抜けた穏やかな調べと言葉に、数の多い楽器群が適度に混ざり合って、伸びやかな中に強さがあって、それでいてポップで…とは言ってみるものの、これはあくまでも「悪くない」であって、積極的な「いい」ではない感じですね。

 なんと言っても、メロディの音数が少ないことが、ヒットチャート的視点から行くと致命的ですね。
 クラプトンはたぶん、自分が歌うのと変わらない感覚でこの曲を作ったのでしょう。言葉を一音に詰め込める英語と違い、そううまくは詰められない日本語が乗るんだってことは、きっと意識してなかったんじゃないかと。
 竹内まりやはこの問題点を埋めるべく相当頑張っていて、まずシンプルな言葉を選んで短い文でも意味が通りやすいようにしたり、印象づくように強拍にア段の音を多用したりいろいろ手を打ってます。さりげなく凄いのです。
 でも、やっぱり、元々の音数が少なすぎるのです。メロディは全体にたくさんの短いまとまりで構成される作りになっていて、そのため音に詰め込む言葉をどんなにひねっても、まとまりとまとまりの間で、どうしても間延びしちゃうんですね。日本語の一文ができるまでには、『傷つくたびに』『真実の』『愛を求めた』と、どうしても三つのまとまりを要します。意味が通るまでずいぶんと待たされるので、聴き手はなかなか詞に馴染みにくいんですね。英語なら、『'Cause I needed a friend』みたいに一つのまとまりに一文を作ることができるので、こういう作りでもまったく問題ないのですが。
 っていうか、なんでコーラス入れなかったんだろう。まとまりとまとまりの隙間をコーラスで埋めれば、多少はよくなったと思うんですけど。

 とはいえ、決して「悪くない」です。一言一言を噛み締めて言葉をつむいでいる、といった風情が出ているので、これはこれですごく味わい深い曲になっていると思うんですよ。『君が必要さ』と言っても、それは「恋人」としてじゃなく「友だち」(「友達」じゃなくこの表記なのは、おそらく、わざと。ほら、「瞳をとじて」を思い出しません?)として、で。「恋愛」ではなく「友愛」の穏やかな感情は、この曲調に合致するものです。
 でも、やっぱり「待望の新曲」だったってことを考えると、やや肩透かしだったかなと。大ヒットがありリリースが途絶えていた、だからこそ力の篭らない曲をやりたかったんだっていうなら、そもそもこんな力の篭ったメンツを揃えなければよかったわけですし。

 今後はずっとこうした、落ち着いた路線で行くんでしょうかね。昔のハジけた歌が懐かしかったりします。でも「夜空ノムコウ」以降はやっぱりずいぶんしっとりしてきているし、うーん、戻らないかなー。
posted by はじ at 23:42| Comment(0) | TrackBack(1) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月22日

Janne Da Arc「Love is Here」

Love is Here(CCCD)
ジャンヌダルク, yasu
エイベックス・ディストリビューション

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 えーっといわゆる前世紀末に一世を風靡したビジュアル系の生き残りの皆さんです。あのブームが下火になり始めた頃出てきた覚えがあるんですが、今年はこれでシングル6枚目と、いまだしっかりと精力的な活動してます。
 ブーム以降のビジュアル系バンド(という括りはファンの方々には不快なのかもしれませんが)は、激しく二極化している感があって。たとえばPIERROT、Dir en grey、最近では陰陽座などの、自らの世界観をどっぷり繰り広げまくるコアなところがまず活躍している印象があります。しかし一方で、Janne Da Arcはまったく逆、キャッチーなメロディーと、爽やかだったりやけにエロかったりする詞、とひたすらポップさに徹した曲を作っています。FANATIC◇CRISISが同種の方向性ですかね。こうした両者の特徴を併せ持ったPsycho le Cemu(コアな恰好+ポップな曲調)なんてのもいますが、やっぱりどこも、やりたいことを明確にやっているグループばかりだなあと。その点がブーム以後も活動モチベーションを持続し、またファンに受け入れられている部分なんだろうと考えたりします。大きく二極に分けましたけど、もうほんとバンド個別で、全然違いますしね。
 それぞれの比較は、PIERROT「Smiley Skeleton」の記事で、軽くですが触れてます。まあ、興味ある方は参考までに。

 で、この曲もJanne Da Arcらしい、ってもよく知らないんですが、よく知らなくてもわかるくらいの特徴である「ポップさ」が、前面に出ています。全体の疾走感、サビ頭のキャッチーさ、ファルセット、などなど、間違いなく聴きやすさ、耳に残りやすさを考えてメロディーを作ってますね、これは。
 非常に明るく爽やかな曲調ですが、詞のほうは、恋人の心を開きたいのになかなか応えてくれない、報われない想いを歌っています。でも「どうしてわかってくれないんだ」みたいなやりきれなさ、悲痛さを見せず、『望まないとしても 差し伸べ続けるよ』とひたすら訴えるのは、彼らの持ち味でしょうね。こういうのラルクとかだったら、暗くて怠惰で耽美な曲調にしそうですし。
posted by はじ at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月11日

