Mr.Children Kazutoshi Sakurai
トイズファクトリー (2007/10/31)
売り上げランキング: 1400
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<すっと歩き出そうとする中に、ネガティブさを排除した確かな強さがある>
新垣結衣主演、ケータイ小説原作という、いろいろと話題性の豊富だった映画「恋空」の主題歌。決して派手ではないながら、ドラマティックなメロディラインやどこかリリカルさのあるアレンジなど、ミスチルらしさも充分に感じ取れる一曲だなあと。
「しるし」や「フェイク」は、はっきりとテーマ性を有していてしっかりと曲世界が作られていましたが、それに比べると、もう少しさらっと軽めな印象があります。
それはメロディラインの動きにも表れていて、たとえば、メロの入りが独特なのです。4拍子の4拍目から、次の1拍目をまたぐというのは、ちょっとあんまり見かけないリズム。バン、と歌い始めるのではなく、するっとアクセントなく言葉が始まるんですね。これは、2007年3月に発売されたアルバム「HOME」収録の「彩り」なんかも同じ傾向があったりします。
さらに今回は、サビの最後、つまり歌い終わりもまた「終わり」っぽくなく、主音で閉じない+小節の頭を感じさせない緩やかなリズムで締められていますね。不必要に区切られず、伸びやかに流れる自然体スタイルを意識してできているように感じるのです。
内容を多少乱暴に要約すると、「君」と離れてしまった「僕」が再び前に歩き始める…というところ。タイトルに据えられている「旅立ち」は、自然体のメロディラインと同様、重過ぎない始まりとして用いられているのかなと。たとえば「終わりなき旅」の「旅」と比べても、もう少し身軽なイメージがあります。
『さぁ どこへ行こう?』『なんか辿り着けそうじゃん』など、別れた後というシチュエーションにしては、けっこう軽い口調がちらほらと見受けられます。それはきっと気のせいではなくて、全体を通じて後ろ向きの心情が出てこないんですよね。これは、注意深く取り除かれているんじゃないかなあ、と考えてしまいます(後述します)
離れてしまったけど「君」の存在を胸に生きていく…という点は、きちんと王道をなぞっています。しかし、「君がいなくなって辛い思いをしたけど、また歩き出すよ」と語るのではなく、シンプルに「さあ、歩き出そうか」くらいなんですね。感覚としては。
二人の思い出を描いたり、未練や後悔を綴ったりしていないのは、この「旅立ち」の時点ではしっかりと気持ちを整理しているんだ、と解釈することができます。もちろん、この先辛いときは『君に語りかけるよ』と頼ることもする。しかし、『でも もし聞こえていたって返事はいらないから…』なのです。「返事しなくてもいい」というのは、もう「君」のことを過去のものとして消化しているからこその言葉ではないかなと。
辛いときに語りかけるのは、あくまでも今まで一緒だった過去の「君」。『僕の体中』に残っている「君」の存在を確かに感じられることが、離れた今の「君」の「返事はいらない」と言い切れる強さの源になっているんだろうなあと思うのです。 その他の部分も、さすがに巧いなーと感心するポイントがありました。一般的な表現から、きっちりと一枚ヒネリを加えることで、独自性にしているなあというか。
まず、『君の大好きだった歌 街に流れる』というシチュエーションは、わりとバラードなどで登場しがちなもの。ただ、それを『偶然が僕にくれた さりげない贈り物』と続けて表現することで、一段表現の層を増やしているなあと。
また、「贈り物」という言葉を選ぶ方向性がポジティブですよね。状況的に、幸せだった頃を思い出してヘコむなんてフレーズが続いてもまったく不自然ではないんですけれど。
『大切なものを失くして また手に入れて
そんな繰り返しのようで その度新しくて』
ここもまた、一枚上手の表現かつポジティブなところ。
「手に入れては失って、の繰り返し」とだけだとありふれていますが、
・「失くして」でも「手に入れて」
・「繰り返し」でも「その度新しい」
と、ふたつのポジティブなほうの言葉に結論付ける書き方になっているわけです。
そんなわけで。自然体でさりげない体裁をとりつつ、悲観的な思考を丁寧に排除し、はっきりと前を向く強さをさらっと漂わせる…そんなやり方で「旅立ち」を表現している一曲なんだということがわかります。