2006年11月02日

嵐「アオゾラペダル」

アオゾラペダル
ジェイ・ストーム
スガシカオ, youth case, 小川貴史, 石塚知生, haj

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<鮮やかで生々しい喪失感の先で、「ペダルを漕ぐ」進みかたを選ぶ意味>

 この夏の大ヒット映画「ハチミツとクローバー」エンディングテーマ。メンバーの櫻井翔が主演していたり、原作のタイトルの元となったアーティストとして、主題歌におさまったスピッツ「魔法のコトバ」と並びスガシカオが作詞作曲を手がけているなど、いろいろ話題の引き出しがあります。特にスガシカオはKATTUN「Real Face」も先に作詞していたりと、ジャニーズとの結びつきが強くなっています…というよりは、ジャニーズの楽曲がスガシカオのような方向性にかぶるようになってきた、といったほうがいいのかもしれませんが。

 たとえばサビど真ん中、『明日を眩しいくらいに うまく描こうとして/ぼくらはキレイな色をぬりすぎたみたい…』なんてフレーズは、青春は青春でも「挫折」が色濃く織り込まれた青春の姿です。辛いこと傷つくこともある⇒でもプラス思考・行動で進んでいこう、という黄金パターンははっきりと踏襲されているわけですが、何と言うんですかね、喪失感が滲んでくるんですよね、スガシカオの場合。SMAP「夜空ノムコウ」でもそうでしたが、この生々しい喪失感、足場の心もとない状態の心情描写というのは、今までのジャニーズ楽曲では異色で、溶け込みにくかったものだったんだと思うんですよ。

 そこかしこに『あの時の君の笑顔』とか『きっとぬりすぎた色って 白に戻れないけど』など、爽やかな曲調の中であってもスガシカオらしい喪失感が散りばめられています。特に、現在進行形の「青春」ではなく、一度終わってしまったけれど『もう一度明日を描こう』と再び青春時代を夢見ようとする視点からなので、失われた日々の眩しさがより印象に残ります。この「振り返り」の視点は、「魔法のコトバ」でも同様でしたね。

 あとは「ペダル」つまり自転車を素材に選んでいることにも注目です。二人乗りの自転車そのものが青春を代表するモチーフだという点は外せませんし、また、「自らの力で漕ぎ動かすもの」「大地の上を進んでいくもの」「爽快感のあるもの」だという自転車の特徴も、また楽曲全体のイメージ作りに一役買っているのではないでしょうか。
 特に、地に足が着いている乗り物という点は作者の性格を感じます。つまり、「翼を広げてもう一度飛ぼう」あるいは「またプロペラを回してみよう」などと宙を志向するのではないし、かと言って「自らの足で走る」のでもない。空を飛ぼうとできるほど無邪気にはなれないし、息を切らせるほどひた向きにもなれない、そんな作者像≒主人公像が見えてはこないでしょうか。


posted by はじ at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(あ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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