2008年08月07日

244ENDLI-x「kurikaesu 春」

Kurikaesu 春(Original Edition)
244 ENDLI-x
RAINBOW☆ENDLI9 (2008-04-02)
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<自己表現手法の変遷と先鋭化>

 KinKi Kids堂本剛のソロワーク、最新型。
 彼は、もともとは本名の堂本剛名義で、「街」とか「ORIGINAL COLOR」といったアコースティック性の高い楽曲をソロで歌っていました。それが、ソロワークのプロジェクト名としてENDLICHERI☆ENDLICHERIという名を冠して活動するようになり、そして「ソメイヨシノ」に始まるシングル3作を発表しています。

 アイドルとしての自分じゃなく、ありのままの自分を見てほしい…ソロ開始時からそんな雰囲気は漂っていましたし本人も公言していたようですが、たとえば堂本剛でソロ作品を発表していた時期は、「飾りを捨て去る」ことに力を注いでいたように思います、いま考えると。だから、シンプルなアコースティック作品で心情を吐露するような形の作品が生まれていたんだろうなと。
 ENDLICHERI☆ENDLICHERIになると、表現方法が一気に変わっていきます。シンプルではなく、入り組んだ音楽性やパッと見では理解できない歌詞を並べるようになりました。これは、余計なものを捨てる、というフェーズから、「自分自身のオリジナリティを表現する」ことを意識するようになったからなんじゃないかな、と。自分にしか表せない世界を楽曲に創り出したい、そんな思いを感じるのです。

 今作も、断片的に繋げられたフレーズは、決してわかりやすい内容ではありません。キャッチーにならないようにならないように、と気をつけているようにも感じられます。
 わざと遠回しな言い方をしたり、句点を付けてみたり、「・・・」を多用してみたり、『Kurikaesu』とローマ字表記にしてみたり。

 ただ、観察と内面心理描写に終始していた「ソメイヨシノ」と比べると、同じ「桜」を扱った楽曲でも、『羽ばたいて/空 掴んで』などなど、言葉が若干外向きになったような気がします。あと、捻った表現ながらも、伝えようとしているというか…読み手を意識して書いている印象を受けました。個人的な感覚なので、これは何とも言えませんが。

 それにしても、なんとか普通とは違う言葉を綴りたい、どこにもない表現をしたいという思いが、ひしひしと伝わってくるこうした表現は、どこか痛々しささえ漂ってきます。それだけ、アイドルという存在が抱える重さを示しているのかもしれません。

 ただ同時に、トップクラスのアイドルとして認められているからこそ、こんなに自由に表現活動をすることも許されているのでは、という点も押さえておきたいところ。
 本当の自分を見せたいけど、それは表向きの自分がないと露出できない。自己表現とは、かくも難しいものですね。
posted by はじ at 02:44| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(た行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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