2004年11月09日

大塚愛「大好きだよ。」

大好きだよ。 (CCCD) (通常盤)
大塚愛, 愛, Ikoman
エイベックス

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  「甘えんぼ」と同じ三連バラードですが、歌い方はそれなりによくなっているかもなあと。前回はいくらなんでもリズムに縛られすぎでしたが(きっと三連バラードってそうなってしまい易いんじゃないかと)今回は多少歌いこなせているというか、自然な揺らぎが加わっていたりも。ただやっぱり『あなたが恋しくて』が「こいぃしくぅて・ぇー」になっていたり『ずっと ずっと 大好きだよ』が「ずっと・ぉー ずっと・ぉー」になっていたり、リズムの頭拍を意識しすぎなのがすごく気になります。

 旋律への歌詞の乗せ方も、多少流れに沿ったところもちらほら出てきているんですけど、まだちぐはぐなところが目立ちますね。
 しかしこの「乗せられなさ」は、わざとなんでしょうか。毎回毎回1コーラスと2コーラスのメロで音数から何から流れが全然違うのとか、「言葉が揃えられない」のかはたまた「わざと別物にしている」のかが、ちょっと判別不明です。まあ揃えようとしているのにこの惨状なんだとするとかなりアレなので、意図的に効果を狙って変えているんだ、と考えておいたほうが無難ですが。はい。

 歌詞、内容は甘々。ちょっと「恋する女の子の理想」すぎる気もしますがまあそういう歌だし。デビュー前から暖めていたということなんで、甘々なのを狙って作ったんじゃなく、もともとこういう作風なのかなと。それってけっこう凄いことだと思います。なかなか代わりがいないはず。
 微妙な脈絡のなさが、感情が『これ以上どうしようもなく』なっている感じの演出に(結果的に)なっていて、たとえば恋している女の子がこの曲に浸りこんじゃうとしたら、そういう部分の影響なんだと思っています。冷静に見てたりすると『知ってた?』ってそんなこと知ってるわけないじゃんとかツッコみそうになるんですけど、尋ねずにはいられないのが女心、ということなんでしょう。また『徹夜で帰ってきて疲れてるのに・・・』というくだりは、私と仕事どっちが云々な方向性をちょっと感じます。あたしが一番でいてほしい、という。
 きっとそういう過剰な思い入れの部分がうざったい男性の方々も、共感できない同性の方々も、多数いらっしゃるとは思いますが。

しかし一年ちょいでアルバム二枚。もっとゆっくり成長させたほうがいいと思うんですけどねー。ちょっといろいろ至らないカンジなのも、確かにウケてる要素の一つだとは思うのですが。


posted by はじ at 22:21| Comment(4) | TrackBack(0) | J-POPレビュー女性(あ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この曲、最初に耳にした時はaikoの曲だと勘違いしていたのですが、後で大塚愛の曲だとわかって苦笑いした記憶があります。彼女はデビュー当時、「桃ノ花ビラ」「甘えんぼ」「大好きだよ」とaiko風の曲を作っていたから「aiko系」と言われていた事がありましたが、今ではそんなことを言う人はいませんね。だってaikoは大塚愛みたいに「さくらんぼ」パターンのアイドル風の曲なんか作らないわけだし、また大塚愛もaiko風の曲をほとんど作らなくなったわけですからね。<br />
http://www.scrambleegg.com/column/116k28a.htm<br />
のコラムでは、「ボーカルのスタイル、サウンドのバリエーションは、彼女がリアルタイムで体験したJPOP歌姫のコンセプト(食材)がつまった、「フルーツポンチ」(アルバムタイトルの元ネタ)、あるいは「お好み焼き」のような世界ではないかと感じています。」と指摘されていますね。
Posted by シスターチルドレン at 2007年01月29日 14:26
これが一番aikoに近い雰囲気がありますよね。<br />
<br />
どっかで書いたような気がしますが、彼女をはじめ最近の若手はJPOPがルーツになってきている感があります。つまり「JPOP」が単体で文化になりつつあるわけですね。<br />
それ自体はなかなか感慨深いものですが、ルーツを聴いている人には、どうしても縮小再生産に感じてしまいがちだったりするのがネックです。人間10代のころの体験がいちばん印象深いものですから。<br />
<br />
大塚愛の場合、ルーツとなる音楽が非常に最近のため、あれこれ言われることも必然的に多くなっている感があります。
Posted by はじ(管理人) at 2007年02月03日 21:46
 そういえば彼女、洋楽はほとんど聴いたことがないと言う事を以前語っていましたね。<br />
 <br />
 別冊宝島「『パクリ・盗作』スキャンダル読本」という本の中でオレンジレンジの「パクリ」について述べられているのですが、そもそもJ−POPはパクリ無しに成立しておらず、日本のポップスを洋楽のレベルに近づけるために先人達は涙ぐましい努力をしてきた。90年代以前の日本のポップスは洋楽からの露骨なパクリが少なくなかったが、90年代中頃にもなると「JPOPでも十分洋楽にひけをとらない」という認識が広がってきた・・・という趣旨の事が書かれていましたね。そういう状況になると、若手アーティストの音楽性のルーツがJPOPそのものになるのは当然のことでしょうね。
Posted by 金魚花火 at 2007年02月04日 12:23
ま、そんなとこでしょうね。<br />
やっぱりCDの定着と市場の拡大以降、洋楽に依存しない音楽環境が出来上がっていったのかなと。それを嘆く人も当然いますけどね。やっぱり洋楽とJPOPではどこか違うので、一概に引けをとらないといってしまっていいのかは疑問ですが、少なくとも若者にとって、洋楽を聴かなくても満足できる環境にはなっていったということはあるんだろうなと思います。
Posted by はじ(管理人) at 2007年02月05日 00:10
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