2006年12月11日

中村中「友達の詩」

友達の詩
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
中村 中 , 浦清英 , 四家卯大

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<気持ちを打ち明けるという選択肢ははじめから存在しえない、絶対的で悲しい決断>

 離れることができない相手、しかし胸のうちにある恋心を伝えればきっと受け入れられない…だからこそ『大切な人は友達くらいでいい』と言い聞かせる。その悲しい決心を滔々と歌ってみせるのがこの楽曲です。
 思いを打ち明けられず、最後には今以上の関係にはならなくていい、そうやって人知れず感情を押し殺した経験のある人はきっと多いはずで、そんな人には少なからず揺さぶられるものがあるのではないでしょうか。

 さて、歌い手の中村中は、その女性的な容姿とは裏腹に戸籍上は男性であること、GID(性同一性障害)であることをカミングアウトしました。ただ、自分自身を女性だと考えているわけでもなく、まさに名前が示すとおり「どちらでもない」中性的な感覚があるということらしいです。そういえば、柔らかく澄んだハイトーンボイスは、「もののけ姫」の米良美一のような、カウンターテナーのような雰囲気を醸し出しています。
 この事実を公表したことを売名行為と感じる人もいるようですが、しかし彼女の場合は、製作する楽曲と密接に関わってくる事実であるために、公表することは正しい判断だったのじゃないかなと思うのです。

 たとえばこの曲も、彼女自身のことと照らし合わせてみると、より理解しやすい部分があるし、同時にこの楽曲の唯一性を証明することにもなるなあと。
 ただ打ち明けるよりも友達同士の関係を選ぶ歌なら、それほど数は多くないにせよ他にもあります。その中でこの曲は、恋愛関係を捨てて選んだ友人関係にも、居心地のよさ、安らぎを覚えていないのですね。
 『手を繋ぐくらいでいい 並んで歩くくらいでいい/それすら危ういから』というフレーズなどからは、少しでも抱いている恋心がばれてしまったらその場すべてが終ってしまう、というような切迫した危機感が透けて見えます。『見えていれば上出来』とまで退いてしまうのです。
 「今のままでも幸せだから、告白しないでもいい」といった思いは、どこにも見当たりません。「勇気が出ないから言えない」のではなく、『触れるまでもなく先のことが 見えてしまう』と言い切るくらいに、主人公に気持ちを伝えるという選択肢は存在しないのです。

 この点は、やはり作り手である中村中自身のコンプレックスに拠るものだと考えられるわけです。そうでない人よりも圧倒的に叶う確率の低い恋心。その辛さを知っているからこそ、こんなに厳しくて悲しい決意を描く歌が生まれたのではないでしょうか。


 とはいえ、思いを打ち明けられずに悩んでいる人というのは、打ち明けることで生じる関係の変化をひどく怖がっているケースが多いわけで。それこそコンプレックスなどなくても、この曲くらいに思い詰めている人はじゅうぶんに共感できるでしょう。シンプルな旋律と静から動へとダイナミックなアレンジ、透明な中にも時に気迫すら押し寄せてくる歌い回しなど、音楽の完成度も共感を深めてくれています。


posted by はじ at 00:04| Comment(0) | TrackBack(1) | J-POPレビュー女性(な行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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