SEX MACHINEGUNS「出前道一直線」

出前道一直線
SEX MACHINEGUNS, Anchang
東芝EMI

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 あなたの側にはカラオケで「みかんのうた」を歌ってくれる芸人な友人はいますか?自分には「TEKKEN II」も「ONIGUNSOW」もパフォーマンス付でやってくれる親友がいるので、たいへん幸せです。
 ということで、SEX MACHINEGUNS。新メンバー編成の第4期ということですが、今までどおり、バリバリ全開のヘビメタ、超絶テクのギターと超高音シャウトのボーカルという完成度の高いサウンドを、ソバの出前に命をかけるというひたすらおバカな詞に惜しみなく注ぎ込んでいます。徹底したエンターテイナーっぷりに感動。こんな無駄にかっこいい人たち、なかなかいませんよ。
 今回も『出前です! 出前です!』に『(ま・い・ど!)』と、初聴きでも一発で覚えて参加できるパートがあるので、誰でも彼でもすぐにヒートアップ。『注文先が遠いなら 麺はかためよ』とかどこまで狙ってるんだか本気で書いてるんだかわからないちゃっちい詞も、この壮絶なネタ歌のいい薬味になってます、なんちゃって。
posted by はじ at 21:39| Comment(6) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月03日

スピッツ「正夢」

正夢
スピッツ, 草野正宗, 亀田誠治
ユニバーサルミュージック

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 一ファン、というか一マニアとしての分析はすでに発売当日に別サイトの全曲解説のほうにアップ済だったりします。が、そっちは過去からの流れについて語ったりだとか昔の曲をガシガシ引用していたりするので、こちらではもっと万人向けの内容を書こうかなーと。


 曲は、王道+ストリングス。かなり弦の音も大きいしギターも電子音も鳴ってるしで厚みがあります。「スターゲイザー」とはまた違う作りですが、どちらも「いかにもスピッツらしい」印象があります。

 詞ですが、「現実になる夢」のタイトルに沿うドリーミーな高揚感のある中で、『小さな幸せ つなぎ合わせよう』『デタラメでいいから 〜 似たような道をはみだそう』など、ささやかでもズレていてもいい、というよりもむしろそういう方向を好むスピッツらしい言葉で占められています。
 「スターゲイザー」ほどのフレーズの焼き直しっぽさもあんまりなく、ちょっとほっとしました。まあ上で触れたようなメッセージが、多少一本調子になってきているかなあという不満はいくらかあったりしますが。

 ただ、メロディラインに関しては、まったくもって枯渇の気配を感じさせないクオリティを保ってます。なんでしょうね、別に奇をてらっているわけでもなく、ありふれた流れっぽいのに、絶対に他にはない旋律なんですよね、毎回。これはもう、贔屓目抜きで。メロとかは音階を順になぞっているだけなのに、サビとかはコード進行はまったくもって普通なのに、なんでこんな独自性があるんでしょうね。不思議だ。

 ちなみに『愛は必ず 最後に勝つだろう そうゆうことにして 生きていける』という一節がありますが、これはクレジットに「special thanks KAN」とあることからしても、KAN「愛は勝つ」を踏まえているフレーズのようです。「そうゆう」という表記といい、出だしの『ハネた髪のまま飛び出した』という漫画的な情景といい、けっこうユーモアが混じっていたりします。
 あ、「どんどん商店街」という名前の商店街が横浜に実在するようですが、さすがにこちらは関係ないかなと。いくらスピッツが最近よく歌詞に地名を取りこんでいるとはいっても、ねえ。
posted by はじ at 01:38| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月22日

スガシカオ「光の川」

光の川
スガシカオ, John Lennon
BMGファンハウス

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 シカオ節全開、って感じですねー。
 楽曲ってやっぱりある程度個人の特徴ってものがあるものですけど、それを指摘するのはなかなか難しく。ただ、スガシカオには言えるポイントがひとつあるようでして。具体的に今回の曲で示すと、サビの『君の姿を 確かめようとしたけど』の「した」の部分。構造的に言うと、ドレミのスケールのミから下に降りていくメロディラインのときの「ミ」が、実音よりかなり低めに歌われるというところです。
 そう言うとちょっと難しく感じてしまうかと思いますが、ただこれって、わりと歌っているときのフィーリング的には自然となってしまいがちなものでして、aiko、椎名林檎その他なんかのメロディーにもちょくちょく出てきたりします。あと正統派ロックンロールやジャズ・ブルースなんかにも多いですね。最近でぱっと思いつくのは、くるり「ロックンロール」のイントロで使われていたりとか。
 この上がりきっていない「ミ」(実音だとG#ですが)、実はかなりスガシカオ的な雰囲気を演出しているんです。これをたとえばピアノなんかで正確な音程で取ると、違和感を覚えるくらい、明るく響いてしまうんですね。これをあえて低めにとって歌うことによって、明るさをなくし、やや暗いムーディーな響きにすることができるのです。

 普通この手のやつは、ほぼ半音下がるものなんですね。そうすると、ちょうど短調のラインになって、明るくない響きになるわけで。スガシカオも大体これが出てくるときはそうなんですが(「アシンメトリー」とか)、今回の「光の川」は半音も下がってないです。おそらくは鳴っている和音の関係ですが、それでもピアノでラインをなぞるとかなり違和感ありますんで、試してみてください。

