2004年06月19日

L'Arc〜en〜Ciel「自由への招待」

 ラルクもずいぶんさわやか系路線になりましたねえ。今回は特にですが、活動再開後のシングル三曲「READY STEADY GO」「瞳の住人」「自由への招待」と続いて、ずいぶん毒気がなくなった感があります。
 いずれもtetsu作曲なのが、要因のひとつと言えそうです。tetsu曲はhydeやkenに比べて、コードの使い方やメロディラインがポップなものが多いので。
 ただそれだけでなく、hydeの詞の変化もあります。今回とか、『急いで 君の迷路を駆け回る』などというあたりに独自の美学が変わらず漂ってますが、でも昔の「破滅への憧れ」みたいな暗くねばっこい美しさはすっかり影を潜め、非常に健全な片想いの歌になってます。っていうか考えてみたら、ここまで露骨に片想いな歌ってすごく珍しいような。恋愛モチーフだとずっと耽美とか別れとかそういうのばかり扱ってきていて、そっちのがデカダンな雰囲気って出ますよね。じゃあ片想いっていう題材を選んでいる時点で、やっぱりさわやか路線なのか。

 高い青空のような広々と突き抜けた疾走感とか、裏声とか、音楽的には好みなんですけど、やっぱり退廃的なラルクのが好きだなあ。「READY STEADY GO」よりは「Driver's high」、「瞳の住人」よりは「finale」、「自由への招待」よりは「DIVE TO BLUE」だなあ。


この記事へのコメント
 たとえば、昔のhydeであれば、タイトルになっている「自由への招待」という言葉からは、「死」の匂いが漂ってくるような詞を書いたはずだ、と思うわけです。<br />
 『かなわぬ想いなら せめて枯れたい!』(flower)『見なれた未来にも別れを告げて』(DIVE TO BLUE)『爆発して灰になっても/このままだと笑ってるね きっと』(Driver's High)などに象徴される、生よりも死を志向する流れで行けば、「自由への招待」とは「死への誘い」となるのが自然です。が、そうした破滅への志向はまったく感じられないどころか、実に健全な響きでもって語られているわけで。<br />
 このことは、詞世界がかなり方向性が変わってきた例証になりうるかと。
Posted by はじ at 2004年06月25日 16:23
やはりそれはhydeがラブ&ピースに傾倒してしまったからでは?良くも悪くも(笑
Posted by 硬水 at 2006年01月05日 11:26
や、今思えばそんな感じですねー。<br />
トップアーティストになった、というのも要素としてはあるでしょうね。ヒットした人は、おしなべて明るくなるものです。ある種、自己実現したというようなものですからね。<br />
で、自己を達成した後は、社会にメッセージを投げかけるようになるというのは、人間の欲望の構造からいってごく自然な流れですし。
Posted by はじ(管理人) at 2006年01月05日 23:41
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