2007年07月21日

タッキー&翼「×〜ダメ〜」

×~ダメ~ (通常盤)(ジャケットC)
タッキー&翼 min-hwa 前嶋康明 TAKESHI 森元康介 CHOKKAKU 滝沢秀明 多胡邦夫 家原正樹 今井翼
エイベックス・マーケティング (2007/04/18)
売り上げランキング: 38630


<非日常へとトリップさせるための「ツッコミどころ」「やりすぎ感」>

 『ダメ ダメ ダメ ダメ ダメ ダメ』
 連呼すること、6回。普通の曲だったら2回くらい、繰り返してインパクトを出そうとしても4回あれば充分かな…という気がするのですが、そこをあえて、6回。ものすごく強烈です。なぜか聴いていて心配になってくるほど。

 とにかくこれだけでもご飯が食べられそうですが、ダメ連呼以外にもこの曲は見どころがたくさん。『I'm sick tell you(アイシテル)/愛してる My real(マリア)』…と、英語の読みをわざわざ日本語に合わせてるんですね。多少の文法は無視してまでも。いやはや、なんというか、凄いです。
 …でもこれ、実は過去にも「One Day,One Dream」ですでにやっていたりするんですけどね。またやるのか!シリーズ化なのか!しかも、作詞の人は別だし!こんな特殊も特殊なやり方で複数の人が書いているってのは、タキツバの方向性としてこの手法が推奨されているのか…

 やー、前回のレビューではひとすら大爆笑していましたが、2回続いてどうやら本気でこういうのを売り出しているとなると、けっこう本気でこの手法の効果を考察せねばという気になります。そもそもアイドルという存在についても、以前よりはあれこれ考えるようになっていますしね。
 そもそも彼らの場合、今回の楽曲がレアケースだというわけでもないわけです。「Ho!サマー」のタイトルからしてのテンション、「愛想曲(セレナーデ)」のちょっと間違っている感もある耽美調、そして各曲の振り付けなどを見ても、かなりツッコミどころの多いことばかりで。

 ここで、何度か書いているアイドル論を軽く復習しましょう。
 アイドルという存在は、本来は「非日常」、遠くにある憧れの対象としてあるものでした。しかし、SMAP以降の90年代のジャニーズは、「日常」路線、等身大のキャラクターを前面に出していきます。
 それはおそらく、「遠い憧れのカッコイイ存在」よりも「身近なところにいる何気ない優しさをくれる人」のほうがステキだ、というような時代の要請によるものだったのでしょう。社会で見れば「3高」なんて言葉が流行ったバブル時代の終焉があり、女性の社会進出が進み、「面白い人」が好感ポイントの上位になり…音楽界隈で見てもアーティストがトークする形式の音楽番組が増加する、などなど。理想の男性像の主流が、「特別な憧れの存在」から「分かり合える存在」へと移ってきているという仮説は、それなりに説得力があるかと思うのです。
 で、その流れは今も脈々と続いているわけですが、近年はさらに好みが拡散・多様化する時代になってきたこともあるのか、理想の男性像、そしてそれを忠実に実現しようとするジャニーズの路線もまた、多様化してきているわけですね。関ジャニ∞のようなおもしろキャラ&歌謡曲路線、KAT-TUNのようなクール寄りの楽曲を見ると、本当にそう感じます。
 そして修二と彰「青春アミーゴ」やこのタッキー&翼のような、昭和アイドル歌謡への回帰を感じさせる路線は、「憧れの存在」、偶像性が再び求められていることの表れでもあると思うのです。