『きみのすが た を  たしかめ よう と したけ ど』
(ミシシシミ#ファ #ソ  ミミミ#ファ ミー#ファ #ソ#ファ ミ)

 この暗めにされた旋律の流れが、スタイリッシュなバッキングと重なることで、たとえば今回では「都会の路上での一瞬のすれ違い」といった、都市環境の人間模様を的確に演出してくるわけですね。小難しいことを上で述べましたが、まあ要は、スガシカオは都会生活における孤独とかアブノーマルさだとか切なさだとかを生み出すのが、長けているってことです。それは詞や声についても同じで、現実的なシチュエーションを設定する方面の人としては、代表選手である槇原敬之よりもずっとさらっとした印象を受けます。
posted by はじ at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月08日

サスケ「青いベンチ」/スネオヘアー「ストライク」

青いベンチ
サスケ, 北清水雄太, 関淳二郎
ADI受託その他メーカー

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ストライク (CCCD)
スネオヘアー, 渡邊健二
ERJ

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 今回はちょっと趣向を変えまして、4月に発売され、最近になってチャート上位に昇ってきた、インディーズ二人組デュオ・サスケのロングヒットナンバー「青いベンチ」と、その奇抜な名称からは想像できないポップなサウンドを奏でるデビュー二年半のスネオヘアーの新曲「ストライク」を、まとめて。
 とりあえず公式サイト。どちらも試聴できます。
 サスケ
 スネオヘアー

 まとめてやるということはつまり、両者を「比較してみる」ということで、比較してみるということはつまり、自分がある程度両者に「共通の印象を持っている」ということでもあります。全く違う二者だったら、そもそも比べられないですからね。
 「青いベンチ」はアコギのかき鳴らしとブルースハープが響き渡るフォーク系の音楽なのに対し、「ストライク」はエレキギターの響きが耳に残るバンドサウンド。ただ、曲から受けるイメージは、「爽やかで、色合いが薄めのポップさ」という共通項で、個人的にはくくられてしまっています。ボーカルが、そんな「さらさら」と「ざらざら」の中間のような響きの音世界に溶けていくタイプの声質であるという点、聴いているとなんだか目線が遠くなっていってしまいそうな点。そして、『君が手を振った あの日思い出すよ』(青いベンチ)、『答えを求めすぎていたあの頃』(ストライク)と、現時点から過去を追憶している内容だという点でも共通しているかと思うのですが、どうでしょう。
 まあ「えー嘘だろ似てるとかマジありえない」と思った人はごめんなさい。実際の構成やスタイルよりも、主観的な印象で曲を判断している向きがあるんで・・・いい加減ですいません。

 まあとにかくですね、この両者、かたやじわじわとロングセールスを続けブレイクっぽい気配(オリコンの11/7付デイリーチャート6位)、かたや名前のインパクトの割にあまりメジャーになってない(ですよね?)わけですが。わりかし似通っている(と思っている人間が少なくとも一人いる)のに、生じるこの差は一体なんだろうかと。

 注目すべきは「引っかかり」です。「引っかかり」とはつまり、その曲を耳に残らせるための工夫で、これは知名度のない歌い手がブレイクするには必須の条件と言えます。おっ、と思わせないといけないわけですからね。タイアップなどメディアへの露出度も、繰り返し聴く機会があればそれだけ耳に残るわけでかなり濃く関係してきますが、ここでは抜きにして曲自体のみに焦点を絞ってみます。
 すると、エレキギターを使っている「ストライク」よりもアコギの「青いベンチ」のほうが、ずっと音の粒が際立って、「引っかかって」聴こえます。「ストライク」はややべったりと音を奏でるんですけど、「青いベンチ」のアコギはかなりアクセントを付けてかき鳴らしているんですね。
 そして「青いベンチ」にはサビ直前とサビの終わりに毎回ブレイクがあり、無音空間を作ることで聴き手をはっとさせ、次のサビとブルースハープも印象付ける働きをさせていたりもします。また、『この声が枯れるくらいに 君に好きと言えばよかった』というシンプルでキャッチーなサビのフレーズをかまし、そしてその真ん中「君を」の部分で、全体のリズムパターンから外れる三連のリズムを当て、インパクトを出したりもしています。聴き手をぐっと惹きつける要素が、かなり多種類搭載されていることがわかります。続きを読む

2004年11月03日

Psycho le Cemu「夢風車」

夢風車
Psycho le Cemu, DAISHI, Lida, seek, 富樫明生, 坂井紀雄
日本クラウン

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 この人たちの特殊性については、前回リリースの「道の空」のときのレビューを参考にしてもらうか、もしくは公式サイト行ってもらえば一発でわかると思います。

 前回の感じでは案外普通の曲を作るんだなあと思ってたんですけど、今回の曲を聴く限り、また公式で一部視聴できるPV見る限りでは、そんなこともないんだなあと。デジタルさのある鼓やら三味線やらの和風サウンドはチープな響きだし、なぜか中途半端にラップぽいのが挟まっていたり、PVではみなさんで踊ってるし、そんな真面目なわけではないらしいです。わざと安っぽさを出しているフシがありますし。
 だから彼らは、MALICE MIZERや陰陽座あたりの、やりたい音楽の表現を恰好にまで徹底させるって方向よりも、むしろ氣志團みたいなエンターテイナーに近いのかもしれません。正直氣志團のほうがずっとやり方がうまい感はありますが、まあ不良ルックってのは横浜銀蝿とかたくさん先達がいるし、コスプレっていうサイコルシェイムの方向はまだ前人未到ですからね。仕方ないかと。

