2005年08月27日

Mr.Children「四次元 Four Dimensions」

四次元 Four Dimensions
トイズファクトリー
Mr.Children, 桜井和寿, 小林武史

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<「過去」と「現在」からまっすぐ地続きでつながる「未来」>

 4曲入りマキシだから「四次元 Four Dimensions」。どの曲もA面扱いである、ボリューム感がある内容だということをアピールできるネーミングセンスはなかなかです。
 ただ、「四次元」っていうほど曲調や内容がバラバラだとはあんまり感じません。かといって同じトーンでつまらないとかそういうことでもなく、ただ4曲がともに共通する方向性を持っている、という感覚を受けた、ということです。

 「未来」は、その言葉から想像するよりもシニカルな内容になっています。ヒッチハイク、という寓話的な設定を据えつつネガティヴ気味な自己分析をしていて、その中では『生きてる理由なんてない/だけど死にたくもない』と自分を省みています。
 そんな、ちょっと躁的で自嘲気味な歌い方と雰囲気で描かれるメロ部分から、サビに移った途端にいきなり世界が変わります。まっすぐでひた向きで、キラキラした感じ。この一気に塗り変わるような落差に戸惑ったって人も多いのでは。はじめ聴いたときには、CMで流れているサビと結びつかなくて違う曲かと思ったりとか。
 そしてそのキラキラ感の中ではじめに語られているのは、『生まれたての僕らの目の前にはただ/果てしない未来があって』という、過去の輝かしさ、そして、現在目の前にある『先の知れた未来』を否定しようとする気持ちです。

 夢と希望に満ちた「未来」を信じられた「あの頃」と、その限界を知ってしまった「今」。挫折と失望、そして懐古。思春期以上の人間ならば、誰でも経験があるのではないでしょうか。「未来」という単語は素敵に聞こえるけれど、それを自分の身に当てはめて考えた場合、ため息をひとつついてしまいそうになる、というような。
 そしてこの曲は、というだけでなくこの1枚に収められた4曲はすべて、この「先の知れた未来」を経験した人々に捧げられた歌なのだ、と感じています。「果てしない未来」を無条件に信じることのできなくなった、イノセントを喪失した(と感じている)人々、と言い換えてしまってもいいでしょう。

 ミスチルは、もともとは「果てしない未来」を高らかに歌っていたバンドでした。「イノセントワールド」では、その「果てしない未来」を信じていた純粋さを取り戻せるといいな、と歌っていて、そこには「きっと無理だろうけれど」というような陰りはまったくと言っていいほど感じられません。また、「Tomorrow never knows」はタイトルからしてそうですね。深い喪失感に苛まれつつも、『果てしない闇の向こう』に手を伸ばそうとする。「闇」とややネガティヴに描かれているとはいえ、「明日」はここでも不可知=不定形です。
 やがて彼らは悩み苦しむ時期に入ります。イノセントの喪失と崩壊は進み、夢を語るのではなく現実をぶっちゃけるようになり、「果てしない未来」を嘲るようになります。「everybody goes〜秩序のない現代にドロップキック〜」では『明るい未来って何だっけ?』と忘れてみたり、「ニシエヒガシエ」では『夢や理想にゃ手が届かないが』と諦めきっていたり、『暗い未来を防ぐんだ』と自嘲的に歌ってみたり。

 「未来」では、「先の知れた未来」をも『変えてみせると この胸に刻みつけるよ』と最後に宣言しています。ただ「果てしない未来」を信じるキレイで幼い心をもう持てなくても、「先の知れた未来」に幻滅するのではなく、受け入れつつ変えてしまおうとする心を持つ決意をしているわけです。