 上記の文脈で考えると、タッキー&翼のスタイル、ベタさツッコミどころの多さは、きちんと意味があると考えていけます。あえてベタな曲調や振り付けにしているのは、「テンプレをなぞる」ことでより「アイドルらしさ」というイメージの輪郭を強めようとしているのではないか。同時に、パロディ的になることでユーモアも漂わせたり、上の世代の郷愁を煽ったりにも繋がっているのではないか…と考えたりするのです。 「ダメ」の連呼は、そういえば『NAI-NAI-NAI 恋じゃNAI』と歌ったシブがき隊「NAI-NAI 16」を思い出すような…って思い出すっていっても自分は同時代じゃないですけれど。で、『新世界トキメク亜熱帯A.B.C』あたりもやっぱり80年代からのセンスを感じさせますが、『青い鳥と赤い糸のメロディー』あたりの耽美性はビジュアル系バンドを、『果実の様 事実に酔う』あたりの押韻はヒップホップの隆盛を飲み込んできた今の時代だからこそのものかなーという印象もあって。
 そんなふうに、新旧の「カッコよさ」を混ぜこぜでぶち込んである、という豪華な内容になっているのかなあと思うのです。もちろん、最新のカッコよさは『MyRainbowworld(マウレンボハ)舞う恋慕は/Love me up(ラミア)ラミア』というこの和英語呂合わせで!

 この語呂合わせまではさすがにどうかなーと思ったりしますが、偶像性を主張することにおいては、「やりすぎ感」はけっこう重要だったりするのかな?とも考えてみるのです。

 普通こんなこと言わないよ!というようなこと、やらないよ!というような振り付けを、大真面目に(なのかは知りませんが)甘いマスクのアイドルが歌い踊ってアピールする。そこに生まれるのは、「カッコいい人があんなことやっている!」というギャップが生む面白さ…もありますが、どちらかというと真の要点はそこではないのかなと。

 重要なのは、聴き手側をさらなる「非日常性」へ導いていくことではないでしょうか。ファンという生き物は、憧れの対象が多少ヘンなことをやっていても、それもカッコいい!と思う心理が働いてしまうものです。冷静に考えたらツッコミどころがいっぱいでも、それさえ受け入れていこうとする。彼らを見る視線は、冷静さをあえて捨て去り、熱を帯びていく。日常の世界の判断ではなく、非日常の空間へと自分をトリップさせていく…
 言わばファン側の共犯関係を煽る役割になっているんじゃないかなー、とか考えたりするんですね。

 まあ、言ってみれば、人間が何かに熱中するときには、おしなべて進んでトリップしていこうとする心理が働いているんだと思います。
 なので、「ダメ」連呼にしても語呂合わせにしても振り付けにしても、ファン以外は何だコリャ?となる人が大半でしょうけれど、そこは冷静に見てはいけません。あえてトリップしてみましょう。違う世界がのぞけるかもしれませんよ?


posted by はじ at 10:56| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(た行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。こんにちは。
こちらのレビューはとても興味深く、いつも楽しく拝見させて頂いています。
ポルノ・晴一氏の歌詞についての考察に共感して以来、旧サイトより通わせて頂いています。

さて。そんな私はタキツバファン歴10年越えでもあるのですが・・・正直、ファンであっても「何だコリャ?」ですよ(苦笑)
なので「それさえ受け入れて〜トリップ」ではなく、むしろ「もう仕方ない・・やりたいようにやってくれ、こっちも好きに応援するから」みたいなある種の「諦め感」があるよう思います。
見て見ぬ振りとも言いますか。でも根底には応援する気持ちがある分、やはりファンとして受け入れているということでしょうかね。

新サイトは見やすくなって大変ありがたいです。
これからもレビューの数々、期待しております。
Posted by セツナ at 2007年07月21日 12:05
>セツナさん
コメントありがとうございます。
あー、ファンの方でもそんな感じなんですね。そんな気もしてましたが…
まあ、「何だコリャ?」ができて、それを大まじめにやれて、しかもファンも暖かい(生暖かい、なのかもですが)目で見てくれる、というキャラクターは強いですよ。やりすぎなのがそのまま味になっているわけで。

旧サイトからご覧いただけているとのこと、嬉しいです!これからもどうぞよろしくです。
Posted by はじ(管理人) at 2007年07月22日 09:30
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