2008年01月27日

BUMP OF CHICKEN「メーデー」

メーデー
メーデー
posted with amazlet on 08.01.26
BUMP OF CHICKEN 藤原基央
トイズファクトリー (2007/10/24)
売り上げランキング: 5710


<「自己と他者の両方を見つめる」視点への飛躍>

 『君に嫌われた君の 沈黙が聴こえた』
 「君」に「君」が嫌われる。このフレーズを、まったく理解不能だという人はいない(少なくとも彼らの曲を好んで聴く人には)でしょう。目の前にいるのに、『水溜まり』の中=『深い心の底』という遠くで「沈黙」している「君」が、つまり「本当の君」なのです。(これって、おそらく解説するまでもない自明のことかと思いますが、しかしこれが自明なのって、実はすごいことですよね。<心の奥底に「本当の自分」がいる>ということが、共通認識としてあるってことなのですから)
 声にならない『救難信号』を頼りに、「本当の君」を探し救い出す。そんな内容の一曲になっています。

 注目したいのは、単純に「僕」が「本当の君」を救いに行く、という流れではないということ。もちろん主軸は「本当の君」を奮い立たせるための真摯な呼びかけなのですが、「僕」もまた沈黙の内に助けを求め、「君」に心の水溜まりへと飛び込んできてほしい気持ちも描写されているのですね。そして『再び呼吸をする時は 君と一緒に』と、お互いがお互いの「本当の自分」を救い合うことをゴールにしています。
 バンプの楽曲って、初期からストーリー性とメッセージ性を有しているものが多くありました。ただそれらは基本的に「自問自答」でした。『ダイヤモンド』や『ハルジオン』なんてわかりやすいですね。「ラフメイカー」や「グングニル」なども、想像の物語や舞台を構築する箱庭を展開させる形で、やはり内側で完結する世界だと言えるものだったかなと。それゆえに、内面を循環する強力なエネルギーも漂っていて、それが魅力に繋がっていたわけです。
 それが、段々と「他者」との関わりを歌っていくようになります。人の関係性をテーマにした「カルマ」、そして他者を見守る視点で語られる「涙のふるさと」と、外側に開かれていく流れが進んでいるなあと感じるのです。
 で、今回も主流は他者=「君」への語りかけ。だけにとどまらず、「僕」も「君」に救ってもら追おうとする。自分自身を見つめる形でメッセージを発していた頃から、それを別の誰かに投げかける術を身につけ、今度はどちらか一方でなく、自己と他者の両方を対象に据える。さらに視野の広がり、一歩進んだスタンスになっているなあと。

 印象的なフレーズが多い中、特に『怖いのさ 僕も君も/自分を見るのも見せるのも 或いは誰かを覗くのも』というフレーズがポイントです。怖さを赤裸々に吐露しているという点そのものも良いのですが、「僕も君も」と「君」を巻き込んで言い切ってしまっているのが何より重要。
 「僕は怖い」というだけでも、聴き手はその「僕」に自己投影して共感することができます。しかし、その共感の範囲は、歌っているバンプ自身とその聴き手までに限られます。そこを「僕も君も」ということで、その「怖い」と感じている範囲を他者、言うなればすべての人がそうなんだとまで広げていけるわけですね。「僕も君も」と目の前の人物に語りかける体裁を取りながら、実際には「すべての人がそうなんだ」というメッセージなのです。

 ところで、タイトルの「メーデー」とは、もちろん5月1日の労働者のイベントではなく『響く救難信号』のことを指しています。もともと無線通信での用語で、その点「沈黙を聴く」という表現にも、ちょうどよく合わさっている表現ですね。


posted by はじ at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。