 「and I love you」は『飛べるよ 君にも/羽を広げてごらんよ』と、一見すると夢想のような語りかけで始まります。しかしそれは決して何の根拠もない、愛を語るためだけの甘い言葉ではなく、『まだ助走を続けるさ』とあるように、「今」の二人からまっすぐ地続きである「未来」を目指し「助走」をつけたうえで「飛べる」のです。
 『もう一人きりじゃ飛べない』というフレーズは、「果てしない未来」を無条件に信じられない、という喪失と重なってきます。しかしそこに哀しみはなく、「君」がいれば飛べる、と相手を求める気持ちにつながっていて。一人で飛べる純粋さを失ってしまった代わりに、『未来がまた一つ ほらまた一つ/僕らに近づいてる』というような実感を手に入れることができているわけです。この、少しずつ未来が近づいてくるというのは、ただ漠然と広がり続ける「果てしない未来」を信じているだけでは得られない実感だと思うのですが、いかがでしょうか。

 『息絶えるまで駆けてみよう 恥を撒き散らして』と歌う「ランニングハイ」は少々、異色ではあります。曲全体にどこか狂騒的な雰囲気が漂っていて、そしてボーカルがメタメタに上下動していて、聴いているだけで息切れしそうでもありますし。
 しかしこの「とにかく全力で走ってやる」というがむしゃらな思いは、勢い任せであるとはいえ「and I love you」における「助走」の意味合いと同じ部分があるのではないでしょうか。自分の心の声とやりあうなどいろいろ苦しんで、『また僕を育ててくれた景色が あっけなく金になった』といろいろ失いつつあって、という「今、この現実」を、逃避ではなく走り続けようとしている点で。「and I love you」と違ってともに走る相手がいないぶん、ちょっと苦しそうで、本当に前に向かっているのかもよくわかんない状態ですが、とにかく吹っ切れてはいます。

 「ヨーイドン」。子供視点で書かれている詞の体裁を取っていますが、実際には、大人になっていく子供を、大人が、大人のために描いた歌だと思います。つまりは「大人のための童話」と同じ意味での「大人のための歌」かなと。
 “この1枚に収められた4曲はすべて、この「先の知れた未来」を経験した人々に捧げられた歌なのだ”と上では書きました。前までの3曲は、「先の知れた未来」を肯定的に受け入れていこう、というメッセージなのに対し、この曲だけは、『どこへでも行ける』と思える、「果てしない未来」を存分に描ける子供の視点を使うことで、大人たちの郷愁を満たそうとしています。
 『半ズボンもリボンも似合わないような大人になっていくよ』というようなフレーズ、ここには明らかに大人になっていく悲哀が込められていているし、『大人も悩んでるよ』なんてぽつりとこぼしてみる辺り、ちょっと卑怯な感じもします。ただ、「果てしない未来」を描く子供から「先の知れた未来」を見る大人へのラインを明確に描き、『いい手本が近くにいっぱいあんだ』と語らせることで、今の大人たちを、単なる純粋な時期への逃避という形ではなく救おう、気持ちを軽くしようとしている向きは感じられます。


<本当の意味での「答えはいらない」という思い>

 『今 分かる答えはひとつ ただひとつ/I love you/and I love you/and I love you』
 「and I love you」の一節。「君」とのコミュニケーションにいくつもの疑問を投げかけつつ、あれこれ考えつつも、ただ込み上げる感情をひたすら繰り返し続けます。もちろん「I love you」が問いかけの答えになるはずはないです。しかし「I love you」を何度も繰り返すことで、その理由も根拠もだから何ができるともどうしたいとも語らずひたすらに「and I love you」と続けることで、言葉の上での疑問や不安、その他理屈で考えるあれこれ一切を脱しようとしているふうに感じるのです。

 また、ひたすら走り続けようとする「ランニングハイ」にも、理屈で導く「答え」を否定しようとしているフシがあります。人間走りながら悩むことはできませんし、『理論武装で攻め勝ったと思うな バカタレ!』という心の声もありますね。『どこに向かっているのかなんて分かんない/でも飛び出していくよ』と歌う「ヨーイドン」も然り。ある意味では、「先の知れた未来」を変えようとする「未来」も、明確な答えから何とかして抜け出そうとしているようにも取ることができそうです。