 前回も思いましたけど、とりあえずキャッチーなメロディーを作るのはうまいですよこの人たち。効果音多用したアレンジは派手ですけど、詞と旋律は、むしろするっといき過ぎアクがなさ過ぎて、ちょっと物足りないくらい。桃太郎電鉄のCMにも起用されてますし(っていうか合わせて曲書いたのかな)、もしこの先氣志團がヒットするようならば、案外こちらも売れるかもしれませんよ。イロモノ扱い上等みたいですし。

 っていうかクレジットに富樫明生いますね。DA PUMPほっぽって何やってんだMCA.T。ああ、言われてみればデジタル音の使い方がこの人っぽいかも。
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2004年10月08日

ジャパハリネット「遙かなる日々」

遙かなる日々
ジャパハリネット, 鹿島公行
トイズファクトリー

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 青春パンクにカテゴライズしてもいいんでしょうか。ジャパハリネットのメジャーデビュー後二枚目になるシングルです。「遥かなる日々」じゃないです、「遙か」です、点がふたつです。
 この手の人たちは、ストレートなメッセージ、ありのままの言葉と音楽が売りなわけで、そうするとどんどんシンプルになって、曲と曲、アーティストとアーティストの違いを見つけて指摘するのが傍目からでは困難になっていくんで、厳しいとこなんですよね。曲と声に関しては、うんうんこんな感じだよね、シンプルでまっすぐで、という印象しか得られなかったんで、歌詞を見ていきたいと思います。

 とりあえずざっと調べたところ、ボーカリストでなくベーシストが大半の曲を作っていること、日本語を大事にする傾向があるっぽいこと、どうも「哀愁」をキーワードとして見ていいんじゃないかということ、くらいが挙げられるかなと。
 「哀愁」という印象は、もちろんメジャーデビューシングルの「哀愁交差点」に引っ張られている部分もあるんですけど、この「遙かなる日々」で言えば「ああ」を『嗚呼』と「あるがまま」を『在るがまま』と表記したり、『落陽』と言ったりしているようなやや古風な言い回しなど、ちょっと歌謡曲的な匂いが感じられるところがありまして。センチメンタルと言うには、もっと太い感情という感じがします。

 で、ちょっと微妙に足りない。ストレートなメッセージでいるようで、ちょこちょこ説明不足だったりします。
 出だし『東の空が赤く明け始める頃 このスピードの中/溢れ動き始めた 何かを探して』、「このスピード」はきっと夜が明けるのを見て時間の移り変わりを感じてるんでしょうけど、「溢れ動き始めた」のは以後を読んでいくとどうやら自分の「想い」みたいなんですけど、ちょっとわかりにくいです。他にもいくらか、脈絡が途切れかけている部分が散見されます。
 あと、こそあど言葉と「何」が多いのも気になります。
『なんにもなかった なに一つできないでいた
それでも生きたかったそれでも夢みたい
それでも誰かに愛されていたかった』
 まあここは繰り返し畳み掛けで感情を煽っている箇所なんですけど、サビでも、
『嗚呼こんなにも 嗚呼こんなにも 素晴らしい日々の中で』
 具体的に日々がどう素晴らしいと思うのかについては、まったく言い及んでくれません。

 それでも聴いているとあまり問題なく、感動できてしまったりするのは、ひとえに「哀愁」という感情に聴き手が共感して、聴き手各々の感動体験に自然に結び付いているからだったりします。わかりやすく言うと、「あの頃」という言葉一つ聞けば、誰でもふっと気持ちが遠くなるじゃないですか。そういう心理が、脈絡のないようなフレーズの隙間を埋め、「素晴らしい日々」の内側を各自で補完するわけです。
 こうやって聴き手の内面を揺さぶるのは一つのテクニック、特徴とも言えますが、「共感」によっかかってしまっているぶん洗練性に欠けるんで、あんまり好きじゃないんですよね。

 もちろん彼ら、青春パンク系全体でもいいですけど、彼らのほうは洗練性なんて求めていないんでしょうし、ということは、つまりは相性の問題なんですけど。
 どれだけ人の心を揺さぶれるかを考えたら、「青春」「追憶」「哀愁」をこうしてガツンと歌い上げるのが、手っ取り早いといえば手っ取り早いわけで。工夫がないようにも見えるけど、「真正面から照れもなくメッセージをぶつけられる」というのはやっぱりなかなかできることじゃないし、そもそも工夫をしたら持ち味の「ありのまま」感も薄れてしまうわけで。

 でもやっぱり、これだけ抽象的な単語を駆使して感動させちゃうのはちょっとズルいかなあと。『戸惑った後のささくれ達』なんていい表現もあるんだから、もっとその辺にこだわってほしいものです。
posted by はじ at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月19日

スガシカオ「クライマックス」

クライマックス
スガシカオ, ダリル・ホール
BMGファンハウス

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 『最終電車にのって』ってサビのフレーズが、かなり印象深いスガシカオ最新シングル。ファンキーなシティーポップサウンドに、『世間一般で言ういわゆる「ふられてしまう」という』状況を描いた詞を乗っけているわけです。この明るく賑やかな曲調と語られる内容のギャップが、実にいい具合に皮肉と自嘲めいたものを漂わせてます。

