2005年01月28日

Every Little Thing「恋文/good night」

恋文 / good night
Every Little Thing, 持田香織, HIKARI, 伊藤一朗, 十川知司
エイベックス・ディストリビューション

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 両A面のどちらもがバラード系統。ただし「恋文」はわりあい淡々としていて一本芯が通っているという感触を受けるのに対し、「good night」はぐっと盛り上がり、広がりが大きい、とタイプに若干の違いがあるように思います。
 両方とも同じ作曲者なんですが、このクレジット「HIKARI」って人、けっこうクセのあるメロディ&コードを展開させてますね。クセあるっていうか、わざと王道からズラしズラしやっている感じがあります。極端に変なことをやっているわけじゃないですけど、おやっと感じる人はいると思います。それが味に聴こえるか違和感でしかないかは、まだ半々くらいかな。なかなかチャレンジ精神がある姿勢で好きですが、「恋文」のBメロ中盤と「good night」のサビ真ん中のつなぎ方はちょっとヘンかも。

 さて、詞です。
 持田香織の書く詞は、高確率で一人称が「僕」です。今回も両方ともそう。「僕」と出てこない曲でも、ざっと見る限りでは中性的なものばかり。これは、かなり特徴的な一面です。
 90年代、プロデューサーの五十嵐充がいた頃は、詞も彼が書いていました。それは非常に「イマドキの女の子」を前面に出した詞でして、今の持田香織の路線は、あの反動なのかもしれないなあと思ったりもします。
 こういう解釈は、こういうサイトであれやこれやと書いている自分にとって都合のいい憶測でしかないのですが。でもまあ、たとえば「僕」とも「私」とも出てこないけどやや女性的かな、と思える「frajile」が大ヒットしたのに、その女性路線でやっていこうとは全くしていない(あるいは「ファンダメンタル・ラブ」みたいな書き方をする)あたり、かなりこだわりの強さを感じます。

 持田香織の詞は「共感を呼ぶ」と、巷では評判が高いです。でも、決して彼女、フレーズの魅せ方や表現の技巧がうまいっていうわけじゃないんですよね。たとえば「恋文」では『僕のためといって/君がついた嘘なら/僕にとってそれは 本当で』とか、もうちょっと短くぎゅっとまとめた言葉にならないかなあと思ったりします。初めの一行とか、取ってもじゅうぶん通じますし。
 ところが、これがもしかすると「共感を呼ぶ」ゆえんになっているんじゃないかと。この、詞の内容のまとまりきっていないたどたどしさが、「僕」の真剣なんだけどうまく伝えられないもどかしさに重なって、聴き手の感情移入がしやすくなっているという推測もできるんですね。
 というわけで今回は、いろいろと突っ込みどころはあるんですが(特に、どうも死別の歌らしい「good night」のほうに)そういうところが良さなのかもと言ってしまった手前やめておきます。もうかなり文章長いし。


