安藤裕子 山本隆二 松本隆
カッティング・エッジ (2007/10/17)
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<奥行きのある感情を表現する曲とイメージ>
2004年デビューの女性シンガーソングライター、安藤裕子の新曲。
2005年にCMで起用された「さみしがり屋の言葉達」で知った人で、その曲では松任谷由美っぽい声と楽曲アレンジだなーと感じたのですが、今回はまた違った歌い方&曲調になっています。
映画「自虐の詩」の主題歌ということで、感動作品とのタイアップらしくストリングスを多用したなかなか壮大なアレンジ。そしてそれに応じるように、透き通りながらも遠くまで届いていくような広がりを感じさせる歌い方。力強く歌い上げまくるわけではないのですが、この広がりが感じられるぶん、淡々としながらも感動的に響いてきます。
サビでかなりファルセットを多用しているのも、しみじみとした感慨深い雰囲気を醸し出すためのものなのかも?とも。
タイトルである「海原の月」ですが、実は、歌詞中には海も月も出てこないのです。状況の描写ははじめの『夕闇に 光るアスファルト』だけ。歌詞だけ見ると、海である必然性はどこにも感じられないんですよね。
だからこの題は、上記のアレンジや歌い方に見られるような、静かな感動を呼び起こすためのイメージなのかもしれません。広い夜の海に、燦々と輝く太陽ではなく静かに光る月…まさにちょうどいいシチュエーションですし。
そして同時にこのイメージは、歌詞に描かれる「私」と「あなた」の関係性にもかかってきているように感じます。片想いの相手との別れ際、というシチュエーションのようですが、『翳るような 私の背中を/抱き寄せて あなたは泣いた』という冒頭は、単にそれにとどまらない、二人の間のドラマを感じさせます。
「あなた」がちょっと弱々しい、あるいはためらいや翳りがあるように描かれているのが気になります。泣いてしまう冒頭もそうですし、「私」は「あなた」からのアクションを待ち望んでいるのですが、『ためらってキスをして』や『うつむいて離さない そう誓って』などのフレーズからは、「好きだ!」「あたしも!」みたいな激しさ/ドラマティックさではなく、どこかぎこちない想像をしていたりするんですよね。単純にはいかない、何か奥行きのある事情を想像してしまいます。
複雑な事情を感じさせる二人。そんななか『動けない/だって目の前に あなたがいる』という「私」の大きな感情…そんな歌詞世界が、「海原の月」というイメージで包括されているわけですね。
暗くて、不安定で、静かな中にも確かに輝くものが浮かんでいる。…そんな感じでしょうか。