 現実に目の前で、彼女が別れ話を切り出している。だけど彼は、とっさに頭がついていかない。「えっ?」と思考が停止する一瞬のあと、なんとなく「あーあ」って気分になって、どこかで、『ドラマの最終話』みたいなところでこんな場面があったな、と頭の隅で考えている。ってなとこですかね。つまりこの詞は、現実が現実感を失ってしまった瞬間を、切り取って提示している、と言えます。
 その後も、「どこかで聞いたような言葉」を交わす二人を彼は想像していまして。これだって同じ。フィクションでも実話でも、おそらくは星の数ほど繰り返されてきたような「お約束」なやり取りを、直面している現実が、まさになぞっているような。で、それを滑稽に感じて、笑い飛ばしてしまいたいという感情が、この派手なサウンドに表されているんじゃないかと。
 タイトルは「クライマックス」で、実際そういう場面みたいだと歌詞中で言ってますが、そう言う主人公の気分とか、全然盛り上がってないじゃないですか。絶対皮肉ですよねこれ。「ドラマではドラマティックなシーンでも、実際に自分の身に起こったら興醒めだよ、この気持ち君にわかる?」みたいな。

 こういう、よくありそうだけどあくまで他人事だったシチュエーションが、急に実体を持って降りかかってきて、そのことに気づいたらなんとなく白けた気分になってしまって、という感覚は、なんというか、よくわかるんですよね。まあこの曲の場合は「失恋」ですけど、別に失恋に限らず、なんかこう白々しいやり取りだなって感じること、ありません?たとえば、落ち込んでる友達を励まそうとして、自分の口から出てくる言葉が、すごく月並みでありふれてるな、って気がついてしまったり。さらにその友人がそれで立ち直って「ありがとう!」とか言われたりしちゃうと、さらになんだかなあって気分が加速したりとか。ちょっと痛々しくなってきたんでもうやめましょう。そうしましょう。

 まあ何が言いたいかっていうと、こういう「ありがちな場面をなぞる」興醒めな感覚っていうのは、やっぱり現代人の病理なんじゃないかな、スガシカオはそれを浮き彫りにするのが実にうまいよな、っていう。
 ドラマや映画のワンシーンっぽいなっていうのも、フィクション産業(なんて言葉があるのかは知らない)の肥大した現代ならではの感覚だし、「ありふれたやり取り」への嫌悪感(現代人は新しいモノ好きですから。そしてマンネリを最も嫌う)、そして、白々しい「ありふれたやり取り」でも、それを封じてしまったら何にもできない、残らないんじゃないか?っていう恐れまでも描き出しています。
『こんな時ぼくたちは そこにあるはずの答を/探して 悩んで 泣いて/ほんとは何もないのかもね』
 このフレーズからそう読み取るのは、まあちょっとこじつけっぽいですけど、今回はいろいろシンクロして深く考え込んでしまったんで。でも、現代人の憂鬱を描き出すスガシカオの切り口が非常に鮮やかなのは、議論の余地もないかと。
posted by はじ at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月24日

SOPHIA「青い季節」

青い季節 (CCCD)
SOPHIA, 松岡充
東芝EMI

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 どわー!かっこいい!
 何があったんでしょうかSOPHIA。あなたたちデビューしてもう八年でしょ。どうしてデビュー当時に何の遜色もない、こんなにみずみずしい曲が作れるんだ。いや、むしろ初期よりも重みがあるぶん、いい。最高傑作じゃないのかこれは。

 しょっぱなからのキメ部分がまず見事に決まっている。そこから弾き出されたまま、曲全体が勢いに満ちていて。そして、らしくてシンプル、かつポイントをきっちりひとつひとつ押さえて詰め込んだメロディワークとバッキング。加えて、きらきらとこぼれるようなピュアなピアノの音色。どれをとっても、直球勝負でありながら、力に溢れていて突き刺さってきます。なんだろうこのテンションの高さは。まるでブレイク前の熱気のようですよ。

 加えて、詞がね。もう個人的にツボなんですよほんと。タイトル通り青春の歌なんですが、『伸ばした両手 届かないと/僕らは知っていた』っていうこの喪失感がね、もう最高ですよ。この「過ぎ去ったもう戻らない日々を振り返る」ってノスタルジーが全開で、だけど立ち止まって「あの頃はよかった」って懐古しているわけではなく、ひたすら前に走り続けている、みたいな感じが、もう。これはやっぱり年季が入ったからこそのものだろうなあと。

 あえて、あえて難点を挙げるとするなら『裏切りさえも/ただ残酷に 美しいなら』というのが割合ありふれた、この手の歌ではお約束ぎみなフレーズなのと、間奏からリフレインにつながる『君がくれた優しさだけで』のところが、ちょっと中途半端な気がする、といったところ。でも、すばらしい曲だと思います。

 今年は5月にも「旅の途中」「please,please」「花は枯れて また咲く」と三週連続のリリース、そして8月頭にはファンサービスのフリーライブもやっているし、ずいぶん精力的で、しかも波に乗っています。
 来月出るというアルバムが欲しくなりました。
posted by はじ at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月07日

