2006年08月26日

手嶌葵「テルーの唄」

テルーの唄 (ゲド戦記 劇中挿入歌)
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
手嶌葵, 宮崎吾朗, 寺嶋民哉

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<聴き手の感情を揺さぶるための「子守唄」のイメージ>

 というわけで、この夏のジブリ新作映画、「ゲド戦記」テーマ曲です。歌い手の手嶌葵は劇中テルー自身の役を務め、作詞は監督の宮崎吾朗自身が手がけています。
 曲タイトルも役名が入ってますし、正当なレビューをするなら本来は映画作品を観ないといけないところなんでしょうが…残念ながらまだ未見です。まあ、このブログは、取り上げるどの曲も予備知識がない人にも楽しんでもらえるように、というコンセプトのもと曲だけを見ることが基本なので、むしろ映画を観ていない人にも興味深く読んでもらえるようにするためには映画と絡めないほうが都合がいいのでは…ということで、理屈を捏ねつつ、ご容赦を。

 映画の原作は「世界三大ファンタジー」と称される小説作品で、当然ながら舞台も「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」とは違い、欧州的な雰囲気…いわゆる西洋ファンタジー世界っぽい感じです。自分の知る限り。ですが、この主題歌は、むしろ日本民謡的な旋律をしているし、また詞でも『悲しかろう』とか『虫の囁く草原を』みたいに、ちょっと古風さが漂っています。アレンジも、どこかでわらべ歌っぽい雰囲気を出そうとしているように感じたり。なんだか、子供の頃の夕暮れの風景を思い浮かべちゃうんですよね。同じように感じる人、きっといるはず。
 推測ですが、感じさせたかったのは「和風」というよりも、もっと根本的なところ…郷愁とか、童心とか、子守唄のような安らぎとか、そういうことなんじゃないかな、と。西洋世界に日本っぽい曲を当ててミスマッチを狙ったとかそういうんじゃなく、あくまでも伝えたいことがあって、それがこの曲に漂う物悲しさ、懐かしさでこそ表現できる。そう考えたんじゃないのかなあということです。西洋東洋関係なく、ただ郷愁を感じさせたい、浸ってもらいたいと思ったときに、この童謡/子守唄のようなフォーマットが最適だ、みたいな。
 実際、子守唄って不思議ですよね。赤ちゃんを寝かしつけるための唄なのに、なんだか哀愁があって、どこか鎮魂めいた雰囲気もあって…

 『心を何にたとえよう』というフレーズが印象的です。鷹、花、「あなた」…身の回りのものから影響されて発生するさまざまな感情、言葉にならないような移りゆく思いを、それでも何か表現したい、というような。あえて感情を表に出してこない囁くような歌い方(これがやっぱり子守唄チックなに思うんですが)でこうした内容を歌っているので、むしろ聴き手はあれこれ考えさせられますよね。


posted by はじ at 16:58| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー女性(た行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「心を何にたとえよう」というフレーズについて、ネット上ではある人が「心オナニーにたとえよう」ってどういう意味や!なんてジョークを飛ばしていましたね(笑)。
Posted by シスターチルドレン at 2007年01月08日 07:16
これけっこう言われてますけど、自分は全然そんな風に聴き間違えるのがわかんないんですよねー。<br />
でも、メロディのリズムや流れを考えると、「心」でいったん切れる感じがするのはあるかなと。
Posted by はじ(管理人) at 2007年01月08日 14:45
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