posted by はじ at 23:25| Comment(6) | TrackBack(0) | J-POPレビュー女性(あ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
だからボーカルもあんなたどたどしい感じになったのか!とめちゃめちゃ合点してしまった私です。鋭いっすねぇはじさん。なんとなしに聴いていたけど、そういえば持田って頑なに女性性を出さないですね、歌詞において。そういやライブのパフォーマンスとかも男っぽいし。根がそういう人なのかしら。
Posted by TSUKASA at 2005年01月29日 13:36
やっぱり、根がそういう人なのかもですねー。だから五十嵐さん時代は、いろいろ抑圧されていたのかもなあと邪推してみたわけです。<br />
<br />
でも、これ書き忘れたんでついでに補足しておきますが、今回は歌い方もちょっと変わってきたような気がします。YUKIとかCHARAとか、あっち方面の匂いが、かすかに。<br />
井上陽水のカバー出した影響なのかなあとも思うのですが、やっぱり今までのイメージから離れようとする姿勢に感じられるんですよねー。
Posted by はじ(管理人) at 2005年01月29日 15:49
持田はテレビで見るとおとなしそうですが、実際はそうでもなく普通のようです。普通って曖昧ですが(笑)。東京下町生まれですしね。騒ぐ時は騒ぐみたいな。だから彼女に対しておとなしいって表現は違うかなと思う。<br />
<br />
ただ五十嵐時代のELT像から脱却しようとっていうより、自然にこういう形になってるって気がしますね。<br />
五十嵐時代は五十嵐さんが全部やって持田はある意味歌うだけだったので、彼がいなくなったことで自分も作詞をする事になり、、脱退まもなくは従来のELT像を継承してる雰囲気がありますが、それから自分で感じたこととか思うようになっていった結果が今になってるかなと。それによってセールス面が、五十嵐時代のファンはとまどったでしょうが、また新たにファンを開拓できたんではと思います。あのまま五十嵐さんがずっと居てもマンネリしてたと思いますし。飽きられてたかなと。最近はYUKIに影響受けてるってのは多分にあると思いますね。<br />
<br />
人称は五十嵐が書く詞では、「僕」も「私」も使わない人称が出てこないようにしていた気がします。それは万人に受け入れられるように、なんじゃないですか?<br />
あんまり「僕」や「私」で男性あるいは女性路線ってのは無いと思うんですけど・・・「恋文」は「僕」ですけど、でもやっぱり女目線ですよやっぱり。<br />
あんま関係ないと思うんですけど・・(しつこい)。<br />
<br />
長くなりました。。
Posted by 硬水 at 2005年10月30日 18:03
確かにそこまで大きく変わった、って印象はないですよね。自然な変化なのかもしれません。<br />
<br />
一人称の問題はやっぱりあると思いますよー。女性である持田が「僕」を使っている、という点で、そこには必ず「私」を使わない理由というのが存在しているはずですからね。普段「僕」と言ってるんならまた話は別ですが。<br />
<br />
ただ、まあ、女性が「僕」を使うからといってそれが男性視点なのかというと、また微妙なところで。<br />
簡単に言うと「中性的」になるんですよね。「性」の臭いがしなくなるんです。<br />
<br />
もうちょっと細かく言うならば、女性の歌での「僕」というのは、女性のイメージする「少年」の印象だと思うのです。男性が少女をイメージするときもそうなりがちですが、幼い(=「性」の発達していない)異性というのは「純粋」だ、っていう印象を持ちやすいものなんですよね。<br />
でも実際そうキレイなもんじゃないというのは、同性ならわかるんですが…<br />
<br />
というわけで、持田の「僕」というのは、主人公の純粋さ、ピュアな感情を表したいという想いが、「少年」というイメージに収まったゆえではないかと思うわけです。<br />
ただし、男性にとってみると、改めて見てみると違和感あるものなんですけどね。<br />
<br />
五十嵐時代のELT、「私」使ってませんでしたっけ?あれー?<br />
でもあの頃は、やっぱり女性的な主人公だと感じるんですよね。
Posted by はじ(管理人) at 2005年10月30日 22:23
持田は曲の雰囲気から分けていると前言ってたかな。聴いた感じで。ただ女性が僕を使うのは最近(ってこともないか。)珍しくないと思うんですが、それを差し引いても確かに持田は「僕」が多いですよね。新曲も「僕」だし。彼女は前にもこの事に触れてたんですが、ちょっと忘れてしまった(笑)。<br />
<br />
五十嵐時代は基本的に女性だと思います。てか女性ですね(笑)。中性的ではありながらも。
Posted by 硬水 at 2005年10月31日 16:51
女性が「僕」を使うのは、昔は今より頻繁じゃあなかったかなと。MY LITLLE LOVERが「HELLO,AGAIN〜昔からある場所〜」を出したときは、確か「僕」におおっと驚いた記憶があります。当時はけっこう珍しかったはず。<br />
<br />
まあでも、それほど新しい流れだというわけでもなく、イルカ「なごり雪」とか、古くからあることはあるんですけどね。松任谷由実にもあるんじゃないかと。
Posted by はじ(管理人) at 2005年11月03日 01:20
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