SOUL'd OUT「Magenta Magenta」

Magenta Magenta(CCCD)
SOUL’d OUT, DiggyMO’, Bro.Hi, Shinnosuke
ソニーミュージックエンタテインメント

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 前曲「1,000,000 MONSTERS ATTACK」がスマッシュヒットして波に乗っている感があるヒップホップ系(と言っていいのかなあ)ユニット。そんな長いタイトルの曲なんて知らないよ、という人でも『アッ オゥ アッオゥ アッ オゥ アッ アッ アッ オゥ』ってのが強烈なインパクトで残っていたりしませんか。あれです。
 今回も負けず劣らず印象強すぎな箇所がいっぱい。もうヒップホップ的な言葉の畳み掛けかたもそうだし、それだけにとどまらずコーラスとか合いの手とかいろいろ独村のものを作り込んでいる感があります。たとえばnobodyknows+「ココロオドル」がバックトラックをひたすらループさせることで味を出しているのに対し、こちらはリリック(詞)に合わせて後ろの音もちょこちょこいじっているみたいです。転調とかもするし。メンバーにトラックマスターがいるらしく、まあこの人がその辺いじっているのかな。

 なんていうか、聴くと妙に後を引く感じで。これはじっさい耳にしてみないとどうにも表現できない部分があるので、公式サイトで試聴でもしてみてください。

 あ、「Magenta」ってのは紅色のことで、口唇の艶ある赤が曲の中枢にあるわけなんですが、歌詞中連呼される『エイジャ』ってのもその関係の単語なんでしょう。「ジョジョの奇妙な冒険」第二部の「エイジャの赤石」が真っ先に思い浮かぶんですけど、さらに元ネタを辿ると、スティーリー・ダンという洋楽のユニットの曲にたどり着きました。(でも「彩」という字が当てられていて、これをイコールして「赤」とは言い難いような)
 さらに元ネタがあるかは、ちょっと不明です。何かありそうなんですけど。
posted by はじ at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月06日

サザンオールスターズ「君こそスターだ」

君こそスターだ / 夢に消えたジュリア
サザンオールスターズ, 桑田佳祐
ビクターエンタテインメント

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 タイトルはTOYOTA「MORE THAN BEST」でのキャンペーンを意識したものでしょうか。なんだか中身は本当にいつものサザンなので、けっこう違和感あるんですが。いや一応『君が魅せた/ドラマに乾杯』とかは歌ってますけど、しょっぱなから『稲村ガ崎』ですからねえ。毎年変わらぬ湘南の夏ですよ。
 Bメロかな?と思ったら実はサビで、さっと軽く終わっていく印象です。相変わらず、ほんの少しだけ王道から逸れた味あるコード進行が楽しめます。桑田圭祐は、ここ最近は二拍三連のリズムが好きなのかな。今回なんか「夢に消えたジュリア」もこのリズムあるし。広がりを感じさせるにはもってこいなリズムです。
 しかしずいぶんとさわやか系路線が続いてますね。いや、基本はもちろんこれなんですけど、そろそろ「エロティカ・セブン」「マンピーのG★SPOT」みたいなエロ路線や、「愛の言霊」とか「01 MESSENGER」みたいなイレギュラー路線もそろそろ聴きたいかなあと。「TSUNAMI」以降は、ソロ「東京」くらいしか異色ナンバーがないんじゃないかな。そういう芸の幅広さもサザンの魅力だと思うので。
posted by はじ at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月05日

湘南乃風「晴伝説」

晴伝説
湘南乃風, Xtra Jam
トイズファクトリー

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 公式ページによると「DeeJay(MC)ユニット」ということですが、もはやここまで来ると、MCだっていうよりもほとんど歌になってますね。そのくらい、メッセージがメロディアスな旋律になっています。きっちりと和音を意識してやってるんですよね。コード進行の持つ叙情性とか盛り上がりとかをわかってるようで、旋律だけでなく伴奏もストリングスを後ろで響かせるなどして、切なげな和音の味わいをだしてます。そこに『負けんじゃねえ 泣くんじゃねえ』と男くさい叫びが乗ってきて、フック部分(サビのことね)なんてなかなか感動的な仕上がりになってます。

 もっともメロディアスに歌い上げる部分を頭と最後に置いてたり、なかなか感動させるツボを心得ています。うん、ケツメイシあたりを以前「叙情系ヒップホップ」と呼んでみましたが、この湘南乃風は「感動系ヒップホップ」とでも呼びましょうか。詞の流れも「押し付けられる縛られる→反発→オレの生き方がある!→晴れた空へ飛び出せ」と、実に盛り上がる流れになってます。
posted by はじ at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月13日