 答えを出そうとしてもがいていた頃に比べると、ずいぶん変わったなあ、と思います。

 「Any」に代表されるように、「答えはひとつじゃない」という主張は活動再開後から見られた特徴ですが、「答えはひとつじゃない」ってのもひとつ結論付けられた「答え」である、という矛盾がそこには生じてしまうわけで。そうすると、答えを一時預けにして、とりあえず感情をひたすらに曝し繰り返し続けてみたり、何も考えず走りまくろうとしたり…というほうが、より実質的に「答え」を出そうとする呪縛から逃れた歌になっているなあ、という印象です。


<自己の客観視、スケールの広がり、でも失われないエゴとの対峙>

 今回の1枚を聴いて、ミスチルはまた少し深さを増したな、と感じました。それはひとつには、現実から地続きの未来を肯定的に描けるようになったこと。もうひとつは、答えを出すことに(本当の意味で)こだわらなくなった、懐の広がり。
 では、どうしてそうできるようになったのか、というのが、もうひとつ感じたポイントで。これ、より客観的な視点で歌を描くようになったからなんじゃないかな、と思ったんですね。

 ヒッチハイクというシチュエーションを用いた「未来」。甲/乙の自分内やり取りがある「ランニングハイ」。子供視点で描かれた「ヨーイドン」。どれも、自分(=書き手)の外側にいったん視線を置いています。こういう手法を取ることによって、自分の立ち位置を把握し、その位置から進んでいく方法を見定められたのではないかなと。
 ただ「and I love you」だけはひたすら自分の感情を溢れさせる歌ですけれど、これだってやはり客観的な視点を一方で得たからこそ、ここまで吹っ切れた思いを描けたんじゃないかなと。「君が好き」なんかだと、まだ自分で出した答えに戸惑ったり自信を持ちきれなかったりしている風でしたが、そういう要素は今作では見当たりません。
 や、「君が好き」は、あの『煮え切らない』感じがよいわけですけれど。

 bank bandの活動が影響しているからでしょうか、桜井和寿の作る歌はより強度を持ち、かつ柔軟さを増しているようです。活動のスケールが広がることで、毒気のない薄い歌になってしまうんじゃないかという心配も少しばかりありましたが、とりあえず安心です。内なるエゴとここまで向かい合い続ける作風には感嘆します。それはひたすら個人的な歌しか作れないということ、いつまでも割り切れずに悩み続けているという青さでもあったりします。が、それゆえバンド名どおり、大人になりきれない子供、子供を捨てきれない大人への絶大な支持を得ることができるのだし、歌のスケールが広がっても、そこに乗せる感情が薄まらず強い響きを持って届けることができている、と感じられるわけです。
 アルバムも楽しみです。


posted by はじ at 19:07| Comment(2) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(ま行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
長文、お疲れ様です。最近、ここのページを見つけたんですが、歌詞を中心にレヴューされていて、しかもその解釈が自分の考えと当てはまるのが多く隠れファンとして、いつも見させて頂いています。<br />
これからも、バンバンCDレヴューをしてくださいね(無責任<br />
<br />
PS.ここのレヴューでスピッツにはまりました(笑
Posted by ピピモン at 2005年08月28日 14:55
はじめましてー。どうもありがとうございます。<br />
ここの記事を読んで興味を持ってもらえるというのはとても嬉しいです。<br />
好きになっていただけたのなら、さらに。<br />
しかもそれがスピッツだなんていう日には、自分としても本当に幸せですわー。こちらこそ好きになってくれてありがとう!という方です。<br />
<br />
ではでは、これからもよろしくです。<br />
今はちょっとこの長い記事でぐったりしてますが…
Posted by はじ(管理人) at 2005年08月28日 16:07
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