2004年06月10日

平原綾香「君といる時間の中で」

 この手の女性アーティストが自分で作詞をすると、なぜかどうも言葉がとりとめのないものになるんですよね。なので、客観的に分析しようとすると「?」と首をひねることになります。たとえばサビ部分、『涙も笑顔も 今歌う願いは いつも心に描く空』って、歌として聴いていると抵抗ないんですが、冷静に考えると意味が通ってこないんですよ。
 まあ、歌詞を、文法的にどうだとか細かく言うのはあれなんですけど。聴き手にとって心地よければ成功なわけで、そのためにある程度約束事を無視して言葉を散りばめるのは、まとまりがないのではなくて、聴き手のイメージを引き出そうとするセンスと呼んでいいかと思います。プロ作詞家はそういうの意図的に使うし、歌詞に英単語が混じるというのも注意をひきつける手法なわけだし、あとは作り手と受け手のセンスが合致するかどうか、なわけです。

 で、「この手の女性アーティスト」が、言葉の整理がつかなくなっても作り出したいものっていうのはずばり「共感」なわけです。おそらくは同世代の同性を想定して、そういう人たちから共感を得る言葉をつむごうとするあまり、文章としてまとまりがつかないものになる。でも共感を得られれば、それは成功なんです。
 問題は「共感」を得るために使われる単語が、ありがちで安っぽいものになりがちだということでしょうか。たとえば『私の胸にきっと聴こえる/「叶わぬ夢など ないんだ」と』とあるんですが、この『夢』って単語があんまり唐突すぎて、いまいち響いてこないんです。ちょっとかっこいいこと言いたいだけちゃうんか、みたいに思えてしまって。
 人間関係を描く恋愛の歌に、申し訳程度に個人の「夢」が出てくるととても萎えてしまいます。恋愛と夢ってだいぶ方向性違うもんだと思うんですよ。いやまあ二人で生きていくんだってのも「夢」のひとつだとは思うんですけど、そこまできちんと踏み込んで「夢」という言葉が使われているとはとても感じられないような歌が多いです。安易すぎる。
 あ、ちなみにこの曲に限っては、恋愛がメインなのか未来への夢がメインなのかもようわからんくらい、すべてにおいて漠然としたイメージで出来上がってます。そういう渾然一体となった世界を表現したかった、のなら、もっと安易な単語を使わずにやってほしいものです。
 旋律もあんまり惹かれないし。声は好きなんだけど。

 本日のコメントはちょっとまとまりきってない感じ。うーん。


posted by はじ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー女性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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