Skoop On Somebody「最後の夜明け」

最後の夜明け (CCCD)
Skoop On Somebody, TAKE, SOS, KOICHIRO
ソニーミュージックエンタテインメント

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 こういう「やるせない夏」のムードをだしていて、しかも暗い曲ってかなり好みなんですが、その割にはどうもはまれません。曲の内側だけで浸りすぎていて、こっちが入り込む余地がないような。雰囲気作ろうとしすぎて、出てはいるんだけどちょっと鼻についてしまうというか。主人公の『どうして どうして』とか、映画のセリフみたいな彼女の言葉とか、それでピアノとチェロがからむ伴奏とかまでやっちゃっているので、それはこってりしすぎかなあと。切なさってのは淡い感情だからいいんであって、いろいろやって濃くしても、感動を増すということはないんじゃないかなあ、と。
 まあ、それも好みや状況の問題なのかもしれません。彼らの歌が好きなファン、あるいはつい最近失恋したばかりの人なんかには、これ以上ないストライクにもじゅうぶんなるでしょうし。曲に負けないくらい浸れるという性格、あるいは浸れる状況の人にはお勧めです。かなりコード進行とか工夫して、ドラマチックにしてますし。
posted by はじ at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月11日

スキマスイッチ「ふれて未来を」

ふれて未来を
スキマスイッチ
BMGファンハウス

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 華やかなホーンセクションと、決して叫ばない落ち着きあるボーカル、飄々としていてユーモアある詞、この組み合わせはまさにポップサウンドを形作るひとつの王道スタイルですね。
 二、三年前くらいだとこういういかにもなポップ曲は、ランキング上位には入ってこなかったんじゃないかと思います(だからコブクロやゲントウキあたりは、若干出てくるタイミングが悪かったかなという気がする)ここ数年、「いい曲」というのは何らかの真摯なメッセージの込められたものである、という流れがあったように思うのですが、たとえばこの「ふれて未来を」は、本当に何の変哲もない、何の思想性もない恋愛の歌です。『すべてに期待をかけるのは/さすがに重いけど/「2人に未来を」これくらいがちょうどいい』なんてファルセット混ぜてさらっと歌ってまして、こういう軽さが好ましいものとして受け入れられてくる状況がリスナーの中にできつつあるんじゃないか、と思ってます。まあ、まだ、真剣で真面目な歌の勢力も維持されるとは思いますけどね。

 肩の力を抜いてくれることに関しては一級品だと思います。アレンジもだし、高音部でも余裕があったり、あとは詞の末尾、「?」をつけて呼びかけてみたり、『〜ないのだ!』とか『〜だよ』とか『〜したいよ』とか柔らかい感じだったり。ただ、どうしても、音楽性の性質上インパクトに欠ける作風なので(それは味であり長所なんだけど)槇原敬之「どんなときも」や小沢健二「ラブリー」みたいな大ヒットにはつながらないかな。いいバラード書いたらひょっとするかもですが。
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2004年06月28日

Psycho le Cemu「道の空」

道の空
Psycho le Cemu, Lida, 岡野ハジメ, DAISHI, seek
日本クラウン

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 「サイコ・ル・シェイム」と読むそうです。意味はなぜかぱっと調べた限りでは出てきませんでした。
 上のジャケット写真からでもなんとなくわかるかと思いますが、この五人組「コスプレバンド」です。このメンバーでの結成にあたり、音楽が先だったのかコスプレが先だったのかわかんなくなるくらい、いでたちに気合入った方々です。どのくらい気合入っているかというと、毎回曲ごとツアーごとなどにド派手な衣装作って、で毎回コンセプトがあり、ストーリーが展開されているらしいです。
 そういう点だけ並べるとMALICE MIZERと共通しているようですが、表現したいことの方向性は、相当違いがあるように思います。こっちのサイコの皆さんは、コンセプトを立ち上げて衣装着て音楽やって、というのを、よく言えばすごく楽しんでやっている感じがします。悪く言えば、ってこっちが本音ですが、まず内輪と自己満足ありき、な同人世界のノリです。わかってもらえる人だけわかってくれればいいんですよー、僕らは楽しいんだからいいじゃん、みたいな。公式ページとかもそんなノリだし。すごく軽いです。プロっぽくない。

 という一方で、今回の曲は割と気に入ってたりするんです。ちょいとFANATIC◇CRISISに似た、やや邪道っぽいロックで、がんがん英単語が混じる一昔前っぽい詞で、何よりタイトルもうちょっとかっこよくしようがあるだろ、などと突っ込みどころは多数ですが(そういうとこが上記の印象につながってくるわけですが)案外聴いていると楽しいです。アニメのオープニング的なまっすぐさとノリが。サビのキメのとことか、お気に入りです。
 と、MALICE MIZERよりよっぽど一般受けしそうなキャッチーな曲を作っているので、もっと自分たちの殻にこもらないで音楽性を広げてみるとか(今だと外面的な「かっこよさ」を詰め込んだだけのような、幅の狭さを感じるので)してみて、いい音楽作っていけば、彼らによって世間様のコスプレに抱いている負のイメージも変わってくるかもしれません。うーん、でも無理かなあ。

 ちなみに自分はコスプレそのものにはまったくもって興味ないですが、何事も偏見を持つのはよくないというポリシーで。MALICE MIZER(ただし、Gackt在籍時のみ)はいまだに好きですし、そういうのを先入観で見過ごしてしまったりはしたくないです。
posted by はじ at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月27日

