2006年08月07日

Cocco「陽の照りながら雨の降る」

陽の照りながら雨の降る
ビクターエンタテインメント
Cocco, 根岸孝旨

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<陰から陽へ、恐る恐るながら足を踏み出していくための、リハビリとしての祈り>

 復活した歌姫Coccoの、「音速パンチ」に続くシングル。前作はカタカナ織り交ぜ表記の詞とアッパーで乾いたサウンドでしたが、今回はまたそこからも変わって、途切れ途切れの言葉と厚みをつけていく音世界、島唄のような祈りの雰囲気に彩られています。

 活動休止前は、何がしか「狂気」あるいは「トラウマ」あるいは「ゆがんだ愛情」のうちのどれかの匂いを常に纏っていた彼女でしたが、この歌からはそれはほとんど感じられなくなっています。『許さないで 私を/失くさないで あなたを』に若干その気配が残ってはいますが、これもまた何かの罪悪感(これも以前のCoccoによく見られる特徴ですが)を持ちながらも、退廃の空気につながっているわけではなく…むしろ『生きるように 歩いた』とあるように、これからのためにケリをつけた、というようなポジティブさを内包しているように思えるのです。
 短く並べていく断片的な言葉、そして言葉を紡ぐ代わりに『ハイヤイヨ』と、自らの拠るところである沖縄の祈りの掛け声(らしい)を繰り返し、その中で『守りたい あなたを』という意志を、ふと、こぼす。シングルとしては(実は)珍しく沖縄っぽさを前に押し出してきて、シャーマニックな装いを作りつつも、本質的には、これはある種の「リハビリ」のようにも感じます。明るい場所へ行くための通過儀礼というか、まだ幸せを感じるのに恐々としているというか…陰性から陽性に転じていくために、前作から今作へと、段階を踏んで昇っているような感覚がするのは、自分だけでしょうか。『燦々と 雨』と、陰のイメージを持たれがちな雨というモチーフを鮮やかに描く、そんなところに、彼女の陽への変化が現れてはいないでしょうか。

 ところで、島唄っぽいのはメロディラインやアレンジや「ハイヤイヨ」のせいもあるんでしょうけれど、歌い方もまた影響しているなあと。コブシがきいているんですよね。小節の頭に本来ある音が、ちょっと溜めて、遅れて出てきているんですね。これが祝詞というか、祈祷のような雰囲気を出すのにもつながっています。


posted by はじ at 00:57| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー女性(か行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 前にメルマガでも取り上げましたが、この歌には大きく包み込むような何かを感じますね。で、その延長でアルバムを聴いたんですが、もしかしたら以前のCoccoファンには物足りなく感じてる部分があるかも、って思いました。<br />
 狂気と表裏一体の愛情をCoccoの歌に求めてた人、多いんじゃないかな・・・
Posted by 覆面Z at 2006年08月11日 23:38
実はまだアルバム聴いてないのです。うう。<br />
でもシングルを追うだけでも、コアなファンというか、救いのない歌に何らかの救いを得ていたような類の人には失望されるかなあ、という気はします。<br />
もうそれは仕方ないでしょう。あの世界を歌える人は他にいなかったわけですし、そういう歌はもう作らないかも…というのは寂しいです。<br />
ただ自分としては、そんな独自の世界を脱してまで新しいタイプの曲を歌い始めたCoccoは凄いと思いますし、応援してあげたいと思いますね。ミスチルが苦悩の時期を乗り越えて前に進む歌を作り始めたときと似た気持ちです。
Posted by はじ(管理人) at 2006年08月12日 01:20
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