2004年06月13日

ガガガSP「祭りの準備」

 学園祭の準備で出会った君、祭が始まったら会えないから祭なんか来るな、っていう、ただそれだけの歌。ほんとに、ただそれだけを絶叫しているだけ。それ以外の状況説明も、君がどんな人かとかも一切描写なし。ひたすら悶々と悩む片思いを叫んでいるだけ。
 これはつまり、聴き手側で補完しろってことなんでしょう。あえて細かい描写を省くことで、大量の人々の経験やノスタルジーに重ねられるようにしているわけです。浜崎あゆみ等の「傷付いた」や最近流行の和風メロディに感じる郷愁などと同じようにして「学園祭の準備」が使われている、と。だいぶ限定されたシチュエーションですが、ハレの時間が始まる前の高揚感というものは想像しやすく魅力的だし、歌詞詰め込みまくりな歌い方がそれをさらに煽っているんで、さほど気にならないかと。

 でも、最近はずいぶん「青春」ってものが変質している気がします。昔は大人が若者を見て使う単語で、当人たちにとっては口にするのも恥ずかしい言葉だったような気がするんですが。それがだんだんと「恥ずかしいけど言っちゃうぜ」から、当たり前のように使われだしているような。多分ゆず・19あたりから青春パンクなるジャンルへの流れが関わってきていると思うわけですが、気になるのは、「青春」という単語にはどうしてもノスタルジーが漂っていて、それが大人だけ使っている頃は当然問題なかったんですが、現役たちも使うようになった今、青春真っ只中な若者がノスタルジーを求める、みたいな奇妙な流れがあるように思います。つんくなんか、その流れを意図的に利用して詩を書いてより流れを加速させている感があります。

 この「祭りの準備」も同様で、『毎日君に会えるこの日々は/僕の人生で一体何番目位の/幸せに入ってくるのだろうか』とか、途中のセリフの『この気持ちが過去になってしまうんでしょうか(うろ覚え)』とか、現役学生視点なのに妙に先のことに思いを馳せ、「思い返す」ことを考えているのは、「青春」のノスタルジーがどんどん現役にまで拡大浸透していることを示しているように思うわけです。
 まあ、情報がどんどん増えていく社会の加速って流れによるところでもあるだろうけど、あんまりいいことじゃないように思うんですけどねえ。

『「昔は良かった時代がとても良かった
若人もキラキラしてさ夢も希望も持ってた」
嘆いてるあなた22歳』
(SOPHIA「進化論」)


posted by はじ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(か行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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