Jackson vibe「朝焼けの旅路」

朝焼けの旅路 (CCCD)
Jackson vibe, グローバー義和, 根岸孝旨
東芝EMI

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 初めに聴いたとき「あれ?B-DASHがちゃんとした日本語で歌ってる」とか思ってしまいました。頭サビの声のかぶらせ方とか、ハモリがはっきりと前面に出ているのが、そっくりじゃないですか。太いけど重くない、主張しやすい声質を生かしている感じ。
 ちょっと検索してみたら、ボーカルはインド系のハーフらしいです。出自を基にしてあれこれ言うのはなんですが、彼が作詞作曲をしたこの曲で鳴っているのは、非常にいかにもな、日本のロックバンドの音楽だとしか思えませんでした。音も、詞の内容も。しかもなんだか、あっさりしていて。曲自体も短いし、その短さ以上に短く感じられました。曲というよりは、セッションを聴かせられているような気も。このバンド固有の「持ち味」みたいなものが欲しいです。あるのかもしれませんが、この曲からは(B-DASHくらいの心地よさのハモリくらいしか)自分には伝わってきませんでした。もっと弾けちゃっていいんじゃないのかなあと。
posted by はじ at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月05日

SOPHIA「花は枯れて また咲く」

 三週連続リリース第三弾。タイトルには「、」は入りませんので悪しからず。
 キーボーディストの都啓一作曲。かっちりしたメロディを作る松岡充、流動的な旋律が得意な豊田和貴、んで真ん中に立ってどっち側もこなせる都啓一、というイメージがあったり。イントロの鍵盤の4分の動きとか、それがサビ裏で鳴っているのとかってセンスが好き。コード進行に意図と節度があるんだよね、鍵盤作曲って。
 SOPHIAってやっぱりボーカル松岡充の声質と同じくらい、鍵盤がいるってことが特徴として大きいとつくづく思います。キーボードいなかったら、すごくふわふわして軽い音楽になっちゃうんじゃないかなと。ポップなのは方向性としてはありだけど、バンドとしてだと印象に残りにくくなるというか。で、それを鍵盤で音を膨らましたりお遊びを入れたり、うまいこと幅広さを出していて。
 今回の三連リリースでたとえれば、かっちり松岡曲「旅の途中」ではピアノで和音鳴らして曲の骨組みを作ってるし、流れる豊田曲「please,please」ではおどけたオルガンで遊び心を演出しているし、んで自作の今作では冒頭の動きを曲中何度もリフレインさせて影で曲を支配して、と、いろんな役割に回っているのがわかりやすいかなと。

 しかしSOPHIAって未だにイノセンスですよね。成長はしているんだけど、いつまでもやんちゃ坊主っぽさがあるというか。なんでだろう。
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2004年06月04日

SOPHIA「please,please」

 三週連続リリース第二弾。豊田和貴作曲のアップテンポで、旋律だけ抜き出すとすごく初期っぽい雰囲気。みずみずしいというかひねりがないというか。ただアレンジの段階で、キーボードがテンションコード鳴らしてかなり遊んでいるので、だいぶユーモラスな味が出てます。でも、サビはグッとギターサウンドが表に出てきていて、その辺は抑制の効いたキーボード使いをしてるなあと。この曲では鍵盤はあくまでもスパイス要員ですね。
 サビでほんの少しだけ翳るけれども、基本的には賑やかで陽気なノリです。そこに割合シリアスな詞が乗っかっていて、面白いマッチ感があります。
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2004年06月03日

SOPHIA「旅の途中」

 三週連続リリース第一弾。この曲はポスターもびっくりだし、けっこう勝負に来ていますな。
 今回の三曲は作曲者がばらばらで、それぞれの味が出ていて面白いんですが、正直に言って、三人ともメロディーメイクに関してはそんなにうまい人じゃないと思います。三者三様に野暮ったさがあるというか。ただ、その旋律のちょっとした淀みが、松岡充のクセのある歌と絡むことでなかなかいい味わいになっているというか。都啓一あたりは、意図的にそうした独特の味を出すためにああいう曲を作っているのかもとも思ってみたりとか。

 この「旅の途中」は歌い手の松岡充本人自作。ちょっとスロー寄りですが、こういうミディアムテンポは得意分野かなと。Bメロあたりの、深く裂けた亀裂のように旋律に差し挟まれる、低音からえぐるようなオクターブの跳躍。これが彼の欠かすことのできない持ち味ですね。詞はごく平凡なんですが、特徴ある声と節回しでかなり印象付けは強くなります。
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2004年05月25日

スガシカオ「秘密」

 相変わらず、エゴの見せ方がうまいです、この人は。一歩間違えるとキモチワルイだけになってしまう心情を、音と声と言葉の絶妙なバランス感覚で、ほの暗い感情とスリリングさをにじませることに成功してます。変に自分がコメントすると『誰かが触れてしまうと きっとこわれてしまうから』とあるように(細かいですが、「こわれて」がひらがななのもポイント)、このバランスを崩して伝えてしまいそうなので、非常に突っ込みにくいです。はい。
 二人の関係を秘密にしておくことで、ちょっとした背徳感にゾクゾクするとか独占欲を満たしたりとか、あとちょっとしたマゾヒズムも漂っているように思えますが、そういうのってやっぱりどっちかというと暗い心の動きであって。特に今の邦楽業界では真面目さまっすぐさが賛美される傾向があるので、この歌は真逆のわが道を行っていることになります。流行に対して挑戦的、冷笑的な態度も感じられますね。
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