2007年12月22日

平井堅「fake star」

fake star
fake star
posted with amazlet on 07.12.22
平井堅 URU
DefSTAR RECORDS (2007/09/12)
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<スターの孤独は、あなたのすぐそばにも忍び寄る>

 今ではすっかり甘いバラードや切ない恋愛ソングが定着している平井堅。ただ「瞳をとじて」の大ヒット以降は、ワンパターンにはならないよう、そういったイメージを踏襲する曲とそれ以外のタイプの曲を交互にリリースしているようです。作風もそうですけど、消費されて終わり、とはならないようきちんと考えてペース配分しているように感じますね。
 今回は、「バイマイメロディー」「君の好きなとこ」といった<王道>路線ではなく、「POP STAR」「哀歌(エレジー)」など、少し毛色の違う意欲的な路線。じっとりとダークな曲調の中で、「スター」の闇と悲哀を見せつける、というような作品になっています。

 『見下ろすパノラマ 空虚なサクセス/広過ぎる部屋に 居場所が無い』『プライベイトも切り売り』なんてあたりのフレーズは、成功した栄光の裏にできる陰を思わせるもの。華やかな一面を世界に見せ続けなければならない一方、その不自由さを嘆く…という苦しさをアピールしています。
 ただ、『携帯メモリー 一周まわったのに/会いたい人は誰?』とか『戦いながら 笑顔はキープ』というような孤独感/空虚さは、もちろん「スターの裏側」の範疇ではありますが、これはまたこっち側=一般人の間にも通じる感覚ではないでしょうか。
 すっかりトップアーティストとなった平井堅本人の心情では?とも思える内容になっているものの、単純な「あっち側」の話ではないのかなあとも思えるのです。「こっち側」の聴き手たちもまた、知らず知らずのうちに同調させてくる…そんな作りになっているようにも感じるのは、自分だけでしょうか。『that's you』とニセモノだと指し示されているのは、現代を生きる我々すべてではないのでしょうか。

 全般に漂う不安げな雰囲気は、コードを微妙に外してぶら下がりがちになるメロディライン(これは「哀歌(エレジー)」にも使われていました)とか、Bメロの半音ぶんの微妙な転調とか、やたらとトリルを入れる歌い方とか、音作りの面でもいろいろと伺えます。
 そんな中、ジャジーな間奏から一転、転調して少し落ち着いた雰囲気を見せるCメロ。ここに歌われている『偽りでいい 見せかけでいい/そのぬくもりが 今は欲しい』…こここそが、包み隠さない本音に当たる部分なのではないかなあと。たとえfakeだらけであろうと、その現在を嘆こうと、偽りでも「ぬくもり」がないと生きていけない…そんな悲痛な心情の吐露となっています。

 そういえば、つい今年はじめにもMr.Childrenが「フェイク」という曲を発表しています。この両曲はどちらも「たとえ嘘だろうと受け入れていく」というスタンスを見せているのが興味深いところ。平井堅はすがるように、ミスチルはあえて積極的にという差はありますが。
 …情報が溢れ、真実も嘘も見分けがつかないくらいになっている現代。何かとフェイクが騒がれる昨今ですが、ニセモノを拒み本物だけを選び抜いていく生き方よりも、酸いも甘いも受け入れていくほうがずっと適している!そんなカウンターメッセージにも感じてしまうところ。このシンクロは偶然ではなく、どちらも時代の流れから考えると出るべくして出たものなのかなあと。 さて、この「fake star」は、「POP STAR」の正反対を行っているようなイメージです。歌詞中に『wanna be a pop star』とさりげなく入っていたり、「POP STAR」は大文字だったのに全部小文字で書かれているあたりからしても、対を成すような位置づけになっているんじゃないでしょうか。

 この「fake star」、キラキラと喜びに満ち溢れた「POP STAR」の曲世界を真っ向から否定するような内容に感じてしまうところ。実際、この針の触れ幅はさすが職人だなあと思います。
 ただ、「POP STAR」の場合は、『恋に落ちたら誰もが誰かのpop star』と歌っていたように、一般的な「スター」ではなく、こっち側=一般人に呼びかけているものでした。だからこそ「fake star」もそうした要素があるのでは?と考えて前述の内容に至ったのですが。
 また「fake star」の中心となるネガティブ要素は「孤独感」や「虚無感」。それは「恋」が前提条件である「POP STAR」には、あり得ないものですよね。

 「POP STAR」…恋をすれば誰だってスターになってハッピー!
 「fake star」…華やかなスターでも誰でも、孤独は付きまとう。
 結局、最終的な結論としては、<人はみんな、他の誰かやそのぬくもりを求め、手に入れてこそハッピーになる>というところで2曲とも矛盾なく落とし込めそうです。


posted by はじ at 17:58| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そうですよね。はじさんのおっしゃる通り毛色がかなり違いますますよね。

私が一番インパクトがあったのは、シーケンサー風なリズム(もしかしたら重ねてるんじゃなくて、全部シーケンサーかも)
に乗って割合淡々と進んでいく中で、最後に「て言うかfake made」とスラングが出てくるところですね。

「POP STAR」の「化けの皮」をはがすと、実はこうだったとか、
「POP STAR」は全部、偽善と虚構だった、とも捉えようによっては捉えることができるので、
そういう風に考えれば、過去の作品のメッセージを前否定しちゃう平井の懐の深さってすごいなって思えちゃいます。
Posted by 親不知 at 2008年01月15日 14:55
>親不知さん
「て言うか」は確かにちょっとおやっと思いますよね。これも、スター界隈の話ではなくもっと身近なメッセージを隠している表れなのかな、と感じた一因です。

個人的には「POP STAR」を真っ向から否定しているとはあんまり考えたくなかったので、両立したんじゃないかなーという仮説にしてみました。
まあ、彼の作曲技法は職人肌なので、正反対の主張を込めて作ってしまうことも、充分に彼の能力の範囲内だと思います。
Posted by はじ(管理人) at 2008年01月23日 00:03
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