2006年09月23日

Aqua Timez「決意の朝に」

決意の朝に
ERJ
Aqua Timez, 太志

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<世代を明確に切り分ける、「J-POP第2世代」の代名詞になりうる存在>

 Aqua Timezのメジャーデビューシングル。と言いつつあんまり誰だかわかっていなかったので公式サイト見てみました。本人たちとしては「エモーショナルミクスチャーバンド」という立ち位置のようです。

 ファーストからどっしりとしたテンポでの、何か決意宣言めいたバラード調。その上を口語的な流れでもってつづられていく言葉。デビューから何か風格さえ漂うような、他の新人とは一線を画した感じですね。いきなり映画「ブレイブ・ストーリー」の主題歌に抜擢ですし、この夏もガンガン街中でかかってました。
 なんというか、彼らの登場=この曲の登場は、ひとつの時代の区切りだという感覚があります。個人的な妄想かもですが、21世紀入ってからの、「世界に一つだけの花」や青春パンクの台頭によるメッセージソングと、ORANGE RANGEに代表されるバンドともヒップホップユニットともその他とも違う、ジャンルにとらわれないミクスチャーという形態の音楽活動グループ、その両者がそれぞれ隆盛したのち、今ここで融合した!みたいな。そういう何か、ここから新時代が始まっていくような、J-POPにとって決定的な一曲なんだと思うのですよ。

 そういうと手放しでホメているように受け取られるかもですが、そういうわけではないです。…というと嫌いなのかと受け取られるかもですが、そうでもなく。
 時代の区切りになるのでは、という印象を受けるのは、この曲を構成している要素が、既視感を伴いつつほぼすべてわかるからです。やれパクリだとか騒ぎたいのでは全くなく、ただ単に、この曲は純粋に「自分の聴いてきたJ-POP」の影響下にあるんだ、そこから生成されたものなんだとわかってしまうのです。それはたいへん感慨深くもあり、悲しくもあり、ちょっと白けたりもしつつ、すごいことだなあと思います。

 まず、声と歌い方は、これはもうミスチルですね。歌詞も、もしかしたら「名もなき詩」以降の感情吐露系の楽曲を意識しているのかもしれません。時代も拠って立つ位置も違うので、着地点はだいぶ異なっている気もしますが…
 口語調のメロディはミスチルもありますが、ヒップホップの影響が強そうです。ミスチル⇒フォーク的な流れからのアプローチであれば、もっとフレーズごとに言葉が途切れるものだと思うのですよ。この畳み掛けてくる切れ目ないメロディワークは、マイクを入れ替わり立ち替わりしてつないでいくMC、ヒップホップ畑に近いもののはず。
 詞の言いたいことはほぼ、ただひとつ。「不恰好でもいいから一生懸命に生きよう」これに尽きます。この「ありのまま」を賛美する、「カッコイイ」じゃなく「カッコワルイ」をあえて選ぼうとするあり方は、近年のメッセージソングを煮詰めて煮詰めてろ過したような、最果てにあるものではないでしょうか。
 そして感動を高めるストリングス。バンド以外の音も当たり前のように使う貪欲な姿勢は、まさにミクスチャーバンドのそれです。感情の流れが曲進行に沿って続くストーリー性とか、2コーラスのメロでは1コーラスのときよりもメロディや楽器がアドリブ的にプレイされる流れ(いつの間にかお約束になってる)とか…とにかく、90年代以降の自分が慣れ親しんできたJ-POPの要素を詰め込んだ集大成のように思えるのです。

 それはひとえにこのグループが、自分と同じようにJ-POPを聴いて育ち、影響を受けたからに他ならないわけで。最近の他のアーティストにもそういう感覚を受けてはいましたが、つまり「J-POPをルーツとする世代のJ-POP」が誕生しつつある、ということなのでしょう。
 このことは個人的には「ひとつの時代の終わり」でもあって、今までは自分と地続きだった「青春ソング」が、ここでぷっつりと離れてしまったような感覚を伴っていたりします。いま中学生高校生だったらハマっていただろうなあ、と考えつつ実際のところは、いやはや若いよなあ…みたいなやるせない感想が出てきてしまうのです。


 ま、それでも語れることはいろいろあります。
 ここまでストレートで、そして見事なまで正論な意志を叫ぶのは、やはりここ数年の傾向で。『他人の痛みには無関心 そのくせ自分の事となると不安になって』…と続く一連の性格描写は、内向的なほうに閉じこもりがちな現代の若者の闇、そのものの部分。そこから『ヘタクソな夢を描いていこうよ』『きっと人に笑われるくらいがちょうどいんだよ』と、カッコ悪くても外側に向けて思い切って踏み出すことを促していくわけです。「強く生きていく」ことを無理に目指すのではなく、「弱さを受け止めて生きていく」ようにしよう、という、体育会系ではない、優しい主張なのですね。

 で、もっとも重要なサビ頭部分。『辛い時 辛いと言えたらいいのになぁ』『淋しいのに平気な振りをしているのは』何気なく聴いていてここでぐっときた人も多いのでは。
 こういうフレーズは、ちょっとズルいんです。だって、辛いと言わずに我慢しているんだってことを、ここで口に出して歌っているわけですから。「弱音を吐かずに頑張る」ことを、弱音を見せつつアピールしているわけで。そりゃ、愚痴を言うまいとして日々頑張っている(と考えている)人だったら誰でも共感しちゃいますよー。(※同じようなことを昔ゆず「栄光の架橋」でも言いました)

 言葉の乗せ方は悪くないですし、自分より年若い世代に支持を得るのは間違いない時代に沿ったセンスを持っているなあと思います。逆に自分より上の、ルーツとなっているJ-POPに馴染んでいる世代には、あんまり惹かれないんじゃないかなあとも。世代を分ける明確な境界線となるグループでは、という気がしています。


posted by はじ at 03:48| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(あ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この曲初めて聞いたとき<br />
「完全にミスチルじゃねーか!」<br />
と思い、それでも売れてることがなんとなく気持ち悪かったんですが、これ読んでその疑問というか、気持ち悪さの答えをもらった気がします。
Posted by ばし at 2007年01月25日 14:55
はじめまして。<br />
共通だと感じるのは「口語で赤裸々に自問自答する」というスタイルですね。メッセージそのものは、時代のせいかミスチルとはだいぶ違うとは思います。<br />
<br />
この曲を聴いて感動するのもよくわかるんです。でも、自分自身の実感を伴えはしなかったなというところでしょうか。
Posted by はじ(管理人) at 2007年01月29日 00:48
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