2006年09月30日

aiko「雲は白 リンゴは赤」

雲は白リンゴは赤
ポニーキャニオン
aiko, Masanori Shimada

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<曖昧で微妙な表現にこそ宿る感情と、そこから生まれる「共感」>

 aikoはアルバムだと実はしっとりめの曲のほうが多かったりするのですが、今回は夏らしい軽快な一曲。ただし、中身はというと、今は遠い「あなた」を思い返す内容になっています。明るく爽やかに歌っているからこその切なさ、みたいなものが感じられます。

 とりあえず曲のほうは、相変わらずのオリジナリティ溢れるメロディセンスが炸裂しています。半音を多用する流れはもう言わずと知れた特徴ですが、コードから微妙に音を外してくるところも見逃せません。
 特に今回はサビ最後の『こぼれ落ちた水にまぎれ泣いた』の終わりがズレているんですよね。ふつーは曲の終わりといったら、落ち着いた、終わる感じになったりするために使われる音は決まってくるものです(業界用語で「解決する」と言います)それがこの曲の場合、和音進行はきちんと解決するのに、伸ばす音はその着地点からひとつ上にズレているという不思議な状態になっている、と。ただ、その少しだけ浮き上がった感じが、ポップな曲調の中で急に挟まれる「泣いた」という言葉の持つ余韻にあっているような気もします。

 そんな風に、ただ明るいだけじゃないこの曲の歌詞。読んでいくと、ある程度の内容は想像できるものの、明確な一本線の通ったストーリーを思い描けるところまではっきりとはしていません。ま、たいていの曲の歌詞ってのはそんなもんであって、足りない部分は聴き手が想像したり自分の実感に重ねたりしながら補い広げていくもので。でもaikoは、その聴き手側に想像させたり重ねさせたりするのが実に上手なんですね。
 『2人の間を隔てたものはあたしの中の黒いもの』なんてフレーズがあります。たとえばここで「黒いもの」って何だ!もっとちゃんと表現しろ!と糾弾するのは、ちょっと違う。もしもちゃんと表現したとするならばきっと「嫉妬」とか「不安」みたいな感情なのでしょうが、はっきりそう言っちゃうと、むしろ興ざめしちゃうはず。曖昧な表現だからこそ、聴き手は共感できるんです。『あなたの様にあたしも大丈夫になりたい』というとこも、考えてみると「大丈夫になる」ってどんなだろう、とか思っちゃうんですが、感覚的にはなんとなく納得できるものがあって。特にここはあえて曖昧な表現にすることで、「あなた」に対しての「あたし」の憧れとか信頼が伝わってくるんだと思うのですよ。「あなた」の様になれればいい、という。

 同じことを、『夢中で空仰いで』という部分にも当てはめることができます。仰ぐという動作は「見上げる」ということなので、「夢中で」という形容が正しいのかどうかは怪しいところです、文法上では。
 でも、ニュアンスは、前述のとこのようになんとなくわかるわけで。何かこう、いてもたってもいられない感情の昂ぶりを空に向かって開放しようとする、飛び込んでいく、みたいな気持ちが透けて見えはしないでしょうか。そう考えれば、このフレーズは「誤り」ではなく「表現」として捉えたほうがいいのではないか、ということになります。
 今思うと、「三国駅」で取り沙汰された『首をもたげて』もこの視点で考えてみるべきフレーズだったのかもしれません。

 まあいろいろ語ってみましたが、aikoはすべてを意識してやっているわけではないと思うのですよ。メロディにしても言葉にしても、きっと、不安定で揺れ動いたりする気持ちを表そうとするあまりに、音では細かい半音で移り変わるメロディになっちゃったりとか、詞ではもやもやと曖昧だったり元々の意味を超えてしまったりするけどなんとなく伝わる表現になったりとかしちゃうんだろうなあと。
 考えてみれば、人間の心なんかすっぱり表現なんかできないもので。特に恋愛感情なんてものは何やかやと揺れ動いちゃうものだし、あんまり的確に突いた表現ができたとしても、共感を得られるわけではないんですね。曖昧さある表現のほうがむしろ、絶妙に聴き手の心をとらえるのかもしれません。で、上述の通り、aikoはそれがうまい。
 もちろん何でも曖昧にすればいいってもんじゃなく、『不安を埋めるように抱きしめ返した夜』なんていう鋭すぎる表現もできてこそ、映えるものだったりしますけれど。…しかしこのフレーズはすげえな。抱きしめた、に「返した」が入るだけで、こんなに奥深くなるものか。ここはあえてアレコレ書かないので、各自その深さを考えてみてください。

 というわけで長々と書いていたら、タイトルについて触れていませんでした。曲中では「リンゴ」はぽっと出るだけであんあまり重要なモチーフに感じられないので、なんでこんなタイトルなんだろうと感じた方も多いのでは。
 曲調と雲の「白」が揃えば、あとは自動的に9割の聴き手の意識には空の「青」と草原の「緑」が連想できるんじゃないかなと思います。そんな爽やかな夏真っ盛りの風景に、鮮やかなアクセントとして入ってくるのがリンゴの「赤」なのです。はい、イメージ、イメージ。どこまでも続く広い城と青と緑の中、ぽつんとあるリンゴは、それでもその赤さゆえにしっかりと存在感をアピールしてますよね。それは、<広く明るい初夏の風景の中に染まりきらない「私」自身の存在>であり、<あれから時間が経っても残っている「あなた」への感情>であるのかもしれません。想像できましたか?
 同じ要領で『水風船』も考えてみましょう。遮るもののない心地よい陽気の中で、突然降りかかる冷たい水…明るい曲調の中でふと香る切なさに照らし合わせられはしないでしょうか。

 まだまだいろいろ書けそうですが、まあこんなところで。


posted by はじ at 01:07| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー女性(あ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
レビューアップ失敗したのにまたこんなにも素晴らしい長文を書かれるあたり、さすがです。<br />
僕にはできない・・・。
Posted by 硬水 at 2006年09月30日 22:01
や、記憶と気力さえあれば、むしろはじめに書いたものよりも内容が整理されるってのはあるんじゃないかなと。<br />
純文学小説家は、ひとつの小説を3回くらいは一から書き直すそうですし。<br />
この無事アップできた2回目の記事も、1回目よりちょっと内容増えてます。<br />
<br />
でも消えてしまった1回目はなんかすごく気分的にノッてたので、この2回目よりそっちのがよかったような気がしてならないです。まーしゃあない。
Posted by はじ(管理人) at 2006年10月01日 00:37
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