2004年05月16日

平井堅「瞳をとじて」

 前置きとして、バラード論を。

 総じて、バラードの売り上げや風評など世間的評価というものは、曲自体の出来の差というよりは、インパクトの差から生まれるものだと考えてます。
 そもそもバラードは聴き手を「感動」させるために作られるものであり、かつ聴き手もまたバラードに「感動」を求めるという共犯関係のようなものがあるんで、純粋にアップテンポ系の曲と比べた場合「いい曲だ」という評価は受けやすいものです。それはある歌い手のファンの間でよく囁かれる「隠れた名曲」の多くがスローナンバーであることからも裏付けられます。

 ただ、普通その歌い手の曲をしっかりと聴くファンにとっての「隠れた名曲」の場合と、世間一般において「名バラード」と認められる、大ヒットする曲が誕生する場合は、状況がかなり違います。いわゆるヒットチャートだと、アップテンポの曲よりもインパクトが打ち出せないぶん、たとえどんなにいい曲だったとしてもちゃんと聴かれにくい、正当な評価を受けにくい向きがあります。ヒットするには、それまで興味のなかった人に興味を抱かせる必要があるわけで、強い印象を与えられないというのはけっこうな不利です。

 だから大体「売れる」バラードというのは、「話題性」があるといったような、曲の外側に印象に残るような部分があるものだったりするわけです。
 たとえば社会的影響力のあるくらいの大御所アーティストがバラードを出せば、ネームバリューでインパクトを残せます。大ヒットにつながった例だとドリカム「LOVE LOVE LOVE」とか安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」とかですね。
 また、「完全に無名の新人」という場合も、少しでもうまくいけば「真新しさ」という好印象から爆発的にヒットへつながりやすく、このパターンはかなり多いです。マイラバ、Kiroro、鬼束ちひろ、花*花、最近だと河口恭吾などですね。
 そして平井堅もまた、「楽園」のブレイクで世に出たわけですから、ここに属すると考えられます。

 この人はバラードを得意としているわけですが、世間に残っていくほどのヒットは「楽園」での一挙ブレイク、大きな話題になったカバー「大きな古時計」、そして話題作「世界の中心で、愛を叫ぶ」の映画主題歌となった今作もおそらくはそれに加わり、と、見事に話題を呼ぶものばかりになると思われます。個人的には話題性のなかった「even if」が好きなんですがみなさん覚えてないですよね?まあ、この辺も、「バラードの売り上げにとって、バラード自体の出来不出来よりも話題性が重要である」という、上で述べた自分の考えに結びついてくるわけです。

 特に今回は話題性だけではなく、コテコテなくらいに切ない系バラードの王道を行く作りになっていて、こりゃヒットしないほうが変です。 まず旋律。これでもかというくらいに「泣き」の和音展開の中、流れるような細かい音符が並び、かつ要所要所で「タメ」になる長めの音が配置され、と、聴き手を揺さぶるための緩急がきっちりつけてあります。

 そして、詞ですが。
 またちょっと横道に逸れると、「君がいなくなって」という状況の歌は星の数ほどありまして、いくつかのレベルに分けることができます。だいたいディープなものは「忘れられない」で、これがもう少しマシになっていくと「君のいない日々を生きていく」になります。前者はまだ未来を向いていない状態、後者も「未来に進まなきゃならない」みたいな悲観的なタイプがあってこれはだいぶ後ろ向きです。で、さらにライトな「何かの拍子に、ふと君のことを思い出す」なんて、もうとっくに立ち直ってる場合もありますね。
 で、この「瞳を閉じて」は、「忘れられないけど、それでも頑張っていくよ」というバージョンで、これは「忘れられない」なんて感傷に浸ると同時に前向きな強さも見せられるので、ただうじうじしてるんじゃないしさっぱりしすぎているんでもない、いいとこどりな感じです。『失くしたものを 越える強さを 君がくれたから』と、自分を一回り成長させた経験だったと結論づけるのは、最近多いパターンで、下手すると安易な優等生的発言と受け取られそうなとこですが、湿り気のある声のおかげか、この歌はそうは聴こえませんね。

 さて、詞について重要なことがひとつ。それは、「失恋した主人公にしては、内容がキレイすぎる」という点。自分のもとを離れていった相手に対して、少しくらいはあってもよさそうな恨みつらみなどのどろどろした感情が、かけらも表されていないわけです。
 まあ歌はファンタジーですし、実際失恋系バラードって半分以上はどろどろを排除してキレイな思い出だけを描いたりしているように思いますが、この曲の場合はちょっと、状況が違いまして。
 それはタイアップ「世界の中心で、愛を叫ぶ」が、原作読んだことないんですけどどうやら「恋人との死別」がテーマらしく。で、この話と照らし合わせたとき、この曲はほぼ間違いなくそこにぴったり重なる、つまり「死別」の歌として聴き手には感じられるはずです。死が愛し合う二人を分かつ、という状況なら、そこにはどろどろした感情などはなくても成立するわけで。

 歌詞全体を見渡しても、恋人が「離れていった」というよりは「消えてしまった」という感覚で描写されているあたり、おそらくは意図的に、タイアップ作品と照らし合わせたときに「死別」というシチュエーションを浮かび上がらせるようにしたのだろう、と推測できます。スピッツの「冷たい頬」なんかは詞の中に死の匂いを組み込んでいるわけですが、この「瞳を閉じて」は曲の外側、タイアップを利用することで、曲世界に一段の隠れた層を織り込んでいるわけです。
 とまあ、王道バラードに強力タイアップ、しかもそのタイアップ作品を利用など、こりゃもう売れないほうが変でしょう。はい。
ラベル:平井堅
posted by はじ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | J-POPレビュー男性(は行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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